Q.E.D

猫足ルート

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よって与題は証明された?

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「あの二人は両思いだ。断言しよう」
怜香は自信たっぷりの表情で俺を見据えた。
「はあ?何で断言できるんだよ?むしろ険悪な仲じゃねえか」

あの二人、というのは聡史と美里のこと。
俺と怜香、それとその二人は高校に入ってからのいつものメンバー、いわゆるイツメンってやつだ。
一年の時のクラスが同じですぐに打ち解けた四人。
二年になった今は、それぞれクラスも部活も違うが、休み時間やテスト前の勉強会など、何かにつけて関わっている。
そして今はテスト明け、かつ夏休み前という一番楽しい時期。
俺は校門付近で見かけて声をかけた怜香と一緒に帰宅していた。

「むしろどうしてあの二人を見ていて仲が悪いように思えるのか教えて欲しいね」
俺にあの二人の仲が悪くなったように見えたのは俺達が二年になってから。
一年の時は普通だったのだが、今年度に入ってからは顔を合わせる度に口喧嘩をしている気がする。
「いや、だっていつも喧嘩してるし……」
「ふむ。なら、私が君の根拠を否定して証明しようじゃないか。喧嘩の内容をいくつか述べてもらいたい」
怜香は頭がいい。これは、勉強ができるって意味でもあるがそれだけじゃない。
思考回路が論理的でとても冴えている。
女子高生というには似つかわしくないこの口調も似合っているから不思議だ。
「よし、証明して見せろよ」
そう言って俺はテスト前に意識を飛ばす。
あの二人はどんなきっかけで喧嘩してたっけ……。


テスト前恒例の勉強会。俺達は学校近くの図書館の自習スペースを利用していた。
俺と聡史が並び、向かい側に怜香と美里が座っている。
「ねえ、辞書貸してくれる?」
「ほら」
「サンキュ」
美里が俺に辞書を借りた。
「うるせーな。勉強に集中できないだろ」
図書館内なので一応声は潜めていたつもりだったが、それだけのことで聡史は美里に文句をつけた。
「別に大きな声は出してないじゃない。むしろそんなことでイチャモンつけられてこっちの集中が削がれたんだけど?」
「ざまあみろ。てか、最近、お前がいるだけで集中が削がれて迷惑なんだけど」
「何それ。わけわかんない。だったらテストの度に邪魔してあげる。来年も再来年も」
……中学生みたいな言い争いをしていた。聞いてるこっちの集中力の方が削がれるぜ。


「ああ、あの時の喧嘩か」
「すごくしょうもないことで喧嘩してただろ?」
怜香はどうやって否定するというのか。
「では、まず分かりやすい方からいこう。美里の台詞を思いだして欲しい」
ばっちり思い出している。
「さて、私達は今、高校何年生だったっけ?」
「何年生、って二年生だろ」
「それを自覚しているのに何故不自然だと思わないんだ君は」
不自然?
「来年も、再来年も、と美里は言ったんだ」
再来年も、ねえ。
「…………もしもそれに他意があるのならその真意はなんとなく俺にも分かったけど、ただ言い間違えただけかもしれないだろ」
「まあ、これだけでは根拠に乏しいのは認める。では、聡史について考えてみよう」
テスト前でイライラしていて理不尽なことを言い出したようにしか思えないのだが。
「これは仮定法だけれども、もしも聡史が美里に好意を持っているならあの台詞は辻褄が合う」
俺には矛盾しか見えてこない。
「美里がいるだけで集中が削がれる、つまり心を乱される。しかも最近になって」
「最近になって何か仲が悪くなるようなことがあったのかもしれない」
「そんなことがあったら美里が私に、もしくは聡史が君に愚痴を零すだろう。その程度の信頼はお互い得ているはずだ。君は聡史から何か聞いたかい」
「いや、何も」
「それに、私的には、美里が君から辞書を借りて聡史が怒った理由が嫉妬によるものだったとしたらとても面白いのだけれど」
嫉妬?聡史が俺に?
「まさか。そんなことあるわけない」
「何故、ないと言い切れるんだい。まあいい。他の根拠も述べてもらおうか」
俺は少しの驚きに近い不満を抱えながらも記憶を探った。


