境界線の知識者

篠崎流

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三界の書

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4月に入り、季節が移る、各国の春物が出た事で先の中央での物資混乱も一時的に収まる事となった、とは云え、中央では混乱に乗じた領土の奪い合い

漁夫の利を占めたテスネアが自国と周辺二国を押さえた事で、不穏な空気は拡大したと云えるだろう。

この状態に至ると自ずと覇権を取ったと云っても違いは無い、中央地域各国は未だ動けず、ほぼ中央付近で動けるのはテスネアだけという状態である

グランセルナ連合ではこの事態への対処は特別公式な話し合い、会議の類は無かった、別に隣接領土でも無く、他所の事ではあるが、グランセルナ本国にロッゼが訪れた事から

「ついで」で話し合われる用意が成される、軽い挨拶の後、昼食会の中での個人的な会談がまず成された

「色々と大変でしたね陛下」
「ああ、いきなりの事態だったからなぁ‥すまんなソッチにいけなくて」
「いえ、わたくしも先の事件からそれ所ではありませんでしたし」
「こっちの無理をロッゼに押付けてしまったな」
「陛下の考え「中央を救う」は道義的に正しくあります、それに「時期はずれ」の食料の開発はロベルタ周辺地域にも、有益ですから、陛下の手法で既に食料自給率も上がってきています」

何時の間にか、ロッゼはフォレスを「陛下」と呼ぶようになり、フォレスはロッゼを「ロッゼ」と呼ぶようになっていた

特に意識して始めた事ではないが、立場の変化から自然にそうお互いを認識した結果でもある

「所で今後ですが」
「中央はおそらく事が進むだろう‥残念ながら、それを抑える手段が無い」
「そうですか‥私の方から出来る事は?」
「うーむ、続けて内治の安定と防備だろうなぁ、何かするには難しい」
「兵糧の確保ですね」
「だな、先の混乱で連合各国も物資輸出させたし」
「ええ」
「そもそも連合は、どこかにちょっかいを掛ける方針は基本的に無い、防ぐ、維持であるから、余程の事態が無い限り「守る」以外はないなぁ」

「やはり何かをするとしたら陛下のグランセルナからですか?」
「そうなると思う、ただ、それも軍力は使えない」
「先の、まだ今ですね。中央の事でも そうなりますね」
「そうだな、隣接地で無い限りは間に地域がある、それを超えてとなると両国間での交渉が居る」
「前回の様な人道支援なら兎も角軍隊となると無理でしょうねぇ‥少なくともグランセルナからとしても、ペンタグラムまで間に五国ありますし…」
「同感だ、それにもう、ペンタグラムの力とか、告知とかもな‥」
「ええ‥もう何らの効果を発揮しない可能性が‥」
「ま、それはしかたない、向こうの事は向こうに任せるしかないし。ただ」
「?」
「次の実りまでに例のテスネアが一気に、となるとな」

「そうですね‥中央の各国兵力が多い、にも関わらずあの様な事態になったわけですから」
「飢えた軍隊が勝つ事は無い、を現実に見せ付けられたからな、後は各国の物資不足改善まで時間を稼げれば、という事になる」
「どうでしょう、では、やはり援助を継続しては?」
「一応、商売上では‥ローラが小規模だが続けるそうだが、今はなぁ‥」
「たしかターニャさんもペンタグラムに残ったとか?」
「ああ、落ち着いたら戻るとは云ってたが、ここまで来ると難しい、ターニャは教皇様と繋がりが出来てしまった、簡単に見切れる物ではないのだろう」
「タイミング的に、ですか?」

「そうだな、それに、そうあの子が判断したなら尊重もしてやりたいというのもあるし、一方で事、争い事でもターニャ自身は一人でもどうとでもなるくらい強いからなぁ」
「以前仰っていた「人は自ら判断してこそ人である」ですね」
「それも前提にある、ただ、そこまで急激に事が進むとも考えては居ない、国なり軍なり動くと成れば情報も出るだろうし」
「確かにそうですね、1、2ヶ月でどうこうというのは極端ですね」
「ま、とりあえずそこはこっちの会議でも話そう、所でロッゼは?」
「はい、勿論陛下にお会いしたくもありましたが‥今日はグランセルナを見てみたいと思いまして」
「そういえば初めてだったな‥」
「ええ、わたくしも自国の治世に陛下の統治から学びたいと思いまして」
「なるほど、それなら存分に見学してってくれ」
「有難う御座います」

