「さらら」~茶房物語~

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◆6杯目

~ある日の榛名とハーブとハーブティー~

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 茶房「茶螺々(さらら)」の店主である榛名の朝は早い。
 店の奥にある住居部分に榛名は住んでいて、日の出と共に目を覚まして朝食前に裏庭に出てそこに植えられている植物たちの手入れをするのが日課であった。
「ミントとローズマリー、レモングラスは少し剪定した方が良さげだな…」
 そんな事を呟きながら榛名はプランターで育てているハーブ に慣れた手つきでハサミを入れ、籠の中へ入れてゆく。
「今日も暑いから、ミントとレモングラスはブレンドティーにして冷やして置いて、ローズマリーはクッキーにでもするか…」
 刈り取ったハーブを持って家の中に戻ると、榛名は朝食の準備を始めた。
 簡単な和食の朝食を食べた後は、洗濯や部屋の掃除を済ませてローズマリーのクッキー作りに取り掛かる――主力商品であるお茶類のお茶請けとしてサービスとして出される榛名特製の菓子類は、こうして開店前に作られていた。
 クッキー生地を作った後、型で抜き、余熱をしておいたオーブンで焼き、その間にブレンドハーブティーを煮出し、それと同時進行で土鍋で米を炊いて、おにぎりやお茶漬け用のご飯を用意する。ハーブティーは通常注文を受けてからハーブを抽出するのだが、暑い季節はアイスブレンドハーブティーは人気なので、あらかじめ作って冷やしておく方が効率が良いので夏場にはこの作業が欠かせない。
 一連の作業が終わると、さららの開店時間は遅めの11時なので、八十島商店街の多くの店が開店する10時を待って買い物に出掛けるのがいつものパターンで、今日も榛名は買い物に出かけた。

「お、ひまわりか…」
 商店街の何軒かで食材などを買った後、花屋の店頭に置かれたバケツにいけられていたひまわりを見て榛名は足を止める。
「あ、ハルさん、おはようございます」
 店の中でブーケを作っていた中島結衣が榛名に気が付いて声をかけた。
「おはよう――ひまわり良さげだけど、他にお勧めある?」
 結衣が働くフラワーアオイは小さな花屋ではあるが、温室で育った定番の花から、季節を感じさせる植物までいろいろ取り揃えているので、榛名は店で飾る花々をここで調達する事が多い。
「あ、今朝、ホオズキの鉢が入りましたよ~」
「もうそんな季節か…いいねホオズキ」
 結衣の勧めを聞いた榛名は気が変わったのか、ひまわりを買うのをやめてホオズキの鉢植えを買うと開店時間が迫った店へ戻る。
 店に戻った榛名は慌しく仕事着にしている作務衣に着替えると、店の開店準備を始めた。
 店頭にメニュー表を出し、暖簾をかけると同時に常連客である結城一馬が店に入ってきて、開口一番「今日も暑いね~」と言いながら指定席になっているカウンター席に腰かける。
「今日はどうする?」
 榛名の問いかけに一馬は「暑いんでアイスのブレンドハーブティー」と答えて、手にしていた扇子を扇ぎ始めた。
 年々熱くなっている気がするというような世間話を一馬としながら、榛名はアイスのブレンドハーブティーと今朝焼いたばかりのローズマリーのクッキーを出すと、一馬はすかさずグラスに手を伸ばして良く冷えたブレンドハーブティーを口にする。
「これ…ミントは判るんだけど、後はレモン?」
「今日はミントとレモングラスのハーブティーさ」
「へぇ…グラスって草って意味だったよね? …って事はレモンの草?」
「レモン風味の草。イネ科の植物でアジア料理とかカリブ料理なんかでもよく使われているハーブなんだよ」
「レモン風味のアジア料理ってなんかあったっけ?」
 一馬はレモン風味のアジア料理と言われてもピンとくる料理が思い浮かばなかったのか頭を捻った。
「レモングラスを使った料理で有名なのはタイのトムヤンクンじゃないかな?」
「あ~、あの酸っぱ辛いやつか」
 榛名に言われて一馬はパチンと扇を閉じる。
「アジアじゃレモングラスはカレーや魚料理なんかにもよく使われてるんだけど、日本じゃあんまり馴染みがないかもな」
「ハーブって言ったら、俺はハーブティーしか思い浮かばないけど…」
 もっぱら食べる専門の一馬は料理を作る事がほとんどない事もあって、ハーブを料理にどうやって使っているのかさえ想像がつかなかった。
「いや、一馬君だってハーブはよく知ってるし食べているはずだよ」
「?」
 怪訝な表情を浮かべる一馬に榛名が説明をする。
「大葉やミョウガ、山椒、ワサビ、あさつき、フキやヨモギといった植物もハーブなんだから」
「え? あれってハーブなの⁈」
 驚いた様子の一馬に榛名は頷く。
「ハーブは一般的に薬草や香草、保存料として使える有用植物の事なんで、チャノキだってハーブにカテゴライズされるんで、緑茶もハーブティーの一種なんだ」
「そうなんだ…俺、ずっと別物だと思ってた」
「まあ、そうだろうね」
 榛名は一馬に頷いて見せると、イタリア料理なんかでおなじみのバジルだってハーブの一種なので、バジルのハーブティーとして飲む事もあると言う。
「え? バジルってジェノベーゼとかいう緑色のパスタだとか、ピザのマルゲリータなんかに乗っている葉っぱだよな? ――あれのハーブティーって…」
 デリバリーピザのメニュー表などでその名をよく目にするからか、さすがにバジルは一馬ででも知っている様であったが、あのバジル特有の風味のハーブティーと聞いて何とも言えない表情を浮かべた。
「バジルは香りだけじゃなくβカロテンや鉄、ビタミンE、カルシウムが豊富で、食欲を増進させて消化を助けたり、鎮痛効果、殺菌や抗菌といった薬効もあるからね」
 お茶として飲んでもその効果が期待できるかもしれないと榛名は笑う。
「…う~ん。俺はちょっと遠慮したいな」
 一馬はそう言うと、グラスの底に少し残っていたハーブティーを飲み干し、おかわりを要求した。
 すぐに榛名が二杯目をグラスに注ぎ空いたグラスと入れ替えると、一馬はすぐに二杯目に口をつける。
「…そんなに喉が渇いていたのかい?」
 いつもより飲むペースが速いので榛名は尋ねると、一馬が苦笑いを浮かべる。
「いやぁ…昨日、ちょっと飲み過ぎて二日酔い気味でね――これを飲むと頭痛が若干マシになるような気がするんだ」
 体内に残っているアルコールを少しでも薄めようとしているのか、喉が渇いてしかたがないのだという。
「確かに、ミントは頭痛や鎮痛作用があるけど、これで最後にしておいた方がいいよ」
「なんで? たくさん飲んだ方がよく効くんじゃないの?」
 それを聞いた榛名は「ミントティーは効能が強んで、飲み過ぎるとお腹を壊すんだよ」と言って苦笑いする。
「そういうもんなの? 薬と違ってハーブって体に優しそうな感じに思っていたけど…」
「ハーブだって漢方薬の材料として使われる事もあるんだから」
 薬効があるという事は、使い方を誤れば毒になるのは薬となんら変わりはないと榛名は言う。
「何事もほどほどが一番って事さ」
「それが一番難しいんだよな…」
 榛名の言葉を聞いた一馬はそう言うと、グラスの中のハーブティーを一気にすすった。
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