剣雄伝記 大陸十年戦争

篠崎流

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フォルトナ編(後日譚)

均衡する者

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フリトフル大陸から北東、世界の東と言っていい位置に存在する大陸アデリス。人名の様な名前の土地だがそれも其のはず

女神アデリスが守護した大陸と伝承され、大陸名にそのまま使われている

フリトフルと比べると半分程の面積になるが、その地に降り立った「彼女」にはまだそれは分からなかった

手近な町で地図を購入したがとても出来の良い物、とも思えず、大まかな国の位置と歩いてどのくらいの日数、としか書いてなかった、そもそも街道以外、森も川も山も大して記されていない

「これに金1とは‥ボッタくられたかなぁ?‥」

そう呟いて地図を眺めたが、それを覗き見する様に
彼女の隣に居た白い虎が顔を割り込ませて見た

「実際正確な地図を作って売ろう等という暇人はそう居らんよ」ビャッコはそう返した

「私って暇人かしら?」
「生活や生産に労力を使った方が効率的だからな、どこの国でもそうだろう」
「本国でも特別な理由が無いとそんなもの作らないしねぇ」
「私的な範囲でやったのが獅子の国の「エリ」?だったか、しかも北地域だけだろ」

「ま、兎に角デカイ町か城でも探そうか、情報が何にも無いし」
「同感だが、ワシは入れるのかね」
「外で寝ろよ獣」
「見た目はそうだが中身は‥いや、どっちにしろ化け物か」
「まあいいや、さっさと行こう」
「うむ」

彼女らが降り立った小さな港から、更に東へ、整備されている街道をひたすら歩いた、そのうち別の港町に辿り着いた

規模も広さも比較にならない大きな港だ、まず彼女は虎を外に待たせて自分だけで情報を仕入れに行った

「一応社会体制を聞いてからだな」
「うむ、じゃ、ワシはここで寝とる」と虎はその場で丸くなった

昼間っから酒場もどうかと思ったが「情報ならまず酒場だろ」と教えを受けていた彼女はそこを探し入った


昼間なのに結構客が多い、そこで自分は外来人である事を明かし、この大陸での一般的な常識を聞いて回った。一通りの情報を得た後、町を回って「あるもの」を探した

「ここは魔術が結構ベターなんだなぁ」

そう思ったのは町の中にも「使い魔」と思しき動物を少ないが見つけた事である、猫、鳥、等やはり小動物が多いがそれは確かに居る

そこで「よし」と見切りを付けて虎の所へ戻った

「バルテッサ、大丈夫みたいだよ」

と街道そばの草むらで丸くなっていた虎に話しかけた

「ふぁ~あ」とあくびをした後、彼は起き上がって答えた
「なら結構、ワシも入るとしよう」と返した
「正直‥鳥かなんかにしてくれればこんな苦労は無いんだけど」
「戦闘力重視だから仕方ないだろう。お主単独の旅はまだ不安だ」
「何時までも子供扱いだな」
「当たり前だ、そもそもお主まだ5歳じゃろ」
「武力もパパ程じゃないけどママ程にはあるぞ?」
「それでも知らぬ場所、どんな奴が居るか分かったもんじゃない」
「年寄りは心配性だな」
「任されたからには配慮せざる得ないな、ワシの責任にもなる」

二人はそう交わして町に入った

まず、この大陸、アデリスでは魔術は浸透している、使い魔の件でも明白だ

国が10あり、場所によっては「戦争」というより小競り合いの戦闘はある模様、比較的豊かでどこも人も自然も多い

ただ、大陸情勢はあまり褒められた状況ではない、戦争自体はそう多くないのだが、それだけに表立っての事で無く裏での攻防が多い


「つまり謀略や策略だな」
「心が荒みそうだな」
「武力で決着をつけないなら大抵謀略の戦いになる、歴史の自明だ」
「ま、フリトフルみたいな大陸条約も極端だからな」
「あれも平和に見えたが、やはり裏での攻防は多かった、一般市民は巻き込まれる事は少ないというメリットはあるにはある」

「特にこっちから関わる訳でもないし、そこは別にいいけど‥」
「同感だな、そもそも目的は地理調査だ、揉め事には関わる必要もない」
「後は、地元の学者か知識人の協力があれば、かな」
「それでよかろう」とバルテッサは大あくびした後丸くなった
「もう寝るのかじーさん」
「じーさんは夜に元気にならんよ、お休み「フォルトナ」」