ロッゼ自身も君主であり、先の戦後処理、交わしたフォレスの見識からそう望んだ。何故これ程の治世が出来、人材が集まるのか、何故これ程高い知識があるのか自身が知りたいと思ったのである

それから暫くはグランセルナに滞在してアチコチ見て回る事になる会議にも参加して少しでも何かを掴もうとしていた

グランセルナの軍官会議にも御付のシンシアと参加する事となった、無論、連合の君主の一人であるからにはお客様扱いでは無くきちんと席を預かった

「まず、中央から派生し拡散している乱に対してですが」

メリルが音頭を取った所から始まる

「今の所、ヘッジホッグがこちらの生産物を取引している、先にロッゼ共話したが、基本方針は同じく継続でとなる」
「こちらから現状以上の事はやれませんからねぇ、軍を出せる訳でもないですし」
「人を送る事は出来ますが如何しましょう?」
「どうだろうな、ターニャだけでもほぼ万能だからな、誰かが必要なというのも今ひとつ分らん。ただ、この事態に至ると前の統計情報が役に立たん、調査隊の類は必要かな」
「フォレス」
「なんだ?アノミア」
「この際、誰か人を追加するなら、こちらから出したい」
「‥なるほど‥確かにその方が効率的だな」
「だろ?」
「よし、当面中央の情報収集を任せる、手法も委任する」
「ああ」

「他には何かあるか?」
「今の所ありません」
「では、バルクストの事だが、そろそろオルガに任せたい」
「?‥しかし王様。当人が固辞しておりましたが」
「いや、理屈としては正しいだろう、元々の故郷だし元の王族だ」
「エミリアの云う通りだ、それに譲るという話ではない、それと、色々やらせてみたがオルガは良識が高い変な価値観も拘りも無いし野心も無い」
「確かにそうですね、色んな意味で適任ではあります、ですが」
「ああ、当人に聞いてからだ」
「分りました、後でお呼びします」
「うむ」

「ではティア様はどうします?」
「そのまま本国に置いてよかろう、森住人もこちらだし、ティア自体力は十分にあるし、基本どの役割も果せる」
「軍部の方ですが改良弩の量産は順調です、既に自軍には7割配備終っています」
「では、それによって使わなくなる旧弓を、連合各国への配備も」
「はっ」
「それと例の水栽培ですが、欠点もありますね」
「ああ「日持ち」だろ?」
「ええ、移送限定で無く、必要な所での現地生産限定に近いですね、基本二週間持ちません、それと、干し物、揚げ物、燻製は上手くいってます、こちらは逆に保存物としては優秀です、住民は再び増加していますが、全く問題は出ていません」

「そうだな、出来た干し物はローラに回そう基本こっちでは余る」
「そうですね、食糧生産は春先でも人口比二倍は軽くありますし」
「今の所はそんな所か、それから軍錬、こちらの農法の資料を、ロッゼに」
「はは」

直接会議に参加したロッゼ達だが、特に意見の類は無い当人が国内事情に詳しくないというのもあるが、自分の方とは随分違うなというのがまずあった

会議後に一同に礼を払われ「奥方様」という扱いだったが、それは寧ろ嬉しくもあったが

「それにして皆其々積極的に意見を出すのですね」
「んー、そうだな、ま、これは最初から、国の起こりから考えろ行動しろ自活しろをやってきた、風土、国民性的なモノもあるが目的が共通しているという事もあるだろう」
「それは?」
「国を良くするとは何か?という目的、方針、そして意見を聞いてくれる王という構築もある」
「なるほど、陛下はなんというか、王らしくありませんからね」
「オレもそう思う、実際偉いとも王様だとも思ってないし、自分が優れているとも思ってない、欠点も多いしな、ただ、ロッゼも系統的に違いは無いと思うのだが」
「どうなんでしょう?シンシアはどう思います?」
「そうですね、ロッゼ様は穏健ですし、他者の意見をよく聞きますが、私などは兎も角、他の方は意見し難いのかも?‥これはどこの君主でもそうですがやはり最高権力者には違いありませんし、それとやはり血統でしょうね」
「ああ、大昔とは言え、ずっと続く勇者の家系だしな」
「なるほど‥」

