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王宮のキューレター誕生
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――無人島で見つけた洞窟を数名で狭い道筋を歩いて行けば、突如開けた視界に映ったのは青いあおい水の貯まる地底湖でその周辺を白い鍾乳石が囲み、天井の岩の隙間から差し込む光に照らされて神々しいほど美しかった――
突如開けた暗闇の先にあったもの
――それは薄汚れた白い大きな壺にも花瓶にも見えるものだった。
ぱっと見は石膏石の花器のようだが、それにしては薄汚れた印象で、白というよりは全体的には琥珀色の色味が強い。
石膏であれば表面も滑らかだろうに、その花器はゴツゴツとした見た目をしている。
形も整っていない。その不恰好さにこの花器を作った主はなんらかの意図があってこのような形にしたのかと疑いたくなほどだ。
花器の口縁や首は花器にしては広すぎるし、口縁は綺麗な円ではなくやや楕円で、首の部分も波打っている。
だけど肩から胴にかけての丸みや膨らみはきちんとあり、腰から下はそれよりも狭く、しっかりと地に足をつけている。
二人がいる位置からではこれの中までは確認できないが、水を貯められ花が挿せるのであれば、これは花器の類になるのだろう。
「まぁ、これは……」
『美術品としては造型が役不足。その一面価値がある』
祖父の言葉がアマーリアの脳内に蘇る。
確かに。これはこれの経緯を知らなければ、これの価値を見いだすのは難しい。
「これは……」
美術品を見慣れたレイドルフでもこんな代物を見るのは初めてだった。こんなに不恰好なものには今までお目にかかったことはない。
だからこそ、反対に目を惹き興味が湧いた。
「まだお祖父さまが若かった頃、無人島の洞窟を探索して鍾乳洞を見つけたそうなのです」
いつだったかまだアマーリアが幼い頃。まだ王太子だった陛下がアマーリアの祖父に言ったのだ。
『いつか身軽な身分になれたら、公爵が語ってくれた無人島の洞窟へ行ってみたい』と。
多少の酔いとともに。
それを聞いた近くにいた子供たちも、祖父にどんな話なのかと強請った。
しょうがないなという顔をして祖父が語った洞窟の鍾乳洞の話。皆が帰ったあとに『内緒』だよ。と言ってアマーリアに教えてくれたのは――
「その鍾乳洞で、花瓶の形をした鍾乳石を見つけたのだとか」
――鍾乳石でできた花瓶だと!
レイドルフは目を剥くと花瓶を擬視する。
アマーリアの言葉が本当ならば、そんな、そんなことあるのか?いやあるんだな、歴 きとした証拠が目の前にあるではないか。
自然が何百年、何千年、もしかしたら何億年もかけて作り上げたもの。その造形がおかしかろうが、歪んでようがそんなことは問題にならない。
幾つもの偶然が重なってできた奇跡の産物。
それでもレイドルフには信じられなかった。そんな奇跡のような出来事があるなんて。
もうこれは美術品などという括りには収まりきらない。値段などつけられる代物ではない。
花瓶の中はどうなっているのだろうか?
レイドルフは恐るおそる花瓶の中を覗くと、きちんと空洞になっている。やはり花器の類なのだ。だが結構な深さがあり暗くて口縁近辺しか覗けない。
明るい場所まで花瓶を動かしたくても重くてとても無理。
さてどうするかとレイドルフは思案していれば、キャンドルホルダーを手にアマーリアがやってきた。
灯されている小さな蝋燭。二人の心情のように頼りない灯りで花瓶の中を覗きこみ、二人は息を呑んだ。
中には人骨と思われるものと無数の虫の抜け殻。
つい半歩後ろにいたアマーリアがレイドルフの背中の服をぎゅっと握り、お互いに無言で花瓶の中を見つめる。
だけどきっと言葉にならないだけで思いの丈は同じ。
きっとこれが本物のハドソン。その頭蓋骨の大きさから推測するならば、死んだのは子供の頃。
二人にはハドソンが死亡した原因は分からないけど、現ローリー伯爵は確実に知っている。
この花瓶がこの場所にある。それがなによりの証拠。
屋敷内からは見えない位置に王宮の騎士たちが取り囲み、アマーリアの合図で屋敷内に突入する予定になっている。
ロナルドがローリー伯爵につけた密偵によると、賭博場から朝方に伯爵は帰宅したらしい。
早朝ではないが昼になるまでの時間がたっぷりある今、彼はまだベッドの中だ。
「これからどうなるのかしら?」
ぽつりとアマーリアは呟き、レイドルフを見上げる。その瞳は不安げに揺れている。
「さぁ。でもローリー伯爵はなんらかの罰を受けることにはなるでしょうね」
レイドルフはアマーリアと目をしっかりと合わせてそう答えると、また花瓶に視線を移し
「彼も見つけてもらえて喜んでますよ。これで両親に会えると」
そんな励ましとも弔いともとれる言葉を発した。
「そうね。彼が喜んでくれるといいわね」
アマーリアは少しだけ微笑み、気づかないうちに握っていたレイドルフの服から手を離すと、窓際まで歩きサイドボードの上にキャンドルホルダーを置く。
窓を開け合図を送れば、外から内部の様子を伺っていたのか、屋敷の玄関付近が急に慌ただしくなり、先ほどまでの静寂が嘘だったかのような賑やかな声や物音が聞こえてきた。
そのうち複数の足音とともに応接室にも王宮の騎士の服装を纏った男たちが、突入という表現がぴったりな勢いで進入してきて、アマーリアに事情を聴いているのを、レイドルフはボーっとしながら見ていた。
