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第2章 盗難事件解決編
第18話 動機
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「僕の家は伯爵家で、小さい頃からとても裕福だった。僕はそれが当たり前のことだって信じて疑わなかったし、与えられた幸せを享受してた。
……だけど、それも長くは続かなかった。僕がシルヴィリス学園に入学する数年前から、エリオット家の財政は雲行きが怪しくなってきてたんだ。僕はそれに薄々気づいてはいたけど、気づかない振りをしてた。だって――」
ロアは目を伏せ、言葉を止めた。
「僕は……貴族じゃなくなるのが、裕福な暮らしを送れなくなるのが、許せなかったから。僕は、昔からそうだった。他人より優れた存在でいたい。馬鹿にされるのは嫌だ。無駄にプライドだけ高くって……ほんと馬鹿だよね、僕」
「…………いいえ、そんなことはないわ」
俯くロアに、リズは凛とした声を発した。ロアは、その目に驚きと困惑の色を浮かべてリズを見た。
「高慢なのと、誇り高いのは違うわ。貴方のは、きっと後者だと思う」
リズはそう言うと毅然と微笑んだ。ロアは目を見開き、縋るような、今にも泣きだしそうな表情を浮かべた。
「僕——僕、怖かったんだ。今まで通りの生活が送れなくなるのが、貧乏になるのが……。だから、エリオット家が没落するのをどうしても止めたくて、それで―—」
ロアは罪悪感からか顔を歪めたが、リズはあえて何も言わなかった。
「——僕は、自分と同じか、それより下の身分の奴らから……物を盗ったんだ」
吐き出すようにロアが口にしたその言葉に、リズは一瞬悲しげな顔を浮かべた。それを見逃さなかったロアは、不機嫌そうに問い詰めた。
「……何? 僕が『下の身分の奴ら』って言ったこと?」
リズは答えなかった。それを肯定の意と捉えたロアは、隠そうともせずにその整った顔を不愉快そうに歪めた。
「君みたいな聖人君子には分からないかもしれないけど……僕らは誰かを見下してなきゃ、生きていけないんだよ。生まれながら他人を蹴落とすことの重要さ、愉快さを教えられてきたんだ。それが無意識に体に染みつくのも仕方ないことだよね」
リズは、自嘲的なその台詞にも表情を動かすことなく答えた。
「——私は、聖人君子なんかじゃないわ」
一瞬、ロアがリズの目を見つめた。そして彼女が続けて放った言葉に、その大きな目を見開いた。
「……私も、最初は貴方と一緒だったもの」
リズは目を伏せると、ゆっくりと言葉を継いでいった。
「昔は、私だって貴族の社会しか知らなかった。広い屋敷の中が、私の小世界だったの。それが、私の知る世界の全てだった。
——だけど、ある日それはがらりと変わったわ。私が、初めて外の世界を知った日————私は、衝撃が大きすぎて何も言えなかった。世界の影の部分を、垣間見たような気がしたわ。その時、私はおかしいと思った。こんな世界、間違っているって。私のような人間が何不自由なく暮らしている陰では、大勢の人が苦しい生活を送っているなんて。そんな不平等な社会は嫌だって、そう思った。……貴方はどう? この社会の在り方が、本当に正しいものだと思う?」
リズの真っ直ぐな瞳に見つめられて、ロアは口ごもった。
「……僕は、その————正しいとは、思わないけど……」
「じゃあ、貴方と私の違いは一つだけね」
リズは、少し微笑んで言った。
「間違っていると思って、見て見ぬ振りができたかできなかったか——ただ、それだけよ」
ロアは、ぽかんとその薄紅色の唇を開いた。
「私には、そんな器用なことはできなかった。ただ、それだけ。——貴方が盗みをしたことは、もちろん責められてしかるべきことよ。でも、悪いのは貴方だけじゃない。……それだけは、分かっていて」
穏やかな表情でそう言ったリズは、少しだけ寂しげに見えた。ロアは、数回瞬きをしてからようやく口を開いた。
「えっと…………その、ありがとう。僕を、許してくれて」
「皆だって、きっと許してくれるはずよ」
リズは、珍しくにっこりと笑って言った。ロアは、頬を赤く染めて目を逸らす。また一人誑し込みましたか……と心の中で思いながら、シリルはほっと息をつくのだった。
それから三人はしばらくの間、盗難の被害に遭った生徒たちにどう謝罪をするか話し合った。
「でも……やっぱり、許してなんかくれないよ。それに、許されなくていいと思う。僕は、それだけのことをしたんだから」
「ロア…………悪いことを許さない心も大事だけど、私たちは誰かを許すことで成長していくのよ」
「そうです。それに私は、皆さんは必ずロア様のことを許してくださると思いますよ」
シリルが言うと、ロアは少し苛立って彼を見つめた。
「なんで君にそんなことが分かるわけ?」
シリルは、意味ありげに微笑んでロアの顔を見つめ返した。
「そうですね…………自分も経験があるので、と言うべきでしょうか?」
リズは、彼の言わんとしていることに思い当たるとげんなりとした顔でシリルを見た。ロアは、未だ訳の分からない様子で首を傾げている。シリルはしゃがんでロアに顔を寄せると、話し出した。
