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17「文化」
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「馬鹿なんですか」
エンゼル神父の目は相変わらず冷たかった。
彼の信仰的にあり得ない設定だったようで「言い訳にしても愚かすぎる」と心から蔑んだ目で見下してくる。
「我々は時代の先に立つ国ですから。貴国にはまだない文化かな?」
「文化……?」
「あなたは私のことも、日本のことも知らない。その無知な刃で私の婚約者を殺すのですか?」
もちろん日本にも重婚文化などない、が、エンゼル神父は知らない。
私の言葉に耳を傾けず、知ろうともしないのだから。
このまま言い訳を畳みかけて押し切ろうと思った時、エンゼル神父の目に少しの動揺が走っているのが見えた。
「エンゼル。これ以上意地を張ってもお前が不利になるだけだ」
エンゼル神父の背後にいたシュヴァリエが口を開く。
「政府が出てくれば事態はお前の手に余る。海魔もその女性も、然るべき場所で取り調べを行えばいい」
シュヴァリエの静かな低音には威圧感が滲みつつも、どこかエンゼル神父に対して親しみのある口ぶりだ。
エンゼル神父は【彼は海軍大尉をたぶらかして自分の手元に置くような犯罪者】と言っていたが、彼がその元海軍大尉なのだろうか。
白人の海軍将校がマフィアの手下……人に言えたことじゃないが、ダミアンとシュヴァリエも滅茶苦茶なことをしているようだ。
「ミシェル……」
エンゼル神父の口から出たのはシュヴァリエの名前だろうか。
「軽率な行動で二国間の海魔対策の盟約が消える可能性がある。それがお前の望みか?」
「…………わかりました」
2人の間には親交があるらしく、シュヴァリエの言葉にエンゼル神父は手を止めた。
悔しそうに眉を顰めつつも、静かに銃とナイフを地面に置き、両手を挙げて数歩離れる。
シュヴァリエもまた同じ様に武器を置いた。
(やっと収まった……)
ほんの数分の出来事なのに、異様に長く感じた。
兵曹にはそのまま動くなと手で指示を出しつつも、緊張状態が解けた安堵で体の力が抜ける。
「もう茶番は終わりか?」
「ええ。あとはお好きになさってください。女性軍人の愛人でもなんでも」
エンゼル神父はダミアンに冷たい。
そしてエンゼル神父とシュヴァリエには交友関係がある……なるほど、この3人の複雑な人間関係がうっすら見えてきた。
「好きに、ね……」
吐き捨てるような呟きと共に背後から私を抱きしめていたダミアンの手が離れる。
(そうだ、彼に婚約者のことを説明しないと)
だがなんと言えばいいのだろう。
これは交渉材料としてでっち上げた適当な嘘だから気にしないでください――そんなこと、言えるわけがない。
ダミアンは真剣に私の身を案じてくれた、そこには同情であれ憐憫であれ、確かな情を感じた。
それを裏切るような言葉は吐きたくない、私は適当な気持ちで婚約者などと偽ったわけではない。
「おい」
「えっ……うわっ!」
そんなことを考えていると、ダミアンに肩を押された。
バランスを崩した体は床に仰向けに倒れ、視界にはボックス席のシャンデリアの煌めきが映る。
「なにをするんだ」と言う前に、ダミアンの顔が間近に迫ってきた。
「んっ……んんっ――!」
優しさの欠片もなく、まるで噛みつくような口づけ。
逃がさないと言わんばかりに深く、深く、唇を奪われる。
それはまるで怒りに満ちた獣が敵の喉笛を嚙むような仕草に似ていた。
「俺を助けたと思うなよ、このビッチ」
ダミアンは滅茶苦茶に怒っていた。
そりゃそうだ、ギャングが自分のシマで銃口を向けられた挙句、異国の軍人には婚約者だと偽られる。
普通に考えたら殺されないだけましなのだろう。
だが――
「私は本気だ」
「っ……!」
私だって適当を言ったわけじゃない、別の言い訳だって考えられた。
それでも口から出たのが婚約者だった――私は彼に好意がある。
そのことは偽りでないと、彼に伝えたかった。
「……はは。”可愛い”態度だ。さすがだよ」
ダミアンは私の言葉に一瞬動揺したが、すぐに取り澄ました笑顔に戻っていく。
先ほどまで真剣に私の身を案じてくれた彼の姿はなく、目の前にいるのはギャングの威厳を身に纏った伊達男だった。
「冷めた。帰るぞシュヴァリエ」
「はい」
ダミアンはこちらに目をくれることもなく、会場を後にしてしまう。
あれほど庇ってくれた人を怒らせたままの別れになり、心に靄が残る。
(必ず会いに行こう、そしてもう一度話をしよう)
本当は今すぐにでも追いかけたいが、エンゼル神父の視線がそれを許してくれない。
彼は去っていくダミアンの背を目で追いつつも、その場から一歩も動かない。
「終わりましたか?」
「ええ……」
彼は私たちが動けるようになるのを待っているようだ。
兵曹に目で合図をして立ち上がらせる。
「あなたが案内してくださるんですか?」
海魔に異様に詳しく、軍施設での銃の携帯を許されていることからして、考えられる状況はひとつだけ。
彼が”琅玕隊”の案内人なのだ。
「ええ。施設へご案内します。海神少尉」
この男は私が少尉であることも兵曹が軍人であることも知っておきながら、海魔と判断するや否や容赦なく武器を向けてきた。
冷静な態度の裏にある、狂気にも似た海魔への激しい憎悪に冷や汗が滲む。