と、其の日を終えた

「フォルトナ」と呼ばれた通り、彼女は、ジェイドとマリーの初子である「あの」フォルトナである

そしてじーさんと呼んで居た通り、この虎は老竜バルバロッサである。自身は動き回るのが面倒でもあるし

そもそも竜の姿でもまずいのである為この様な形でフォルトナの後をついた

そもそもの発端はジェイド自身が様々の事情あって「旅」等出来なくなった事である

そこで娘でもあるフォルトナは「なら私が代わりに世界を見てくる」と飛び出した

見た目は人間の15,6歳だが実年齢は5歳である為流石に一人は無茶だろう、と、この様な事になった

彼女はこの時既に、武はマリーに追いつく勢いで、魔術は同等のレベルにあったし母と違って神聖術の適正もあり、問題なく使えた

マリーが神聖術が極端に苦手なのは「純粋魔竜」だからで。その欠点も「人間である父」のおかげで緩和されたのだ

「両親の長所」を均等に配分して受け継いだ為、実力も才能も「人」のレベルに収まっていない。それだけに単独で旅してもまず、問題は無いのだが

年齢だけにヌケた所もある為バルバロッサが護衛とお目付けを引き受けた

世界に出た理由はもう一つある

「何れ世界に出ようという人の為に地図があったら助かるだろう」という思いだ

自身が旅したいという思いの「ついで」に世界地図の作成を始めたのである

特に大陸間での交流がほぼ無い世界だけに、他の大陸の事等知らなかった。どうにか交流らしきものがあったのは南のフラウベルトだけである。その現状、また獅子の国のエリが作成した地図に感銘を受けたというのもあった

ある意味世界初の試み、をフォルトナが始めたのである


聞いたとおり、辿り着いたのは港町から南に二日行った場所にある国王都「ロベルサーク」である

「んー、とりあえず学術所かな」
「だろうな」と二人は街を俳諧しつつ探した

施設は揃っていた、聖堂もあれば図書館もある、フォルトナはそのどちらも尋ねて自身の目的も明かした

「成る程、正確な地図を‥」

聖堂の学士もそう言って、驚きと関心を見せた

「ですが、残念な事に正確な地図というのは貴女の持っている物と大差ありません、商売にも国家運営にも必要なのであるのはどこでもありますが、そこまで綿密なモノはない」
「やはり自分で作り上げるしかないか‥」
「ただ‥」

と呟いた後、学士は本棚から一冊の薄い本を出し、差し出した

「これをお持ちなさい、各国の特徴等は一応国家間で出しています、特産、人口、農地、等の統計調査ですね」
「成る程、どの様な国でも統計調査は必要ですからね」
「ええ、どこからどこまでがどのくらいの距離とかはありませんが、国や街毎の大まかな数字は出ています、尤も、これも目安、であって正確無比な物ではありませんが」

「感謝します」とフォルトナはそれを受け取った

「それと、余計なお世話とは思いますが、大陸情勢は常に不安定です、旅には注意されたほうがよろしいですよ」
「やはり、表立っての戦争が無い分の「裏」て事ですか?」
「お察しの通りです、あまり言いたくはありませんが
卑劣な策動に巻き込まれませんように」
「はい、十分注意します」

とフォルトナは返して、金貨を一枚「寄付」として置いて去った

「さて、次はどうする?」バルテッサが聞いた
「まあ、旅の一環でもあるし、遊びながらでいいかなぁ‥
一応収穫はあったし」
「しかしなんだな、こりゃ個人レベルでやるのは相当きついな」
「だねぇ‥やっぱり国レベルの援助か人手がないとねぇ」
「まあ、飛んで目視してのが早い気がするなワシらなら」
「それはある、後は「鳥」の目でも借りるか」
「何も正確無比である必要はなかろうしな、後から来る者が
迷わなければいい」
「そうだね、そうしようか」

