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55.オドネル伯爵邸と魔術具
しおりを挟むウェルバー侯爵邸で開かれる夜会まで、残り一か月を切ったとある日。
アイラは馬車から降りると、目の前の大きな邸宅を見上げる。邸宅というより、まるで城のようだ。
「うわぁ、すごいお家ねリアム…!」
「……久しぶりに帰ってきた」
リアムも同じように見上げながら、ポツリと呟く。
ここは、オドネル伯爵邸だ。
直接話したいことがあると団長であるエルヴィスの元へ打診があり、今日訪れることとなった。
アイラとリアムの他に、あと三人一緒に来ている。
「よっ…と。いやー本当に大きいな。リアムの入団の面接に来たときも思ったけど」
ひらりと馬から降りたのはフィンだ。
今回の話が魔術具開発局での事件に関する内容ということで、当事者のアイラの上司として来ていた。
その近くで、黒いマントが翻る。
「少し時間より早く着いたな。ここで待つか」
騎士団長であるエルヴィスも、もちろん一緒だった。
馬を撫でる様子に見惚れていたアイラは、ハッとして視線を無理やり逸らす。
―――だ、ダメよアイラ。久しぶりに一緒にいられるからって、舞い上がったりしたら。今は仕事中なのだから…!
アイラが雑念を追い払っている間に、最後の一人が馬から降りる。
豪邸を目の前にして、開いた口が塞がらないようだった。
「す………げぇ…。迷子になりそう…」
その感想はどうかと思うが、デレクらしいとアイラはくすりと笑う。
何故デレクが同行しているかといえば、アイラとリアムが揃ってフィンに頼み込んだからである。
アイラが人生をやり直していることを知っているのは、デレクとリアムの二人だけだ。
アイラの命を狙う人物の情報は、できるだけ共有しておきたい、とリアムが最初に言い出した。
今回の話も、又聞きするよりは直接聞いた方が早いとの判断で、アイラはフィンにお願いしたのだ。
アイラとリアムと仲が良いこと、デレク本人の実力があること、それらを考えてフィンがエルヴィスへ同行を打診してみたところ、アッサリと許可が出たという。
それを知ったデレクは、「俺、団長に実力を認められたのかもしれない…!」と喜んでいた。
「……リアム、お前って本当に伯爵家の息子なんだなぁ…」
「何を今さら。何だと思ってたわけ?」
「いや、小生意気でキャンキャン吠える小型犬みたいな…」
「……帰ってもらおうか?」
わーうそうそ!と慌てるデレクと、ツンとそっぽを向くリアムを見て、アイラは自然と笑みが浮かぶ。
いつも一緒にいる二人がいてくれるだけで、とても安心するのだ。
「そうだアイラ、あのことはオドネル伯爵家の人たちには話しておく?リアムがもう話したかな?」
フィンにそう話しかけられ、アイラは首を傾げた。
「何をですか?」
「嫌だなぁ、何って俺たちが恋人同士っていう話だよ」
キラキラとした笑顔を振りまくフィンの言葉に、アイラはサァッと顔を青くする。
「も、もちろん話します!協力してくれる方には嘘をつきたくありませんからっ!」
「ええ~?そんなに必死にされると傷付くんだけど?」
フィンはニヤニヤと笑っているが、アイラはとても慌てていた。
いくらフリとはいえ、エルヴィスの前であまり恋人という単語は使わないでほしかった。
「リ、リアム。もうご家族には話してくれているの?」
「いや?ドルフ兄さんを諦めさせるためにも、そういうことにしておいた方がいいのかなって。面倒くさいし」
リアムがけろりとそう言った。
この間同じようなセリフを、エドマンドに対してカレンが言っていた気がする。
リアムの兄で、オドネル伯爵家次男のドルフは、アイラに突然求婚をしてきた人だ。
伯爵夫人に婚約者にどうかと打診されたが、エルヴィスが庇ってくれていた。
そのあと会えていないので、もうアイラに気持ちは無いかもしれないが、今後世話になる相手に嘘はつきたくなかった。
「……分かったわ。ちゃんと私が話すから」
「そうそう、騙すのは良くないよな!……恋人役は、俺でも良かったんだけど…」
「え、なぁに?デレク」
「んん、なんでもない」
