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猫
生きる赤の女王は、生まれながらの姿を見せる
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──二度目のこの通り道。
確かあの時も一人だった。あの時は自分と同じ姿の人間が気になって、猫の言いつけも守らずに迷い混んだ道。
それを今、また進む。今度は私の意思で、もう一度。
私が嫌われる意味、同じ姿の女王。猫への執着、他者に対する異常な拒絶──それ等が示す意味。
草に生い茂られているはずなのに、一本の道が見え……間もなく、あの真っ赤な外装の城が現れた。躊躇なんてない。間髪いれずに重苦しい扉に手を掛けた。
ギィっと、湿った音。
「来たわ! さっさと来なさいよ!」
中は相変わらず真っ黒だけど……前回よりじめっとした印象。心なしか静まりかえっている気がした。
来た──やっと来た──
またあの頭の奥に響く声。
「何処にいるの!」
声だけで姿が見えないことに苛立ち、私は声の主を探す。扉が並ぶだけのだだっ広い廊下を真っ直ぐに奥へ奥へと歩く。
もう誰にも邪魔させない。あたしの──
「うるさい!」
敵意を感じる言葉とは裏腹に、媚びるような、甘えるよう……そんな異様な感覚に包まれる。
その可愛らしい声も次第に近くに──。
「約束通り……教えて、あげる……」
女王の声。はっきりと聞こえた。だが辺りに姿は見つからない。周りを見渡しても、あの好戦的に襲ってくる赤い姿はなかった。
「どこ?」
代わりに耳をすませば……ずるずると何かが這って、近づいてくる音が聞こえてきた。
ずる、ずる、と。
それは後ろで──振り返る。
「死ねばいいのに」
小さくて、よく見えない。暗いせいかよく分からない。そもそもそれが女王とは到底思えなかった。
目を凝らせば──蛙のような顔つきで、体から粘液でも出しているのか廊下に這っただろう水の跡。
「あたしがアンタを嫌いなわけ……」
だけどその声は紛れもなく──女王で。
蛙のような姿は、近づいてくるとハイハイをしながら進んでいるのが分かった。顔は人間のようにも見えて……私はそれが、教科書や図説で見た胎児の形に似ていると思った。
──あれが、女王?
姿形はともあれ、声は確実にあの小さな肉の塊から聞こえてきていた。とても信じがたい。
だけど──死ねばいい、と。その言葉は女王が私に何度も投げかけたもの。
「アンタが生きてることが許せない」
繰り返される理不尽な言い草。どうしてそんな姿なのは分からないが、ともかく私はあれを女王と認識した。
「死ねばいい、死ねばいい」
かすれんばかりの声、息も絶え絶え……それでも同じ言葉を幾度となく繰り返していた。
「そんなの理由にならない。せっかく生まれたのに、生きていて何がいけないのよ!」
何度も死ねと言われて、私自身も良い気持ちはしない。しかしこの時は違う。
何か──違うものを感じた。
「うるさいうるさいうるさいうるさい。死ねばいい死ねばいい死ねばいい」
近くにあった硝子の花瓶にひびが入り、水を撒き散らして割れ散る。
「あんたばっかずるい」
──それは示唆のような。暗号のような。パズルのような……メッセージのような。
「ずるい……?」
「あんたがいなくなれば、あたしだけを見てくれる」
「何を……言ってるの」
「あたしたちだけの世界だったのに、何でじゃましに来たの」
何故か悲しい気持ち。気迫に負けたのか、それともその姿に恐れおののいたのか……どちらにせよ、私はその肉塊を消しに来たはずなのに、包丁を握れない。
「女王──」
「あたしは、あんたみたいにいっぱいを望んでないのに。ここでいいのに。なのにあんたは」
あんたは、あんたは──静かに響く音に敵意を感じるも、何も出来ない。あの姿では向こうも何も出来ないだろうと推測出来るせいか、這いずる姿をただ見つめるだけ。
