白狼と虎と竜神

朱々丸

文字の大きさ
42 / 44
第四章

十二話

しおりを挟む
翌日、朱焔城の大広間。

吹き抜けの天井から降り注ぐ朝陽が、磨き上げられた床に複雑な影を落としている。今後の見通しを立てるために招集されたのは、ウォルカたちだけではなかった。

「昨日の戦いでもう知っているとは思うけれど、こちらはジャックくん。マーテル島の竜神、青竜ネピス様の神使だ。そしてこちらは、かいぞ……船乗りの、アルティリオくん」

サクラの紹介に、側近のサコンが「こほん」とわざとらしい咳払いを挟む。彼らが海賊であることは最早揺るぎない事実だが、それを今さら指摘するような野暮な者はここには居なかった。

気を取り直したように、サクラが卓上の地図を指し示す。

「まずは、現状を整理しよう。
現在、アリオスくんの祖国リュゴニアは、教会によって乗っ取られた状態にある。その影響で聖なる竜脈は枯渇寸前。そして言わずもがな、教会の本部があるマーテル島の竜脈も危機に晒されている訳だ。これらを助けるには、教会と正面から事を構える他ない」

サクラの言葉に、アルティリオがぴくりと眉を上げ口を開いた。

「教会を敵に回すってことは、『開花の秘術』を捨てるってことだろ? そうなれば、民は子孫を残せなくなる。……国を救って、種族が滅んじゃあ元も子もねぇんじゃねぇか?」

大陸の男なら誰もが行き着く、生存本能に根ざした切実な懸念。

だが、サクラは空色の瞳を鋭く光らせて断じた。

「いいや。そもそも教会が『開花の秘術』を独占するという仕組みそのものが、歪なんだよ。
本来、世界は男と女が手を取り合い、当たり前に繁栄していくようにできている。現にホムラサキはそれで上手くいっているだろう?」

サクラの声が、凛として広間に響く。

「それを教会は『穢れ』という偽りの教えで男女を分断し、女を囲い、洗脳することで、自分たちが繁栄の根幹を握る独占体制を築き上げたんだ。
教会を廃し、囚われた女たちを解放する。それこそが、大陸が本来の生命力を取り戻す唯一の道。
……だが、それには僕たちやヴェルガルドの力だけでは足りない。大陸全体の理解と、協力が不可欠だ」

広間が、冷や水を浴びせられたような沈黙に包まれる。その静寂を破ったのは、鼻を鳴らしたジャックだった。

「別に今すぐネピスが死ぬ気配はねえし、俺たちには関係なくねえか? リュゴニアが教会とどうなろうが、他所の国では開花の秘術は受けれるだろ」

その軽薄な言い様にいきり立ったのは、ティーガの肩に留まっていたリューゴだ。

「なにをー!? それが竜神の神使たる者の言葉か!! 大体あやつは何をしておる! 己の竜脈の危機だと言うのにこの場に顔も見せず――」

「あいつは昨日、久しぶりに竜の姿であちこち飛び回ったとかでへばってるよ」

面倒臭そうに応じるジャックと、リューゴの口を慌てて塞ぐティーガ。

騒がしくなりかけた場を鎮めたのは、ウォルカの静かな声だった。

「竜脈は世界中で繋がっていると聞く。リュゴニアだけでなく、マーテル島まで枯渇寸前となると、どの国にもそれなりの影響があるのではないか?」

「ウォルカくんの言うとおりだ。ホムラサキのように完結できているならともかく、大陸は一蓮托生だろうね」

サクラが同意すると、ウォルカは流れるような動作でジャックへ視線を向けた。その瞳は澄んでいながらも、相手の思惑を探るようだった。

「そこで、だ。――アルティリオくん。アリオスくんたちが次なる助力を求めるべき国に、心当たりはないか?」

サクラに唐突に尋ねられたアルティリオは、僅かに驚いたように隻眼を見開いた。そして、彼は苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。