テスト二日目のこと。テストは二限で終わり、俺達イツメンは暗黙の了解で一緒に帰宅していた。
誰からともなく、昼食をどこかで食べていかないか、という話になり、どこに行くか、つまり何を食べたいか話し合っていた。
俺は特に何でもよかった。
「ラーメン!」
と美里。
「パスタ!」
と聡史。
「絶対ラーメンがいい。前から行きたいと思ってた駅前のお店があるの」
「いや、俺も絶対パスタがいい。うまい店見つけたから」
「ラーメン」
「パスタ」
両者一歩も譲らず、結局、怜香の鶴の一声によって無難にファミレスに。
傍から見ると、小学生かお前らは、とツッコみたくなるような喧嘩だった。


「結局、ファミレスになったんだったねあの時は」
「昼飯に何を食べるか、ってだけであそこまで喧嘩できる二人だぜ?」
「むしろ私としてはアレが決定打だったんだが」
何故だ。怜香の思考回路が理解できない。
「少なくとも一年間は親しくしてきた私達だから、お互いの趣味嗜好はある程度知っていると思うんだけどね」
もちろんだ。知らないわけがない。
「これで違和感を覚えなかったら君には失望するよ。もう少しよく考えてみてくれ」
よし、考えよう。
と言っても、ラーメンかパスタかで揉めていただけじゃないのか。
美里はパスタが好物で聡史はラーメンが好物だ。それは知っている。
………………ん?
パスタが好きのは美里。ラーメンが好きなのは聡史。
………………おかしい。
「なあ、お互い、相手の好物を言ってないか」
「正解だ。気づいてよかった」
どうやら怜香に失望されることだけは免れたらしい。
「そして、私が後からあの二人に確認した情報を付加しよう」
何を聞いたんだ。
「二人に、行きたかった店の名前を聞いたのさ。それぞれ、聡史が前から行きたいと言っていた駅前の店と、美里が、あそこは美味しいらしいと言っていた店の名前を教えてくれたよ」
そういうことか。
俺は怜香の観察力に感服せざるを得ない。
「どうだろう、ここらで証明終了と言ってもいいかい」
「仕方がない。認めよう」
俺はあっさりと負けを認めた。
それにしても、あの二人がそういう関係だったなんてな。
「大丈夫かい?」
「何が?」
怜香が俺の顔を覗き込んできた。
「だって君は美里のことが好きなんだろ?」
ああ、怜香には敵わない。
「何だったら、君のこれまでの言動から、さっきのような証明を構築してあげても構わないが?」
「やめてくれ。恥ずかしすぎる」
俺は今からかわれている。
「今更で悪いが、私は君にとって酷なことをしてしまったのではないかと思ってね」
「いや、大丈夫だ」
本人達から聞くよりもまだダメージが小さい。
「では、君はこれからどうする?場合によっては応援するけれど」
「…………両想いなんだし、俺が出る幕はないな。潔く諦めるよ」
「本当に潔く諦められるのかい」
「そうするしかないだろ。下手なことをして気まずくなるのは避けたいし」
「懸命な判断だ」
怜香のその言葉を最後に、俺達は学校の最寄り駅まで無言で歩いた。



ホームへの階段を下る。
ふいに、怜香の後ろ姿から言葉が発せられた。
「もし」
「ん?」
俺は少し早足で降り、怜香の隣に並ぶ。
「ただの可能性の話だし、私自身もさっきの証明は正しいと思っている」
可能性?何の話だ?
「君が思いもしないだろう可能性を思いついてしまった。それだけのことなんだが」
「何だよ」
「もしも…………」
怜香にしては珍しく歯切れが悪い。
「もしも、さっきの証明は私が無理矢理こじつけただけで、本当は君に美里への片思いを諦めさせるためだったとしたら君はどうする?」




「え?」




タタタ、と脇を駆け下りていく小柄な制服。
俺の方を振り向きもせずに、ちょうどホームに到着した電車の扉の中に滑り込んだ。
いや、これも計算ずくなのか。
俺をからかっているのか。

俺は彼女の真意を証明できないままでいる。
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