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第三章
五話
暫くして、衛兵が重厚な扉を押し開けた。
謁見の間へと続く長い通路の先に、一行は自然と視線を向ける。
だが、玉座に座る王の姿よりも先に、その背後に広がる巨大な「影」に、誰もが肺の空気を奪われた。
そこにいたのは、漆黒の竜だった。
リューゴなど比べ物にならないほど巨大な体躯。床に伏せていても、その頭部は大人の背丈の二倍を優に超えている。ゴツゴツとした鱗は炭のように黒く、窓からの光を鈍く反射して荒々しい質感を主張していた。
紫黒の瞳が静かに一行を見据える。ただそこに存在するだけで、広間の空気は氷のように冷たく沈み、呼吸すら圧迫される威圧感を放っていた。
まさに神話から抜け出してきたような、絶対的な支配者の佇まいだ。
「な、なんだその目は……!我もかつては、あのように威厳があったのだぞ……!?」
小さな青い竜と、漆黒の巨竜。あまりの差に皆が無意識に視線を行き来させていると、リューゴは居心地悪そうに声を震わせ、バサバサと羽ばたいた。
耐えかねたようにアリオスの肩から飛び上がり、勝手に前方へ進んでいく。
「あっ、おい、リューゴ! 待てよー!」
アリオスは慌ててその後を追った。
ウォルカは一瞬だけ足を止めたが、すぐに騎士としての冷静さを取り戻し、ティーガとシグルドに鋭く目配せを投げた。
「ティーガ、シグルド殿。我々も続きましょう」
一行は緊張で強張った面持ちのまま、玉座の前まで進み、深く一礼した。
広間の空気は張り詰め、外で降り続く雪の音さえ遠くに消えるほど、静寂が支配していた。
その沈黙を最初に破ったのは、玉座に座るヴェルガルドの王、ハンチェンだった。
「おー! でっかくなったなー、アリ坊! ちょっとこっち来てみろよ、俺より背が高くなったんじゃねぇか?」
玉座から身を乗り出したその男には、凍土の寒さを撥ね退けるような強靭さがあった。
黒髪に交じる白髪と、顔に刻まれた深い笑い皺。雪国の猛獣を思わせる立派なアゴヒゲが、快活な笑みに合わせて豪快に揺れる。毛皮のベストに包まれたその体躯は、岩壁を思わせるほどに分厚く、丸太のような太い腕は、ヴェルガルドの民族服の上からでもはち切れんばかりの筋肉を主張していた。
ハンチェンの声は予想外に明るく、人懐っこい笑顔。かつての面影を探すような親密な態度。
しかし、それを窘めるように、背後のヴェルガンが低い、地響きのような唸りを上げた。
「ハンチェン」
その一言だけで、広間の空気が物理的に凍りつく。
威圧的な声が石壁に反響し、一瞬緩みかけたアリオスの肩がびくりと震えた。王子は再び萎縮し、助けを求めるように背後のウォルカを振り返る。
だが、ウォルカの紅い瞳と視線がぶつかった瞬間、アリオスは何かを思い出したように唇を噛み、前を向いた。
「えーと……お久しぶりです、ハンチェン王。リュゴニアの王子アリオス。この度は謁見を認めていただき、感謝します」
ウォルカは内心で驚いていた。
アリオスが、想像以上に「まともな」挨拶をこなしている。昨日の叱咤が、彼の背筋を支えているのだろうか。
ウォルカは従者として沈黙を守り、その成長を静かに見守ることにした。
「久しぶりだな、ヴェルガン。お主の竜脈は相変わらず安泰なようで何より」
リューゴがアリオスの肩に留まり、尊大に言い放つ。自分より遥かに巨大な同胞を前にしても、そのプライドは健在らしい。
だが、ヴェルガンは冷徹に目を細めた。