そうして二人は手分けして周辺の道、町、城、川、森等の大まかな配置と距離を調べながら回った

術士でもあるフォルトナは飛行術がある為そこはそれ程苦労しない

だが、彼女にも欠点がある。ここで最も使うだろう飛行術が長持ちしないという事だ要するに「風」魔法がヘタクソなのである

飛び上がったはいいが、直ぐ落っこちる、あさっての方に飛んで行くと尾翼の折れた飛行機の様な状態の飛行術である

やむなく「一度飛び上がり」同系魔法の「空の階段」で空中に立って眺めながら概算、記録するというやり方に終始した

其の為とんでもなく疲れる、周辺地図を一通り記録して書き込んだ後、夕方の草原に前からつっぷして倒れた

「つ、つかれる‥」
「そりゃ、あんな不安定な術じゃな‥そもそも魔力が持たん」

そうバルテッサに言われた後、更にとどめを刺された「やっぱり大型の鳥かなんかにしたほうが良かったな‥」と

そのまましばらく休んだ後東街道へ歩を進めた。日が落ちたので街道に面した森の中でそのまま野営する事になった。というより、城下に戻って宿を取るのも面倒くさいだけでもある

翌朝、起きて保存食を平らげた、と言っても干し肉と粉スープだが

起きたのがまだ、日も昇っていない時間、そこで事件が起きる。


フォルトナ達の位置から見て街道奥、東道からおそらく兵士だろうという若者が、フラフラと今にも倒れそうにしながら歩いてくる。普通は見える距離ではないが、バルテッサとフォルトナには見える

「なんか来るぞじーさん」

だがバルテッサはまったく興味が無さそうに丸くなったまま大あくびだった

「昨日寄った城の兵だな、同じ軍服だ、ま、知ったことではないが」
「今にも死にそうだが‥」
「旅の決定はお主の意思次第、好きにしたらいい」

そう言われて無視出来るフォルトナではない。そのまま低空飛行のまま術で飛んでその兵士の下へ駆けた

「おい!大丈夫か!?」と叫び今にも倒れそうなその若者の体を抱きとめ抱えて地面に寝かせた

「ああ‥う‥」としか彼も言えなかった

これはまず治療だと思い、咄嗟治癒魔法を掛けた、一分程して彼は瀕死から風邪で寝込んだくらいの状態まで回復した

「貴女は‥聖職者ですか‥」搾り出して言った第一声がソレだった

どう見てもそうは見せないが神聖術で助けられた彼には女神にしか見えないだろう

「そんな事はいい、何があった?」
「あ‥この先で、王家の馬車が襲われて‥、ひ、姫が‥城に伝えないと‥」

まったく興味が無さそうにしていたバルテッサもいつの間にかフォルトナの横に来ていた

「やっぱりこんな事になったなぁ‥」と彼も思わず呟いたが

「城と言っても、私らが行ってもなぁ‥」
「まず面会するだけでえらい手間だな」
「しかたない現場は私らが行こう、城には自分で伝えろ」

そこでフォルトナは胸元につけたネックレスを外して兵士に渡した

「使い方は分かるな?ヒーラーの石だ」
「え、エンチャントアイテム‥、はい‥分かります」
「自分で回復させて自分で城に戻れ、その方が話しが早い
怪しげな自分らが言っても聞いてもらえるか怪しい」
「わ、わかりました、すみません‥」

