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11「救世主」
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「さっきは警察を上手くまいたんだって? 話題になってたぜ」
荷物持ちに扮した人攫いは私のトランクに手を添えながら、先ほど縛り上げるのに使ったスカーフを見せつけてくる。
敵意むき出しの挑発――荷物を渡してしまったのでその場を去ることもできない。
「荷物を返しなさい」
「やめてくれ! ヒステリイを起こさないでくれ! 俺はただの荷物持ちだ!」
怒りを飲み込んで冷静に声をかけたが、人攫いは大げさに騒ぎ立てる。
周りの視線が集まり「トラブル?」「人を呼ぶ?」という声がこちらに聞こえてくる。
(クソ! こっちが騒ぎを起こせないのをいいことに……!)
警備員が来たとしても、この男は騒ぎ立てて大事にするだろう。
「……何を企んでる」
「ただこのスカーフのお礼を言いたかっただけだ。ありがとよ、きつーく縛ってくれて」
「そうか、じゃあ気は済んだな。荷物を返せ」
「おいおい、さっきと違って静かじゃないか。女の子はそのほうがいいぜ、高く売れる」
「もういいだろう。さっさと――っ!」
ドン、と小さな衝撃と共に熱いものが体にかかる。
一息置いて、それが私に掛けられたコーヒーだと気づいた
別の男が前からふらふらと歩いてきて私のもとにぶつかりかけたところを、兵曹が手で庇う。
だが液体は庇いきれず、白いワンピースが茶色く染まった。
「おっと、悪いね」
『てめえ……!』
『兵曹、やめろ』
人攫いがさっきから無駄に時間を引き延ばしていたのは、このちんけな嫌がらせのために仲間が来るのを待っていたんだろう。
だが、しょうもない嫌がらせの効果はてきめんだ。
コーヒーの匂いが鼻を突く、服の内側まで濡れて不快感が半端ない。
突然のトラブルに周りの客が騒ぎ出す。「可哀そう」「人種差別だ」、そんな憐れみの言葉が、今の私にはつらかった。
騒ぎを起こしたくないので怒らんとする兵曹を制し、何事もなかった顔をしてやり過ごすしかなかった。
「満足したか? 鞄は他の奴に運ばせろ」
「いやいや、これは俺の仕事だぜ? 俺から仕事を奪いたいなら、お願いしてもらわなきゃ」
「…………」
こいつはさっきの屈辱を小さなプライドを満たすことで晴らしたいだけ。
ただの言葉だ、適当に口から出して、この茶番を終わらせてしまえばいい。
これは敗北じゃない、私が賢く立ち回るだけだ。
「…………お、……………………おねがい、します」
頭ではわかっているのに、隠しきれない悔しさが声に乗ってしまう。
喉から絞り出すような声を聞いて、人攫いは楽しそうに笑った。
「あはは! 素直でいいじゃないか。さっきもそうしてりゃ、いい思いをさせてやったのに!」
肩に手が置かれるが、とてもじゃないが後ろにいる兵曹の顔は見れなかった。
奴は私をヒロインだと言ってくれたけど、そんな立派な人間じゃない。
私はもめ事を恐れて小悪党に屈したんだ、ヒロインはこんな惨めなことはしないだろう。
浮かれていた気分が一気に冷めた。
目の前の大劇場で自分が歌うかもしれない夢も、軍の中で出世できるのではないかと言う夢も、何もかも泡沫。
私にあるのはどこまでも染みつく穢れのような、安いコーヒーの饐えた臭いだけ。
これが、ニューヨークなんだ。
『もういい、行こう』
気を抜くと涙が出てしまいそうなので、顔に力を込めて兵曹に声をかけた。そっと肩に置かれた手に軽く触れ、合図を出す。
だが肩をつかむ力はより強くなり、ぐいと後ろに引かれた。
思わぬ力によろめくと、男の胸板に頭が当たる。
――おかしい、兵曹はこんな大きかっただろうか。
「そりゃあいい。俺にもいい思いさせてくれよ」
頭上から響いたのは兵曹とは違う、イタリアなまりの流暢な英語。
「ダミアン」
ちりん、と軽やかな鈴の音が鳴った。
駅であったあのマフィアは、どういうわけか再び私のもとに現れたようだった。
荷物持ちに扮した人攫いは私のトランクに手を添えながら、先ほど縛り上げるのに使ったスカーフを見せつけてくる。
敵意むき出しの挑発――荷物を渡してしまったのでその場を去ることもできない。
「荷物を返しなさい」
「やめてくれ! ヒステリイを起こさないでくれ! 俺はただの荷物持ちだ!」
怒りを飲み込んで冷静に声をかけたが、人攫いは大げさに騒ぎ立てる。
周りの視線が集まり「トラブル?」「人を呼ぶ?」という声がこちらに聞こえてくる。
(クソ! こっちが騒ぎを起こせないのをいいことに……!)