「お前はますます矮小になったな、リューゴ。リュゴニアはどうなっておる。女をのさばらせ、魔導具を蔓延らせ……王はそこまで堕落したか?」
辛辣な指摘に、リューゴはぐぐっと喉を詰まらせた。
アリオスが慌てて割って入る。
「ほ、本日は、その件で参りました。我がリュゴニアは、最早自浄が敵わぬ事態。ヴェルガルドに助力を請いたいのです……!」
ハンチェンは少し困ったように眉を下げたが、すぐに柔らかく笑った。
「あんまり怖がらせるなよ、ヴェルガン。……とりあえず、状況を話してみろ。リュゴニアで一体何が起きてんだ?」
口調こそ穏やかだが、その瞳はヴェルガン同様、鋭く一行を値踏みしていた。
アリオスは喉を鳴らし、深く呼吸を整えてから話し始めた。
王妃リコリスの陰謀、傀儡と化した王、魔導具の乱用による竜脈の枯渇……。
ウォルカは後ろで聞きながら、アリオスの声が次第に力強さを増していくのを感じ、紅い瞳を細めた。
説明が終わると、ヴェルガンが再び地響きのような唸りを上げた。
「全く……リューゴ、お前は何をやっておった。人間に甘いのは昔からだが、竜脈を枯渇させる程にのさばらせるとはな……。無能の極みぞ」
「……我が、少々縮もうとも、人間たちがより住み良くなるのであればと思ってだな……! 女たちもはじめはそう言っておったし……!」
「それが間違いなのだ。人間とは欲深く自制なき生き物。魔導具はこやつらの怠慢を助長するだけであろう。我らが厳格に管理せねば、すぐに堕落するのだぞ」
ヴェルガンのにべもない言い方に、リューゴはしょんぼりと肩を落とした。
ハンチェンが手を振ってそれを宥める。
「おいおい、言い過ぎだろ。うちだって魔導具のおかげで魔獣との戦いの被害が減ってるじゃねぇか」
「それは我が規制し、管理しているからだ。リュゴニアのように、女に躍らされたわけではない」
「……それでも、我は我が竜脈に生きる者たちを見捨てることはできぬ! 力を貸せヴェルガン……! お主は、たんまり溜め込んでおるのだろう!? 見たぞ、あのハレンチ神殿! 民の不満をあんな形で解消しておいてなにが管理じゃ!このムッツリ――むぐ、もがが!」
リューゴが癇癪を起こして喚き散らす。
その口を、アリオスの後ろから素早く身を乗り出したティーガが太い掌で覆い隠した。
場に一瞬、険悪な沈黙が落ちる。アリオスは冷や汗を拭い、気を取り直して前に出た。
「……失礼。ヴェルガン殿のおっしゃることは正しいのでしょう。ですから、俺が国へ戻り、神使としてリューゴと共に民を正しく導く。そのための手助けをお願いしたいのです」
「偉いぞアリ坊! よく言った!」
ハンチェンは毛皮のマントをバサリと鳴らし、分厚い胸板を叩いて力強く頷いた。その茶色の瞳には、アリオスの成長を心から喜ぶ、肉親のような温かな光が宿っている。
だが、その後ろのヴェルガンはジト目で冷ややかに二人を射した。
「……だが、リューゴの神使はお前ではないではないか」
「えっ!?」
図星を突かれ、アリオスとリューゴが同時に身をすくめた。
「いかにもな面をしてリューゴはその肩に留まっておったが、我輩の目が節穴だと思うたか。……今のお前の神使はその『虎』であろう。結局、お前はリュゴニアの王族を見捨てたのではないか」
「み、見捨ててなどおらん……!」
「こ、これには……深いワケが……! 深い……深くないかも……?」
先程までの「王子の気概」はあっという間に霧散し、アリオスは途端に情けない表情になる。
視線を集めたティーガは、困ったように頬を掻いた。
「あー、俺はだな……。一時的な代理ってだけだ。アリオスが先に逃げちまってたから、リューゴがヘロヘロになってたとこを助けたっつーか……」
