[完結]世にも奇妙な少女に家も婚約者も盗られました

らいむぽとす

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おまけ ソコロと王太子の婚約解消 いち

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 薔薇の見頃は残念ながら終わったけど、ソコロ様のサロンは相変わらず薔薇園のガゼボで行われている。
 だが王太子の婚約者をしていたときのように頻繁にはしなくなった。必要がなくなったからだ。

 だから今のソコロ様のサロンは、気の合う友人と過ごす場所になっている。

 時たまこの場所で一人でソコロはお茶をする。そう今のように。

 今日はハーブティーを淹れる。普段は苦手な人もいるだろうと遠慮して淹れないが、一人であれば問題はない。

 風でリバーレースが揺れるのを眺めながら、つい考えてしまうのは王太子のこと。
 当然だ。四歳からついこの間まで、ソコロは王太子の為に存在したのだから。

 それが今は何もない。そう何も。

 ソコロは自分の太腿の上に肘をつき、カップを両手で包むとハーブティーを一口飲んだ。

 もう淑女の鏡と言われる必要もない。

 あの頃、王太子の婚約者ではなかったら、もっと自由でいられたのに……と思っていたけど、王太子の婚約者じゃなくても対して変わらないのを知った。

 小さな頃に引き合わされ、婚約者だよと言われて王太子の友人兼側近候補のデイブと、三人でころころと育った。
 今考えると、王宮が遊び場だったなど贅沢な話だったなとソコロは笑う。
 
 王太子が将来の伴侶としてこの頃から疑いもせず、よき未来の王妃として弛まぬ努力をしてきたつもりだ。
 朝起きるのも、食べ物を摂取するのも、風呂に入るのも、寝るのも、生きることもすべて王太子の為に。

 王子教育でかそれとも元々の性格なのか、王太子は普段あまり感情を表にあらわさない。しかしソコロと一緒だと王太子の口元が緩み、時折り声を上げて笑うのが、ソコロには嬉しかったし、ソコロは王太子の口元が緩む顔が好きだった。

 愛されていると思ってたし、愛していた。

 愛されてると、疑いもなくそう信じていた――王太子がジョイと一緒にいるのを見るまでは……だけど。

 ティーポットからティーカップに手慣れた手つきでハーブティーを注ぐ。

 王太子の熱を帯びた瞳を見たのはいつだったか
 ソコロが見たことない王太子の顔。

 王太子が笑う。ソコロの好きな口元を緩めた顔でジョイに笑う。

 王太子が拗ねた顔をする。
 ソコロの知らない顔。

 王太子が口付けする。
 ソコロには経験のない感触。
 

 今年の誕生日に王太子からプレゼントがなかった。『ソコロも十六歳になったから、今年の誕生日には少し奮発して、君の瞳の色の首飾りを贈ろう』そう言って去年、口元を緩めて贈り物をしてくれた愛しい人はもういない。

 夜会の誘いもない。まぁ誘われても、王太子からドレス一つ贈られないとなると、王太子との不仲を疑われるし、強いては王室とモルガン公爵家との不仲も疑われてしまうから行けないけど。