警備員が来たとしても、この男は騒ぎ立てて大事にするだろう。
「……何を企んでる」
「ただこのスカーフのお礼を言いたかっただけだ。ありがとよ、きつーく縛ってくれて」
「そうか、じゃあ気は済んだな。荷物を返せ」
「おいおい、さっきと違って静かじゃないか。女の子はそのほうがいいぜ、高く売れる」
「もういいだろう。さっさと――っ!」
ドン、と小さな衝撃と共に熱いものが体にかかる。
一息置いて、それが私に掛けられたコーヒーだと気づいた
別の男が前からふらふらと歩いてきて私のもとにぶつかりかけたところを、兵曹が手で庇う。
だが液体は庇いきれず、白いワンピースが茶色く染まった。
「おっと、悪いね」
『てめえ……!』
『兵曹、やめろ』
人攫いがさっきから無駄に時間を引き延ばしていたのは、このちんけな嫌がらせのために仲間が来るのを待っていたんだろう。
だが、しょうもない嫌がらせの効果はてきめんだ。
コーヒーの匂いが鼻を突く、服の内側まで濡れて不快感が半端ない。
突然のトラブルに周りの客が騒ぎ出す。「可哀そう」「人種差別だ」、そんな憐れみの言葉が、今の私にはつらかった。
騒ぎを起こしたくないので怒らんとする兵曹を制し、何事もなかった顔をしてやり過ごすしかなかった。
「満足したか? 鞄は他の奴に運ばせろ」
「いやいや、これは俺の仕事だぜ? 俺から仕事を奪いたいなら、お願いしてもらわなきゃ」
「…………」
こいつはさっきの屈辱を小さなプライドを満たすことで晴らしたいだけ。
ただの言葉だ、適当に口から出して、この茶番を終わらせてしまえばいい。
これは敗北じゃない、私が賢く立ち回るだけだ。
「…………お、……………………おねがい、します」
頭ではわかっているのに、隠しきれない悔しさが声に乗ってしまう。
喉から絞り出すような声を聞いて、人攫いは楽しそうに笑った。
「あはは! 素直でいいじゃないか。さっきもそうしてりゃ、いい思いをさせてやったのに!」
肩に手が置かれるが、とてもじゃないが後ろにいる兵曹の顔は見れなかった。
奴は私をヒロインだと言ってくれたけど、そんな立派な人間じゃない。
私はもめ事を恐れて小悪党に屈したんだ、ヒロインはこんな惨めなことはしないだろう。
浮かれていた気分が一気に冷めた。
目の前の大劇場で自分が歌うかもしれない夢も、軍の中で出世できるのではないかと言う夢も、何もかも泡沫。
私にあるのはどこまでも染みつく穢れのような、安いコーヒーの饐えた臭いだけ。
これが、ニューヨークなんだ。
『もういい、行こう』
気を抜くと涙が出てしまいそうなので、顔に力を込めて兵曹に声をかけた。そっと肩に置かれた手に軽く触れ、合図を出す。
だが肩をつかむ力はより強くなり、ぐいと後ろに引かれた。
思わぬ力によろめくと、男の胸板に頭が当たる。
――おかしい、兵曹はこんな大きかっただろうか。
「そりゃあいい。俺にもいい思いさせてくれよ」
頭上から響いたのは兵曹とは違う、イタリアなまりの流暢な英語。
「ダミアン」
ちりん、と軽やかな鈴の音が鳴った。
駅であったあのマフィアは、どういうわけか再び私のもとに現れたようだった。
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