これからうまくやっていけるだろうか……そんなことは、神しか知らないのだろうが。
エンゼル神父の目は相変わらず冷たかった。
彼の信仰的にあり得ない設定だったようで「言い訳にしても愚かすぎる」と心から蔑んだ目で見下してくる。
「我々は時代の先に立つ国ですから。貴国にはまだない文化かな?」
「文化……?」
「あなたは私のことも、日本のことも知らない。その無知な刃で私の婚約者を殺すのですか?」
もちろん日本にも重婚文化などない、が、エンゼル神父は知らない。
私の言葉に耳を傾けず、知ろうともしないのだから。
このまま言い訳を畳みかけて押し切ろうと思った時、エンゼル神父の目に少しの動揺が走っているのが見えた。
「エンゼル。これ以上意地を張ってもお前が不利になるだけだ」
エンゼル神父の背後にいたシュヴァリエが口を開く。
「政府が出てくれば事態はお前の手に余る。海魔もその女性も、然るべき場所で取り調べを行えばいい」
シュヴァリエの静かな低音には威圧感が滲みつつも、どこかエンゼル神父に対して親しみのある口ぶりだ。
エンゼル神父は【彼は海軍大尉をたぶらかして自分の手元に置くような犯罪者】と言っていたが、彼がその元海軍大尉なのだろうか。
白人の海軍将校がマフィアの手下……人に言えたことじゃないが、ダミアンとシュヴァリエも滅茶苦茶なことをしているようだ。
「ミシェル……」
エンゼル神父の口から出たのはシュヴァリエの名前だろうか。
「軽率な行動で二国間の海魔対策の盟約が消える可能性がある。それがお前の望みか?」
「…………わかりました」
2人の間には親交があるらしく、シュヴァリエの言葉にエンゼル神父は手を止めた。
悔しそうに眉を顰めつつも、静かに銃とナイフを地面に置き、両手を挙げて数歩離れる。
シュヴァリエもまた同じ様に武器を置いた。
(やっと収まった……)
ほんの数分の出来事なのに、異様に長く感じた。
兵曹にはそのまま動くなと手で指示を出しつつも、緊張状態が解けた安堵で体の力が抜ける。
「もう茶番は終わりか?」
「ええ。あとはお好きになさってください。女性軍人の愛人でもなんでも」
エンゼル神父はダミアンに冷たい。
そしてエンゼル神父とシュヴァリエには交友関係がある……なるほど、この3人の複雑な人間関係がうっすら見えてきた。
「好きに、ね……」
吐き捨てるような呟きと共に背後から私を抱きしめていたダミアンの手が離れる。
(そうだ、彼に婚約者のことを説明しないと)
だがなんと言えばいいのだろう。
これは交渉材料としてでっち上げた適当な嘘だから気にしないでください――そんなこと、言えるわけがない。
ダミアンは真剣に私の身を案じてくれた、そこには同情であれ憐憫であれ、確かな情を感じた。
それを裏切るような言葉は吐きたくない、私は適当な気持ちで婚約者などと偽ったわけではない。
「おい」
「えっ……うわっ!」
そんなことを考えていると、ダミアンに肩を押された。
バランスを崩した体は床に仰向けに倒れ、視界にはボックス席のシャンデリアの煌めきが映る。
「なにをするんだ」と言う前に、ダミアンの顔が間近に迫ってきた。
「んっ……んんっ――!」
優しさの欠片もなく、まるで噛みつくような口づけ。
逃がさないと言わんばかりに深く、深く、唇を奪われる。
それはまるで怒りに満ちた獣が敵の喉笛を嚙むような仕草に似ていた。
「俺を助けたと思うなよ、このビッチ」
ダミアンは滅茶苦茶に怒っていた。
そりゃそうだ、ギャングが自分のシマで銃口を向けられた挙句、異国の軍人には婚約者だと偽られる。
普通に考えたら殺されないだけましなのだろう。
だが――
「私は本気だ」
「っ……!」
私だって適当を言ったわけじゃない、別の言い訳だって考えられた。
それでも口から出たのが婚約者だった――私は彼に好意がある。
そのことは偽りでないと、彼に伝えたかった。
「……はは。”可愛い”態度だ。さすがだよ」
ダミアンは私の言葉に一瞬動揺したが、すぐに取り澄ました笑顔に戻っていく。
先ほどまで真剣に私の身を案じてくれた彼の姿はなく、目の前にいるのはギャングの威厳を身に纏った伊達男だった。
「冷めた。帰るぞシュヴァリエ」
「はい」
ダミアンはこちらに目をくれることもなく、会場を後にしてしまう。
あれほど庇ってくれた人を怒らせたままの別れになり、心に靄が残る。
(必ず会いに行こう、そしてもう一度話をしよう)
本当は今すぐにでも追いかけたいが、エンゼル神父の視線がそれを許してくれない。
彼は去っていくダミアンの背を目で追いつつも、その場から一歩も動かない。
「終わりましたか?」
「ええ……」
彼は私たちが動けるようになるのを待っているようだ。
兵曹に目で合図をして立ち上がらせる。
「あなたが案内してくださるんですか?」
海魔に異様に詳しく、軍施設での銃の携帯を許されていることからして、考えられる状況はひとつだけ。
彼が”琅玕隊”の案内人なのだ。
「ええ。施設へご案内します。海神少尉」
この男は私が少尉であることも兵曹が軍人であることも知っておきながら、海魔と判断するや否や容赦なく武器を向けてきた。
冷静な態度の裏にある、狂気にも似た海魔への激しい憎悪に冷や汗が滲む。
これからうまくやっていけるだろうか……そんなことは、神しか知らないのだろうが。
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