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02「二周目」
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「――というわけで、織歌。バッドエンドだ。非常に残念。お疲れさま」
ぱちぱち、とやる気のない拍手とともに男の冷たい声がする。
目を開いたとき、目の前に広がるのは何もない場所だった。
「ここは……?」
無限に続くような闇の中、宙には淡く光る海月が漂っている。
闇の中で踊る海月は色とりどりに輝いていて、まるでお伽噺の竜宮城にでも来たような幻想的な光景。
だが私に感動はない。
乙女に裏切られてからというもの、毎日見続けてきた絶望的な光景と同じだからだ。
「ここは海の底の底、死の世界。”めた”を言うと、人生やり直し処。”ばっどえんど”の行く果てだ」
「……なんだ、貴様は」
目の前の幻想的な風景に圧倒される暇もなく、目の前の男はにこやかに説明を続ける。
この男のことを、私は知らない。
年のころは20代後半だろうか。着流し姿で、短い黒髪に金色の瞳。歴戦の兵士であるかのように、顔の右半分は大きな傷に覆われている。……堅気ではなさそうなので、極道者かもしれない。
特徴だらけで忘れようのない男。それなのに覚えていないということは初対面だろう。
何か尋ねようとしたが、あーあ、と言わんばかりのけだるげな態度に、なぜか妙に腹が立った。
「死の世界だと? そんなことは知っている。私は乙女に騙され、愛する男たちと共に――」
そこまで言って、激しい頭痛に襲われる。
そうだ、私は愛する人たちに囲われながら、海の底の世界で地上が滅ぶのを待っていたはず。
それが、なぜ今私だけで……
「この世界のことは覚えているか?」
言葉に詰まっている私に、男は穏やかに話しかけてくる。
親切にしてもらっているはずなのに、余裕ぶった態度や父のような包容力に、妙な反抗心が沸いてしまう。
「当たり前だ! 私はニューヨークで……」
「ああ、そっちじゃない。世界全体というか、”この物語”の世界の話だ」
私の言葉をさえぎって、男は訳の分からない話をしだした。
曰く、この世界は物語だと。
1923年を舞台にした『海神別奏』という乙女向け遊戯の世界。
世界は海から現れる亡霊・海魔の脅威にさらされている。
物語の女主人公は軍人であり、海魔と戦う特別組織『琅玕隊』の隊長。
仲間と恋愛をして絆を深めながら海魔と戦い、【破邪の歌】と呼ばれる特別な歌の力で世界を浄化する――
という話だと。
「ボケているのか……”すべて現実”だろう。なにが女主人公だ。どう聞いても私のこと――」
「そう。物語のヒロインは織歌、お前だ」
男はびしっと私を指さすと、今度は天に向かって指を向ける。
男の人差し指が向けられた先には、真っ暗闇の中でほのかに輝く海月が悠々と泳いでいる。海月は魂の象徴だ。行き場のない魂が、あてもなく流されて漂う、悲しい光景。それを見ると、心がぎゅうと苦しくなる。
「お前は本来、愛する人と共に戦い、困難に打ち勝って”はっぴいえんど”に向かうはずだった」
男は少し気まずそうな顔をしながら腕を組み、ぽつりとつぶやく。
「だが、失敗した」
と。
「悪役である令嬢、姫宮乙女の妨害により”たったひとりの運命の人”を選ぶことができず、男たちのゆがんだ愛を一身に受けて死の世界に落ちた。そこには希望がなく、未来もない、絶望とともに訪れる終わり。”ばっどえんど”だ」
「そうだ。私は愛する人たちと落ちてきた。それが何で――」
「終わったからだ。お前の人生はこれから2周目に向かう。人生をやり直すんだ」
「なにを非常識な……」
まるで人生を遊戯のように語る男にいら立ちが募る。人生は一度きり、だから尊いというのに。
私は確かに望んだ終わりは迎えられなかった。だが、たどり着いた結末も、その苦しみも、すべて私が生きた証だ。
だけど――
「お前は今の状況に満足しているのか?」
男の言葉が胸に刺さる。
本当はみんなに笑ってほしかった。幸せになってほしかった。彼らは私をとらえるために心を闇に置いてきてしまった。それは、私の望む形じゃない。
言葉に詰まる私をよそに、男は好き勝手に言葉を続ける。
「お前が選ばなかった男は死ぬ。だからお前は誰も選べなかった」
「……みんな、大切な人なんだ。誰か一人を選んで、それ以外の人を諦めるなんて……」
「それでいい。それでこそヒロインだ」
男は穏やかな口調で話しかけると、ぽんぽんと頭をなでてくれる。その温かさが苦しくて、せつなくて、そしてどこか懐かしい。おかしな話だ。私は彼のことなど知らないのに。
「次は全員を選べばいい」
私はこの男の言葉に救われている。
男の言葉を、下らないと一蹴することはもうできなかった。
「俺の力でお前の人生をやり直させる。今度こそ、運命の人全員を平等に愛しぬけ。それが”俺たち全員”が救済される道だ」
俺たち。その言葉に何かが引っ掛かる。神のような立場に居ながら、まるで私と同じ目線を持っているようで。
「……お前は、誰なんだ」
「話を進めれば嫌でもわかる」
だが、答えは教えてもらえなかった。
男は穏やかに、慈しむように、寂しそうに笑う。だがこほん、と咳払いをしてまじめな顔で目を合わせた。
「海神織歌、お前に指令を下す」
男は私をびしっと指さすと、まるで上官の様に命令を下してくる。迫力のある男に気おされて、軍人の性で、思わず敬礼をしてその言葉を受け取ってしまった。