即座立って、フォルトナは声を掛けて飛んだ

「行くぞ!バルテッサ」と同時に駆けた

「現場」とやらは街道をそのまま東に10キロも先に行った所だった、しかし「彼女ら」には大した距離ではない。移動速度が尋常ではない、ものの5分で辿り着いた


兵士が言った通り「まだ」戦闘中であった
馬車を守って西へ逃げるロベルサークの兵団それを追って打ち合う、おそらく「敵」

100人規模の戦闘だ

それを発見して即飛び込もうとするフォルトナだが、それをバルテッサは止めた

「待て、ほんとに良いのか」
「何?」
「助けるは良いが、ロベルサークが「正しい側」とは限らんぞ?」
「うー‥」

バルテッサにそう助言されて一瞬悩んだが、現状完全に追うものと追われるものだ、戦闘もほぼ一方的である

「ええい!終わらせてから考える!」と、結局フォルトナは飛び出した

両軍が打ち合う前線に凄まじい速度で駆け刀を抜きながらすれ違いざまに「敵」と思われる兵を一刀で二人、腕を斬って武器を落とさせた

そのまま回転しながら更に相手の「鎧」だけを切断して更に二人止める、そのまま長刀をブンッと面前で払って仁王立ちで両軍の間に立ちはだかった

あまりの一瞬の出来事に両軍が固まった

「白昼堂々の襲撃戦等見過ごせん、助太刀致す!」と恫喝しつつ自分の立場を明らかにした

背後に居た一団は「味方か!?」とざわめき
正面に対峙した一団は「敵か!?」とざわめく

フォルトナの行動と発言は両者に周知された

「引け!手加減されている間にな!」だが、その脅しは通じなかった様だ。対峙した敵は「ふざけるな!」と剣を振り上げ向ってくる

そうなっては仕方ない、とフォルトナは迎撃す、まるで舞う様に、しかし彼女の残像が残る程のスピードで襲い来る敵を今度は「斬って」5人殺した

余りに武力に差が有り過ぎる、それで敵も動けなくなった。そこでやれやれとバルテッサも、のそのそ出て彼女の横に付いて吼えた

「貴様らが何人居ても物の数では無い!下がれ下郎!」と

そこまで来ると相手も前には出てこれない
誰が言ったか分からないが確かに叫んだ

「引け!」と それで対峙した「敵」は撤退した


それを見送ってフォルトナは刀を納めた

「最初の4人で引けば死なずに済んだのに」
「まあ、仕方ない、向こうも「命」あっての事だろう」
「恫喝の仕方が悪かったかなぁ?」
「そうは思わんがな」

まるで何事も無かった様に話す一人と一匹だが、そこへ助けられた側、ロベルサークの護兵が並んで頭を下げた

「危ないところをお助け頂き‥」
「なに、偶々だ、気にするな」と返した

そのままフォルトナは去ろうとしたので

「お、お待ちください!是非われ等の城まで、恩人を何もせず帰しては」

まあ、当然の反応だろう。そこで馬車からおそらくこれが姫だろう少女も出て、同じく頭を下げた

「どうか」と兵とならんで頼んだ

(どうする?)
(好きにしろ、確実にやっかいな事になるがな)

伝心でバルテッサとやり取りして、フォルトナは結局受けた


というのも「国の後ろ盾」があるのと無いのでは何をするにも効率が違う、そもそも彼女らの目的の一つである地図作成も人手があれば、というのもあった。打算あっての事だが、それが叶う事は無かったのだが

城に招かれた二人は一連の事情を姫から明かされた
彼女は16歳、王国の次女で、名をフローリアといった

父は病死、兄、姉が居たが兄は不審死、姉は暗殺と思われる死。そして今朝の襲撃事件である

「向こうもどこかの兵の様だが?」
「隣国のクランデルです」
「分かっているなら対抗処置は取れるハズだが?」
「いいえ、戦争自体は起ころうとしているのです」
「ふむ、一戦前にこっちの重要人物を全部消そうって訳か」
「尤も、その必要も無いのですが‥」

「と言うと?」
「軍力に差が有り過ぎるのです‥こちらは総軍5000
向こうは1万3千‥」
「イマイチ分からんな‥それならさっさと落とせばいいだろうに」

ここでバルテッサが口を挟んだ

「無駄に兵力を減らしたくないのだろう?言っちゃ悪いが
明らかに軍力で劣る国と実戦して被害が多くても無駄って事だ」
「成る程ね」
「ええ、今までは交渉と外交で抑えて、その間にこちらの軍力の増強を図りはしましたが」
「それを待ってはくれんか」
「はい」
「しかし、困った話だな、既に八方塞だな」

「別に構わんだろう、国家の命運等我々がどうにか出来る話ではないからな」
「そうかもしれんが‥」
「まさかフリトフルから軍を持ってくる訳には行くまい?」
「パパに頼めばなんとかならなくもないけど」
「馬鹿言え、他の大陸の国家にお前の個人的な意思で介入出来るか大体何日掛かるか知れたものではない」

「フリトフル?」
「ああ、私達は外来人でね」
「そうでしたか‥」
「ま、聞いておいて何だが、私らには何も出来んよ」
「ええ、不愉快な事に巻き込んで申し訳ありません」
「それはいい、首をつっこんだのもコッチだ」
「せめて何日か城に滞在ください、何らかのお礼は出来ます‥」
「それは有り難い、最近野宿ばかりだったし」

