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1章 20年目の憂い
王女の願望
望んでしまっては後戻りできないことを理解していました。
ですから主従を全うすることを決心していたのです。
「王女殿下の護衛を務めさせていただきますマグルド・カルティエと申します。」
7年近く顔を合わせないうちに身長も伸び、すっかり立派な騎士になった姿は胸を高鳴らせました。
目があえば柔らかく細められる菫色の瞳をこのうえなく好いていました。
私の後ろにいつも控える貴方へ振り向きたくても報われない願望にしか過ぎません。
時折部屋を抜け出し城壁で夜空を見上げるのは、何もかも忘れてしまいたかったからです。
それも今となっては別の理由になっていました。
冷静なはずの彼が私を探し当てた時に垣間見せた焦りと安堵を見た時には、溢れる感情を押し殺すため王族の笑みを必死でかたどったものです。
つり上げた口角が震えていたと思いますがきっと気づかなかったでしょう。
思いの外私は我儘であったようです。
彼が私を探すのは責務のためであると理解していても、彼が私を見つけ声をかけてくれるまでの時間でさえ特別だったのです。
日常の中の一瞬にしかすぎませんが、私にとっては貴方とただ一緒にいられる空間が夢のようでした。
初めて貴方がいつもの場所で待っていますと言伝してきた時は、緊迫した国政のことを鑑みず一人で城壁へ行ってしまいました。
本来であれば用心する私でしたが、他の職務で長らく会えていなかったため会いたい一心でした。
ですが貴方は現れません。
代わりに現れた男は見慣れた制服を身に着け、帯刀した柄に手をかけていました。
「マグルド様なら来ません。この任務は私に一任されています。」
残されていた望みもその言葉で粉々に崩れ落ちました。
誰かが彼の名を利用しただけ、そんな淡い期待です。
城内の動向も各地域の様子も情報を得ていた私は、貴方の不穏な動きも知ってはいました。
違うきっと、何度そう言い聞かせてきたことでしょう。
それでもあの柔らかな瞳が嘘ではないと信じたい気持ちのせいで今日まで至ってしまいました。
国王と第二王子による反独立容認派、王太子と第三王子による独立容認派に揺れる国政に、唯一の正妃の子である私がどちらにつくかで大きく状況は変わります。然るべき日のために準備してきましたがそれも意味をなさなくなるのですね。
「王女はお飾りのままであれば良かったのですよ。マグルド様を煩わせることもなかったというのに。」
ええ、そうですね。本当に。
私を映すあの瞳も、背中にかけられる声も、壊れ物に触れるように掛けられたコートも全ては今日のためでしたの。
どうして目の前にいるのは彼ではないのでしょう。
「さすがにここでは殺しませんよ。」
近づく男にあてられた布には眠りの香がしたためてあり、目を覚ました時は北のはずれにある旧離宮にいました。
手かせと足かせのついた四肢を見ても何も感じません。
「もう目覚める頃合いです。」
扉越しに聞こえた声とともに開かれた扉には貴方が立っていました。
私をいつも守ってくださった貴方から向けられる冷気の帯びた瞳を私は知りません。
歩み寄る靴音が響く度に貴方との思い出が全て壊れていく感覚に襲われます。
「王女殿下、貴女のお役目もここまでです。」
そう、ここで殺されるのですね。
囚われた手足を無意味に眺めたのは視界の端にいる貴方を消すためです。
今の貴方を見たくない。
冷たい瞳に映りたくない。
ため息を吐いた貴方があの男に何かを言い残し、見慣れたはずの背中を遠のけるように扉が閉まってゆく。
その真っ直ぐな背に何度ご無事でと祈ったでしょう。
何度後ろにいる彼の黒髪を捉える度に幸せを感じていたでしょう。
何度、何度、貴方に触れたいと願ったでしょう。
「、、、カルティエ。」
絞りだした声は無意識にその名を呼んでいました。
振り向いて欲しいと思ったわけではないのです。自分でも分からないのです。
ですが、その名は扉の閉まる音ともに消えてゆく。
初めて私の声が貴方に届かなかった。
どれくらい時間が経ったのか、そんなことも考えることはしませんでした。
肌寒い風が身体を冷やしていくことだけを感じていました。
「大人しくしていてください。無駄な労力は使いたくありませんので。」
男がそう言い残し訪れた静寂は身体を締め上げ息をすることさえ許しません。
国の行く末を案じる身であるのに、貴方のこと以外考えられない私は本当に王女失格です。
身体検査をしなかったのは詰めが甘いですね。貴方なら知っていると思っていました。
手かせのついた両手でドレスの裾を捲し上げ、足の付け根に巻きつけた布から紙を抜く。
慎重に開くと粉を固めたものがあり、それを口へ運ぶと舌に痺れる痛みが走る。
王族のまま尊厳ある死のために身に着けている毒、まさか役に立つとは思いませんでした。
これを噛めば終わりです。
目を閉じても貴方のことばかりが浮かんでしまいます。
最期に見つめられるのはあの柔らかな菫色の瞳であってほしかった。
がりっとかみ砕けば甘美な甘さが広がってゆく。
ああ、なんて残酷なほど甘いのでしょうか。
まるで貴方のように。
遠くで金属の響く音と鈍い音が聞こえた気がします。
きっと私が地面に倒れた音でしょう。
おかしいですね。痛みはありませんのに鉛のような身体が冷え切っていく感覚だけ残っています。
慌ただしく近づいていた足音ももう聞こえません。わずかに開いていた瞼もぼやけた視界で何も見えないのです。
重くなった瞼に抗うことなく目を閉じれば私は消えてゆく。
私が王女でなければ貴方は、、、。
いいえ、無駄なことです。
ですが、叶うならあの日に戻りたい。
今度こそ振り返った先にいる貴方へ心からの笑みを向けることができるのに。
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