【全員ヲ攻略セヨ】
二周目とは何なのか、攻略とは何なのか、その答えは何もわからない。
だが、私はその指令を受け取った。
全員救済、その道筋がその先にあると信じて。
ぱちぱち、とやる気のない拍手とともに男の冷たい声がする。
目を開いたとき、目の前に広がるのは何もない場所だった。
「ここは……?」
無限に続くような闇の中、宙には淡く光る海月が漂っている。
闇の中で踊る海月は色とりどりに輝いていて、まるでお伽噺の竜宮城にでも来たような幻想的な光景。
だが私に感動はない。
乙女に裏切られてからというもの、毎日見続けてきた絶望的な光景と同じだからだ。
「ここは海の底の底、死の世界。”めた”を言うと、人生やり直し処。”ばっどえんど”の行く果てだ」
「……なんだ、貴様は」
目の前の幻想的な風景に圧倒される暇もなく、目の前の男はにこやかに説明を続ける。
この男のことを、私は知らない。
年のころは20代後半だろうか。着流し姿で、短い黒髪に金色の瞳。歴戦の兵士であるかのように、顔の右半分は大きな傷に覆われている。……堅気ではなさそうなので、極道者かもしれない。
特徴だらけで忘れようのない男。それなのに覚えていないということは初対面だろう。
何か尋ねようとしたが、あーあ、と言わんばかりのけだるげな態度に、なぜか妙に腹が立った。
「死の世界だと? そんなことは知っている。私は乙女に騙され、愛する男たちと共に――」
そこまで言って、激しい頭痛に襲われる。
そうだ、私は愛する人たちに囲われながら、海の底の世界で地上が滅ぶのを待っていたはず。
それが、なぜ今私だけで……
「この世界のことは覚えているか?」
言葉に詰まっている私に、男は穏やかに話しかけてくる。
親切にしてもらっているはずなのに、余裕ぶった態度や父のような包容力に、妙な反抗心が沸いてしまう。
「当たり前だ! 私はニューヨークで……」
「ああ、そっちじゃない。世界全体というか、”この物語”の世界の話だ」
私の言葉をさえぎって、男は訳の分からない話をしだした。
曰く、この世界は物語だと。
1923年を舞台にした『海神別奏』という乙女向け遊戯の世界。
世界は海から現れる亡霊・海魔の脅威にさらされている。
物語の女主人公は軍人であり、海魔と戦う特別組織『琅玕隊』の隊長。
仲間と恋愛をして絆を深めながら海魔と戦い、【破邪の歌】と呼ばれる特別な歌の力で世界を浄化する――
という話だと。
「ボケているのか……”すべて現実”だろう。なにが女主人公だ。どう聞いても私のこと――」
「そう。物語のヒロインは織歌、お前だ」
男はびしっと私を指さすと、今度は天に向かって指を向ける。
男の人差し指が向けられた先には、真っ暗闇の中でほのかに輝く海月が悠々と泳いでいる。海月は魂の象徴だ。行き場のない魂が、あてもなく流されて漂う、悲しい光景。それを見ると、心がぎゅうと苦しくなる。
「お前は本来、愛する人と共に戦い、困難に打ち勝って”はっぴいえんど”に向かうはずだった」
男は少し気まずそうな顔をしながら腕を組み、ぽつりとつぶやく。
「だが、失敗した」
と。
「悪役である令嬢、姫宮乙女の妨害により”たったひとりの運命の人”を選ぶことができず、男たちのゆがんだ愛を一身に受けて死の世界に落ちた。そこには希望がなく、未来もない、絶望とともに訪れる終わり。”ばっどえんど”だ」
「そうだ。私は愛する人たちと落ちてきた。それが何で――」
「終わったからだ。お前の人生はこれから2周目に向かう。人生をやり直すんだ」
「なにを非常識な……」
まるで人生を遊戯のように語る男にいら立ちが募る。人生は一度きり、だから尊いというのに。
私は確かに望んだ終わりは迎えられなかった。だが、たどり着いた結末も、その苦しみも、すべて私が生きた証だ。
だけど――
「お前は今の状況に満足しているのか?」
男の言葉が胸に刺さる。
本当はみんなに笑ってほしかった。幸せになってほしかった。彼らは私をとらえるために心を闇に置いてきてしまった。それは、私の望む形じゃない。
言葉に詰まる私をよそに、男は好き勝手に言葉を続ける。
「お前が選ばなかった男は死ぬ。だからお前は誰も選べなかった」
「……みんな、大切な人なんだ。誰か一人を選んで、それ以外の人を諦めるなんて……」
「それでいい。それでこそヒロインだ」
男は穏やかな口調で話しかけると、ぽんぽんと頭をなでてくれる。その温かさが苦しくて、せつなくて、そしてどこか懐かしい。おかしな話だ。私は彼のことなど知らないのに。
「次は全員を選べばいい」
私はこの男の言葉に救われている。
男の言葉を、下らないと一蹴することはもうできなかった。
「俺の力でお前の人生をやり直させる。今度こそ、運命の人全員を平等に愛しぬけ。それが”俺たち全員”が救済される道だ」
俺たち。その言葉に何かが引っ掛かる。神のような立場に居ながら、まるで私と同じ目線を持っているようで。
「……お前は、誰なんだ」
「話を進めれば嫌でもわかる」
だが、答えは教えてもらえなかった。
男は穏やかに、慈しむように、寂しそうに笑う。だがこほん、と咳払いをしてまじめな顔で目を合わせた。
「海神織歌、お前に指令を下す」
男は私をびしっと指さすと、まるで上官の様に命令を下してくる。迫力のある男に気おされて、軍人の性で、思わず敬礼をしてその言葉を受け取ってしまった。
【全員ヲ攻略セヨ】
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