二人はそのまま城に「客」としてもてなされた。しかし、あの様な事情を聞いて落ち着ける訳もない。特にフォルトナは


「何とかならんかなぁ‥」

とベットでごろ寝したまま言った

「‥ただ何とかする「だけ」なら向こうのトップでも消せばいい」

床で丸くなったままバルテッサが返した

「そういう訳に行くか‥」
「どの道、姫も何らかの手段で殺されるか、実際戦争が始まって負けて処刑台か。どっちかしか無い」
「むう‥」
「さっさとここを出た方がいい、どうせ何も出来はせんのだ
巻き込まれる前に去るべきだ」
「‥」

しかしフォルトナは決断をしなかった

その後5日、フォルトナは「国」を見回った。豊かな国だ、民も穏健である。王である父が死に、兄姉も不審死

その中で唯一残った代理王「フローリア」は戦いを回避しようと奔走した、彼女に「国」を治める能力があるとは思えない、その才はあったかもしれないが、余りにも若い

実際、戦うと成っても戦力が違う、打てる手段がない、バルテッサの指摘どおりフォルトナにそれを覆す力も権力も無い、ましてそんな義理も無ければ、この国の人間ですらない、そんな彼女が命を張る等ただの馬鹿だろう


「正直、何故どうにかしたいと思うのか、理解に苦しむな」

相変わらず丸くなったままバルテッサは言った
彼は想像もつかない程長生きの年長者だ、きっとこの事件も

「たかが一国の命運」なのかもしれない。だが、それだけに、言い分は尤もでもある

「分からない‥でも、出来る事があるのに何もしないのは卑怯とも思う」
「出来る事?とは何だ?、ロベルの軍にでも加わって刀でも振るうのか?お主ならたしかに出来るだろう、結果も出るかもしれんそれで一度守ったからと言って何だ?何が変わる?」
「ぐ‥確かに」
「冷静に成れ、二元論で物を考えるな、こっちが善で向こうが悪なのではない、ただの人の歴史の一行に過ぎない、負けて支配されたからと言って、別に支配地の民が虐殺される訳ではない、治める者が代わるだけの事だ」
「‥」

「お主が何かを守るというのはいい、が、それで戦が収まる訳ではない、そして助けてお主はこの国に住むのか?そうではなかろう、なら、中途半端な覚悟と情はやめとけ」

そう言われ、フォルトナはその彼の言葉を頭の中で復唱した
そして考え、決めた

「分かったよバルテッサ、お前の言うとおりだ‥
なるべく早く、ここを出よう‥」
「よかろう」と彼も返した

バルテッサは物事を効率的に考える、常に全体を見る
彼の判断も見解もまともだ、だが、それだけに、フォルトナのこの「心」のある考えが好きでもあった

子供ぽい、人間臭い「思い」が「自分にはもう無い物だから」だ、だからもし「それでも何とかしたい」とフォルトナが言ったら

彼はそれを叶えただろう、その覚悟も力も「彼」にはあった国一つ滅ぼす等、彼には容易い

しかし、「分かったよ」と言った彼女の決断は、彼が想像したものとはまた違っていて、それが別の結果を齎す事になる


翌日、フォルトナはフローリアの私室に出向いた「やはり、早めに出る事にするよ」と告げた、がそれだけではない

「私は外来人だ、元の土地がある、もし、貴女が望むなら
貴女をそこへ連れて行く事も出来る」
「どの様な手段を講じても、この争いの結果は大きく変わらないと思う、なら、貴女がここを去って別の人生を歩んでも大して影響は無いんじゃないか?」

