僕が本当に欲しいのは

瑞野明青

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キスをするひと

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 僕らはそうして、サッカーの勝利への欲望と、お互いへの欲望をないまぜにしていった。特に夏から秋にかけてはサッカー日本代表のワールドカップ予選があり、その試合の前に抱き合っていた。必ずどこかの駅で待ち合わせした。

「先にシャワーを浴びてて」
「裕太が先に入って」

 そういう絵美に従って、僕は先にシャワーを浴びていた。するとそこに絵美が入ってきた。ずっと、一緒に風呂にはいるのを、嫌がっていたのに。

「どうしたの」
「たまにはいいかと思って」
「キレイだ」
「この体が、お腹がこんなに出ているのに」
「だって、抱き心地がこんなにいいんだ。この肌も。どうせなら一緒に湯船に入ろう」
「狭いでしょ」
「だからいいんだ」

 僕は先に入り、絵美にこっちに来るよう声をかけた。そして、僕の上に座った。

「キスをして」
 僕は望まれるままキスをした。
「やっぱりこっちの方がいい」

 絵美は僕の方に向き直った。そして、両手で僕の顔を挟んでキスをした。そして離すと胸に抱き寄せていた。僕はその胸に吸い付いていた。

「あぁ、もっと。やめないで」
 手は耳を弄び、首筋を撫でていた。

 絵美はいつの間にか、欲望に正直になることを覚えていた。特に胸を僕にねだることが多かった。そして気分が高まるとキスをする。彼女を満足させてからでないと、させてはもらえなかった。不満ではなく、そうして一つになった時、僕は彼女と溶け合っている幸せを感じていた。お互い同時に果てることもできた。寝込みを襲って、横になったまま抱いたこともある。ベッドの上では常に欲望の対象だった。そして、彼女からのキスを、僕はいつも待っていた。


 秋から冬になる時、サッカー日本代表は、ワールドカップ出場を決めていた。

「結婚を考えないか」
「新婚旅行にワールドカップに行こうってこと」
「そう、長い休暇を取ることができるし、僕はずっと君とこうしていたい」
「結婚じゃなくても、頑張れば海外旅行ならできるし。結婚しなきゃできないことじゃない」
「僕は一人暮らしが長いし、べつに家事だってできる」
「こうしていたいって、生活はそんなに簡単なものじゃないし」
「絵美ちゃんは、僕と離れられるの」

 その一言が効いたのか、絵美は僕の顔を見た。

「私はべつに裕太といる必要はないの。わかった。もう会わない。別れよう」
 そう言って、ホテルから出ていってしまった。しかも、料金を精算していた。

 僕はこんな仕打ちを受けるとはと怒っていた。そして絵美はサッカーの試合会場にも顔を出さなくなっていた。でも、サポをやめたわけではないことは、別の友人から聞いていた。


 ワールドカップが終わった頃、一通のメールを受けた。それはとても嬉しいことだった。その相手と早速会った。

「お久しぶり」
「どうかした」
 僕はその人に聞いた。
「なんとなく、顔を見たくなったの」
「そうだ。僕、もう少し真っ当に生きようと考えているんだ」
「そう、それは良かった。それじゃこれで」
「待てよ。呼びつけておいてこれだけか」
「だって、真っ当に生きるのでしょ」
「気が変わった。実はここのホテルに、部屋を取ってある。502号室だ」
「気が向いたら」
「僕は今でも、君からのキスを待っているんだ」

 僕はホテルの部屋で、ノックされるのを待っていた。確信があったわけではない。でも、彼女は来てくれると思っていた。

 そうして、チャイムが、鳴った。

「来ちゃった」
 照れた笑顔は変わらず可愛かった。でも、僕はその気持を隠すことにした。
「僕に抱かれたくなった?」
「真っ当に生きるって言った人の言葉と思えない」
「だって、そのために来たんだろう」
「そういうわけじゃ‥‥。だって付き合っている人がいるし」
 少し困った顔をして、それでいて僕をにらみつける目が、僕を欲望に忠実な存在にしていた。
「そんなの知られなきゃ、なかったことになるよ、絵美ちゃん」
「僕も結婚を考えている人がいるんだ。それでも、今、君を抱きたい。僕はシャワーを浴びてくる。その間に決めるんだな。君がこの部屋に残っていれば僕は同意があったと思うよ。多少強引でもするかもしれない」
 そう言い残して、絵美の顔を見ずに風呂場に行った。

 しばらくして、風呂場の扉が開いた。
「裕太が欲しい。キスしてもいい?」
 僕はシャワーを止めて、湯船に入っていた。その僕の上に絵美が座った。絵美は僕の顔を眺めると、唇を合わせてきた。一度離すと、僕は絵美の背中に腕を回して力を込めていた。今度は僕が深く絵美の口の中にいれていた。お互いに求めていることがはっきりした。
「ずっとこうしていたい。絵美もそう思ったんだろう」
「そうね。抱かれるだけでなく、抱きたいと思ったのは裕太だけだった」
「ここじゃ狭すぎる。先に上がって待っていて」

