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◆10杯目
~碁石茶~
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ある日の昼下がり、茶房「茶螺々(さらら)」の座敷席に座って居た黒松は、真剣な様子で薄い本とにらめっこしていた。
いつもの指定席でくつろいでいた結城一馬は黒松の様子を見て、カウンターの中の榛名に声をかける。
「…会長、真剣な様子だけど、何の本読んでるの?」
「さっきちらっと見た感じだと、升目と数字が書いてあったけど…」
洗い物の手を止めて榛名が答えると、一馬は興味津々といった様子で黒松を見た。
「升目に数字って事はナンプレかな?」
「さあ…?」
黒松が注文したお茶を持っていった時にチラ見をしただけで、それについて会話をした訳でもないのでよく分からないといった様子で榛名は肩を竦める。
「トイレついでにちょっと覗いて来ようっと…」
そう言って一馬は席を立つと、座敷席の奥にあるトイレの方へ歩いて行き、座敷席の黒松の横を通る時に読んでいるものに視線を走らせる。
――ナンプレじゃなく棋譜の方だったか…。
黒松が読んでいたものを確認して一馬は納得すると、トイレで用を足してカウンター席に戻って来た。
「会長が読んでいたのは棋譜だったよ」
一馬は元の席に腰を下ろすと榛名に報告をする。
「…将棋の棋譜なら升目に駒を表す漢字だから、番号って事は囲碁か」
「そうなるね。将棋なら一応わかるけど、囲碁はちょっと…」
囲碁のルールが判らないと言って一馬は苦笑いを浮かべた。
「僕も詳しいルールは知らないけれど、囲碁は確か陣地の取り合いをするゲームだったはずだよ」
「陣地取りねぇ…」
将棋なら最終的に王将の駒を取った方が勝ちであるが、陣地取りゲームと言われても、具体的なルールが全く分からないと一馬はそう言うと、プーアル茶をすする。
「囲碁は中国が起源って話だし、基盤が正倉院に納められていたらしいから、奈良時代には既にあったんだろうね」
「そんな前からあるゲームだったのか」
「シルクロードの交易が盛んだった時代だし、さまざまな国の名産品の取引の中に混じっていたんだろうな」
日本にはいつ中国からチャノキのお茶が伝わったのか正確な事は判らないが、奈良時代の記録にお茶に関する記録も残っているのだと榛名は言う。
「お茶ってそんな前から飲まれているんだ…」
「紀元前の中国の記録にもお茶が出てくるからね、おそらくお茶とお酒の歴史は、僕たちが思っている以上に古いんだと思うよ」
榛名はそう言うと、クロスを手に食器を拭き始めた。
「昔の人もお茶を飲みながら囲碁でも打ってたのかな?」
たまに思い出したようにお茶をすする黒松を見ながら一馬が呟く。
「かなり頭を使うゲームみたいだから、飲むとしたらお酒ではなくお茶だろうね」と榛名は笑った。
「それにしても会長、何でまた急に囲碁に興味を持ったんだろう?」
「さあ?」
同じ常連客同士であるので、たわいのない世間話をする事もあったが、これまで黒松の口から囲碁の話など一度も聞いた事がなかった一馬は首を傾げていると、黒松は飲んでいたお茶がなくなったのか、棋譜から視線を榛名に移してお茶のおかわりを頼んだ。
「おかわりも玄米茶でいいんですか?」
「それでいいよ――君のおすすめでもあるなら、それでもかまわないけれど」
黒松はそう言うと、カウンター席に座っていた一馬の存在に気が付いて軽く手を上げてみせた。
「一馬君、いつ来てたんだい?」
「ずっといましたよ。さっきトイレに行くのに横を通ったの気が付きませんでした?」
「え? 全然気が付かなかったなぁ」