そう誘ったのだ
が、フローリアの返答は当然こうだった

「お気持ちは嬉しくありますが、代理とは言え、私は国主
ここは私達の国です、私が何をしてももう、結果は同じかもしれません、ですが、捨てて行く事は出来ません」

「だよな‥」としかフォルトナも言わなかった
ある意味予想通りの返答だからだ

言うまでも無く、姫、に待っている命運も二つしかないだろう、何しろ、戦争前に相手国の重要人物を次々忙殺するような相手だ「寛大な処置」等臨むべくも無い

処刑か慰み者か、精精運が良くても牢で一生だろう、それでも、彼女は「残る」と言った。結果は見えていようとも

だからこそ、フォルトナは何とかしたかったのかもしれない、そして「残る」と言った彼女の「資質」に好意を覚えたのかもしれない

だが、そう決意があるならそれを曲げる事も出来ないのであった、そして、フォルトナとバルテッサは其の日うちに城を出た

15日後、戦は始まった
クランデルが東街道からロベルサークへの侵攻という形で

兵力差は一万対五千、其の為ロベル軍は都を背にした防衛決戦を挑む、篭城に近いものだが打つ手が無い、そもそもそれを打開する策も将もこれと言って無い

意外と言っては何だが実際の「戦」らしき物は無かった、相手が数の差を利用して包囲作戦を取った事にある、街道を分断してひたすら相手が疲弊するのを待った

其の為、ロベルサークは二重防壁の中、街まで下がっての防衛線を展開したが、それ自体あまり意味が無い、何しろ、敵が攻めてこない、のだ

「こちらが飢えるのを待つつもり、でしょうか」
「分かりません、こちらは備蓄食料もあるし、再生産も壁の内側で展開出来ます、兵糧攻めにしては、向こうのが遠征軍だけに苦しいのでは」 と意味不明な物だった

そもそもロベルサークはメルトに似た地形と国である、街道、森、山に囲まれ、城自体も城下も壁があり守って有利な場所だ

戦うなら、当初の野戦の方が楽である
しかしそうしなかった「そうしなかった」理由は直ぐに明らかになる

五日後

クランデルは動いた、鈍足前進しながら探る様に城壁に張り付き弓での攻撃を打ちかける

「いよいよ来たか」とロベル軍も壁に張り付き入り口での反撃迎撃を展開する、フローリアも鎧兜で前に出た

剣が出来る、という程ではない、正直居てもあまり役には立たない、だが、姿を晒して士気を上げる事は出来る、たったそれだけの理由である


しかし、防衛戦になるかと思いきや事態は急転する。両軍が打ち合う、ロベルの背後、街から火の手が上がった「え?!」としか言えなかった

混乱するロベルの軍、其の途端、防衛戦を展開していた味方の一部が反転して同士討ちを始めたのである

防壁の入り口がほぼ空になった所でクランデル軍が殺到、あっという間に突破して街に雪崩れ込んだ

「なにが?!」とフローリアは叫んだが
その彼女の面前に剣が突きつけられた

突きつけたのは「味方側」であるはずのロベル軍の将である、彼は冷たく言った

「100%勝ち目の無い戦いに巻き込まないで頂きたい」だった

「ああ、裏切りか‥」 それしか頭に言葉が浮かばなかった、フローリアは膝から崩れ落ち、石畳の道をただ見るだけだった

「戦争」というレベルですらない戦いは大した死者も出ず完結したのであった、それだけが唯一の救いだったろうか


予想した通り、フローリアに「寛大な処置」等無かった、この国の唯一の前王の肉親である、むしろ生かしておくと、担ぎ出して反乱等も考えられる、その可能性すら潰したのだ


捕われ、枷を嵌められ移送
一週間後には両国の間にある砦町で公開処刑が行われた

中央の広場、時代遅れな断頭台が一段上に用意され、誰にでも分かる形での物となった。正午、それは行われる

「フローリアが何かした訳では無い、ただ国主なだけ」である、彼女は引き出され、断頭台に据えられた

泣きも喚きもしない、ただ、静かに眼を伏せてそれを待った、こうなる事は分かっていたのだ、だから今更何も考える事もない

大柄な全身鎧の兵士が厚刃の剣を携え断頭台の横に立った

わめく観衆を遮る様に、豪華な服の男が前に出て処刑の執行前の演説を始めた、もうそれすらも何とも思わなかった

しかし、執行人の兵士はフルフェイスの兜の向こうからフローリアに静かに問うた

「もう、貴女が守るべき国も無い、それでも「今」を受け入れるのか」と

悟って、ただ静かだったフローリアは「え??」と眼を見開いて彼を見た

「戦争等こんな物だ、そこに正しいも何も無い、理不尽だと思わぬか?」

フローリアは彼を見たが、たしかに大柄な全身鎧の男だ、知り合いなハズは無い敵の兵だ、何故そんな問いをするのか?