デレクが咳払いをしたちょうどそのとき、バタバタと衛兵が駆け寄ってくるのが見えた。
「……騎士団長さま方!お待たせして申し訳ありません!」
三人の衛兵のうち、一人が馬車を移動先へ促し、一人がエルヴィスたちの馬を連れて行った。
残る一人が案内役のようで、深々と一礼してから顔を上げる。
「では、レナードさまの元へご案内いたします」
「なんだ、父さまと母さまは不在なの?」
「……リアムさま?」
衛兵は今リアムの存在に気付いたようで、目を丸くした。そのあとすぐに瞳を潤ませたので、アイラはぎょっとする。
「リアムさま…!ご立派になられて…!」
「……いや、家を出てまだ一年も経ってないからね?」
リアムが冷静な返事をするが、衛兵はふるふると首を振った。
「私はリアムさまを、幼い頃から見ておりました…!ジョスランの剣筋を受け継ぎ、頑張る貴方さまと、すれ違うお兄さま方を…!無事に和解したとレナードさまが嬉しそうにお話しされたとき、私は思わず泣いてしまったものです…!」
「……ねぇちょっと、上司の前で恥ずかしいからやめてくれない…?」
感極まる衛兵を、リアムが耳まで真っ赤になりながら止める。アイラはデレクと視線を交わし、くすりと笑った。
エルヴィスとフィンも、生暖かい目をリアムに向けている。
衛兵は目元を擦ると、姿勢を正して敬礼した。
「失礼いたしました!では、こちらへ!」
広い中庭の綺麗に整備された道を通り、邸宅の中へ足を踏み入れる。
照明で明るく照らされた玄関ホールは広く、ずらりと並んだ使用人が出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、騎士団の皆さま。おかえりなさいませ、リアムさま」
見事に綺麗に声を合わせた使用人たちが頭を下げると、リアムが片手で顔を覆った。
「……本当にやめて。すみません、エルヴィス団長。お恥ずかしいです」
「いや、構わない。大事にされているのが分かる」
「……そんなことは…」
そんなことはない、とリアムが言い切れなかったのは、きっと分かっていたからだろう。
使用人たちが皆、嬉しそうにリアムを見ていることに。
衛兵もにこにこと笑みを浮かべながら口を開く。
「レナードさまは、二階でお待ちです」
中央の大きな階段を上れば、いくつも部屋の扉があるのが見えた。
すれ違う使用人たちは皆、足を止めて深々とお辞儀をする。
途中、リアムは廊下の窓から外を眺めていた。懐かしむような、悲しむような、そんな表情だった。
廊下の突き当りの、豪華な装飾が施された扉を衛兵がノックする。
すると、返事の代わりに扉が開いた。
「おっ、来たみたいだぞレナード」
「おい、相手を確認せずに扉を開けるな」
扉から顔を出したのは、オドネル伯爵家三男のフェンリーだ。その奥に、眉をひそめながらソファから立ち上がる、長男のレナードの姿が見える。
「騎士団の皆さまをお連れしました。では、私はこれで失礼いたします」
衛兵はそう言うと、リアムに温かい視線を送りながら、礼をして去って行った。
エルヴィスを先頭に部屋へ入ると、レナードがソファへ座るよう促す。
「来てくれて助かった。父と母は開発局から離れられなくてな」
「事件の余波がまだ?」
エルヴィスが問い掛けると、レナードが疲れた顔で頷いた。
「生産棟の壊れた箇所の修復と、保管されていた魔術具の確認…それと次の局長の選出。さらに、各方面からの事件に関する問い合わせの対応…未だに片付かないことは多い」
「そちらの要望通り、武術大会の事件との関連性は伏せてるから。まぁ、関連しているなんて考える人間は滅多にいないと思うけど」
フェンリーが肩を竦める。レナード同じように疲れた顔をしており、相当忙しいのだということが分かった。
「ドルフ兄さんはどうしたの?」
リアムが訊ねると、レナードの視線がちらりとアイラへと向く。
「……あいつがいると、話が進みそうにないから開発局で働かせている。まぁ、使い物になるかは分からないが」
「どういうこと?」
「誰かに恋人がいるという噂に、翻弄されているからな」
「ああ…そういうこと」
レナードの言葉にリアムが納得したように頷き、アイラはすかさず片手を挙げた。
