お嬢様は悪事がお嫌い——とある公爵令嬢と執事の華麗なる成敗譚——

夜宵 蓮

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第2章 盗難事件解決編

第13話 聞き込み開始

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 翌日の放課後から、リズたちは盗難の被害を受けたという生徒を一人ずつ当たってみることにした。まずは、先日アンナを疑った青年の妹である女子生徒から取りかかることに決めた。
 といっても、彼女がどこにいるか、どのクラスなのかすら分からない状況だ。先日の青年の言葉から、彼女が一年生らしいということは分かっているが、それだけである。この膨大な敷地を誇ることで有名なシルヴィリス学園において、六百人の中から一人を探し出すのは、至難の業だ。
 そこでリズたちは、勘の鋭いシリルが彼女のいる確率の高い場所を絞り込み、そこを手分けして張り込むという作戦を立てた。リズとシリルは食堂、アンナは女子寮の談話室、キースとジョンは中庭、と担当を振り分けた。各自、かの女子生徒を発見し次第、リズとシリルの待つ食堂に彼女を連れてくることになっていた。

 そして、リズとシリルは、食堂の一番奥の席で待機していた。席の場所は、食堂全体を見渡せるようにというシリルの提案だ。リズは少し退屈そうにしながら、午後の紅茶を楽しんでいる振りをして座っていた。シリルはその脇に立ち、食堂の入り口近くを注意深く眺めている。
 二人はもう一時間近くそこで待っていた。リズが、今日はもう彼女がここに来ることはないのではないかと口にしようと思ったその時、シリルが僅かに目を見開いた。

「――お嬢様、来ましたよ。彼女です」

 彼の視線の先を追うと、そこには数人の友人と食堂に入ってくる例の女子生徒がいた。リズはすぐに立ち上がり、シリルを連れて彼女の元へ歩いていく。

「ねぇ、少しいいかしら?」

 女子生徒は、リズの姿を認めると目を見張った。

「あっ、ブラックベル公爵令嬢――――先日は本当に、兄が失礼を致しました……!」

 返事をするなり頭を下げる彼女に、リズは軽く手を振ってそれを制した。

「そのことは、もう気にしなくていいわ。私たちが聞きたいのは、貴方がバレッタを失くした時の話なんだけど……」
「そうでしたか。そういうことなら、何でもお聞きください」

 リズの言葉を聞くと、女子生徒は顔を上げ、頷いた。シリルがさりげなく二人を近くの席へと誘導する。女子生徒は友人に一つ断りを入れると、少しぎこちない動作で椅子に腰かけた。公爵令嬢であるリズを前にして、緊張しているのだろう。

「まず、知っているとは思うけど、私はリズ・ブラックベル。そしてこちらは、執事のシリル・アッシャーよ」
「私は、メアリ・ウォーレンと申します」

 リズに紹介されシリルが一礼をすると、メアリもぺこりと頭を下げた。

「それじゃあ、まずは貴方が失くした物について詳しく教えてほしいわ。大体の大きさと、値段を教えてくれる?」
「分かりました。えっと、大きさは普通のバレッタと同じくらいで、片手に収まる大きさ、ですかね。父と母が誕生日にくれた物で、所々に宝石も施された、かなり高価なものでした……」

 メアリは、言いながら表情を暗くする。シリルは、リズの横でどこからか手帳を取り出し、彼女の証言を書きつけている。

「そう、大事なものだったのね…………私たちが、必ず取り戻してみせるわ。だから、失くした当時のことを詳しく教えてくれるかしら」
「はい、もちろんです!」

 リズは、決意を込めた眼差しでメアリを見つめた。メアリは瞳を僅かに潤ませ、力強く頷く。

「失くしたのは、多分、体力育成の授業に行った時だと思います。運動場に出てから、バレッタを付けっぱなしだったことに気がついて……運動着のポケットに入れておいたんです。でも、授業が終わってから見てみたら、綺麗さっぱり無くなっていて……。落ちてしまったのかもしれないと思って、運動場中を探してもみたんですが、見つからなかったんです」
「なるほどね……」

 リズは頷くと、シリルの方を見た。

「どう、シリル。他に聞いておきたいことはある?」

 シリルは、少し思案すると、緩慢に口を開いた。

「そうですね…………それでは、メアリさんご自身のことを伺ってもよろしいでしょうか?」
「えっ、私、ですか……?」

 シリルに麗しい微笑を向けられると、メアリはぽっと頬を染め、どぎまぎと自分を指さした。

「えぇ。具体的には、ウォーレン家の爵位を教えていただけると幸いです」
「あ、あぁ……そういうことですか」

 少しがっかりしたようにメアリは息をついた。リズは、誤解を招くシリルの婉曲な言い方に呆れた目を向けた。シリルはどこ吹く風で微笑みを湛えたまま、メアリの次の言葉を待っている。