「何故貴女が責任を取る?王家に生まれたからか?それだけか?」

そこでようやく、フローリアは建前を捨てた

「分かりません‥何故死ななければ成らないのか‥何も、でも‥もう、何も出来ない」と

「では言えばいい、生きたいと「私は」それを叶えよう」そう彼は返した

何を言っているのか?とも思ったが、何も考えずただ、彼女は静かに小さく、呟く様に言った

「私は‥まだ、生きたい」と
「分かった」とだけ更に「彼」は返し

持っていた剣を振りかざして斬った
フローリアを拘束する、首と手の枷を

「?!」とフローリアも、周囲の者も声に成らない声を挙げた、即座に彼は彼女の腕を掴んで引き上げ立たせて背中に置いた

「な!?何だ?!何だ貴様!何をしている!」

演説をしていた男は振り返って叫んだ
だが返ってきた言葉は

「姫は貰う、もう、姫ではないが」だった
「ふ、ふざけるな!捕らえろ!いや、斬れ!」と敵は叫び

周囲に居た兵は剣の抜いた

全身鎧の「彼」は周囲に居た兵を一撃一殺で二人倒した、余りの出来事にフローリアも呆然とするだけだったが

その「彼」の姿が、風が煙を払う様に崩れ、その煙の中から「彼女」が姿を現す

「な!?フォルトナ!‥様!?」
「幻術だ「中身」はこっちさ」

正直、泣いていいのか叫んでいいのか驚いていいのか分からない心境だった

当然だろう。だがフォルトナはフローリアの手を引いて断頭台から降りた

「こっちだ行くぞ!」


ある意味フローリア以上に敵のが混乱が多い、故、直ぐ動いた、それでもざっと見渡しても敵は50人、しかもその真っ只中である、逃げるのも難しいが

フォルトナは「魔法剣士」である、フローリアを抱き上げ、そのまま空を舞った

そこで包囲を抜け、距離を稼ぎ「相棒」に彼女を任せた「フローリアを頼む」と、何も無い空間からヌッと、現れたバルテッサに預けて追ってくる敵を迎撃した

フォルトナ一人の武力でどうとでも成る戦力差だ、刀を片手に構え、影が走った

黒い剣士がダンスでもするかの様に舞って、次々迫り来る敵を斬った

出で立ちとアベコベにその剣技は余りにも鮮烈で戦慄とも感じさせた

何しろ彼女の剣の師はジェイドとマリーである

マリーの様に舞い、ジェイドの様に高給時計細工の秒針の様な正確さが合わさった「才」と「技」である

敵も精兵、重武装の者も居る、がフォルトナの黒く輝く刀身と、中央で宝玉が燃え、輝く「刀」はそれを物ともしなかった

それも其の筈ママお手製の「エンチャント武器」「ブリーティニングブレード」である

岩すら撫で斬りする程の名剣、盾もプレートも無いのも同じである、一分も経たず、10人斬った

あまりの異次元の強さに向こうも前に進めなくなる、前に出た途端斬られるが分かる程の力だ

「弓を使え!一斉に掛かれ!」と向こうも叫ぶが

やれやれと言った感じでバルテッサが一歩踏み出した

「相手が相手だからと言って切り捲るのもどうかと思うぞ?」とだけ言って空に向って吼えた

その瞬間、快晴の青空の中轟音と共に。対峙する敵兵に落雷が降り注いだ。しかもとてつもない数と量が

その場にぶっ倒れた兵も20を下らない
「そう言いつつ、容赦無いなじーさん」
「馬鹿言え、加減はしとる、昏倒させただけだ」


彼女と彼は軽口だった、まるでジェイドとマリーの様な余裕である、実際余裕なのだから仕方ないのだが

「もういい、行くぞ」
「ああ」と、再びフォルトナはフローリアを抱きかかえ

バルテッサと共にその場を飛び去った


この「姫の救出」劇は本国に伝えられ、ロベルサークとクランデルの領土で「持ち去られた姫」の捜索が徹底して行われた

しかし、それが見つかるハズも無く、捜索も追撃も10日で打ち切られた、当たり前である。
そもそもこの時、もう「3人」はフリトフルに居たのだ

「長距離転移は疲れる‥」
「当然だ、短距離でも相当な魔力を使う、大陸間を飛べばそうなる」

3人はメルトの自宅、つまりマリーの屋敷に戻った

「ここは‥?」

ボーゼンとしながらフローリアが呟いた

「フリトフル大陸、メルト国、まあ、家だな」
「アデリス大陸から南西、船で大体一月くらいのとこかの?」
「あの‥なんと言っていいか‥」
「ま、ここなら平和、になった土地だし、追っかけては来れないし、誰も貴女を知らない、新しいスタートの土地としては悪くないハズ」
「あ、有難う御座います、何から何まで‥」
「そうでもない、問題はこれからだ」
「そうじゃの、当面はここに住みゃいいが、後々自分で生きる事になる」

