おならのくにには、ことばがある

つきほ。

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おならのくにには、ことばがある。

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むかしむかし…ではありません。 でも、けっこうむかし。

おならのくに は、にんげんの世界の「すぐとなり」にありました。

そこではね── おならが、ことば でした。

「おはよう」は、パンみたいなにおいのぷぅ。 「ありがとう」は、あたたかいおふとんのにおいのぷぅ。 「だいすき」は、ラベンダーとチョコがまざったぷぅ。

だから、おならのくにのこどもたちは、 しゃべらないけど、よく通じあっていたのです。

ところがある日、にんげんの世界から、 「しゃべりすぎる子」が、このくにでくらすことになりました── 名前は、ユイちゃん。ちょっぴりうるさいけど、さみしがりやの女の子。

「ぷぅ?なにそれ?わたしは言葉で言うし!においなんて、はずかしいじゃん!」 ユイちゃんは、ぷぅのにおいがよくわからなくて、いつも困っていました。

でも…… おならのくにでは、心の声にはかおりがあるんです。


***


学校に通うようになったユイちゃんは、 においで会話する授業に、ちっともなじめません。

「さあ、今日の発表は“うれしいにおい”です」 先生が言うと、子どもたちは順番にぷぅっと出します。

ほかほかごはんのにおいのぷぅ。 シャボンのようなかるいにおいのぷぅ。 まるで、おひさまのにおいみたいなぷぅ。

でも、ユイちゃんはなにも出ません。 「やっぱり、しゃべったほうが楽なのに」 ユイちゃんは、ため息をつきました。


***


ある日、ユイちゃんは、静かな森でひとりの男の子に出会います。 名前はプゥルくん。

プゥルくんは、まったくしゃべらないけれど、 そっとそばにいるだけで、ふしぎと安心できる子でした。

「なんにも言わないのに、なんでこんなに…あったかいんだろう?」 ユイちゃんがそうつぶやいたとき、プゥルくんはそっと、ぷぅ。

──甘いミルクティーのにおいが、風にのって流れてきました。

そのとき、ユイちゃんは少しだけわかった気がしました。


***


それからユイちゃんは、ときどき黙って、 自分の胸に手を当ててみるようになりました。

「さみしいのかな」「かなしいのかな」「それとも…うれしいのかな」

すると、ある日、ほかほかの、ちょっと照れくさいにおいが出ました。

「ぷぅ…あ、でた」

そのにおいをかいだプゥルくんは、にっこりして、 ふわっとラベンダーとカスタードのにおいを返してきました。


***


その日から、ユイちゃんの中で、 においと気持ちが、少しずつつながり始めました。

まわりの子たちも、においのやりとりに 「わぁ、ユイちゃんのぷぅ、今日やさしいね」 「さみしい日もあるよね、うん、においでわかる」 と声をかけてくれます。


***


数週間後の授業参観の日、 ユイちゃんはみんなの前で発表することになりました。

「えっと、しゃべるのも好きだけど…今日は、ぷぅで伝えます」

ちょっとはずかしいけれど、ぷぅ。 あったかくて、やさしい、ほんのりバナナのにおい。

教室中がふわっとやさしい空気になって、 ユイちゃんのママも「ふふっ」と笑って泣いていました。


***


ユイちゃんは思いました。

「おならって、おとやにおいだけじゃなかったんだ」 「ことばより、まっすぐな気持ちが、あるんだ」

それからもユイちゃんは、しゃべります。 でも、気持ちがいっぱいになるときは── そっと目をつむって、ぷぅ。

そうやって今日も、 おならのくにには、ことばが飛びかっています。


おしまい

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