11 / 32
11「男と学校経営なんてさあ……」
しおりを挟む
「ヴェ……ヴェヴェヴェヴェヴェエル」
「ヴェルグ様!?」
私とカイルの声が重なる。
慌てすぎて私はまたろれつが回らなくなってしまった。
(どういうこと、泊まりの仕事じゃなかったの!?)
慌てふためいている私をよそに、ヴェルグは氷の笑顔でつかつかと私とカイルの間に割り込んでくる。
まずい、偽名を使って身分を偽ったことがあっけなくバラされてしまう……!
「こんにちは、カイル。そちらのお嬢さんは?」
「はえ?」
だけど、私の予想に反してヴェルグは必要以上に触れて来ない。
変装している私を見て状況を察してくれたのか、何か企んでいるのか、知らんぷりを決め込むらしい。
「彼女はティア。お客さんだったんですが、これから共同経営者になりそうです」
「それはすごい。今話していた、学校経営ってやつ?」
何も知らないカイルはにこやかに私を紹介してくれる。
「へえ、ティアって言うんだ」なんて笑うヴェルグの瞳は冷たいままで、冷汗が止まらない。
「ええ。今話が始まったばかりなんですが、彼女はすごい。もう企画書を描き始めているんですよ。ティア、見せてやりなよ」
「え、ええと……まだ、人様に見せられるような形にはなってないし……」
「チャンスを逃すな。大丈夫、内容は俺が保証する」
まずはヴェルグに今の状況を言い訳しないと、と尻ごむ私をよそに、カイルはさっと提案書の草案を渡してしまった。
「……へえ」
ヴェルグはそれを手に取ると、真剣な眼差しで草案を読んでくれる。
ナイフのように鋭い銀の瞳が文字を追って動く、その様は息を呑むほど美しかった。
「確かに荒い部分は多い。そもそも人はどうやって集めるの?」
「き、教師は私が。生徒は教会を通じて呼びかけてもらおうと思ってます」
「経理とか事務とか、細かい作業は俺がやりますよ」
へえ、と言いながらヴェルグはカフェの椅子に腰かけると、ペンをとって細かい部分を書き込んでいく。
「場所は?」
「教会を借りようかと。交渉は私がする予定です」
「時間は?」
「しばらくは安息日の週一回で考えてます。将来的には子供には学習を優先させて、もう少し日数を増やせるようにしたくて。ヴェルグ……様にご相談をしたいと思っておりました」
「そうだね。復興のさなかで人が足りてないとはいえ、子供が働き詰めな現状は改善しないと」
「子供だけではなく、学習を望む人たちには平等に機会を与えたいです。特に女性は働き口に困っていそうなので、読み書きができれば仕事にありつける機会も増えるかもしれません」
「戦争から帰ってきた男性達が増えて、女性の職業がいま圧迫されているんだ。よく調べたね、ティア」
目の前で問答をする彼は冷静で知的で、私を追い詰める変態伯爵の姿ではなかった。
らしくなく緊張してしまって、一つの問答のたびにごくりと唾をのむ。
王様と謁見しているときだってこんなに緊張していなかったのに。
「でも、一番大事なことが書かれていない。初期費用はどうするつもりだったの?」
「……それは」
一番痛いところを突かれて、カイルが言葉を詰まらせる。
だけど、その部分に関しては私には大きな武器があった。
「これを――」
私は鞄から、王から賜ったプラチナのティアラと、オルフィー殿下からもらった婚約指輪を取り出す。
どちらも王家の一品なだけあり、最高級品だ。宝石がカフェの中で陽光を浴びてキラキラと輝いている。
「それは――」
「売れば相当な額になります。この案を実行するには十分かと」
「……大切なものじゃないの?」
「過去の栄光です。これからの私には不要なものですから」
そう言いながら、ヴェルグにティアラと指輪を握らせる。
そう、これはすべて過去の栄光。聖女だった、王子の婚約者だった私だから与えられたもの。
”ただのティア”にはもう必要ないものだった。
「……男と学校経営なんて、一蹴してやろうと思ったのにな」
ぽつり、とヴェルグがつぶやいた。
どこか哀し気な瞳の奥に、慈愛に満ちた温かい色がある。
その瞳を見ていると、どきり、と心臓がはねた。
「そこまでの覚悟を見せられたら、僕もちゃんとしないとね」
「それじゃあ……」
ヴェルグの声に、カイルが期待に満ちた反応をする。
やったな、なんて言いながら私の肩に軽く触れる。ヴェルグがぎろりとその様を睨んでいるのには、気づいていないようだ。
「これはこの領地の未来への投資だ。初期費用、場所、各所への働きかけは僕が持つよ」
「やったな、ティア!」
「ただし、場所は僕の屋敷でやること。”先生”がどういう風に動いているか、監視したいしね」
いい話になりかけたが、やはりヴェルグは私を逃がしてくれる気は無いようだった。
だけど――
「ありがとう、ヴェルグ様」
あの監禁魔が、嫉妬の悪魔が、魔王の息子が、私の夢のために一時でも私を解き放とうとしてくれている。
そのことに感謝と敬意をもって、私はヴェルグに一礼をしたのだった。
「ヴェルグ様!?」
私とカイルの声が重なる。
慌てすぎて私はまたろれつが回らなくなってしまった。
(どういうこと、泊まりの仕事じゃなかったの!?)
