王宮のキューレター〜キューレター誕生編〜

らいむぽとす

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王宮のキューレター誕生

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 ローテーブルを挟んでアマーリアの目の前に座る男は、便宜上ローリー伯爵と呼ばれているが、本来はローリー伯爵代理が正しい。

 先代のローリー伯爵夫人の父親が危篤だと知らせが入ったのは小雨の降る夜だった。

 雨はますます強くなりそうな夜だったが、義父が危篤だと聞けば駆けつけないわけにもいかない。

 動揺する妻を急かし、うつらうつらしていた息子は夜通し馬車を走らせる上に、こんな悪天候ではいつも以上に馬車が揺れるのを心配し、屋敷の使用人に預けて先代夫妻は馬車で夫人の実家へ向かった。

 そして――次の日の朝にローリー伯爵家の横転した馬車が山道から見つかった。夫妻は即死だったという。

 事件性を疑った祖父は人をやって調べたがおかしなとこはなかったとアマーリアは聴いている。

 残されたのは三歳の息子。両親の死も分からない幼子。ゆくゆくはローリー伯爵を継ぐにしても幼すぎる。

 そこで彼が成人するまでの後見人になったのが、先代伯爵の弟の現伯爵(代理)だった。

 先代の息子の悲劇はこのローリー伯爵の弟が後見人になったことなのかもしれない。また折り悪くそれぞれがそれぞれの事情で伯爵の親族たちも自分たちのことで余裕がなく残された三歳の息子の面倒を見れなかった。

 必然的に放蕩のかぎりをつくしていた先代伯爵の弟が代理となったのだ。

 堅実な領地経営で領民にも慕われていたローリー伯爵家は裕福なぶるいだった。だったはずなのに、その資産が食い潰されるのにたいして時間はかからなかったのは、ほぼ手入れのされていない屋敷を見れば一目瞭然だ。

 さてどんな会話をすればいいのやら。購入する予定ではなく、アマーリアはただただ祖父の謎かけを見つけにきただけなのだから。

 そんな沈黙が支配する応接室で、アマーリアもローリー伯爵もにこにこしながら、どちらも内心では言葉を探していたが、ふっとアマーリアが視線を上げると、暖炉の上に飾られた肖像画が目に入った。

 壮年の男性とその横で椅子に腰掛けた妙齢の女性。女性の膝には天使のような男の子がちょこんと座っていた。

 壮年の男性はアマーリアの目の前にいるローリー伯爵に似ている気がする。もし絵画の男性がこの部屋にいたら、兄弟だとわかるくらいに。

 アマーリアの視線が自分を通り越し、後方へと注がれているのに気づいたローリー伯爵は顔だけ後方へ向けた。

「あぁ、兄夫婦。先代伯爵の肖像画です。……亡くなる少し前に描かれたものです」

「では、夫人の膝の上の男の子が次期ローリー伯爵ですのね」

 アマーリアはすくっと立ち上がって絵のそばまで歩き出した。

「そうです。今では夫人の膝には乗れないくらいに大きくなりました。もうすぐ伯爵位を譲る予定でいます」

絵の前で立ち止まったアマーリアは絵画の左下に注目した。

 「J.C……やっぱりジェイムス・ココットが作者ですわね」

 伯爵もまたアマーリアの隣にやってきて左下の署名をじっと見つめた。

「彼は記録と言っていいほど正確に描く画家で、今は亡くなってしまいましたが生前は人気画家だったそうですわ。ほらご覧になって、この絵も髪の毛から耳の形まで誤魔化すことなく描かれていますでしょう」

 まじまじと絵画を眺める伯爵は小さく「確かに」と呟き、感心するように小刻みに前後に頭を揺すった。

 それにしても先代伯爵が家族の肖像画をココット氏に依頼して描かせるとはアマーリアには意外だった。

 美しいものを好むアマーリアは、ココット氏の正確な記録みたいな絵はあまり好みではない。

 だって、女性のシワやシミなども彼は絵に残すのだ。それくらい見なかったことにしてくれてもいいではないかと、アマーリアは文句の一つもココット氏に言いたくなるが、きっと詳細に描くのが彼のこだわりであり方針なのだろう。

 同じく美しいものを好んだ先代ローリー伯爵。その彼が家族の肖像画を描くのに、優しい曲線を描く画家ではなく厳格な曲線を描く画家を選んだのは腑に落ちないが、肖像画とは記録のようなものだからと先代伯爵は考えたのかもしれない。

 もうその本意を聞くことはかなわないけれども。

「彼女は私の初恋の女性なのですよ」

 遠くを見つめるような瞳で昔を懐かしむような声色でローリー伯爵はつぶやいた。

「まぁ」

 再度しげしげとアマーリアが絵の女性を見れば、栗毛色の優しげな女性が慈愛のある微笑みをたたえている。

 美人というよりは可愛い顔立ちの彼女は若かりし頃はさぞ庇護欲をそそる存在だったのではないだろうか。

 それでいて凛とした雰囲気がある。

「残念ながら彼女は兄に嫁いでしまいましたけどね」

 そして亡き人だ。もう永遠に手の届かない。

 これはどう受け答えすればいいのかアマーリアが戸惑っていると、ローリー伯爵はふっと顔の表情を緩めると、

「申し訳ない。余計な話でしたね」

 と言って寂しそうに笑った。

 アマーリアもぎこちなく微笑み返し、絵から視線を外し辺りを見回した。

――それにしても、どうにもこの応接室は落ち着かない。

 白い壁紙、革張りのソファー、窓にはクリーム色のカーテン。ありふれた調度品。

 変わり映えしない応接室なのに。特別変わっているところもないのに。

 なのにどうしてこんなに落ち着かないのだろうか。どうしてこんなに違和感を感じるのだろうか。

 アマーリアと伯爵がソファーに戻れば壁際で待機していた侍女が新しいお茶を淹れてくれた。

 それを口に含み寒々しい談笑をしていると、ノックもなく乱暴にドアが開く音が聞こえた。
 
 アマーリアがドアの方を見れば、そこには長い髪を後ろで一つにまとめた青年が部屋へ入ろうとして客人――アマーリアがいたのに驚いたのか動きを止めた。

「こら!ハドソン。部屋に入るときはノックくらいはしなさい」

 部屋に入ってこようとした青年に少し強い口調で伯爵はそう言うと、アマーリアに向き直り

「不作法で失礼しました。甥で次期伯爵のハドソンです」

 と紹介すると立ち上がってハドソンの方へと歩いて行き、内容は聞き取れないがひそひそと小声で話をしている。

 アマーリアはハドソンと紹介された青年をまじまじと観察する。

そして―――――はて?あの男性は誰なのかしら?

 と、疑問に思うのだった。
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