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夢の先
夢の先にあるもの
しおりを挟む──彼等との繋がりは途切れた。
たった一度かかってきた電話。
『元気にしてる? 私は親がうるさいけど関係ないの、元気よ』
『双子は?』
『たまに連絡がくるわ。二人も何とかやっているそうよ』
うさぎさんのことは聞けなかった。
『いつかお茶会をしましょう』
──それでも構わなかった。それが彼等の気持ちなのだと感じていたから。
たった一度、小さな荷物が届いた。差出人不明のそれは消印の所に北の地名。中には四角い缶と、ジャムをいれるような缶が入っていた。振ると、からからと小さな音がした。
──私はまだ、それを開けられずにいる。
だけどいつか開けられたら、あるべき場所へ埋葬しに行こうと思う。できたら祖母と一緒に。今はまだ……棚の奥深くにしまってある。
彼等との繋がりは途絶えた。
──ただ一人を除いては。
最初の方こそカメラやら記者やらの人だかりもあったが、今となってはそんな影は一つもない。至って普通の病院の姿、平常業務へと戻ったそこへ私は今でも通っていた。
──死体があったって、意識不明の人がいたって何にも不思議じゃないもんね。
当たり前なのだがふと思う。何人もの人が事故や自殺、病によって生死の境をさ迷い、現実に戻りたくないからと境界線へ留まる……そんな世界があったということを誰が知っていただろうか。
──骨を隠してる先生がいたなんて嫌だなぁ。患者さん可哀想。同じ部屋の先生達も。
申し訳ないが、この病院には二度とお世話になりたくない。だから今通っているのは私の体のことではない。
すれ違う警備の人に軽く会釈をし、自動扉を通り抜ける。外との気温差に生温い風が頬を撫でた。
「走っちゃだめよ」
女性の声が外から聞こえた。同時に向かいからの小さな人陰が私にぶつかった。
「ごめんね、大丈夫?」
見ると小さな男の子。ぶつかってもへいちゃらな顔でまた走り出す。
──と、何故か戻ってくる。
踏み出した足を戻す。ぜんまい仕掛けの兵隊のように左右揃えて、私の前へ。大きな目で、知的そうな瞳でこちらを見上げてくる。
にっこりと、男の子は笑った。
「あげる」
何かを制服のポケットにつっこみ、走り去っていく。嵐のような一瞬の出来事に目がぱちくり。ポケットの中を手で探りながら、振り返った。
そこには妹なのだろうか、小さな女の子に話し掛ける男の子の姿があった。傍らには両親と思われる男女の姿。
カサカサ音をたてる物を取り出す。
──ポケットの中には、小さなチーズの包みが二つ入っていた。
「すみません」
白い服の集まりの中、近くにいた女の人に声を掛ける。見知った顔だ。挨拶を交わした後、今日もお見舞いかと尋ねられて頷く。
「奥にいるよ」
彼女の視線の先を、自然と目で追う……と、ピンク色の服を着た女性が近くにいる。体に触れられて嬉しそうに話しているので少しむっとする。
「あら、妬いちゃう? 可愛いな~」
「違います!」
近付くとこちらに気付き、彼は嬉しそうに言葉を発した。
「アリス! 聞いてよ聞いて!」
私はアリスではないと何度行っても聞かないので、もう言わない。白衣のお姉さんは小さく笑うと受付の方へ行ってしまった。別にそんな事は望んでいないが……まぁいい。
「なに?」
車椅子の傍らにしゃがみ、目線の高さを埋めた。
「指がね、少し動いた! ──気がしたんだ」
手のひらを天井に向けたまま、動かない彼の手を見つめる。さっきまでリハビリで指の運動をしていたのだろう、不自然に指と指の間が広がっていた。
決して、否定はしない。
「そっか。進歩だね」
「まーね!」
夢の中で出会った彼のような姿に戻ってほしくないから──たとえ嘘だとしても、私はその言葉を続けるだろう。
勿論それが本当になることを一番に望みつつ。
「頑張ってるんだね」
「せっかく手足がついてるからね。そっちはどう?」
「まぁまぁかな」
「なんか連絡あった?」
「特に」
ただ一つ、残された繋がり──それを大切に。
残されたのか、残されざるを得なかったのか私には分からない。それでも彼の存在は嬉しかった。
あの時間の……不思議な世界での皆との繋がりを思い出せた。
「アリス」
そう、あの不思議な夢の中──私は確かにアリスだった。
「あ、ごめん」
「いいよ、イモ虫さん」
「僕はそれ、いやだなぁ。早く蝶になりたいから」
「ごめんごめん。空飛びたいの?」
「歩きたいかな。走れなくてもいいから」
何も残らない夢。残されたのは私と彼と小さな箱二つ。うさぎも帽子屋さんも双子も……皆がいなくなった。
きっと段々、大人になるにつれてあの夢のことは忘れてしまうのだろう。
忘れたくなくても、きっと忘れてしまうのだろうんだ。
「歩けるよ」
「だと良いな」
「あ。そう言えば私ね、進路決めたの」
だけど、これだけは忘れたくない。
──誰かのおかげで今が続くことを。
いつか二つの小さな箱を抱き締めたい。
うさぎに謝りたい、双子に会いたい、帽子屋のお姉さんとお茶を飲みたい。
戦っているつもりだったのに、守られていた。感謝を忘れたくない。
皆が守ってくれた私でありたい。そして今度は、誰かを守る存在になりたい。
「なに?」
致命傷はもう頭と胸だけではないだろう──大切なものに気付いてしまったから。
ナイショと私は笑ってみせた。ふてくされた彼と悪ふざけを言いながら、窓の外に視線を送る。
あの世界とは違い、外には綺麗な夕焼けが広がっていた。
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