「国の大事に竜神を見捨て、我先に逃げ出すような王子に、正しい統治などできるものか。片腹痛いわ!!」
ヴェルガンの怒声が広間に炸裂した。まさに落雷のごとき衝撃。壁の石材が微かに振動し、空気がびりびりと震える。
アリオスが完全に萎縮しかけたその時、助け船を出したのはシグルドだった。
「失礼、この執事めに発言をお許しください。私はアリオス殿下の執事、シグルドと申します」
シグルドは優雅な一礼の後、流暢に言葉を紡ぎ始めた。
「大変申し上げにくいことですが、王子は……その、股間に少々の欠陥を抱えておいでなのです。ですがそれは克服可能なもの。そのために一時、ティーガ殿のお力をお借りしている次第。それに決して、リューゴ様を見捨てて逃げたわけではございません。任務で出国中に、帰国を阻む陰謀に嵌められたのです」
細かい嘘や誤魔化しを混ぜたシグルドの奏上は、ヴェルガンの怒気を僅かに和らげた。
シグルドは畳みかけるように続ける。
「ところで、竜神様。リュゴニアの竜脈が絶えた場合、このヴェルガルドには少しの被害もございませんか?」
ヴェルガンの周囲の空気が、再びぴりっと張り詰める。
「……竜脈は世界中で繋がっておる。……貴様、我輩を脅す気か?」
黒竜の喉から地響きのような唸りが漏れるが、シグルドはどこ吹く風だ。
「滅相もございません。ただ、他国にも影響が出るのであれば、リュゴニアの竜脈衰退は皆様共通の危機のはず。であれば、我々は他にも助力を請うことができるのではないかと」
広間の者たちが耳を傾ける中、シグルドはきらりとモノクルの奥を光らせた。
「殿下が王となられた際は、不要な魔導具をすべて接収し、運用の適正化を行います。その際、溢れ出た大量の魔導具は……」
「もしや、無償で貰えるのか!?」
ハンチェンが玉座から身を乗り出した。だが、ヴェルガンがそれを「グアァ!」と一喝する。
「ならん! 魔導具などこれ以上必要ない!」
「いや、いるだろ! 最近、魔獣が増えて困ってんだ。うちは雪に閉ざされて豊かじゃねぇ。タダの魔導具なら喉から手が出るほど欲しい。管理さえすればいいんだろ?」
成り行きを見守っていたウォルカは、聞き慣れぬ単語に、静かに手を上げた。
「失礼いたします。……その『魔獣』とは、何なのですか?」
答えを返したのはリューゴだ。
「溜め込みすぎた竜脈が溢れて変容した動植物だ。生命力を滾らせ凶暴化した魔獣は人間を襲う。竜脈の活性化は、ただヴェルガンが肥えるだけではないのだ」
「な?やっぱ最近、規制しすぎなんだよ。少しはバランス取ったほうがいいだろ?」
ハンチェンの指摘に、ヴェルガンは「ぐぬぬ」とバツが悪そうに唸った。アリオスは流れが変わったのを悟り、すかさず自分の胸を叩いた。
「約束しよう! 俺が王になった暁には、余剰な魔導具を、助力くださる国に無償で提供する。この場で調印しても構わない!」
「おう! 乗ったぜアリ坊! うちが一番乗りだ!」
ハンチェンがガッツポーズをし、ヴェルガンが不機嫌に鼻息を吹く。
「それほど多くはいらぬ! だが、他国にも要請するのであれば、少しは勝機があるか。手を貸してやってもよいだろう。ただし……」
ヴェルガンは言葉を切って沈黙した後、その巨大な頭部を一行の目の前まで寄せた。紫黒の瞳が、冷酷なまでに一行を貫く。
「先にお前たちの技量を見せろ。この軟弱そうな王子が、道中ころりと死なぬという証拠を。国を取り戻す前に生き延びる力があることを示してみせよ。試しに――魔獣と戦え」
一行は息を飲んだ。
