猫足ルート

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狐の子

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「ねえ、どうせ連れなんかいないでしょ?」

今の時間は催し物が無くて人がまばらな境内で、ポニーテールを揺らしながら駆け寄って来たのは紫の浴衣。
手には小さな赤い巾着袋。
六歳にしては大きいし、十歳にしては小さい。間を取って八歳位だろうか。
馴れ馴れしく話し掛けて来たけれど、俺はこんな子知らない。
「どちら様だよ。あと、連れは今から来るから。可愛い可愛い彼女と待ち合わせだ」
はったり。虚勢。見栄。
「うそつき。バレバレだよ。ねぇ、一緒に回って。お願い」
そいつは生意気に俺の嘘を見破り、生意気に俺の手を掴んでいる。
手加減ってものを知らないのか。
痕が付きそうなくらい痛い。
「放せ。痛い」
「やだ」
若干力は弱まったものの、まだ俺の手首は絶賛拘束中。というより、その前にどうして見ず知らずのガキにこんなこと頼まれなきゃいけないんだ。
「もしかして、お前、迷子なのか?」
「何言ってるの。ここら一帯は私の庭同然だもん。毎日仲間引き連れて走り回ってるし」
エンジンのついた二輪車に乗っているみたいな言い方だな。
「お前、知らない人についていってはいけませんって学校で習わなかったのか?」
「習った習った。知らない狼さんについてったら、食べられちゃうんでしょ?」
「わかってるんだったらどっか行けよ」
「……お兄ちゃん、悪いヤツじゃないって知ってるし。それに。……本当はお父さんと来るはずだったの。でも、お仕事入っちゃって。……一人で回るのつまんないし…………」
泣いてるのか?
おい、なんだか俺が泣かせたみたいじゃないか。
これでは人の目と俺の後味が悪くなる。
「わかった、わかった。わかったから泣くなって。一緒に回ってやるから」
「本当?」
「ああ、本当だ」
そいつは、俯いていた顔をあげると、にいっと笑った。
涙なんか出てやしない。
「彼女は?いいの?」
騙された感がプンプンするぜ。
 
 
微かに聞こえる祭囃子、浮足だった人々、屋台には付き物の、なぜか急激に食欲をそそるソースの匂い。
そんなものに惹かれて、ついふらっと立ち寄ったこの祭。
初めて来たはずだ。
この町にある、いつもは誰も来ないような神社がこの二日間だけ、この町で一番賑やかになる祭。
確か……澄川祭とか言ったっけ。
澄川神社主催だから、とは言っても神社はとても小さなもので、大して土地も財もなく、地域の商工会や婦人会が主に取り仕切っている。
各種のイベントが境内で行われ、神社からこの町の駅までの道路は屋台で埋めつくされる。
駅から神社までは徒歩三分だ。
駅に近いので隣町の住民も多く参加し、二日目の夜には花火も打ち上げられることもあってかなりの大盛況になる――
こんな説明を読んだことがある気がする。または聞いたのかもしれない。
どっちだったかな。
そんな事を考えながら、半ば引きずられるようにしてひょこひょこ揺れるポニーテールの後を追う。
「まずここ」
紫の袖が指し示すのはお面の屋台。
目の部分に穴が開いた薄いプラスチック製のお面が、斜めになった台の上に所狭しと並べられている。
アニメのキャラクターや、ヒーロー物なんかばっかりだ。
お面とお面の間に丁度一つ分の空きが何箇所かある。
そこはもう売れたみたいだ。
「おじさん、それちょうだい」
そいつが指差したのは、一つだけあった狐のお面。
屋台のお面の代名詞とも言うべき、白い顔に釣り上がった赤い縁取りの目のアレだ。人によっては薄気味悪く思うかもしれない。
代名詞、とは言いつつも、令和の今、売っている事に軽く驚きを覚えた。
それを欲しがるこの世代の少女にもだ。
「本当にこれにするのかよ。キャラクターのとかにしねえの?」
「これがいい。だって去年も買ったし」
だったら尚更いらないんじゃないかと思ったが、そいつは紅い巾着から小銭を出して、さっさと支払いを終えてしまった。
そして、さっそく顔面に装着している。
「おい、こんなお面つけて回るのかよ」
「なんか、ひっかかってる。つけて」
見るとポニーテールにゴムがひっかかって上手く顔の後ろに回せてない。
一回外して…っておい、なんで素直に従ってるんだよ、俺。
「これ着けるんだったら、一人で回れ」
「別に私が買ったんだからいいでしょ」
「俺が嫌だ」
生憎、こんな目立つような狐のお面をつけた子を連れて回るつもりはさらさら無い。
「……例えば、さ」
「何だ」
そいつが前を向いたまま、つまり俺にポニーテールを向けたまま呟く。
「ここで、私が、きゃー、ロリコン!なんて叫んだら、どうなるんだろうね」
こいつ、脅してきやがった。
「勝手にすればいいだろ」
「このロ、」
「だーまーれ」
本当に言いやがった。
「じゃあ一緒に行ってくれる?」
だからそんな泣きそうな目で俺を見るなよ。良心(って俺にもあったのか)が疼くじゃないか。