「ウォーレン家は、伯爵家ですよ。ですが、それがどうかされたんですか……?」

 メアリは、不思議そうに首を傾げた。シリルは満足げに笑みを深めると、彼女に礼を言った。

「いえ、少し気になったものですから。ご協力ありがとうございました」

 上手く言葉を濁されまだ些か懐疑的な様子ではありながらも、メアリは素直に「いえ、とんでもありません」と頭を下げた。

「お役に立てたのなら、よかったです」
「ありがとう。最後に、もし他にも被害を受けた生徒を知っていたら、教えてほしいのだけど」
「うーん……あっ! そういえば、同じA組のカレンが、ブローチを失くしたって言ってましたよ。カレン・フォスターという子です」
「A組のカレン・フォスターね、分かったわ。ありがとう、メアリ」

 リズが僅かに口角を上げると、メアリは再び頬を紅潮させた。それを見て、リズは首を捻った。
 ——シリルの容姿に顔を赤くするのはともかく、なぜ自分に? 何か要因でもあるのだろうか。
 リズがそんなことを考えて眉をひそめていると、それを横目で見ていたシリルはふっと笑みを零した。

「それではメアリさん、本日はご協力いただき本当にありがとうございました」
 
 シリルの言葉に、リズも我に返ってメアリに礼を言った。

「私からも、本当にありがとう」
「いえ! 事件の調査、頑張ってくださいね。応援しています」
「ありがとう。必ず解決してみせるから、待ってて頂戴」
「はい!」

 
 メアリが去ると、リズはシリルを見て言った。

「そろそろ、集合時刻かしら」
「はい、そうですね」

 シリルが頷いて壁時計に目をやると、時刻はちょうど五時を差していた。

「もうすぐ、みなさんお越しになるのではないでしょうか。――ほら、噂をすれば」

 彼はそう言うと入口の方を指し示した。見ると、そこには食堂に入ってくるキースとジョン、アンナの姿があった。リズとシリルの姿を見つけると、キースとアンナは手を振って駆け寄ってきた。

「張り込み、お疲れ様です~」
「そっちは何か収穫あったか?」

 二人は、リズの隣と向かいの席にそれぞれ腰かけた。リズは少し頷くと、先程の話の一部始終を語った。

「なるほど……それはまた不思議だな」
「不思議って、何がですか?」
「だってさ、ちゃんとポケットに入れといたのに無くなっちゃったんだろ? どうやって盗ったんだろうなぁ」
「あぁ、それならそんなに難しいことじゃありませんよ。ねぇ、シリルさん?」

 首を捻るキースに、アンナは肩を竦め、意味ありげな笑顔をシリルに向けた。

「……そうですね。ポケットの中の物を掠め取るくらい、練習すれば難なくできるでしょう」

 アンナに話を振られ、シリルは幾秒か躊躇うと、渋々そう口にした。キースのような上流貴族に対して、下賤なことを話すのは気が向かないのだろう。アンナはそれを見てくすりと笑うと、キースに向き直った。

「――だそうですよ。まぁ、公爵家の御方からしたら、想像もつかないことかもしれませんけどね」
「へぇ~、そうなのか。すごいんだな」
「現に、あたしも被害に遭ったことありますし」とアンナは笑った。その笑みには、少し黒いものを感じなくもない。時々リズには、アンナがあの一件を引きずっているのかいないのか分からなくなることがある。一応笑ってはいるから、大丈夫だろうと結論づけていた。

「そういえば俺のところでは、盗難事件のことを話してる男子たちがいたから、声をかけて情報を聞き出してみたぞ!」
「お坊ちゃまが突然走って行かれるので、肝が冷えましたよ……」

 キースが嬉しそうに話す隣で、苦労人のジョンが溜息をつく。アンナも、思い出したように言った。

「あっ、あたしの方も、『とあるご令嬢』が物を失くしたって話してるのが聞こえたので、尋問――じゃなくて、お話ししてたんです!」
「そう、二人ともお手柄ね。ありがとう」

 リズは、アンナの言いかけた言葉は聞こえなかったふりをして微笑んだ。『とある令嬢』が誰なのかは何となく察したが、触れないでおいた。シリルも同じらしく、リズがちらりと横目で見ると、何とも言えない苦笑を浮かべていた。

「お二人とも、聞いたことを詳しく教えていただいてもよろしいですか?」

 シリルは二人から詳細を聞いてメモを取り終えると、手帳を閉じた。

「――それでは、引き続き今日のように聞き込みを続けていく、という形でよろしいでしょうか」
「えぇ、そうね」
「そうだな!」
「了解です!」
「畏まりました」

 全員が頷くのを確認すると、シリルは微笑んだ。

「では、次に集まるのは、一週間後に学園のサロンです。それまでに集めた情報については、メモを取っておいていただけると助かります。くれぐれも、私が昨日申し上げた注意点をお忘れないようお願いいたします」

 一行は、必要事項を確認して解散した。——そんな彼らを物陰から遠巻きに見ていた人影に、リズたちが気がつくことはなかった。
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