「あの、その件ですが…フリですので。私に護衛がつくと不自然なので、恋人なら疑われないだろうという作戦ですので…!」
「わあ、頑固。俺はいいんだけどね、本当の恋人に間違われても」
「だ、だめですっ!」
フィンがおどけたように言い、アイラはエルヴィスが気になって仕方なかった。
エルヴィスとアイラの間にはフィンとリアムが座っており、表情が見えない。
「……事実がどうであれ、ドルフには黙っておこう。余計に面倒くさくなりそうだ」
レナードの言葉に、リアムとフェンリーが無言で頷いている。次男の扱いは雑なようだ。
咳払いをすると、レナードは続けた。
「では、さっそくだが本題へ移らせてもらおう。まず、スタンリーがどうして保管庫へ出入りできたのか分かった」
「!」
スタンリーとは、以前の局長だ。
アイラを狙う誰かに、使用を禁止された魔術具を世間の目に晒したいというという理由で協力し、武術大会で事件を引き起こした。
さらには、魔術具開発局でアイラを誘拐しようとして失敗し、自らの体を魔術具へと封じてしまった。
スタンリーが封じられた魔術具は、城の地下牢で厳重に保管されている。
スタンリーは、オドネル伯爵家の人間しか入ることの出来ない、使用禁止の魔術具や設計図が眠る保管庫へ入り、それらを盗み出していた。
当時は、保管庫へどのように入ったのかが不明だったのだ。
「そもそも、保管庫に入るには、俺たちの魔力が必要なんだ」
レナードがそう話し出す。
「保管庫の入口には、破壊されたりしないよう厳重に魔術がかけられている。そして扉には魔術具が取り付けられていて、登録した魔力にしか反応しないようになっている」
「……それを、どうやって?」
「簡単な答えだった。魔術具で魔力そのものを盗まれたのさ」
腕を組んだエルヴィスの問いに、フェンリーが乾いた笑いを零した。
「それも、盗まれたのは俺の魔力だ。前に局ちょ…スタンリーに、魔術具に込める魔力の強さがどのくらい影響するのか調べたいからって言われて、まんまと魔力を提供したのを思い出したんだ」
悔しそうにフェンリーはそう言う。まさか、そのときの魔力を、魔術具を盗むために使われるとは思いもしなかっただろう。
「……侵入した経緯が分かったのは良かった。次はもっと厳重に管理できる。……ただ、問題があってな」
レナードは額に手を当てて目を閉じる。
「恥ずかしい話だが、保管庫の魔術具と設計図の、数や種類を把握していなかったんだ。俺たち以外の人物が立ち入るなど、想定していなかった。だから…」
「……何がどれくらい盗まれたのか分からない、ってことだね」
言葉を引き継いだリアムが、眉を寄せる。
レナードとフェンリーが立ち上がり、アイラに向かって頭を下げた。
「すまない。完全にこちらの落ち度だ。盗まれた危険な魔術具が、君を狙う輩のもとにあるかもしれない」
「あ、頭を上げてください…!」
アイラも慌てて立ち上がる。
確かに、どんな危険な魔術具が盗まれたのか分からないのは、とても怖い。
それでも、アイラは怯えるより立ち向かうことを選ばなければならない。そしてそのために、対策しなければならないことがある。
「……私には、考えていたことがあります。魔術や魔術具の攻撃に、騎士として立ち向かうことには限界がありますよね?」
アイラの問いに答えたのは、フィンだった。
「そうだね。騎士団の任務でも、魔術の対応を考えて、最低一人は魔力を持つ騎士を入れるようにしてる。危険な任務には、魔術師の同行を依頼したり、魔術具の使用を許可することもあるね」
剣一つで騎士として戦うには、魔術との相性が悪すぎる。
それを、武術大会で魔力封じの腕輪をした状態で戦ったアイラは、嫌というほど実感していた。
「この先いつどこで、魔力が使えなくなるか分かりません。魔力が枯渇することも考えられます。その中で魔術に対抗するには、対魔術用の剣が必要です」
「……でも、対魔術用の剣って、今ほとんど市場に出回ってないよね?あっても高価すぎるし、発注するにしても完成に一年以上かかるって聞いたよ」
リアムがそう言うと、アイラは頷いた。
事前に調べて分かったことは、対魔術用の剣を手に入れることは、あまりにも難しいということ。