バツが悪そうな表情を浮かべた黒松に一馬は笑う。
「会長、かなり棋譜を真剣な様子でずっと見てましたもんね」
「お、棋譜を知っているって事は、君も囲碁打つのかい?」
期待するような目で見る黒松に、一馬は苦笑いを浮かべながら首を振ってみせた。
「すみません、俺、囲碁は全くできませんし、将棋は強くはないんです」
「…そうか」
残念といった表情を浮かべた黒松に、榛名は囲碁が趣味なのかと尋ねる。
「シニアクラブで囲碁を打つ人が多いんで、話を聞いたらボケ防止にいいからって勧められたんで、最近始めたんだよ」
「なるほど、確かにボケ防止にはいいかもしれませんね」
黒松の説明を聞いて納得したのか榛名はそう言うと、カウンターの棚に並べているキャニスター缶の一つを手にした。
「会長、囲碁好きの方にピッタリのお茶があるんで飲んでみますか?」
「そんなお茶あるの? 面白そうだね、いただくよ」
興味津々といった様子の黒松に榛名は頷くと、新しいお茶を入れる準備を始める。
「…囲碁好きにピッタリのお茶って?」
一馬も興味を持ったのかカウンターの中を覗き込む。そんな一馬に榛名は笑いながらキャニスター缶から3センチ角の板状の黒いものを取り出すと、それを温めた急須の中に入れ、お湯を注ぎ入れた。
「どうぞ、碁石茶です」
急須と湯呑を黒松の席に運んだ榛名がお茶の名前を告げる。
「碁石茶?」
不思議そうな表情を浮かべる黒松に榛名は高知県の大豊町名産のお茶なのだと言う。
「このお茶は日本茶では珍しい後発酵のお茶で、発酵させた時に板状になるんで、それを3~4センチ角に切って筵に並べて乾燥させるんですが、干している茶葉が碁石に似て見える事からその名前が付いたんだそうです」
「ああ、さっきの黒い四角いのってお茶っ葉だったのか…」
「大きさ的にも碁石に近いせいもあるんだろうね」
そんな榛名と一馬の会話を聞きながら黒松は急須から湯呑に碁石茶を注ぎ入れた。
「見た目は普通のお茶と変わらない様に見えるが…さっそく頂くとするか」
黒松はそう言うと、おもむろに湯呑に口をつけた。
「…ん?」
今まで飲んだ事が無いようなすっきりした酸味を感じるお茶に、黒松は怪訝な表情を浮かべる。
「碁石茶は乳酸菌発酵させたお茶なので酸味があるんですよ。一馬君が飲んでいるのも後発酵のプーアル茶ですけど、乳酸菌の数は碁石茶の方が23倍以上と言われています」
「お茶なのに乳酸菌?」
乳酸菌と言えば牛乳を発酵させたヨーグルトを連想したのか、一馬と黒松は首を傾げた。
「乳酸菌ってのは特定の菌の事ではなくて、代謝によって乳酸を作り出す菌の総称でそれらが生息している場所によって名前が違うんです」
たとえばヨーグルトなんかに含まれている乳酸菌は動物性乳酸菌で、味噌や醤油、漬物なんかに含まれているのは植物性乳酸菌、あと動物の腸内に生息しているのは腸管系乳酸菌なのだと榛名は言う。
「乳酸菌ってそんな違いがあったのか…」
驚いた様子の黒松と、乳酸菌は一種類だと思っていたと呟く一馬に榛名は頷く。
「植物性乳酸菌は動物性乳酸菌に比べて強いので、体内の他の細菌に負ける事無く働くので腸の調子を整えるのに良いらしいですよ」
「乳酸菌って善玉菌だから、悪玉菌と戦うには植物性乳酸菌をたくさん摂ればいいんだな」
そう言って一馬は乳酸菌を含んでいるプーアル茶を飲み干した。それを見ていた榛名は「善玉菌ばかりにすればいいってものじゃないんだ」と苦笑いする。
「だって悪玉菌って悪い菌なんだから全滅させりゃいいんじゃないの?」
「善玉菌ばっかりになったら、善玉菌が働かなくなるんだってさ」
「え?」
訳がわからないといった一馬に「悪玉菌が完全に居なくなったら、平和過ぎて怠けるのかもしれないな」と黒松が笑う。