「……こいつらが協力が得られるかはともかく。俺たちは、この後カルテスに向かうつもりだが……」

「おい、アル……!」

「カルテス……共和国か!」

声を上げたのはアリオスだ。
リュゴニアの南東、険しい山々と蛮族に阻まれ国交こそ途絶えているが、『自由』を尊ぶ国。

ジャックが「俺達には大事な商談があるっつーのに……」と難色を示すと、ウォルカが徐に、ティーガの肩からリューゴをひっ掴んだ。

「……お前達に、利があれば良いのだろう」

そして、感情の読めない無表情のまま、無造作にリューゴを上下に激しく振り始めた。

「リューゴ、出せ」

「あばばばば、やめんか!竜使いが荒いぞ!?」

リューゴの羽の隙間から、ジャラジャラと重厚な音を立てて金貨が溢れ出す。その眩い輝きに、ジャックの目の色が変わった。

「……話はまとまりそうだね」

サクラがくすりと笑えば、アリオスは勇ましく頷いた。

「カルテスへ向かい、必ずや助力を取り付けて参ります!」

「万事が上手くやれなくても良い。けれども、対話はしてきておくれ」

サクラの締めの言葉に、広間の緊張がふっと解ける。
ジャックは溢れた金貨を素早く掻き集めると、船の準備のために機嫌良く退出していく。
サクラたちが昨夜の残党処理や保護した女たちの扱いに協議を移す中、ティーガは腕を組み、壁に背を預けてウォルカの背中をじっと見つめていた。

(……あいつ、あんなにやる気だったか?)

ティーガが感じたのは、ほんの小さな「ズレ」だ。
顔も、声も、自分に向ける視線も、いつものウォルカだ。けれど、その内側に、今までなかった前向きさのようなものがある。

「……ウォルカ」

ティーガの呼びかけに、ウォルカがゆっくりと振り返る。

「どうした、ティーガ」

微笑んで返してくるが、やはりその瞳の奥には、どこか一点を凝視し続けているような揺るぎなさがあった。ティーガにはそれが何なのかまでは分からない。ただ、なんとなく。「元気になって良かった」と素直に喜ぶには、少しだけ、何かが引っかかるのだ。

「いや……。お前、今日は一段とやる気だなと思ってよ」

「そうか? ……大きな目的ができたからな。アリオスの教育係として、俺にできることをやらなければと思っただけだ」

ウォルカはそう言って、極めて自然な動作でティーガの肩に手を置いた。
その掌は温かく、吸い付くように馴染む。指先が微かに、ティーガの厚い毛並みを愛しむように、その存在を確かめるように動いた。

(……ま、やる気があるのは良いことだよな。こっちも、気を引き締めねえと)