「それに私から見てですが、意見する人も何時も同じに見えますねベッケルス大将とか‥」
「確かにそうですね」
「これも個人的な見解ですが、インファルさんが居ると居ないとでは意見の纏まり方が違いますね、過去仰った様に、また、実際見せた通り、ロッゼ様の基本方針を叶えながら、他者の有効な意見を取り入れて、誘導すらします」
「ハーベじゃダメか?」
「そうですね‥どちらかと云えば積極的ではないので」
「うーん、インファルを固定でそちらにつけてもいいんだが、ずっと、という訳にもなぁ」
「ですねぇ」
「カルディアのとこもそうだけど、こっちの人材部を派遣するか、どうせそのつもりだったし、基本現地から見出した方がいいしな」
「人材部?」

と、ロッゼが聞いた為そのまま会議室から出てその「人材部」に案内して説明した、基本道具があり、偏見が少ない選抜眼があれば良く実際それ程難しい部署ではない、更に云えば、グランセルナは「術士」が多い

「それにだ、シンシアも近衛だからと分担せんでいいと思うぞ?極めて見識はまともなんだし、意見は言っていいと思うが」
「そうでしょうかねぇ‥」
「なんならサーチしてく?」

現在この「人材部」は既に30名程仕事に当っている、これをその日の内に指示して分割して一時、カハルとロベルタにも置くことになった

先に説明有ったとおり、そもそも本国から人材を送り続けるというのも如何に連合と云えどあまり宜しくない、現地から登用した方が良いだろうという事である

ついで、という訳でもないがその責任者でもあるオルガとも話し、会議の結果を伝えて了承を取った

「フォレス王がそうお考えならやってみます」であった

この人事は勿論オルガも理解していた、元々バルクストの王家の国であるし、住民も全てそうだ

地元出身のオルガであれば馴染み易く、代理統治が長くなっても問題無いだろうという事、オルガ自体の経験にも成るという事

一方で全く不安が無いという事でもない、一つに国が崩れた原因でもある、再度の不可解な死である、もう一つが元の王家の責任でもないが敗戦に導いた一族でもあるという点だが、これは既にアノミアを中心とした「裏」の備えを行っていたという事

ましてグランセルナの一地域であるし、仮にオルガを狙っても余り意味がない、そしてイザ戦争が起こったとしても、既にグランセルナの領土でもあり、後方に滞在施設があり、直ぐに援軍が来るという環境を作ってある事だ

一方、ロッゼも計30日グランセルナに滞在したそしてまた「べったり」だった

オルガは翌日には準備を整え、バルクストに移動する、オルガと入れ替えに戻ったティア、メリルと夕食をとって会談をもった

「ごくろうさん」
「いや、やってる事は森と変わらん、別に苦労は無い、実質周りの者が動いてるしな」
「そうか」
「それにしても中央の事が問題だな」
「ティアはどう考える?」
「正直、不可解だな。まず、タイミングが良すぎる、各国が物資不足に苦しむ中、テスネアだけ動いたのは不思議だ、予めこの事態に至るのを知って、備蓄をしていなければ大規模な軍は出せまい、ましてテスネアも中央地の一部には違い無い」
「うむ」
「偶然、か、或いは元々近い内に仕掛ける予定で過剰備蓄していたか」
「そこで「偶々飢餓が起こった」というのは出来すぎだよなぁ」
「まあ‥向こうの情報が無いから、実際の所は分らん、ウチみたいに食糧生産率が元々高いのかも知れんし」
「残念ながら、こっちも情報が無い、一応アノミアも行かせたので、動きと、簡単な統計類は有れば直ぐ情報は出ると思うが」

「なら結構、それ待ちだろう、判断するのは情報が少なすぎる」
「うむ‥」
「王様今後の人事的戦略ですが」
「そうだな、オレの意見だけ先に言わせて貰うと、バルクストが安定したら北関所から軍だけ残してクローゼらは本国へ、先に出した人材部から、カハル、ロベルタでも人が出て安定すれば、ハーベをカハル、インファルは本国へ、でいいと思う」
「なるほど」
「二人はどう思う」
「良いと思うぞ、如何に連合だと云ってもこっちから軍事や政治に干渉しすぎるのは良くない」
「同感です、騎士団の方もクローゼ隊長が居た方がいいですし、ハーベストさんが派遣軍を仕切った方が適任です、何しろ戦術面では恐らく王様や私と良い勝負でしょうから」
「だなぁ、んで、テラに代わる武芸者の類も幾人か探そう、ここはエミリア任せでいいけど」