「さぼっても問題なく暮らしていけるなら、わざわざ働かないって菌も考えるのかな?」
そういう環境なら自分は間違いなく働かないと言う一馬に、「働きたくないって思う気持ちはわからなくもないけれど、僕の場合は働かないとダメ人間になりそうだから、無理せずのんびり働けるぐらいが丁度いいよ」と榛名が笑った。
「ダメ人間かぁ…俺、働いていてもダメ人間だからなぁ」
一馬が自嘲気味にそう言うと、黒松が「ダメ人間って事はないだろう」と笑う。
「いやぁ、俺、ほんとダメ人間っすよ。仕事に煮詰まったら気分転換と称してここでさぼってるんですから」
自虐的な一馬に黒松が「ダメ」の語源を知ってるかい? と尋ねる。
「ダメの語源?」
そんな事考えもしなかったという一馬に黒松がダメという言葉の語源を話し始めた。
「ダメってのは元々囲碁用語なんだ。囲碁は陣取り合戦なんだが、自分にも相手にも何のメリットにならない所に自分の碁石を置いてしまう事をダメと言って、それが転じて役に立たないとか、上手くいかない、してはいけないって意味で、一般的な言葉として使われる様になったそうなんだ」
そういう意味を考えると、仕事をする上で根を詰める方がダメなんじゃないかと黒松は一馬に言う。
「ダメって囲碁用語だったのかぁ…会長よくそんな事知ってましたね」
感心した様子の一馬に黒松は「囲碁の入門書に書いてあった受け売りだよ」と言って笑う。
「入門書に載っている基礎知識をちゃんと吸収している辺り、さすが会長」
そんな榛名の言葉に黒松はまんざらでもないといった表情を浮かべた。
「何事も基礎が大事だからね、入門書を熟読するのは定石だよ」
定石も囲碁用語で、双方の最善手という意味が転じて、物事に対する決まり事という意味で使われる言葉であったが、ダメという言葉に比べて一般的に使われる言葉ではなかったので榛名と一馬はきょとんとした反応に、黒松は少し調子に乗ってしまった自分を恥じたのか、その場をごまかすように碁石茶を飲む――その味は、先程より酸っぱく感じられた。
いつもの指定席でくつろいでいた結城一馬は黒松の様子を見て、カウンターの中の榛名に声をかける。
「…会長、真剣な様子だけど、何の本読んでるの?」
「さっきちらっと見た感じだと、升目と数字が書いてあったけど…」
洗い物の手を止めて榛名が答えると、一馬は興味津々といった様子で黒松を見た。
「升目に数字って事はナンプレかな?」
「さあ…?」
黒松が注文したお茶を持っていった時にチラ見をしただけで、それについて会話をした訳でもないのでよく分からないといった様子で榛名は肩を竦める。
「トイレついでにちょっと覗いて来ようっと…」
そう言って一馬は席を立つと、座敷席の奥にあるトイレの方へ歩いて行き、座敷席の黒松の横を通る時に読んでいるものに視線を走らせる。
――ナンプレじゃなく棋譜の方だったか…。
黒松が読んでいたものを確認して一馬は納得すると、トイレで用を足してカウンター席に戻って来た。
「会長が読んでいたのは棋譜だったよ」
一馬は元の席に腰を下ろすと榛名に報告をする。
「…将棋の棋譜なら升目に駒を表す漢字だから、番号って事は囲碁か」
「そうなるね。将棋なら一応わかるけど、囲碁はちょっと…」
囲碁のルールが判らないと言って一馬は苦笑いを浮かべた。
「僕も詳しいルールは知らないけれど、囲碁は確か陣地の取り合いをするゲームだったはずだよ」
「陣地取りねぇ…」
将棋なら最終的に王将の駒を取った方が勝ちであるが、陣地取りゲームと言われても、具体的なルールが全く分からないと一馬はそう言うと、プーアル茶をすする。
「囲碁は中国が起源って話だし、基盤が正倉院に納められていたらしいから、奈良時代には既にあったんだろうね」
「そんな前からあるゲームだったのか」