試練の宣告が、逃れようのない重圧となって広間に響き渡った。
謁見の間へと続く長い通路の先に、一行は自然と視線を向ける。
だが、玉座に座る王の姿よりも先に、その背後に広がる巨大な「影」に、誰もが肺の空気を奪われた。
そこにいたのは、漆黒の竜だった。
リューゴなど比べ物にならないほど巨大な体躯。床に伏せていても、その頭部は大人の背丈の二倍を優に超えている。ゴツゴツとした鱗は炭のように黒く、窓からの光を鈍く反射して荒々しい質感を主張していた。
紫黒の瞳が静かに一行を見据える。ただそこに存在するだけで、広間の空気は氷のように冷たく沈み、呼吸すら圧迫される威圧感を放っていた。
まさに神話から抜け出してきたような、絶対的な支配者の佇まいだ。
「な、なんだその目は……!我もかつては、あのように威厳があったのだぞ……!?」
小さな青い竜と、漆黒の巨竜。あまりの差に皆が無意識に視線を行き来させていると、リューゴは居心地悪そうに声を震わせ、バサバサと羽ばたいた。
耐えかねたようにアリオスの肩から飛び上がり、勝手に前方へ進んでいく。
「あっ、おい、リューゴ! 待てよー!」
アリオスは慌ててその後を追った。
ウォルカは一瞬だけ足を止めたが、すぐに騎士としての冷静さを取り戻し、ティーガとシグルドに鋭く目配せを投げた。
「ティーガ、シグルド殿。我々も続きましょう」
一行は緊張で強張った面持ちのまま、玉座の前まで進み、深く一礼した。
広間の空気は張り詰め、外で降り続く雪の音さえ遠くに消えるほど、静寂が支配していた。
その沈黙を最初に破ったのは、玉座に座るヴェルガルドの王、ハンチェンだった。
「おー! でっかくなったなー、アリ坊! ちょっとこっち来てみろよ、俺より背が高くなったんじゃねぇか?」
玉座から身を乗り出したその男には、凍土の寒さを撥ね退けるような強靭さがあった。
黒髪に交じる白髪と、顔に刻まれた深い笑い皺。雪国の猛獣を思わせる立派なアゴヒゲが、快活な笑みに合わせて豪快に揺れる。毛皮のベストに包まれたその体躯は、岩壁を思わせるほどに分厚く、丸太のような太い腕は、ヴェルガルドの民族服の上からでもはち切れんばかりの筋肉を主張していた。
ハンチェンの声は予想外に明るく、人懐っこい笑顔。かつての面影を探すような親密な態度。
しかし、それを窘めるように、背後のヴェルガンが低い、地響きのような唸りを上げた。
「ハンチェン」
その一言だけで、広間の空気が物理的に凍りつく。
威圧的な声が石壁に反響し、一瞬緩みかけたアリオスの肩がびくりと震えた。王子は再び萎縮し、助けを求めるように背後のウォルカを振り返る。
だが、ウォルカの紅い瞳と視線がぶつかった瞬間、アリオスは何かを思い出したように唇を噛み、前を向いた。
「えーと……お久しぶりです、ハンチェン王。リュゴニアの王子アリオス。この度は謁見を認めていただき、感謝します」
ウォルカは内心で驚いていた。
アリオスが、想像以上に「まともな」挨拶をこなしている。昨日の叱咤が、彼の背筋を支えているのだろうか。
ウォルカは従者として沈黙を守り、その成長を静かに見守ることにした。
「久しぶりだな、ヴェルガン。お主の竜脈は相変わらず安泰なようで何より」
リューゴがアリオスの肩に留まり、尊大に言い放つ。自分より遥かに巨大な同胞を前にしても、そのプライドは健在らしい。
だが、ヴェルガンは冷徹に目を細めた。
「お前はますます矮小になったな、リューゴ。リュゴニアはどうなっておる。女をのさばらせ、魔導具を蔓延らせ……王はそこまで堕落したか?」