「単純に武力だけなら特別な選抜組織はいらんだろうしな」
「つー訳でティアも頼むわ」
「‥まぁ、暇だからいいが‥」

そしてロッゼは夜、夫でもあるフォレスの部屋で一通り国内を回った内容への感想を述べた

「見た事も無い様な技術、知識ばかりですね‥陛下は何故この様な稀な知識をお持ちなのですか?」

率直に口にした、そこでフォレスもしばし考慮して「まあ、ロッゼにならいいか」と明かす事にした

「絶対に漏洩してはならない、という訳ではないのだが、一応秘密にしてくれるか?」
「はい、勿論です」
「三界の書、て知ってるか?」
「三界の書?いえ、初耳です、ですが、三界とは一般的に「天、魔、人」の三界ですよね?」
「流石ロッゼ、その通りだ。で、三界の書とはその「天魔人」の現在から過去に掛けての、ありとあらゆる歴史と知識が記された「書」だ、オレはそれを持っている」

云われてロッゼも「は!?」としか出なかった

「つまり‥陛下は三界の、ありとあらゆる知識を得た、という事ですか??」
「‥得た、というのは少し違うな「持っているが得られる物ではない」という感じか」
「どういう事なんでしょう‥」
「例えて云うなら‥んー。無限に広がる、数億冊の図書館、という感じだな」
「?」
「それは三界で其々、新しい知識、技術、歴史が生まれる」
「はい」
「するとその図書館の蔵書もどんどん増える、そして不自由なのは整理された図書館では無い、という事さ」
「あ‥では、欲しい本がどこかにあった、としてもそれを探さなければ得られない、という事ですか?」
「そうだな」
「成る程‥数億冊の図書館、ですか‥」
「要は、オレの頭の中にその図書館が有る、という事だ」
「‥それで稀な技術や知識をお持ちなのですね‥」

「が、先ほども云った通り、これは非常に不自由なモノだ、何しろ、知りたいと思っても1から探さなければならない、馬鹿みたいに広いその図書館をな」
「そうだったのですか‥しかし、陛下は何故それを?」
「うむ、まだオレがガキの頃「それを持つ悪魔」と交流をした事がある」
「?!」
「まあ、色々あってねそいつを助けた、それで三界の書を譲り受けた、そいつは消えちまったが「書」は残った‥そういう事だ」
「し、しかし、それを持って影響は無かったのですか?」
「今の所無いな、まあ、確認のし様が無いが、自己サーチはしたが別に何か能力が伸びたとか人間じゃ無くなった、とかも特に無いな」
「そうでしたか」
「ま、そういう訳だ、一応内緒の理由も分ると思うが」
「はい、無限の知識がある、となれば、それを得ようとする者、知ろうとする者が当然出ますね」

「そういう事だ、だが、実際はそんな良いものではないんだがなぁ」
「と、云うと?」
「不自由だし「知」というのは誰でも活かせる物じゃない」
「ああ‥そうかも知れません」
「得た所で他者の為に使う者がどれだけ居るのか、という事だ、金も国も軍も知識ですら、同じ事さ」
「ご尤もですね‥それを持つものが愚か者であれば悪い方にしか使いません、騙したり、貶めたり、間違いを良い事の様に見せかけ扇動したり」
「そ、所詮全ては道具、使うのは人間だ」
「陛下が持って然るべき、もしくは正しかったという事なんでしょう」
「それはまだ分らんがな、物事の最終的な裁定は結果が出ての事でもある」

「そうですね‥ですが一方で陛下はグランセルナという国を興し、多くの住民の飢えを救いました、経過も素晴らしかったと云えると思います」
「それも一理あるな」
「所で、この件を知っているのは?」
「ロッゼとティアだけだ‥ティアはそっちの知識に明るいから伝えたというのもある、他の者に一々説明するのも面倒だというのもあるが」
「確かにそうですね‥わたくしも今ひとつ理解し難い話でしたし」
「専門家なら「三界の書」の一言で通じるんだがなぁ」

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