五が丘の女探偵

姉川ゆきね

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探偵の秋休暇

楓山のペンション

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私は早速次の日から一週間の休暇をもらった。一人で遊びに行くもの寂しいから、仕事で知り合って親しくなった警視庁捜査一課の根津(ねづ)圭一(けいいち)巡査を誘った。普段の彼は私をメガネ探偵と呼ぶいじわるなところもあるが、今回はちゃんと休みを取ってくれて、さらに車まで出してもらうことになった。
 ペンションは楓町(かえでちょう)という地域にあって、道のりはガタゴトと揺れる山道だった。
「ふうん、少し遅めの夏休みってところか」
「そうそう。まあ一週間ぐらいだけど」
「学生の夏休みにしては短いな」
「探偵学生の性ね」
「そんな探偵のジャンル聞いたことないぜ。――おう、ここか」
 根津さんは白い建物の前で車を止めた。たしかに雑誌で見た場所である。ペンションは二階建てで、白い壁が森の中だとよく映える。
 私たちは車から降りた。根津さんは大きく伸びをした。
「ずいぶんきれいなペンションだな。映画にでも出てきそうだ」
「そうね。突然大雨が降って土砂崩れで通行止めになって陸の孤島みたいになったところでタイミングよく事件が起きるのよね」
「おいおい、縁起でもないことを言うなよ」
 私たちは荷台からボストンバッグを下ろすと、ペンションに入った。内装は白を基調としていて統一感がある。
 受付カウンターの奥から一人の女性が出てきた。案外若い女性である。
「『ペンションやぎ』へ、ようこそいらっしゃいました」
「どうも。予約した竹井です」
「竹井様。お待ちしておりました。お部屋の方はご用意できておりますので、ご案内いたします。どうぞ」
 女性は私のボストンバッグを持つと、階段に向かった。
「すみません、急に連絡したのにお部屋を取っていただいて」
「いいえ、この時期お部屋は空いておりますから」
二階に上がった。廊下は一直線である。
「お部屋はこちらでございます」
 そう言って女性がドアを開けたのは階段を上がってすぐ右手の部屋だった。そこは載っていた写真のとおり、快適そうな部屋だった。
 女性は荷物を部屋の奥に置くと、私にルームキーを渡した。
「お夕食は一八時ですので、その際は一階の食堂にお越しください。ではごゆっくり」
 女性は部屋を出た。
 私はボストンバッグからドライヤーやらパジャマなど、中身を出した。時間のあるときにやっておけば、後々慌てなくて済む。
 根津さんはベッドに座って何やらパンフレットを読んでいる。支度しないで、いざというとき慌てても知らないわ。
「あの案内してくれた人、矢木(やぎ)加奈子(かなこ)さんっていって、このペンションの経営者なんだって」
「へえ! 若いから住み込みのアルバイトかと思ったわ。一人で経営しているの?」
「いいや、夫婦でやっているらしい」
「仲がいいのね」
「ここでペンションを経営することが夫の絋(こう)一郎(いちろう)さんの夢だったって書いてある」
「じゃあ夫婦で夢をかなえたのね。素敵だわ」
「でも三二歳だってさ。俺とそんなに変わらないぜ」
「それに比べて根津さんは結婚すらできてないなんて。負け組ね」
「おい! 俺だって刑事になるって夢はかなってるぞ!」
「刑事になるのが夢だったの?」
「ああ、そうだ。悪いかよ」
「いいえ、素敵よ。殺伐としてて」
「ひどいな!」
 ぷりぷりした根津さんのわきで、私は支度を終えた。これでいつでもお風呂には入れるし、寝られるわ。
「なあ、この近くに楓山(かえでやま)神社っていう神社があるみたいなんだけど、知ってるか?」
 根津さんは、今度は観光スポットのページを見ているようだ。
「もちろん。五が丘の人なら誰でも知ってる有名な映画の撮影地だから」
「へえ。五が丘にもそんなスポットがあるんだな」
「そんな言い方、失礼しちゃうわ。五が丘には根津さんの知らない、魅力的な場所がたくさんあるのよ。――そうだ、行ってみる?」
「今から?」
「ええ。ここからなら歩いて行けるし、夕食の時間までこの部屋でぐだぐだするのももったいないでしょ」
 私は時計を見た。今は昼の三時を少し過ぎたころである。
 さっさと支度をして、私たちは楓山神社に向かい始めた。
神社への道は舗装されているものの、見えるものと言えば色づき始めた木々ばかりだった。かすかに紅い葉っぱたちは私たちの上に屋根を作っていた。
「そういえば大学受験の前にここにお参りに来たわ」
「楓山神社は学業の神様を祀っているのか?」
「いいや、そういうわけじゃないと思うけど、五が丘の人は何か大事なことがあるとここにお参りに来るのよ。交通安全、商売繁盛、恋愛成就、安産祈願、それこそ学業成就とかね。要するに万能な神様を祀ってるのよ」
「なんだよ、それ。何でもそろってるなんて、まるでデパートだな」
「そういえば、ある殺人事件の犯人が楓山神社にお参りに行ってから人を殺したっていうのを聞いたことがあるわ」
「殺人もかなえてくれるのか?」