辛辣な指摘に、リューゴはぐぐっと喉を詰まらせた。
アリオスが慌てて割って入る。
「ほ、本日は、その件で参りました。我がリュゴニアは、最早自浄が敵わぬ事態。ヴェルガルドに助力を請いたいのです……!」
ハンチェンは少し困ったように眉を下げたが、すぐに柔らかく笑った。
「あんまり怖がらせるなよ、ヴェルガン。……とりあえず、状況を話してみろ。リュゴニアで一体何が起きてんだ?」
口調こそ穏やかだが、その瞳はヴェルガン同様、鋭く一行を値踏みしていた。
アリオスは喉を鳴らし、深く呼吸を整えてから話し始めた。
王妃リコリスの陰謀、傀儡と化した王、魔導具の乱用による竜脈の枯渇……。
ウォルカは後ろで聞きながら、アリオスの声が次第に力強さを増していくのを感じ、紅い瞳を細めた。
説明が終わると、ヴェルガンが再び地響きのような唸りを上げた。
「全く……リューゴ、お前は何をやっておった。人間に甘いのは昔からだが、竜脈を枯渇させる程にのさばらせるとはな……。無能の極みぞ」
「……我が、少々縮もうとも、人間たちがより住み良くなるのであればと思ってだな……! 女たちもはじめはそう言っておったし……!」
「それが間違いなのだ。人間とは欲深く自制なき生き物。魔導具はこやつらの怠慢を助長するだけであろう。我らが厳格に管理せねば、すぐに堕落するのだぞ」
ヴェルガンのにべもない言い方に、リューゴはしょんぼりと肩を落とした。
ハンチェンが手を振ってそれを宥める。
「おいおい、言い過ぎだろ。うちだって魔導具のおかげで魔獣との戦いの被害が減ってるじゃねぇか」
「それは我が規制し、管理しているからだ。リュゴニアのように、女に躍らされたわけではない」
「……それでも、我は我が竜脈に生きる者たちを見捨てることはできぬ! 力を貸せヴェルガン……! お主は、たんまり溜め込んでおるのだろう!? 見たぞ、あのハレンチ神殿! 民の不満をあんな形で解消しておいてなにが管理じゃ!このムッツリ――むぐ、もがが!」
リューゴが癇癪を起こして喚き散らす。
その口を、アリオスの後ろから素早く身を乗り出したティーガが太い掌で覆い隠した。
場に一瞬、険悪な沈黙が落ちる。アリオスは冷や汗を拭い、気を取り直して前に出た。
「……失礼。ヴェルガン殿のおっしゃることは正しいのでしょう。ですから、俺が国へ戻り、神使としてリューゴと共に民を正しく導く。そのための手助けをお願いしたいのです」
「偉いぞアリ坊! よく言った!」
ハンチェンは毛皮のマントをバサリと鳴らし、分厚い胸板を叩いて力強く頷いた。その茶色の瞳には、アリオスの成長を心から喜ぶ、肉親のような温かな光が宿っている。
だが、その後ろのヴェルガンはジト目で冷ややかに二人を射した。
「……だが、リューゴの神使はお前ではないではないか」
「えっ!?」
図星を突かれ、アリオスとリューゴが同時に身をすくめた。
「いかにもな面をしてリューゴはその肩に留まっておったが、我輩の目が節穴だと思うたか。……今のお前の神使はその『虎』であろう。結局、お前はリュゴニアの王族を見捨てたのではないか」
「み、見捨ててなどおらん……!」
「こ、これには……深いワケが……! 深い……深くないかも……?」
先程までの「王子の気概」はあっという間に霧散し、アリオスは途端に情けない表情になる。
視線を集めたティーガは、困ったように頬を掻いた。
「あー、俺はだな……。一時的な代理ってだけだ。アリオスが先に逃げちまってたから、リューゴがヘロヘロになってたとこを助けたっつーか……」