「シルクロードの交易が盛んだった時代だし、さまざまな国の名産品の取引の中に混じっていたんだろうな」
日本にはいつ中国からチャノキのお茶が伝わったのか正確な事は判らないが、奈良時代の記録にお茶に関する記録も残っているのだと榛名は言う。
「お茶ってそんな前から飲まれているんだ…」
「紀元前の中国の記録にもお茶が出てくるからね、おそらくお茶とお酒の歴史は、僕たちが思っている以上に古いんだと思うよ」
榛名はそう言うと、クロスを手に食器を拭き始めた。
「昔の人もお茶を飲みながら囲碁でも打ってたのかな?」
たまに思い出したようにお茶をすする黒松を見ながら一馬が呟く。
「かなり頭を使うゲームみたいだから、飲むとしたらお酒ではなくお茶だろうね」と榛名は笑った。
「それにしても会長、何でまた急に囲碁に興味を持ったんだろう?」
「さあ?」
同じ常連客同士であるので、たわいのない世間話をする事もあったが、これまで黒松の口から囲碁の話など一度も聞いた事がなかった一馬は首を傾げていると、黒松は飲んでいたお茶がなくなったのか、棋譜から視線を榛名に移してお茶のおかわりを頼んだ。
「おかわりも玄米茶でいいんですか?」
「それでいいよ――君のおすすめでもあるなら、それでもかまわないけれど」
黒松はそう言うと、カウンター席に座っていた一馬の存在に気が付いて軽く手を上げてみせた。
「一馬君、いつ来てたんだい?」
「ずっといましたよ。さっきトイレに行くのに横を通ったの気が付きませんでした?」
「え? 全然気が付かなかったなぁ」
バツが悪そうな表情を浮かべた黒松に一馬は笑う。
「会長、かなり棋譜を真剣な様子でずっと見てましたもんね」
「お、棋譜を知っているって事は、君も囲碁打つのかい?」
期待するような目で見る黒松に、一馬は苦笑いを浮かべながら首を振ってみせた。
「すみません、俺、囲碁は全くできませんし、将棋は強くはないんです」
「…そうか」
残念といった表情を浮かべた黒松に、榛名は囲碁が趣味なのかと尋ねる。
「シニアクラブで囲碁を打つ人が多いんで、話を聞いたらボケ防止にいいからって勧められたんで、最近始めたんだよ」
「なるほど、確かにボケ防止にはいいかもしれませんね」
黒松の説明を聞いて納得したのか榛名はそう言うと、カウンターの棚に並べているキャニスター缶の一つを手にした。
「会長、囲碁好きの方にピッタリのお茶があるんで飲んでみますか?」
「そんなお茶あるの? 面白そうだね、いただくよ」
興味津々といった様子の黒松に榛名は頷くと、新しいお茶を入れる準備を始める。
「…囲碁好きにピッタリのお茶って?」
一馬も興味を持ったのかカウンターの中を覗き込む。そんな一馬に榛名は笑いながらキャニスター缶から3センチ角の板状の黒いものを取り出すと、それを温めた急須の中に入れ、お湯を注ぎ入れた。
「どうぞ、碁石茶です」
急須と湯呑を黒松の席に運んだ榛名がお茶の名前を告げる。
「碁石茶?」
不思議そうな表情を浮かべる黒松に榛名は高知県の大豊町名産のお茶なのだと言う。
「このお茶は日本茶では珍しい後発酵のお茶で、発酵させた時に板状になるんで、それを3~4センチ角に切って筵に並べて乾燥させるんですが、干している茶葉が碁石に似て見える事からその名前が付いたんだそうです」
「ああ、さっきの黒い四角いのってお茶っ葉だったのか…」
「大きさ的にも碁石に近いせいもあるんだろうね」
そんな榛名と一馬の会話を聞きながら黒松は急須から湯呑に碁石茶を注ぎ入れた。
「見た目は普通のお茶と変わらない様に見えるが…さっそく頂くとするか」
黒松はそう言うと、おもむろに湯呑に口をつけた。
「…ん?」
今まで飲んだ事が無いようなすっきりした酸味を感じるお茶に、黒松は怪訝な表情を浮かべる。