ティーガは自分の中の小さな違和感を無理やり納得させ、おおらかに笑ってウォルカの背を叩き返した。
その腰元では、あの金色の宝石飾りが朝陽を弾いて鈍く光っていた。


―――



数刻後。ホムラサキの港には、黒塗りの海賊船ブラッディジャガー号が赤い旗をはためかせていた。

船上では喧騒が飛び交い、荒くれ者たちが手際よく物資を積み込んでいる。

「お忘れ物はありませんか、殿下。ホムラサキの工芸品には面白いものが沢山ありましたぞ」

「確か、あの『夢幻筒』というのは……買っても良かったかな……」

アリオスとシグルドは相変わらずの緊張感の無だ。

その傍らで、ウォルカは無言で水平線を見つめていた。大陸側から吹き付ける湿った風が、彼の髪を乱す。『自由』の国カルテス。教会を倒すための、新たな一歩がそこにある。

そこへ、ゆったりとした足音が石畳を叩いて近づいてきた。

「やあ、皆さん。出港準備は順調かな?」

現れたのは、この島を統べるサクラ。そして、その隣には愛らしい巫女装束を旅用に仕立て直したその愛娘――ヒナタが、緊張に身を固めつつも真っ直ぐに立っていた。

「サクラ様!お見送りありがとうございます!」

アリオスがにこやかに声をかけると、サクラは愛娘の肩に優しく手を置き、悪戯っぽく瞳を細めた。

「それもあるけれど、一つ提案があってね。……このヒナタを、ぜひ君たちの旅に同行させてくれ」

「えっ、ヒナタさんを!? ……でも、彼女は大事なお姫様なのに……!」

驚きの声を上げるアリオス。後ろに控えるサコンも未だ納得できていなさそうに顔をしかめている。

「彼女たっての希望なんだ。僕達は、しばらくはあの教会の者達で手一杯で動けそうにない。君たちの昨夜の恩義に報いるためにも、ヒナタが是非付いていきたいと」

ヒナタの『神力』は必ず君たちの助けになるはずだ。どうかな?」

サクラの言葉に、ヒナタが静かに一歩前へ出た。その小さな掌には清らかな光の粒子、そして分厚い手帳が強く握られていた。

「アリオス様。わたくしはまだ未熟ではありますが――必ずや、皆様のお力になってみせます。どうか、同行をお許しくださいませ」

その瞳には島を背負う者としての強い意志が宿っていた。

ウォルカはヒナタが手に纏う柔らかな光を一瞥し、アリオスへと頷く。

「……魔法に対抗できる者が加わるのは、我々としてもありがたい。アリオス、要請を受けましょう」

「っ、分かりました!ヒナタさんは、僕が必ず無事にホムラサキへお返しします!」

「……ありがとう、くれぐれも頼むよ」

ヒナタが海賊船へ上がるのを見届けて、サクラが微笑む。

「ヴェルガルドにはサコンを遣わせて君達の状況を説明しておく。安心して行っておいで」

「わ、私がですか!?」

突然の任命にサコンは尻尾をこれでもかと膨らませた。

「野郎ども、錨を上げろ!バカンスは終わりだ!西へ向かうぞ!」

アルティリオの号令が港に響き渡り、巨大な帆が風を孕んで膨らむ。
船がゆっくりと岸を離れていく。

目指すは、野望と自由が渦巻く混沌の地、カルテス共和国。
世界の運命を乗せた黒船は、太陽が照らす水平線の向こう側へと突き進んでいくのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病み墜ちした騎士を救う方法

無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。 死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。 死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。 どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……? ※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です

贖罪公爵長男とのんきな俺

侑希
BL
異世界転生したら子爵家に生まれたけれど自分以外一家全滅という惨事に見舞われたレオン。 貴族生活に恐れ慄いたレオンは自分を死んだことにして平民のリオとして生きることにした。 一方公爵家の長男であるフレドリックは当時流行っていた児童小説の影響で、公爵家に身を寄せていたレオンにひどい言葉をぶつけてしまう。その後すぐにレオンが死んだと知らされたフレドリックは、以降十年、ひたすらそのことを悔いて生活していた。 そして十年後、二人はフレドリックとリオとして再会することになる。   ・フレドリック視点は重め、レオン及びリオ視点は軽め ・異世界転生がちょいちょい発生する世界。色々な世界の色々な時代からの転生者の影響で文明が若干ちぐはぐ。 ・世界観ふんわり 細かいことは気にしないで読んでください。 ・CP固定・ご都合主義・ハピエン ・他サイト掲載予定あり

騎士団長の秘密

さねうずる
BL
「俺は、ポラール殿を好いている」 「「「 なんて!?!?!?」」 無口無表情の騎士団長が好きなのは別騎士団のシロクマ獣人副団長 チャラシロクマ×イケメン騎士団長

黒豹陛下の溺愛生活

月城雪華
BL
アレンは母であるアンナを弑した獣人を探すため、生まれ育ったスラム街から街に出ていた。 しかし唐突な大雨に見舞われ、加えて空腹で正常な判断ができない。 幸い街の近くまで来ていたため、明かりの着いた建物に入ると、安心したのか身体の力が抜けてしまう。 目覚めると不思議な目の色をした獣人がおり、すぐ後に長身でどこか威圧感のある獣人がやってきた。 その男はレオと言い、初めて街に来たアレンに優しく接してくれる。 街での滞在が長くなってきた頃、突然「俺の伴侶になってくれ」と言われ── 優しく(?)兄貴肌の黒豹×幸薄系オオカミが織り成す獣人BL、ここに開幕!

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

弟と妹より劣る僕が自信家を演じてたら、部下にバレた件

ゆきりんご
BL
【重い感情を隠している年下敬語攻め×自己肯定感低い年上受け】 イリアスは職場で「優秀で顔もそこそこ良くて頼りになる上司」を演じているが、本当は自信がない。付き合っていた相手に振られることが続いてさらに自信をなくした。自棄になろうとしていたところを、気になっていた部下に止められて、成り行きで体の関係を持つことになり……?

食べて欲しいの

夏芽玉
BL
見世物小屋から誘拐された僕は、夜の森の中、フェンリルと呼ばれる大狼に捕まってしまう。 きっと、今から僕は食べられちゃうんだ。 だけど不思議と恐怖心はなく、むしろ彼に食べられたいと僕は願ってしまって…… Tectorum様主催、「夏だ!! 産卵!! 獣BL」企画参加作品です。 【大狼獣人】×【小鳥獣人】 他サイトにも掲載しています。

黒豹拾いました

おーか
BL
森で暮らし始めたオレは、ボロボロになった子猫を拾った。逞しく育ったその子は、どうやら黒豹の獣人だったようだ。 大人になって独り立ちしていくんだなぁ、と父親のような気持ちで送り出そうとしたのだが… 「大好きだよ。だから、俺の側にずっと居てくれるよね?」 そう迫ってくる。おかしいな…? 育て方間違ったか…。でも、美形に育ったし、可愛い息子だ。拒否も出来ないままに流される。

処理中です...