白狼と虎と竜神

朱々丸

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第二章

七話

翌朝、まだ日が昇りきらぬ頃。

宿の扉を静かに閉め、三人は町を抜けた。
ウォルカが道を先導し、ティーガが荷を背負い、リューゴはティーガの肩で羽を畳んでいる。

昨夜の「補給」という名の秘事の余韻がまだ残るのか、ウォルカの耳が時折ピクンと動き、ティーガの視線を意識して紅い瞳を伏せる。

ティーガはそんな様子を微笑ましく思い、ウォルカの背中に軽く手を置いた。

「…ウォルカ。昨夜は…まぁ、悪くなかったぜ。続きはまたゆっくり、な」

ウォルカの耳が跳ねるように反応し、背筋を伸ばして前方を見据えたまま、少しだけ口元をほころばせる。

「……ふん」

振り返らずに歩き続けるが、白い尻尾は隠しきれない喜びを映すように優雅に揺れている。

「次は落ち着ける場所でな……。あのトカゲは黙らせる」

リューゴがティーガの肩の上でばたばたと羽を震わせた。

「ふん! 言われずとも黙っておいてやるわ! であるから次は一層濃厚に励むのだぞ…ふふ…」

ウォルカは振り返り、リューゴに射抜くような冷たい視線を向ける。

「黙れ、トカゲ。お前が余計なことを言わなければ、俺たちはもっと……円滑に、事を進められる」

ティーガは二人のやり取りについ吹き出した。

「真面目に返すなって。リューゴのペースに乗せられてっぞ」

荷物を揺らしながら歩く。ヴェルガルドへ続く街道の空気はひんやりとしていて、周囲は静かだ。

しかし――。

街道の曲がり角から、馬車を引いた商人風の男たちが現れた。

五台の馬車、魔導具を積んだ荷台。十人以上の男たちが笑顔で近づいてくる。

「旅の方々、良い魔導具はいかがですかな? 便利な灯りや、護身の品もございますぞ」

ウォルカの耳がピンと立ち、紅い瞳が鋭くなった。ティーガも黄金の瞳を細め、リューゴは不穏な気配に羽根を震わせる。

商人たちの目が、狩人のように冷たく光る。

追手だ。

ティーガは肩のリューゴをそっと掴まえて懐に忍ばせた。

「鈍ってねぇだろうな? 俺が捌いてやろうか?」

ティーガはわざと挑発するように笑った。ウォルカは一瞬で戦闘態勢に入り、白い毛並みが逆立つ。

「ふん、俺だけで十分だ。お前はリューゴを守れ、ティーガ」

ウォルカが優雅に一歩前に出る。

そして、花びらのように身を翻し、次の瞬間には男の懐へ滑り込んだ。

「お前達にはこれで十分だ」

ウォルカの鋭い回し蹴りが風を切り、男が構えていた魔導具の杖を粉砕する。

「お前たちはリュゴニアからの使いか? …ならば、ここで引き返せ。命が惜しければな」

商人たちの顔から偽りの笑みが消え、一斉に武器を構え始める。

「生け捕りはあの蜥蜴だけだ! 狼と虎は殺せ!」

魔導具の杖が光り、魔法陣が展開される。光の鎖が三人に向かって放たれると同時に、男たちが剣を抜き迫る。

ウォルカは素早く身を翻し、光の鎖を蹴りで弾き飛ばす。その動きは流れる水のようで、無駄がない。迫る剣を紙一重でかわしながら、次々と体術を叩き込み敵を沈めていく。

だが、敵も分が悪いのを悟り後退した。入れ替わるように馬車から降りてきたのは、巨大な体躯を持つ熊の獣人だった。

「おお! なかなか良い体つきの者がおるではないか! 濃ゆそうな匂いがするのう、くふふ…」

ティーガの胸元でリューゴが色めき立つ。

ティーガは苦笑し、一歩前に出た。

「おいおいリューゴ、浮気か? ……ウォルカ、そいつとは俺がやるよ。お前は奴らを逃がすな」

ティーガが歩き出すと、空気の密度が変わった。

熊の獣人が咆哮を上げ、丸太のような腕を振り下ろす。ティーガはそれを避けるどころか、真っ向から受け止めた。

その威力がティーガを伝って足元の地面を揺らす。

「……なかなか悪くねぇな。だが力任せなだけじゃぁな」

ティーガの黄金の瞳が燦々と輝く。彼は熊の腕を掴んだまま、強引にその巨体を自分の方へと引き寄せた。

「――ガァッ!」

ティーガの拳が、熊の分厚い腹筋に沈み込む。衝撃波が背中にまで突き抜け、熊の獣人は言葉を失い、目を見開いた。

続けざまにティーガは熊の襟首を掴み、無造作に隣の馬車へと投げ飛ばした。

馬車の荷台が轟音と共に砕け散る。熊の巨体が瓦礫に埋もれる。

「どうだ? 熊より虎の方が強ぇだろ」

ティーガの余裕の笑みに、リューゴは胸から這い出てきてバタバタと飛び回る。

「ほーほー! 流石は我の神使! 狼もやるではないか! 頼もしいのう!」

ウォルカは最後の一人を縛り上げ、ティーガに歩み寄った。

「ティーガ、お前はいつもそうだ。派手なことばかりして。…怪我はないか?」

ウォルカの紅い瞳には、心配と、そして隠しきれない羨慕の色がある。

しかしそれを振り払い、再び護衛に向き直った。

「さて、お前達。リュゴニアの誰に雇われたか、話してもらおうか」

しかし、追手たちは突然白い煙に包まれ、霧のように消えていってしまう。地面には縛られた縄だけが残った。

「けしからーん! 国外で転移魔法を使うなど竜脈の凄まじい浪費! 
あの雌狐、我の力を、利用し…おった……なぁぁ……」

リューゴが憤慨するが、直後、その身体がぼとりと落ち、みるみる溶け始めた。

「うわっ、またか!? 補給したばかりだってのに!」

ティーガは慌てて皮袋にリューゴを移し替えた。

「黒幕が分かってるならここにいてもしょうがねぇ。街まで急ごう」

どろどろと溶けていくリューゴの不気味さに、ウォルカは本気で毛を逆立てていた。

「……昼間からか。本当にこのトカゲは手がかかるな」

うんざりとした声を隠しきれないが、その実、ウォルカは「またあの淫らな補給が始まるのか」という事実に、下腹部の疼きを禁じ得なかった。

道中、ティーガは皮袋に入ったリューゴを気にかけながらも、その扱いは適当だった。

「お前は少し警戒心を持て。そのトカゲを受け入れすぎだ。そいつがお前にまとわりついている状況は……非常に、好ましくない」

ウォルカは皮袋を睨みつけ、さらに言葉を続ける。

「液体状になったからと言って油断するな。そいつがまた別の何かに化けて、お前の……その、尻でも狙っていたら……。……何でもない。とにかく急ぐぞ!」

顔を赤くして早足で歩き出すウォルカ。彼の耳は後ろを向き、ティーガの反応を伺っている。

皮袋の中でリューゴがぐにゃぐにゃと動いた。

「不敬な狼め~……だがそれは良い案。お主らが素早く行為に及べるよう、虎の尻を慣らしておいてやるのも……」

「こんなところで何する気だよ……。いいから大人しくしてろ」

ティーガが呆れた様子で袋の口を締め直す。

しばらく歩くと、空から白い欠片が舞い始めた。

ヴェルガルドは雪の国。冷たい風が二人の火照った身体を撫でるが、ウォルカの心は、次の「補給」を思い出し、妙に落ち着かなかった。
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