「碁石茶は乳酸菌発酵させたお茶なので酸味があるんですよ。一馬君が飲んでいるのも後発酵のプーアル茶ですけど、乳酸菌の数は碁石茶の方が23倍以上と言われています」
「お茶なのに乳酸菌?」
乳酸菌と言えば牛乳を発酵させたヨーグルトを連想したのか、一馬と黒松は首を傾げた。
「乳酸菌ってのは特定の菌の事ではなくて、代謝によって乳酸を作り出す菌の総称でそれらが生息している場所によって名前が違うんです」
たとえばヨーグルトなんかに含まれている乳酸菌は動物性乳酸菌で、味噌や醤油、漬物なんかに含まれているのは植物性乳酸菌、あと動物の腸内に生息しているのは腸管系乳酸菌なのだと榛名は言う。
「乳酸菌ってそんな違いがあったのか…」
驚いた様子の黒松と、乳酸菌は一種類だと思っていたと呟く一馬に榛名は頷く。
「植物性乳酸菌は動物性乳酸菌に比べて強いので、体内の他の細菌に負ける事無く働くので腸の調子を整えるのに良いらしいですよ」
「乳酸菌って善玉菌だから、悪玉菌と戦うには植物性乳酸菌をたくさん摂ればいいんだな」
そう言って一馬は乳酸菌を含んでいるプーアル茶を飲み干した。それを見ていた榛名は「善玉菌ばかりにすればいいってものじゃないんだ」と苦笑いする。
「だって悪玉菌って悪い菌なんだから全滅させりゃいいんじゃないの?」
「善玉菌ばっかりになったら、善玉菌が働かなくなるんだってさ」
「え?」
訳がわからないといった一馬に「悪玉菌が完全に居なくなったら、平和過ぎて怠けるのかもしれないな」と黒松が笑う。
「さぼっても問題なく暮らしていけるなら、わざわざ働かないって菌も考えるのかな?」
そういう環境なら自分は間違いなく働かないと言う一馬に、「働きたくないって思う気持ちはわからなくもないけれど、僕の場合は働かないとダメ人間になりそうだから、無理せずのんびり働けるぐらいが丁度いいよ」と榛名が笑った。
「ダメ人間かぁ…俺、働いていてもダメ人間だからなぁ」
一馬が自嘲気味にそう言うと、黒松が「ダメ人間って事はないだろう」と笑う。
「いやぁ、俺、ほんとダメ人間っすよ。仕事に煮詰まったら気分転換と称してここでさぼってるんですから」
自虐的な一馬に黒松が「ダメ」の語源を知ってるかい? と尋ねる。
「ダメの語源?」
そんな事考えもしなかったという一馬に黒松がダメという言葉の語源を話し始めた。
「ダメってのは元々囲碁用語なんだ。囲碁は陣取り合戦なんだが、自分にも相手にも何のメリットにならない所に自分の碁石を置いてしまう事をダメと言って、それが転じて役に立たないとか、上手くいかない、してはいけないって意味で、一般的な言葉として使われる様になったそうなんだ」
そういう意味を考えると、仕事をする上で根を詰める方がダメなんじゃないかと黒松は一馬に言う。
「ダメって囲碁用語だったのかぁ…会長よくそんな事知ってましたね」
感心した様子の一馬に黒松は「囲碁の入門書に書いてあった受け売りだよ」と言って笑う。
「入門書に載っている基礎知識をちゃんと吸収している辺り、さすが会長」
そんな榛名の言葉に黒松はまんざらでもないといった表情を浮かべた。
「何事も基礎が大事だからね、入門書を熟読するのは定石だよ」
定石も囲碁用語で、双方の最善手という意味が転じて、物事に対する決まり事という意味で使われる言葉であったが、ダメという言葉に比べて一般的に使われる言葉ではなかったので榛名と一馬はきょとんとした反応に、黒松は少し調子に乗ってしまった自分を恥じたのか、その場をごまかすように碁石茶を飲む――その味は、先程より酸っぱく感じられた。
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