かくして、俺は狐の子を連れて回る羽目になった。
 
 
小さな舌打ちが聞こえる。
只今挑戦中なのは金魚掬い。
また破れたらしい。
たとえ一匹も掬えなくても心優しいおじさんが赤い小さな金魚を三匹ビニール製の手提げ袋に入れてくれるのだが、こいつはそれで満足しなかった。
黒い出目金。
それをどうしても手に入れたいらしい。
だが、ヤツは体が大きく、易々と掬われるようなタマではない。
ちょうど今、ポイの向こう側の景色を十回覗いたところだ。
なんでこう、呆気なく破れるんだろうな。
破れなかったら商売にならないが。
「なあ、赤いのじゃ駄目なのか?」
「駄目。赤いのは家にたくさんいるから」
おいおい、まだ挑戦する気かよ。
用意された全ての薄紙を破く勢いだぞ。
「ちょっと待て」
「え?」
俺は、ポイを水に浸ける寸前だったそいつの手を止め、小銭を渡す。
「これで買ってこい」
そいつに買わせたのには訳がある。
屋台にもよるが、金魚掬いでは子供用と大人用のポイがあって、子供用の方が厚かったりする。
この屋台のおじさんがそんな区別をつけているかは分からないけれど、念のためだ。
「はい。……何で?」
狐の面が首を傾げる。
「まあ見てろって」
訝しげな視線を向けられつつポイを受け取る。
そっと水に沈め、ターゲットを生簀の隅へ追いやって、焦らず、じっくりとタイミングを図る。
注目するのは金魚の動きじゃない。
金魚掬い屋台のおじさんだ。
「……よし」
おじさんが他の客に気を取られている今がチャンス。
俺は、そっと金魚を追い詰めているポイの下に「プラスニ枚の」ポイを重ねて滑り込ませた。
そして素早く手首のスナップを効かせる。
薄紙から、ポイから、指先を伝って腕に感じる手応え。
水面からプラスチックのお椀に描く軌跡。
自分に何が起こっているのか分かっていないようにビチビチと跳ねるターゲット。
お前はもはや椀の中の金魚だ。
おじさんが俺の手柄に気がついて、出目金をプラスチックのお椀からビニールの手提げ袋に移動させる。
勿論ポイはさっさと使用済ポイ捨て袋へ。
そう、俺はポイを二枚買ったのだ。 だからあいつは、疑問に思った。
「何で?(二枚纏めて買ったの)」と。
そして俺はあいつのポイも使い、三枚重ねて使ったってわけだ。
一本の矢ならたやすく折れるが三本だったら折れにくいって誰か言ってたよな。
ちなみに、おじさんに見つかったら十中八九怒られるので、他に気を取られている隙をつかせて頂いた。
俺は、おじさんから受けとった手提げのビニール紐の取っ手を俺の隣で見ていた狐の子の手首にかけた。
そいつはお面を一旦頭の上に上げ、ビニール袋を顔の前まで持ってきて黒い出目金をまじまじと見ている。
「ほら、な」
「ありがと!」
満面の笑顔でお礼なんか言われると照れるじゃねぇか。
「……反則だったけど」
大人には大人のやり方ってもんがあるんだよ。
嬉しそうに赤い金魚達が入った袋と黒い出目金一匹が入った袋を持って歩き出すそいつを追いながら俺は思った
……あの黒い出目金、原価より高くついたよな?
 
その後、俺とそいつは様々な屋台を冷やかし、何かと食べたりゲームに興じたりした。
祭の夜の人々の熱気の中で体が火照っている。
 
突然、あのお馴染みの音が響いた。
見上げると、空に光の花が一輪咲いている。
「あ、もう花火始まっちゃった」
そいつも空を仰ぎ見る。
「神社の石段のところからよく見えるの。行っていい?」
「ああ」
光を横目に神社に向かう。
と、そこで前を歩いていた紫の浴衣が止まった。
「最後にあれだけ買っていい?」
「いいぞ」
リンゴ飴の屋台の前。
大小のリンゴやアンズやミカンが丸ごと割り箸に挿してあり、それに液体状の飴がかかっている。
「どれにするんだ?」
「リンゴ。大きいのがいいけど、今まで食べたことないし……どうしよう」
そいつが指差したのはリンゴの大。
子供の夢だろうな、これにかぶりつくのって。
「せっかくだから買ってみれば?旨そうじゃん」
屋台の照明を反射して赤くテラテラと毒々しいほど光るリンゴなんて祭でもないと食べないからな。
「じゃあそうする」
金を払ってそれを受け取ったそいつはそれにかぶりつこうとした。
「おい、お面取れよ」
「そんなこと分かってるって」
本当か?俺には、分かっていなくてお面に飴がベッタリになる三秒前に思えたが。
「それより、早く行かないと花火終わっちゃう」
俺は、そいつがリンゴ飴を丸ごと落とさないかヒヤヒヤしながら駆けていくそいつの後を追った。
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