「国の大事に竜神を見捨て、我先に逃げ出すような王子に、正しい統治などできるものか。片腹痛いわ!!」
ヴェルガンの怒声が広間に炸裂した。まさに落雷のごとき衝撃。壁の石材が微かに振動し、空気がびりびりと震える。
アリオスが完全に萎縮しかけたその時、助け船を出したのはシグルドだった。
「失礼、この執事めに発言をお許しください。私はアリオス殿下の執事、シグルドと申します」
シグルドは優雅な一礼の後、流暢に言葉を紡ぎ始めた。
「大変申し上げにくいことですが、王子は……その、股間に少々の欠陥を抱えておいでなのです。ですがそれは克服可能なもの。そのために一時、ティーガ殿のお力をお借りしている次第。それに決して、リューゴ様を見捨てて逃げたわけではございません。任務で出国中に、帰国を阻む陰謀に嵌められたのです」
細かい嘘や誤魔化しを混ぜたシグルドの奏上は、ヴェルガンの怒気を僅かに和らげた。
シグルドは畳みかけるように続ける。
「ところで、竜神様。リュゴニアの竜脈が絶えた場合、このヴェルガルドには少しの被害もございませんか?」
ヴェルガンの周囲の空気が、再びぴりっと張り詰める。
「……竜脈は世界中で繋がっておる。……貴様、我輩を脅す気か?」
黒竜の喉から地響きのような唸りが漏れるが、シグルドはどこ吹く風だ。
「滅相もございません。ただ、他国にも影響が出るのであれば、リュゴニアの竜脈衰退は皆様共通の危機のはず。であれば、我々は他にも助力を請うことができるのではないかと」
広間の者たちが耳を傾ける中、シグルドはきらりとモノクルの奥を光らせた。
「殿下が王となられた際は、不要な魔導具をすべて接収し、運用の適正化を行います。その際、溢れ出た大量の魔導具は……」
「もしや、無償で貰えるのか!?」
ハンチェンが玉座から身を乗り出した。だが、ヴェルガンがそれを「グアァ!」と一喝する。
「ならん! 魔導具などこれ以上必要ない!」
「いや、いるだろ! 最近、魔獣が増えて困ってんだ。うちは雪に閉ざされて豊かじゃねぇ。タダの魔導具なら喉から手が出るほど欲しい。管理さえすればいいんだろ?」
成り行きを見守っていたウォルカは、聞き慣れぬ単語に、静かに手を上げた。
「失礼いたします。……その『魔獣』とは、何なのですか?」
答えを返したのはリューゴだ。
「溜め込みすぎた竜脈が溢れて変容した動植物だ。生命力を滾らせ凶暴化した魔獣は人間を襲う。竜脈の活性化は、ただヴェルガンが肥えるだけではないのだ」
「な?やっぱ最近、規制しすぎなんだよ。少しはバランス取ったほうがいいだろ?」
ハンチェンの指摘に、ヴェルガンは「ぐぬぬ」とバツが悪そうに唸った。アリオスは流れが変わったのを悟り、すかさず自分の胸を叩いた。
「約束しよう! 俺が王になった暁には、余剰な魔導具を、助力くださる国に無償で提供する。この場で調印しても構わない!」
「おう! 乗ったぜアリ坊! うちが一番乗りだ!」
ハンチェンがガッツポーズをし、ヴェルガンが不機嫌に鼻息を吹く。
「それほど多くはいらぬ! だが、他国にも要請するのであれば、少しは勝機があるか。手を貸してやってもよいだろう。ただし……」
ヴェルガンは言葉を切って沈黙した後、その巨大な頭部を一行の目の前まで寄せた。紫黒の瞳が、冷酷なまでに一行を貫く。
「先にお前たちの技量を見せろ。この軟弱そうな王子が、道中ころりと死なぬという証拠を。国を取り戻す前に生き延びる力があることを示してみせよ。試しに――魔獣と戦え」
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