慌てふためいている私をよそに、ヴェルグは氷の笑顔でつかつかと私とカイルの間に割り込んでくる。
まずい、偽名を使って身分を偽ったことがあっけなくバラされてしまう……!
「こんにちは、カイル。そちらのお嬢さんは?」
「はえ?」
だけど、私の予想に反してヴェルグは必要以上に触れて来ない。
変装している私を見て状況を察してくれたのか、何か企んでいるのか、知らんぷりを決め込むらしい。
「彼女はティア。お客さんだったんですが、これから共同経営者になりそうです」
「それはすごい。今話していた、学校経営ってやつ?」
何も知らないカイルはにこやかに私を紹介してくれる。
「へえ、ティアって言うんだ」なんて笑うヴェルグの瞳は冷たいままで、冷汗が止まらない。
「ええ。今話が始まったばかりなんですが、彼女はすごい。もう企画書を描き始めているんですよ。ティア、見せてやりなよ」
「え、ええと……まだ、人様に見せられるような形にはなってないし……」
「チャンスを逃すな。大丈夫、内容は俺が保証する」
まずはヴェルグに今の状況を言い訳しないと、と尻ごむ私をよそに、カイルはさっと提案書の草案を渡してしまった。
「……へえ」
ヴェルグはそれを手に取ると、真剣な眼差しで草案を読んでくれる。
ナイフのように鋭い銀の瞳が文字を追って動く、その様は息を呑むほど美しかった。
「確かに荒い部分は多い。そもそも人はどうやって集めるの?」
「き、教師は私が。生徒は教会を通じて呼びかけてもらおうと思ってます」
「経理とか事務とか、細かい作業は俺がやりますよ」
へえ、と言いながらヴェルグはカフェの椅子に腰かけると、ペンをとって細かい部分を書き込んでいく。
「場所は?」
「教会を借りようかと。交渉は私がする予定です」
「時間は?」
「しばらくは安息日の週一回で考えてます。将来的には子供には学習を優先させて、もう少し日数を増やせるようにしたくて。ヴェルグ……様にご相談をしたいと思っておりました」
「そうだね。復興のさなかで人が足りてないとはいえ、子供が働き詰めな現状は改善しないと」
「子供だけではなく、学習を望む人たちには平等に機会を与えたいです。特に女性は働き口に困っていそうなので、読み書きができれば仕事にありつける機会も増えるかもしれません」
「戦争から帰ってきた男性達が増えて、女性の職業がいま圧迫されているんだ。よく調べたね、ティア」
目の前で問答をする彼は冷静で知的で、私を追い詰める変態伯爵の姿ではなかった。
らしくなく緊張してしまって、一つの問答のたびにごくりと唾をのむ。
王様と謁見しているときだってこんなに緊張していなかったのに。
「でも、一番大事なことが書かれていない。初期費用はどうするつもりだったの?」
「……それは」
一番痛いところを突かれて、カイルが言葉を詰まらせる。
だけど、その部分に関しては私には大きな武器があった。
「これを――」
私は鞄から、王から賜ったプラチナのティアラと、オルフィー殿下からもらった婚約指輪を取り出す。
どちらも王家の一品なだけあり、最高級品だ。宝石がカフェの中で陽光を浴びてキラキラと輝いている。
「それは――」
「売れば相当な額になります。この案を実行するには十分かと」
「……大切なものじゃないの?」
「過去の栄光です。これからの私には不要なものですから」
そう言いながら、ヴェルグにティアラと指輪を握らせる。
そう、これはすべて過去の栄光。聖女だった、王子の婚約者だった私だから与えられたもの。
”ただのティア”にはもう必要ないものだった。
「……男と学校経営なんて、一蹴してやろうと思ったのにな」
ぽつり、とヴェルグがつぶやいた。
どこか哀し気な瞳の奥に、慈愛に満ちた温かい色がある。
その瞳を見ていると、どきり、と心臓がはねた。
「そこまでの覚悟を見せられたら、僕もちゃんとしないとね」
「それじゃあ……」
ヴェルグの声に、カイルが期待に満ちた反応をする。
やったな、なんて言いながら私の肩に軽く触れる。ヴェルグがぎろりとその様を睨んでいるのには、気づいていないようだ。
「これはこの領地の未来への投資だ。初期費用、場所、各所への働きかけは僕が持つよ」
「やったな、ティア!」
「ただし、場所は僕の屋敷でやること。”先生”がどういう風に動いているか、監視したいしね」
いい話になりかけたが、やはりヴェルグは私を逃がしてくれる気は無いようだった。
だけど――
「ありがとう、ヴェルグ様」
あの監禁魔が、嫉妬の悪魔が、魔王の息子が、私の夢のために一時でも私を解き放とうとしてくれている。
そのことに感謝と敬意をもって、私はヴェルグに一礼をしたのだった。
20
あなたにおすすめの小説