「あんたを……消してやる……!」
確かあの時も一人だった。あの時は自分と同じ姿の人間が気になって、猫の言いつけも守らずに迷い混んだ道。
それを今、また進む。今度は私の意思で、もう一度。
私が嫌われる意味、同じ姿の女王。猫への執着、他者に対する異常な拒絶──それ等が示す意味。
草に生い茂られているはずなのに、一本の道が見え……間もなく、あの真っ赤な外装の城が現れた。躊躇なんてない。間髪いれずに重苦しい扉に手を掛けた。
ギィっと、湿った音。
「来たわ! さっさと来なさいよ!」
中は相変わらず真っ黒だけど……前回よりじめっとした印象。心なしか静まりかえっている気がした。
来た──やっと来た──
またあの頭の奥に響く声。
「何処にいるの!」
声だけで姿が見えないことに苛立ち、私は声の主を探す。扉が並ぶだけのだだっ広い廊下を真っ直ぐに奥へ奥へと歩く。
もう誰にも邪魔させない。あたしの──
「うるさい!」
敵意を感じる言葉とは裏腹に、媚びるような、甘えるよう……そんな異様な感覚に包まれる。
その可愛らしい声も次第に近くに──。
「約束通り……教えて、あげる……」
女王の声。はっきりと聞こえた。だが辺りに姿は見つからない。周りを見渡しても、あの好戦的に襲ってくる赤い姿はなかった。
「どこ?」
代わりに耳をすませば……ずるずると何かが這って、近づいてくる音が聞こえてきた。
ずる、ずる、と。
それは後ろで──振り返る。
「死ねばいいのに」
小さくて、よく見えない。暗いせいかよく分からない。そもそもそれが女王とは到底思えなかった。
目を凝らせば──蛙のような顔つきで、体から粘液でも出しているのか廊下に這っただろう水の跡。
「あたしがアンタを嫌いなわけ……」
だけどその声は紛れもなく──女王で。
蛙のような姿は、近づいてくるとハイハイをしながら進んでいるのが分かった。顔は人間のようにも見えて……私はそれが、教科書や図説で見た胎児の形に似ていると思った。
──あれが、女王?
姿形はともあれ、声は確実にあの小さな肉の塊から聞こえてきていた。とても信じがたい。
だけど──死ねばいい、と。その言葉は女王が私に何度も投げかけたもの。
「アンタが生きてることが許せない」
繰り返される理不尽な言い草。どうしてそんな姿なのは分からないが、ともかく私はあれを女王と認識した。
「死ねばいい、死ねばいい」
かすれんばかりの声、息も絶え絶え……それでも同じ言葉を幾度となく繰り返していた。
「そんなの理由にならない。せっかく生まれたのに、生きていて何がいけないのよ!」
何度も死ねと言われて、私自身も良い気持ちはしない。しかしこの時は違う。
何か──違うものを感じた。
「うるさいうるさいうるさいうるさい。死ねばいい死ねばいい死ねばいい」
近くにあった硝子の花瓶にひびが入り、水を撒き散らして割れ散る。
「あんたばっかずるい」
──それは示唆のような。暗号のような。パズルのような……メッセージのような。
「ずるい……?」
「あんたがいなくなれば、あたしだけを見てくれる」
「何を……言ってるの」
「あたしたちだけの世界だったのに、何でじゃましに来たの」
何故か悲しい気持ち。気迫に負けたのか、それともその姿に恐れおののいたのか……どちらにせよ、私はその肉塊を消しに来たはずなのに、包丁を握れない。
「女王──」
「あたしは、あんたみたいにいっぱいを望んでないのに。ここでいいのに。なのにあんたは」
あんたは、あんたは──静かに響く音に敵意を感じるも、何も出来ない。あの姿では向こうも何も出来ないだろうと推測出来るせいか、這いずる姿をただ見つめるだけ。
「あんたを……消してやる……!」
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