「学も教養もあるし美人だし若いし、何とでもなるでしょ」
「お主もコネが多いからな」
「主にパパとママのだけどね、紹介してどっかにねじ込む事は出来る」

そのまま3人は「家」で何日か過ごした
「偶に帰ってきたかと思えば‥」とママに言われた、言われついでにフローリアを任せる事にした

「うーん、他は普通じゃの、内面資質と知力は高いな、魔術への親和性もバランスよく高い」

バルテッサはフローリアをサーチして資質を探りそう伝えた

「そっか」
「ならとりあえず学園の方に入れてみましょう、まだ16歳だし、伸びによっては教師か内政官とかいけるかも」
「じゃあ頼むわ」

とマリーに預けられフローリアは学園へ入る事になった


当人は決して口にしなかったが
フローリアは「私も一緒に旅に」と思った

しかし、改めて「姫」で無くなった自分
何も無い自分を今の立場を省みて悟り、言わなかった、姫でない自分はただの小娘であり、剣や術が出来る訳ではない、足手まといでしかないのは自分が一番よく知っていた、だから薦められるまま、メルトの学園に入った

そんな控え目な人だからフォルトナも惹かれたのかもしれない、自分と真逆だから

一方、アデリスのロベルサークはどうなったのか?

支配され、他国の領地、となったが別に悪政を敷かれた訳ではない、フローリアの頃と比べて少々生き辛い制限はついたが民衆反乱が起きるようなものでもなかった

如何に支配地、と言っても暴政が出来る訳ではない。そんな事をすれば内乱と反乱の元であり、民は逃げて結局損をするのはクランデルの側である

ただ、あの戦争でフローリアを「売った」ロベルサークの主将は姿を消した、徹底して情報は隠匿され。彼はクランデルの地下牢にぶち込まれ、忘れ去られ、一生過ごしたのである

別にクランデルが買収して引き込んだ訳ではない。彼自身が保身で自ら「姫を売った」のだ、そんな者が国に居られても邪魔でしかないし

また平然と裏切るのは目に見えている、だからこの様にオチがついた

結局、ロベルサークは名前も国もそのまま残って歴史は続いた、頭がすげ代わっただけの事である


バルテッサの指摘した通り「ただの歴史の一行」でしかなかった

そしてバルテッサの期待、と違うが、フォルトナは「満点」の回答を見せた

自分の思いを優先しながらも、ギリギリの所でフローリアを守った。だが「国」その物を変えるような干渉はせず

あくまで「自分の出来る「個人」として出来る範囲」で力を使い全て達成した

「別に「策」を巡らした結果じゃない、フローリアを縛っていた「国」という楔が解かれて、彼女が生きる、という判断をしただけ私はそれに手を添えただけだ」

「バルテッサの言う事も尤もだと思った
国も大陸もそこに住む人の人生も歴史も続く
それを干渉して大きく変えれば、それは人の歴史ではない」

「時には森に手を加える事は「成長」「繁栄」には必要だろう、が、それをやるのは私でもバルテッサでもない、あくまで、そこで生まれ、育った者がするべき事だ、だからああいう手段を取った」

「実際、結果論だが、バルテッサの指摘通りだった、国も名前も人も残った。そしてまた続く、お前の考えは正しいんだ」

フォルトナはそう全てを語った後再び旅への歩を進めた

そしてバルテッサは目を細め僅かに笑って、フォルトナの背を追った、彼にとっては可愛い孫の様な存在ではある


それ以上に、彼女の内面資質は発言を見ても素晴らしいものだった、自己の意思を貫きながら、回りを巻き込むようなものではない

人を超える力が有りながら、それを強引に行使する事もない

「個」と「全」
「自己」と「他者」
「勇」と「知」
「人」と「魔」

これが均等にバランスしている英傑に相応しい人物である


そしてそれが自分の手元に居るのである
どういう経験をして、どう年齢を重ね、どう完成するのか。それを旅のお供として歩み見るのはこのうえない娯楽だったのかもしれなかった


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