「その人が殺人に成功したんだから、そうなんじゃない?」
「おおう、怖い」
 そんなことを話していると、赤い鳥居が見えて、その先に続く石の階段を上った。
二人でぜいぜい息を切らして上りきるとやっと楓山神社に着いた。本殿の前のスペースは拓けていて、落ち葉がきちんと端に寄せられている。見えた空は曇天である。
 私たちは本殿でお賽銭を入れて手を合わせた。私の願いはもちろん学業成就と商売繁盛である。さっき夢はかなっているとか言っていたけど、根津さんは一体何を願っているのかしら。
 私たちはお参りを終えると、お賽銭箱の前を離れた。
 すると階段の下から話声が聞こえてきた。
「いい所だなあ」
「そうですね。撮るのが楽しみだ」
「気に入ってもらえてよかったです」
 男女六人である。それにしても彼らの年齢層が幅広い気がする。会社の慰安旅行だろうか? それにしては人数が少ない気がするが……。
「……あれ?」
 隣を見ると根津さんが目を細めて彼らを見ていた。
「どうしたの?」
「あれ、津村(つむら)航(こう)介(すけ)と奥村(おくむら)菜々(なな)美(み)じゃないか?」
「誰よ、それ」
「知らないのかよ! 人気俳優だぜ」
「どうして人気俳優たちがこんな辺鄙な場所にいるのよ?」
「もしかすると撮影に来たのかもしれないぞ。ここは有名な映画の撮影地なんだろう?」
「そうだけど、そんな偶然あるかしら」
「どうもー」
 すると石段の方から奥村菜々美がこちらに向かって来た。
「こんにちは」
「あなたたちさっきからじっーとこっち見てたわよね?」
 菜々美さんは不機嫌な顔をしている。さっき「誰よ」と言ったのを聞かれたのかしら?
「ええっと……」
 私が返答に困っていると、根津さんが素早くペンとメモ帳を取り出した。
「サインください!」
 すると菜々美さんの表情は一変して、差し出されたペンとメモ帳を受け取って、さらさらとサインを書いた。
「まさか、こんな所で奥村菜々美に会えるなんて……!」
 根津さんはサインをもらってご機嫌である。サインを描いた菜々美さんも機嫌がよさそうである。ナイス、根津さん。
「ところでお二方は地元の方?」
「ええ、まあ。地元とはいっても私たちは五が丘の街の方から来たんですけど」
「あらそう」
 すると今度は津村航介も来た。隣の根津さんはおお、とうなった。どうやら豪華なツーショットらしい。
「道に慣れているからてっきり地元の方だと思いました」
「五が丘に住む人なら誰でもわかりますから。……ってどうして私たちが道に慣れていると?」
 すると彼は頭を掻いて、
「実はあなたたちについてきて、ここまで来たんです。楓山神社の話をしていたから……」
 あちゃー。人に話を聞かれるなんて、休日で気を抜いていたとはいえ探偵としてまだまだ甘いな。
「すみません。突然お声かけして」
「いいえ、大丈夫ですよ」
 そのとき、私はふと彼の後ろをみた。そこでは彼らと一緒に上がってきた人たちが本殿を見ながら真剣に話していたり、写真を撮ったりしている。
「あの方たちは……」
 津村さんは私が指した方に振り向くと、
「あれは監督の吉澤優也(よしざわゆうや)さんとカメラマンの村松(むらまつ)祥(しょう)太(た)さん、写真を撮っているのが僕と菜々美さんのマネージャーの栗本と飯山さんですよ」
と、教えてくれた。やっぱり仕事のようだ。長話はよくない。
「じゃあ私たちはこれで。お仕事頑張って下さい」
「ありがとうございます。――さあみなさん、お参りしましょう!」
 津村さんはまだ階段の前にいた四人に声をかけると、菜々美さんと一緒に本殿に向かった。
 一方の私たちは階段を下り始めた。
「あんな有名人もこんな辺鄙な場所に来るんだな」
「あそこはそれほどすごい場所ってことよ。五が丘の住民として誇らしいわ」
 そのとき、ポツ、ポツ、と頭に冷たいものを感じた。
「雨かしら」
 私は空を見上げた。来たときより黒い雲が厚い。
「これは大雨の予感がするな。早く戻ろう」
「ええ」
 私たちは落ち葉で滑らないように気をつけながら走った。
 雨はだんだん強くなり、ペンションに着くころには土砂降りになっていた。
「すごい雨だわ」
「まったく、雨女は誰だ?」
「あら、根津さんこそ雨男じゃないの?」
「お帰りなさいませ。どうぞ使って下さい」
 そう言って素早く出てきた加奈子さんがタオルを貸してくれた。
「ありがとうございます」
「いきなり降ってきましたね」
「ええ、もうちょっと外にいたら、びしょびしょになるところでした」
 私たちは幸いにもズボンの裾が濡れた程度である。
「実はもう一組ご宿泊されるお客様がいらっしゃるんですけど・・・・・・その方々は大丈夫かしら」
 すると加奈子さんは使い終わったタオルはフロントに置いておいてください、と言って奥に行ってしまった。
 そのとき、勢いよくドアが開いた。そこにいたのは見覚えのある男女六人だった。
「津村さん?」
「おお、君はさっきの!」
 残念ながら、津村さん一行は全員もれなく服から水が滴っていた。
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