「——与えられたものを、最大限活用するだけですよ」
シリルの笑顔を見て、ようやくロアは合点がいったように戸惑いの表情を浮かべるのだった。
……だけど、それも長くは続かなかった。僕がシルヴィリス学園に入学する数年前から、エリオット家の財政は雲行きが怪しくなってきてたんだ。僕はそれに薄々気づいてはいたけど、気づかない振りをしてた。だって――」
ロアは目を伏せ、言葉を止めた。
「僕は……貴族じゃなくなるのが、裕福な暮らしを送れなくなるのが、許せなかったから。僕は、昔からそうだった。他人より優れた存在でいたい。馬鹿にされるのは嫌だ。無駄にプライドだけ高くって……ほんと馬鹿だよね、僕」
「…………いいえ、そんなことはないわ」
俯くロアに、リズは凛とした声を発した。ロアは、その目に驚きと困惑の色を浮かべてリズを見た。
「高慢なのと、誇り高いのは違うわ。貴方のは、きっと後者だと思う」
リズはそう言うと毅然と微笑んだ。ロアは目を見開き、縋るような、今にも泣きだしそうな表情を浮かべた。
「僕——僕、怖かったんだ。今まで通りの生活が送れなくなるのが、貧乏になるのが……。だから、エリオット家が没落するのをどうしても止めたくて、それで―—」
ロアは罪悪感からか顔を歪めたが、リズはあえて何も言わなかった。
「——僕は、自分と同じか、それより下の身分の奴らから……物を盗ったんだ」
吐き出すようにロアが口にしたその言葉に、リズは一瞬悲しげな顔を浮かべた。それを見逃さなかったロアは、不機嫌そうに問い詰めた。
「……何? 僕が『下の身分の奴ら』って言ったこと?」
リズは答えなかった。それを肯定の意と捉えたロアは、隠そうともせずにその整った顔を不愉快そうに歪めた。
「君みたいな聖人君子には分からないかもしれないけど……僕らは誰かを見下してなきゃ、生きていけないんだよ。生まれながら他人を蹴落とすことの重要さ、愉快さを教えられてきたんだ。それが無意識に体に染みつくのも仕方ないことだよね」
リズは、自嘲的なその台詞にも表情を動かすことなく答えた。
「——私は、聖人君子なんかじゃないわ」
一瞬、ロアがリズの目を見つめた。そして彼女が続けて放った言葉に、その大きな目を見開いた。
「……私も、最初は貴方と一緒だったもの」
リズは目を伏せると、ゆっくりと言葉を継いでいった。
「昔は、私だって貴族の社会しか知らなかった。広い屋敷の中が、私の小世界だったの。それが、私の知る世界の全てだった。
——だけど、ある日それはがらりと変わったわ。私が、初めて外の世界を知った日————私は、衝撃が大きすぎて何も言えなかった。世界の影の部分を、垣間見たような気がしたわ。その時、私はおかしいと思った。こんな世界、間違っているって。私のような人間が何不自由なく暮らしている陰では、大勢の人が苦しい生活を送っているなんて。そんな不平等な社会は嫌だって、そう思った。……貴方はどう? この社会の在り方が、本当に正しいものだと思う?」
リズの真っ直ぐな瞳に見つめられて、ロアは口ごもった。
「……僕は、その————正しいとは、思わないけど……」
「じゃあ、貴方と私の違いは一つだけね」
リズは、少し微笑んで言った。
「間違っていると思って、見て見ぬ振りができたかできなかったか——ただ、それだけよ」
ロアは、ぽかんとその薄紅色の唇を開いた。
「私には、そんな器用なことはできなかった。ただ、それだけ。——貴方が盗みをしたことは、もちろん責められてしかるべきことよ。でも、悪いのは貴方だけじゃない。……それだけは、分かっていて」
穏やかな表情でそう言ったリズは、少しだけ寂しげに見えた。ロアは、数回瞬きをしてからようやく口を開いた。
「えっと…………その、ありがとう。僕を、許してくれて」
「皆だって、きっと許してくれるはずよ」
リズは、珍しくにっこりと笑って言った。ロアは、頬を赤く染めて目を逸らす。また一人誑し込みましたか……と心の中で思いながら、シリルはほっと息をつくのだった。
それから三人はしばらくの間、盗難の被害に遭った生徒たちにどう謝罪をするか話し合った。
「でも……やっぱり、許してなんかくれないよ。それに、許されなくていいと思う。僕は、それだけのことをしたんだから」
「ロア…………悪いことを許さない心も大事だけど、私たちは誰かを許すことで成長していくのよ」
「そうです。それに私は、皆さんは必ずロア様のことを許してくださると思いますよ」
シリルが言うと、ロアは少し苛立って彼を見つめた。
「なんで君にそんなことが分かるわけ?」
シリルは、意味ありげに微笑んでロアの顔を見つめ返した。
「そうですね…………自分も経験があるので、と言うべきでしょうか?」
リズは、彼の言わんとしていることに思い当たるとげんなりとした顔でシリルを見た。ロアは、未だ訳の分からない様子で首を傾げている。シリルはしゃがんでロアに顔を寄せると、話し出した。
「——与えられたものを、最大限活用するだけですよ」
シリルの笑顔を見て、ようやくロアは合点がいったように戸惑いの表情を浮かべるのだった。
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