寝巻き姿の項垂れるローリー伯爵が騎士たちに連行されるのを遠巻きに見送って一先ずこの事件は終わった。
驚きからか安堵からかもう一人の存在――偽のハドソンのことが頭から抜け落ちていることには誰も気づかずに……。
突如開けた暗闇の先にあったもの
――それは薄汚れた白い大きな壺にも花瓶にも見えるものだった。
ぱっと見は石膏石の花器のようだが、それにしては薄汚れた印象で、白というよりは全体的には琥珀色の色味が強い。
石膏であれば表面も滑らかだろうに、その花器はゴツゴツとした見た目をしている。
形も整っていない。その不恰好さにこの花器を作った主はなんらかの意図があってこのような形にしたのかと疑いたくなほどだ。
花器の口縁や首は花器にしては広すぎるし、口縁は綺麗な円ではなくやや楕円で、首の部分も波打っている。
だけど肩から胴にかけての丸みや膨らみはきちんとあり、腰から下はそれよりも狭く、しっかりと地に足をつけている。
二人がいる位置からではこれの中までは確認できないが、水を貯められ花が挿せるのであれば、これは花器の類になるのだろう。
「まぁ、これは……」
『美術品としては造型が役不足。その一面価値がある』
祖父の言葉がアマーリアの脳内に蘇る。
確かに。これはこれの経緯を知らなければ、これの価値を見いだすのは難しい。
「これは……」
美術品を見慣れたレイドルフでもこんな代物を見るのは初めてだった。こんなに不恰好なものには今までお目にかかったことはない。
だからこそ、反対に目を惹き興味が湧いた。
「まだお祖父さまが若かった頃、無人島の洞窟を探索して鍾乳洞を見つけたそうなのです」
いつだったかまだアマーリアが幼い頃。まだ王太子だった陛下がアマーリアの祖父に言ったのだ。
『いつか身軽な身分になれたら、公爵が語ってくれた無人島の洞窟へ行ってみたい』と。
多少の酔いとともに。
それを聞いた近くにいた子供たちも、祖父にどんな話なのかと強請った。
しょうがないなという顔をして祖父が語った洞窟の鍾乳洞の話。皆が帰ったあとに『内緒』だよ。と言ってアマーリアに教えてくれたのは――
「その鍾乳洞で、花瓶の形をした鍾乳石を見つけたのだとか」
――鍾乳石でできた花瓶だと!
レイドルフは目を剥くと花瓶を擬視する。
アマーリアの言葉が本当ならば、そんな、そんなことあるのか?いやあるんだな、歴 きとした証拠が目の前にあるではないか。
自然が何百年、何千年、もしかしたら何億年もかけて作り上げたもの。その造形がおかしかろうが、歪んでようがそんなことは問題にならない。
幾つもの偶然が重なってできた奇跡の産物。
それでもレイドルフには信じられなかった。そんな奇跡のような出来事があるなんて。
もうこれは美術品などという括りには収まりきらない。値段などつけられる代物ではない。
花瓶の中はどうなっているのだろうか?
レイドルフは恐るおそる花瓶の中を覗くと、きちんと空洞になっている。やはり花器の類なのだ。だが結構な深さがあり暗くて口縁近辺しか覗けない。
明るい場所まで花瓶を動かしたくても重くてとても無理。
さてどうするかとレイドルフは思案していれば、キャンドルホルダーを手にアマーリアがやってきた。
灯されている小さな蝋燭。二人の心情のように頼りない灯りで花瓶の中を覗きこみ、二人は息を呑んだ。
中には人骨と思われるものと無数の虫の抜け殻。
つい半歩後ろにいたアマーリアがレイドルフの背中の服をぎゅっと握り、お互いに無言で花瓶の中を見つめる。
だけどきっと言葉にならないだけで思いの丈は同じ。
きっとこれが本物のハドソン。その頭蓋骨の大きさから推測するならば、死んだのは子供の頃。
二人にはハドソンが死亡した原因は分からないけど、現ローリー伯爵は確実に知っている。
この花瓶がこの場所にある。それがなによりの証拠。
屋敷内からは見えない位置に王宮の騎士たちが取り囲み、アマーリアの合図で屋敷内に突入する予定になっている。
ロナルドがローリー伯爵につけた密偵によると、賭博場から朝方に伯爵は帰宅したらしい。
早朝ではないが昼になるまでの時間がたっぷりある今、彼はまだベッドの中だ。
「これからどうなるのかしら?」
ぽつりとアマーリアは呟き、レイドルフを見上げる。その瞳は不安げに揺れている。
「さぁ。でもローリー伯爵はなんらかの罰を受けることにはなるでしょうね」
レイドルフはアマーリアと目をしっかりと合わせてそう答えると、また花瓶に視線を移し
「彼も見つけてもらえて喜んでますよ。これで両親に会えると」
そんな励ましとも弔いともとれる言葉を発した。
「そうね。彼が喜んでくれるといいわね」
アマーリアは少しだけ微笑み、気づかないうちに握っていたレイドルフの服から手を離すと、窓際まで歩きサイドボードの上にキャンドルホルダーを置く。
窓を開け合図を送れば、外から内部の様子を伺っていたのか、屋敷の玄関付近が急に慌ただしくなり、先ほどまでの静寂が嘘だったかのような賑やかな声や物音が聞こえてきた。
そのうち複数の足音とともに応接室にも王宮の騎士の服装を纏った男たちが、突入という表現がぴったりな勢いで進入してきて、アマーリアに事情を聴いているのを、レイドルフはボーっとしながら見ていた。
寝巻き姿の項垂れるローリー伯爵が騎士たちに連行されるのを遠巻きに見送って一先ずこの事件は終わった。
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