 絵美は風呂から上がり、バスローブを羽織って出ていった。僕はこれからのために少し準備をして、バスローブを纏い絵美の隣りに座り、キスをした。そして絵美に手をかけて、ベッドに横たえさせた。
 バスローブを脱がせて、ベッドの隅においた。絵美も同じ様に僕を脱がせていた。

「絵美ちゃん、目をつぶっていて」
 僕は絵美に目隠しを付けていた。
「外そうとしたら、その手を縛るかも。僕を彼氏だと脳内変換していれば」
「何で、こんな事」
「僕は彼女にできないことをしてみたい」
「そんな、何を」
「こういう事」

 僕は絵美の胸を揉みしだき、ふくらみにしゃぶりついた。抱き上げると後ろ向きにして、首筋にキスをした。又胸を撫で回すと、絵美はあっと声を出し始めていた。僕は絵美の顔だけこちらに向けさせて、キスをした。唇から離すと、耳元をなめ、首筋にキスをした。その間手は脇腹から下を撫で回していた。そろそろ、いいかなと思ったところで、覆いかぶさる様に腹ばいにした。

「膝を立てて」
 絵美は膝を立てて、腕も立てていた。
 僕は絵美のお尻をなでながら中に入っていった。離れないように腰を抑えたり、胸をいじったりしていた。苦しそうな声を出している絵美の背中を見ながら、僕は本当にしたかったことかと思ってしまっていた。

 僕は絵美を起き上げさせて、膝の上に座らせた。さっきと同じ様に、胸をなでながら、首元にキスをすると絵美が言った。

「気が済んだの。思ったほど良くなかった。でしょ」
「何でそう思った」
「裕太に結婚しようって言われた時、一人の男だけなのかと思ってしまった。別れようと言ってから、付き合った人がいたけれど、一方的にするだけで、違和感があってすぐに別れたの。裕太は違うなぁって思ったから、さっきのようなの気持ちよくなかったでしょ」

 図星だった。いや、本当は確認したかったのかもしれない。挿れさえできれば行為として成り立つわけではないと。それは、僕の中にあった不満かもしれなかった。

 僕は絵美を抱きかかえたまま、体を動かして壁を背にすることにした。絵美の向きも変えて、向き合って座り直しながら一つになった。僕の顔に手を伸ばして位置を確認すると、絵美はキスをした。お互いに舌を絡め合ううちにうっとりしてきた僕は、絵美が離れると、はぁと言う声を出していた。

「この方が気持ちいいでしょ」
 答える代わりに、キスをした。離れないように抱きしめると、絵美も僕にしがみついてきた。息苦しくなって、唇から離した。絵美はしがみついたままだった。

「これを取ってもいい?」
「ダメ。目隠しをしたほうが、感じやすいと言う話を、聞いたことがあるんだ」
 僕は少し腰を動かしてみた。
「はあ、ずるい。裕太が暴れてる」
「僕は我慢しているんだ。君にいって欲しいし、僕も一緒に」
「このまま裕太が、寝転んでもいいのに」
「お望みのままに」

 僕は体をずらし、横になった。絵美は僕の上にまたがって、体を揺らしていた。欲望に忠実に動く絵美はとても色っぽくって、キレイだった。体の動きが大きくなると、抱きとめて彼女を寝かした。クッションをその腰の下に置いて、僕も腰を動かすと果てていた。

「どう、満足した?」
 絵美が尋ねた。僕は答える代わりにキスをした。
「もう、これとってもいいでしょ」
 絵美の目隠しを外して、顔を見合っていた。笑い顔がはっきりわかった。そして絵美は僕の唇を優しくついばんで、笑いかけると、キスをした。
「確かに目隠しの効果はあったかも。裕太の上で恥ずかしくなかったから。でも……」
「でも?」
「あなたの顔を見ていたかった。気持ちよさそうな顔とか」
「大丈夫。夜はまだこれからだし、レイトチェックアウトできるようになってる」
「裕太、私の望みは……」

 僕は最後まで言わせなかった。キスをして口をふさぎ、また体を重ねていた。僕の中の答えを明確にしたかった。そうして朝まで何度も果てて、抱き合っていた。離れるのが惜しいその気持ちだけそこにあった。



 そして、しばらく経って僕は結婚した。相変わらずサッカーを応援して日本中、世界も旅をする。それに付き合うというか、許容してくれる相手を見つけたからだ。

「裕太、ちょっと手伝って」
「わかった行くよ」
 僕は彼女のところへ駆け寄って、頼まれたことをやった。
「ありがとうのキスは?」

 彼女は僕にキスをした。それは僕が、いつでも、欲しいものなんだ。
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