白狼と虎と竜神

朱々丸

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第二章

九話

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宿でひとときの休息を得た二人と一匹は、情報収集と夕食を兼ねて、夜のヴェルガルドへと繰り出した。
雪が降り積もる石畳の道を歩き、窓から暖かな灯りが漏れる酒場を探す。

ティーガは白く凍る吐息を散らしながら、おおらかに笑った。

「リューゴも腹が減ってるのか? お前の補給と食欲って別物なのかよ」

ティーガの肩で羽根を震わせ、リューゴが答える。

「なくとも構わんが、食えるし美味いものは好きだ。嗜好品みたいなものなのだ」

白い毛並みに雪の欠片を乗せ、紅い瞳に街の灯を映したウォルカが、静かに釘を刺した。

「お前の補給はもう済んだはずだ。今度は俺たちを優先させてくれ」

ティーガの横に自然と並び、肩が触れる距離でリューゴを牽制してから、一軒の酒場を指差す。

「あそこに良さそうな店がある。活気もあるし、有益な情報も仕入れられるだろう」

暖簾をくぐるように店へ入ると、薪の爆ぜる匂いと芳醇な酒の香りが三人を迎えた。獣人もヒト族も入り混じって大声で笑っている。

二人が空席を探して店内を見渡していた、その時。ティーガの胸元に潜っていたリューゴが、弾かれたように驚きの声を上げた。

「……あ、あれは……アリオスだ!! なぜこんなところに……リュゴニアの王子だぞ!!」

「なんだって?」

ティーガが眉をひそめ、リューゴの視線を追う。
ウォルカも即座に警戒のスイッチを入れ、カウンター近くのテーブル席へと鋭い視線を向けた。

そこには、細身の体をだらしなく椅子にもたれさせた、ライオンの獣人の若者がいた。周囲の男たちを巻き込んで、グラスを片手に派手な笑い声を上げている。黄金のたてがみを細かく三つ編みにし、耳や指先には金の装飾品がじゃらじゃらと光る。仕立ての良い高級シャツはボタンをいくつも外され、ベストも着崩されており、まるで王族とは思えない気品に欠けた遊び人の風体だ。

だが、その傍らに控える執事の佇まいは異質だった。
ウォルカの目から見れば一目瞭然だ。あの犬の獣人は、本物のプロだ。洗練された無駄のない動き、控えめながらも隙のない視線。主人を自然に守護する完璧な立ち位置……。自分よりも遥かに長く、その道を歩んできた熟練の凄みがある。

ウォルカは無意識に耳を伏せ、対抗心を隠すように尾を振った。

「……あの若いのはただの道楽者に見えるが。隣の執事は本物だ。相当な経験を積んでいる。俺の目から見ても……護衛も俺より上手い。少し、悔しいくらいだ」

ティーガの肩に寄るようにして、低い声で囁く。

「あの男が王子なら、リュゴニアの追手か? リューゴ、お前は何か知っているなら吐け。あの王子がここにいる理由は、俺たちに関係があるのか?」

護衛騎士として培った直感が、騒がしい酒場の中で静かに火を灯す。

「まずい……あの執事、俺に気づいたな」

ウォルカの呟きに応えるように、犬の執事がぱっとこちらを振り向いた。視線が鋭く噛み合う。執事は優雅な足取りで喧騒を縫い、こちらへ近づいてきた。

「……あなたは……ハクラ伯爵の護衛騎士、ウォルカ殿ですね? 以前、お見かけしたことがございます」

名を呼ばれた瞬間、尾の毛が逆立った。
流れるような所作で一礼した執事の視線は、ティーガの胸元に隠れるリューゴを的確に捉えていた。

ウォルカは一瞬目を細めた。正体を知られているという事実に警戒を強めるが、騎士としての誇りにかけて不作法はできない。背筋を正し、隙のない礼を返した。

「俺はハクラ伯爵の護衛騎士、ウォルカ。お見知り置きいただき、光栄です。……貴殿はどなたにお仕えで?」

「私からお伝えすることは叶いませんが、そちらの小さき神はご存知のはず。私のことは、どうぞシグルドとお呼びください」

執事シグルドは静かに微笑み、逃げ道を塞ぐように続けた。

「主人がお待ちです。どうぞこちらへ。警戒は不要です。二階の静かな席へご案内するだけですので」

ウォルカが視線で問えば、リューゴは渋々と頷いた。見上げれば、二階の手すりから先程のライオンの若者がにこやかに手を振っている。

二階は下の喧騒が遠のき、幾分か落ち着いた空間になっていた。護衛も客もいない、貸切の状態だ。ライオンの若者は席から立ち上がることなく、親しげに両手を広げた。

「リューゴー! 何してんだよこんなところで。探したぞー!」

「アリオス! お主こそこんなところで何を! このチャラ王子め!まさかお主が追手か!?」

リューゴがティーガの懐から飛び出し、アリオスの頭を羽で叩きながら罵声を浴びせる。

「いてて、いやぁ、そのまさかだったんだよ。先日までな。親父の命令でお前を追いかけてきたんだけどさ、突然、従者たちが襲いかかってきて。慌ててシグと一緒にヴェルガルドに逃げ込んだんだ。参っちゃうよな~」

アリオスはヘラヘラと笑いながら説明するが、その内容はあまりに物騒だ。
二人の言い合いを前に、ウォルカは冷静に状況を見守っていたが、アリオスがようやくこちらを向いた。

「俺はアリオス、一応、王子だ。こいつ、うるさくて大変だろ? 楽にしてくれよ。酒でも飲みながら話そうぜ」

ティーガが困ったようにウォルカを見つめる。

「おい、こういう時どうすりゃいいんだ……? 礼儀なんて俺には分からねぇぞ」

「殿下の御意向だ。座るといい」

ウォルカはティーガの肩に手を置き、優しく椅子に促してから、自身も背筋を伸ばして一礼した。

「殿下、ご無事でなによりです。俺はルダン領主ハクラ伯爵の護衛騎士ウォルカ。こちらは……知人のティーガです。……つまり、殿下もまた追手に狙われ、この街へ逃れてこられたと。我々を襲った者たちが、殿下の従者であった可能性も高いということですね」

アリオスは顔をしかめて手を振った。

「畏まらなくていいって。王宮じゃないんだし、普通に話してくれよ。シグが増えたみたいで疲れちまう」

シグルドが優しく微笑んで頷くのを見て、ティーガはようやく肩の力を抜いた。

「では、失礼して……。シグルド殿、今の話、詳しく聞かせてもらえるか」

ウォルカの問いに、シグルドはにこやかに、しかし驚愕の事実を告げた。

「殿下はリコリス王妃に命を狙われておいでです。任務中の事故に見せかけて排除するはずが失敗したため、本来の目的……竜神の捕獲へと計画を切り替えたのでしょう」

「えっ!? そうなの!? 俺って狙われてたの!?」

素頓狂な声を上げるアリオスに、リューゴが最大級の呆れ顔を見せる。

「本当にお主は阿呆じゃのう。シグルドの尽力がなければ、今頃は雪の下じゃな」

ウォルカはいまいち緊張感のない王子に眉をひそめたのだった。
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