海神別奏:大正乙女緊急指令「九十九人ノ婚約者ヲ攻略セヨ」

百合川八千花

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28「ふたつの任務」

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 長い一日だった。

 キスをした後、私たちはダミアンの兵隊を率いて再びスピークイージーに戻って来た。
 だが場所はとうに制圧されていて、シュヴァリエが状況を説明してくれた。

「ほとんどミスターが制圧してくれました。ひとりの死者もなく」
「兵曹が……」
「ええ、そして彼が言うには『クラゲ』が関わっていると」

 シュヴァリエはそれだけ言うと、細かい話をするためダミアンと2人きりになってしまった。
 愛しい人に背中を向けられることを寂しいと思いつつも、私も父の元に向かう。

『お父さん……』

 あなたは、何者なんですか。

 その言葉をぐっと飲みこんだ。きっと聞いても答えてくれない。嘘で取り繕われるくらいなら、何も聞かない方がましと感じた。

『帰りましょう』
 
 どうにかそれだけ絞り出すと、ダミアンが手配してくれた車に乗り込む。
 お父さんは秘密を打ち明けてくれた。出自を明かし、正体を明かしてくれた。
 それでもまだ、彼には大きな秘密が隠れているようで仕方なかった。
 
 ◇ ◇ ◇
 
 軍は兵も隊も用意してくれなかったが、約束通り住む場所は手配してくれたらしい。
 高級住宅街の一角。アパート、と呼ばれる豪華な洋館の一室が私たちの新しい住処だった。
  
「へえ、いい部屋じゃねえか」
「た、確かに……平屋が丸ごと入ってるようだ」
 
 大きな建物の階段を上って、3階に位置する部屋の扉を開ける。
 あまり大荷物ではないつもりだが、ダミアンは私たちの荷物を軽々と持って先導してくれた。
 自分で持てる、と謙遜すると「俺の女の世話は俺の役目だ」と言ってきいてくれないので、お言葉に甘えた形だ。

(紳士だ……) 
 
 真ん中のだだっ広い居間を中心にさらに大量の扉があり、それらは寝室や書斎につながっているらしい。
 ご親切に家具だけではなく絵画や花瓶まで備え付けらえている。

「軍が用意したってんなら、色々仕掛けががあるかもな。明日確認してやるから、今日は静かに寝るだけにしておきな」
「あ、ああ。そうするよ」
「……緊張すんなよ。整備士を呼ぶだけだから」
 
 ダミアンと正式に付き合うと決めた後、私たちの間には微妙な空気が流れていた。
 甘酸っぱいような、近くにいるだけでドキドキする距離感に、互いに言葉が無くなっていく。
 
『寝る』

 そんな私たちを数分間眺めた後、お父さんはそう言って真っ暗な部屋に入ってしまった。
 ぶっきらぼうなりに私たちに気を使ってくれていることがわかって、私たちは静かに微笑みあってソファに座った。
 
 窓辺に厚手の深紅のカーテンがかかり、外の街灯の光を柔らかく遮っていた。
 ソファは葡萄色のベルベットで、沈み込むほど柔らかく、座るだけで甘い眠気がにじむ。
 電気をつけられないためローテーブルの上にろうそくを置く。暖かな琥珀色の光が私たちを静かに照らしてくれた。

「……その、恋人同士って、ことでいいんだよな?」
 
 ソファに座ると体が密着する。
 ダミアンの暖かくて大きな手に触れたいけれど、そこまで距離を詰めていいのか計りかねてもじもじしてしまう。
 ダミアンはそんな私にふっと笑うと、彼よりも小さな私の手をぎゅっと握ってくれた。
 
「おいおい。婚約者だと思ってたぜ。しかも、ふたりめの」
「そ、そうだったな。いや、あれには訳があって……」
「ぐだぐだ言うな。俺は構わない」

 ダミアンは私の手に小さな口付けを落とす。手の甲に感じる熱い唇の熱を感じると、もう我慢できなかった。

「……口吸い、したい」
「クチスイ?」
「キス……」
「キ、キスね……。大胆だな、日本の女は」
 
 突然の告白にダミアンは困りながらも、そっと頬に触れて熱い口づけをしてくれた。
 劇場とも、屋上でした時とも少し違う、お互い暖かな体温に包まれた愛のある口付け。幸福が全身に巡って、体に力が入らなくなる。

「好きだ」
「……あ、りがとよ」

 愛しさのあまり何度でも告白すると、ダミアンは苦笑した。情熱的だな、なんて笑いあいながら、熱い夜の時間は少し流れ――

「で、隊員になったら何すりゃいいんだ。マフィアは止めねえぞ。軍はそれを承知なんだろうな」

 ――話はすぐにビジネスに移ってしまった。

 私が浮かれすぎていた。ダミアンは私の婚約者になることだけでなく、軍に協力することまで承諾してくれていたのだ。
 ブロードウェイを支配している不動産王兼エンターテインメントの王は熱い口づけの余韻もそこそこに、メモと万年筆を取って私から情報を聞き出すターンに入ってしまっている。

(いや、当然なんだが。一生口吸いをしていてもいいくらい好きだから……もっとしたかった……!)

 浮かれた心を咳払いでいなしながら、私も軍人然とした姿に戻ろうと努める。愛しい人の前では到底無理な話だが、形だけでも様になっていればそれでいい。

「琅玕隊の主な任務はふたつ。まずは「海魔討伐」」
「海魔、あのモンスターね。たしかに軍が対処してるな」
「海魔は魂の穢れが具現化するという日本の怪異だが、海が繋がって以降は各地に出没するようになった。アメリカに出没する海魔はまだそこまで強くはないが、魂がアメリカ独自の信仰や宗教と結びついて思わぬ形に進化する可能性がある」
「つまり、アメリカのことはアメリカの人間で対応したほうがいい、と」
「そうなるな。私は武器の扱いや舞台の動きを指揮するが、アメリカ独自の進化をした場合はあなた方の知識を借りたい」
「俺の、知識ね」 
 
 かりかり、と心地よい万年筆の音がする。ダミアンが真剣にメモを取ってくれている。
 正直なところ、海魔討伐が一番の難関だと思っていたので、あっさりと受け入れてくれるのはありがたくもあり、不安でもあった。
 命懸けで海魔と言う名のモンスターと戦う任務など、マフィアとして盤石の地位を持つ彼がいまさらする必要のないことだ。
 それでもかまわない、と言ってくれるほど私たちの間には確かな愛情がある。

「で、もうひとつは?」
「ああ、こっちは人によっては嬉しいんじゃないかな? 特にあなたは」
「なんだよ。もったいぶって」

 だが、危険な任務には栄光もついてくる。
 もう一つの任務は琅玕隊の花形だ、きっとダミアンも喜んでくれるだろう。

「”劇場公演”だ! みんなの前で舞や歌……ここではミュージカルと言うのかな、それを披露して、とにかくみんなに褒めてもらえるぞ!」

 私はこの役回りが楽しみでたまらなかった。
 ワクワクしながらそのことを伝えると、ダミアンは静かに笑顔を浮かべた。
 そして、契約したての婚約者とは思えないほど酷い言葉で、私を罵ってきた。

「ふざけるな、ビッチ」
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