そしてできれば、アイラは家族が贈ってくれた剣で、戦いたいと思っていた。
そのためには―――…。
「お願いです。魔術に対抗できる効果を、剣に直接付与できる魔術具を…開発していただけませんか?」
これは、アイラが考えられた一つの可能性だった。
対魔術の効果を付与できる魔術具。
もし、現段階でそんなものが存在していれば、対魔術用の剣は簡単に用意できてしまうだろう。
開発できたとしたら、間違いなく世間を騒がせることになる。もしくは、世に知らせず保管庫行きとなる可能性だってある。
「……無理を言っているのは、分かっています。未知のものを一から開発して、それをあとひと月後に欲しいなんて…」
アイラはぎゅっと拳を握ってレナードを見た。
するとどういうわけか、レナードが突然笑い出す。
「ははっ、すごいな。これを予知していたのか?……騎士団長」
そう問い掛けられたエルヴィスは、口元に笑みを浮かべていた。
アイラはわけがわからずに二人を見比べる。フィンとリアム、そしてデレクも同じような反応をしている。
すると、フェンリーがテーブルの下から袋を取り出した。
その中にはたくさんの魔術具が入っているようで、袋をそっとテーブルの上に置く。
そして、得意げにニヤリと笑った。
「ご要望の魔術具と、それ以外にも役立ちそうなものは、もう用意してある」
要望の魔術具、ということは。アイラは目を丸くする。
「私がお願いした効果の魔術具ですか…!?」
「そうだ。なんでも、例の事件が起こった日に、団長が父にお願いしていたらしい。だから翌日には、もう設計を考え始めていた」
「………!」
アイラがパッとエルヴィスを見ると、とても優しく笑いかけてくれた。
その笑顔にドキッと胸が高鳴ると共に、見通しの早さに驚いた。
自惚れでなければ、エルヴィスはアイラのためにいち早く動いてくれていたのだ。
フィンも感心したようにため息を漏らす。
「……はー、さっすが我らが団長。そしてそれを開発できる貴方たちもすごい。……これで、普通の剣でも魔術に通用するというわけですね?」
「どんな魔術にも対抗できると、思ってもらっては困る。だいぶ開発過程を短縮しているし、効果を試す時間もあまり無かったからな」
「時間があれば、もっと精度の高いものを渡せた自信があるけどなぁ。あ、くれぐれも使うときは慎重に。効果時間はほんの数分だと思うし」
レナードとフェンリーの言葉に、エルヴィスは深く頷いた。
「もちろん、先の夜会で何も起こらなければ使用はしない。使う際も、あまり人目につかないよう気をつけるつもりだ。……この短期間で要望に答えてもらい、感謝する」
「いや、これくらいはさせてくれ。彼女には恩がある」
レナードはアイラに向かって小さく微笑んだ。その微笑みは、リアムの兄としてのものだとアイラは感じた。
リアムと仲良くしてくれてありがとうと、そう言われた気分になったのだ。
「……ありがとうございます。決して、いただいた魔術具は無駄にはしません」
「ああ、君のために役立てて欲しい。それから、夜会には俺たちも招待されている。もし何かあれば力になれるから、覚えておいてくれ」
「はい…!」
アイラはまた頭を下げる。本当に、周りの人間に恵まれていると、そう感じていた。
「話したいことは以上だが…少し訊いてもいいか。……君は、誰だ?」
レナードがそう訊ねた相手は、ずっと黙って話を聞いていたデレクだった。
突然話し掛けられデレクは、アイラの隣にバッと立ち上がって背筋を伸ばす。
「デレク・アルバーンです!リアムとは同期で…仲間であり、大切な友人だと思っています!」
デレクの自己紹介を聞いて、リアムは照れくさそうにしていた。
そんなリアムを見て、レナードとフェンリーが顔を見合わせて笑う。
「リアム、良い友人たちができて良かったな」
「……僕も、そう思ってる」
ぼそっと呟いたリアムの言葉は、アイラとデレクの耳にしっかり届いていた。
アイラは笑みを零しながらも、ひと月後にはやってくる夜会の日を見据え、頭の中で訓練の予定を立て始めているのだった。
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