 あなたは愛されてないのよ――そんな言葉が、頭の中に聞こえるようになったのは、いつからだったっけ。

 学園の令嬢の憧れ、淑女の見本と言われても、家だ派閥だと絡めば、昨日の友は今日の敵だ。忠告めいた誹謗中傷に、どれだけ傷ついたか。

 それでも婚約破棄なんてこれっぽっちも頭になかった。

 だってソコロは王太子の為に存在するのだから。

『王太子が不穏なことを、考えているようですわ』

 そうソコロに教えてくれたのは、第二王子の婚約者。

 卒業パーティーで王太子がソコロを断罪し、婚約破棄を宣言しジョイを新たな婚約者にすると。

 ソコロは笑ってしまった。きっと酷く冷酷な笑いだったに違いない。自分の顔は見えないから想像だけど。

 そう言えば、モルガン公爵家には昔、婚約破棄されて遠方へ嫁いだ女性がいたなと、突如ソコロは思い出す。相手はやはり王太子だった。

『ソコロ様、お気をつけてくださいませ』

 可愛いかわいい第二王子の婚約者にソコロは頷いてみせた。

 あの日、食堂のテラスにデイブが居るのが見えた。
 庭園には王太子とジョイが仲睦まじげにいる。

 だから一歩を踏み出して、王太子の元に向かった。

『殿下、お話があるのですが』

 ベンチに座りぴったりくっついた二人。王太子の腕はジョイの腰に、ジョイは王太子にもたれ掛かりその豊かな胸を王太子に押し当てている。

『話とはなんだ?』

 不機嫌そうな王太子。気まずそうに目が泳ぐかと思ったが、ソコロを真っ直ぐに見ている。いや睨んでいるが正しいか。

 もうジョイとのことを隠す気もないのね。ソコロは人ごとのように思う。
 
『わたくしかジョイ様かどちらか選んで欲しいのです』

 そう言葉にしたソコロにはもう迷いはなかった。返答次第の『婚約解消』

『選ぶとは?』
『言葉の通りですわ。殿下』

 少し狼狽えたか。いくらジョイに腑抜けていても、自らが置かれている立場は分かっているらしい。

 王太子が王太子でいられるのは、モルガン公爵家が後ろ盾だからだ。ソコロと婚約を解消すれば、ただの第一王子になり下がる。

『この場で決めてくださいませ。わたくしかジョイ様か』
『突然何を言いだすんだ!』

 突然とは愉快な、王太子にとっては突然でもソコロにはそうじゃないのに。

『突然ではございませんわ、わたくし疲れてしまいましたの。父のモルガン公爵には既に話は通してましてよ。あとは殿下のお気持ちだけですわ』

 ジョイがニヤリと笑うのが見える。いずれは王太子妃、王妃狙いかしら?残念ね、モルガン公爵家が手を引けば永遠にその夢は叶わないわ。

『モルガン公爵も知っているのか……』
『ええ、ご存知の通り王家とモルガン公爵家はあまり仲がよろしくありませんから、父はわたくしの好きにしていいと申しましたわ』

 この縁組はその昔、当時の王太子が婚約者だったモルガン公爵令嬢と婚約破棄し、男爵令嬢と婚姻したのを発端としている。
 その出来事で、すっかり仲の拗れた王家とモルガン公爵家だが、王家としては、どうにかモルガン公爵家の機嫌をとりたくて結ばれたのが、王太子とソコロの婚約である。
 まさか同じ事態が起きようとしているとは頭の隅にもないだろう。

 王太子の目が泳ぎだす。ジョイはすでに勝ち誇った表情を浮かべている。そんなに自信があるのか。

『……ジョイを選ぶ』

 俯いてか細い声で王太子は言った。少し震えてもいるようだ。

『分かりました。では婚約は解消ということで。破棄するなら、殿下の有責になりますわ――では失礼します』

 綺麗にカーテシーを披露し、ソコロは踵が返して歩きだそうとしたとき、

『まっ待て!』

 立ち上がった王太子に腕を掴まれる。その力強さにソコロは驚く。

『殿下、痛いですわ。お離し下さい』
『すっすまない。だが婚約解消は聞いていない』
『何を仰ってますの?ジョイ様を選ばれたのですから、当然でございましょう』
『そっそういう意味とは』

 王太子はかなり焦っていた。ジョイを選ぶと言ったはいいが、ソコロがいなくなっては困るのだ。

『わたくし王家に嫁ぐ身だったものとして、愛妾を否定はしません。ですが婚約期間中に浮気だなどと、まだ上手にしてくださるなら目も瞑れましたけれど……今の状態ではとても無理ですわ。殿下と結婚したとしても、わたくしがどんな扱いをされるかが目に浮かびます。わたくし不幸になると分かっている婚姻は、したくありません』
『なっなんだと!』

 バチんっと音がしソコロの頬に熱と痛みが走る。殴られたとソコロが気付いたときには、体は地面へ倒れ込んでいた。

 初めて殴られた衝撃で一瞬頭が混乱したが、すぐに立ち直り体を起こして服の泥を落とす。

『すっすまない』

 王太子は自分のしたことが、信じられない様子で呆然としている。
 
 ソコロもショックだった。だってソコロの知っている王太子は、女性を殴るような人ではなかったから。ソコロの前にいるこの人は本当に王太子なのかと、顔は同じだけど、実際は違う人ではないかと疑いたくなった。

『怪我はありませんわ、では殿下失礼します』

 軽く頭を下げて歩きだそうとすると、また王太子に追い縋られる。肩を掴まれ強引に振り向かされる。

『待ってくれ!話をしよう』

 この焦りよう。そんなに焦るなら『ジョイを選ぶ』などと言わなければいいのに。

『いえ、もう話すことはございません』
『そんなことはない!話せば……話せば分かる』

 何が分かるというのだろうか。既に分かっていることしか、ないというのに。チラリとジョイを見れば、目を見開いて驚きながら、王太子の必死な様子を見ている。

 ソコロは一刻も早く、ここから離れたかった。だけど状況はそれが許される気配がない。どうしようかと頭を抱えていると、デイブがやって来た。

 やはりテラスから見えてたのね。

 これで証人ができたわ。王太子はどうするのかしらね。

 くすっとソコロは笑った。

 三杯目のハーブティーを飲み終えると、空は夕焼けに染まっていた。
 そろそろ帰らないと、と立ち上がる。

 ソコロは夕焼けをみながら、リバーレースをめくり馬車留めまでの道を歩くのだった。




 
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