「偽聖女」と追放された令嬢は、冷酷な獣人王に溺愛されました~私を捨てた祖国が魔物で滅亡寸前?今更言われても、もう遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢フィーア・エメラインは、地味で効果が現れるのに時間がかかる「大地の浄化」の力を持っていたため、派手な治癒魔法を使う異母妹リシアンの嫉妬により、「偽聖女」として断罪され、魔物汚染が深刻な獣人族の国へ追放される。
絶望的な状況の中、フィーアは「冷酷な牙」と恐れられる最強の獣人王ガゼルと出会い、「国の安寧のために力を提供する」という愛のない契約結婚を結ぶ。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
「神に見捨てられた無能の職業は追放!」隣国で“優秀な女性”だと溺愛される
佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢アンナ・ローレンスはグランベル王国第一王子ダニエル・クロムハートに突然の婚約破棄を言い渡された。
その理由はアンナの職業にあった。職業至上主義の世界でアンナは無能と言われる職業を成人の儀で神に与えられた。その日からアンナは転落人生を歩むことになった。公爵家の家族に使用人はアンナに冷たい態度を取り始める。
アンナにはレイチェルという妹がいた。そのレイチェルの職業は神に選ばれた人しかなれない特別な職業と言われる聖女。アンナとレイチェルは才能を比較された。姉のアンナは能力が劣っていると言われて苦しい日常を送る。
そして幼馴染でもある婚約者のダニエルをレイチェルに取られて最終的には公爵家当主の父ジョセフによって公爵家を追放されてしまった。
貴族から平民に落とされたアンナは旅に出て違う国で新しい生活をスタートする。一方アンナが出て行った公爵家では様々な問題が発生する。実はアンナは一人で公爵家のあらゆる仕事をこなしていた。使用人たちはアンナに無能だからとぞんざいに扱って仕事を押し付けていた。
捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています
h.h
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。
自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。
しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━?
「おかえりなさいませ、皇太子殿下」
「は? 皇太子? 誰が?」
「俺と婚約してほしいんだが」
「はい?」
なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです
天咲リンネ
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。
しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。
契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。
亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。
たとえ問題が起きても解決します!
だって私、四大精霊を従える大聖女なので!
気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。
そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?
「女のくせに強すぎて可愛げがない」と言われ婚約破棄された追放聖女は薬師にジョブチェンジします
紅城えりす☆VTuber
恋愛
*毎日投稿・完結保証・ハッピーエンド
どこにでも居る普通の令嬢レージュ。
冷気を放つ魔法を使えば、部屋一帯がや雪山に。
風魔法を使えば、山が吹っ飛び。
水魔法を使えば大洪水。
レージュの正体は無尽蔵の魔力を持つ、チート令嬢であり、力の強さゆえに聖女となったのだ。
聖女として国のために魔力を捧げてきたレージュ。しかし、義妹イゼルマの策略により、国からは追放され、婚約者からは「お前みたいな可愛げがないやつと結婚するつもりはない」と婚約者破棄されてしまう。
一人で泥道を歩くレージュの前に一人の男が現れた。
「その命。要らないなら俺にくれないか?」
彼はダーレン。理不尽な理由で魔界から追放された皇子であった。
もうこれ以上、どんな苦難が訪れようとも私はめげない!
ダーレンの助けもあって、自信を取り戻したレージュは、聖女としての最強魔力を駆使しながら薬師としてのセカンドライフを始める。
レージュの噂は隣国までも伝わり、評判はうなぎ登り。
一方、レージュを追放した帝国は……。
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる