6 / 15
6.淡い想い
しおりを挟む
展示会場は、夕方になっても客足は増えず予定通り6時には店じまいを始めていた。やはり週末にならないと、なかなかお客は来ないようである。帰りも、いやがる望月に運転させて、僕は暗くなりかけた空を眺めていた。今朝の話は、避けているわけではないのだが、あれっきり話題には上らずじまいだった。多少、夕方のラッシュにぶつかったが6時半過ぎには事務所に着くことができた。
望月は、早々に片付けを終えて
「お先に。」
と言って帰ろうとしていた。
「今日は素直に帰るのか?」
望月は、背中に投げかけられた言葉に振り返りもせず、片手を振りながら事務所を出て行った。事務所を見渡してみると、もう残業しているのは数人しかいなかった。その中に、高橋美加の姿があった。僕が美加を見ていると、美加もこちらを向き視線が合った。何か一生懸命、書類と格闘している様子だ。資料を書庫に戻すついでに、美加のデスクの脇を通ってみた。
「何かわからないことがあれば、言ってきてね。」
美加は、少し困った顔をしながらこちらに向き、
「ここの部品の単価って、どこで調べたらいいんですか?」
「ああ、それね。」
僕は、美加のデスクに乗っかっていた資料のページを開き、指さした。
「あっ、ホントだ。橘さん、ありがとうございます。助かりました。ホント、困ってたんですよぉ。」
「大げさだなぁ。早く聞けば良かったんだよ。さて、お疲れでしょうからコーヒーでもお持ちしましょうか?頑張り屋さんのお嬢様。」
と、おどけて言うと
「とんでもありません。橘さんにそんなことさせられないですよ。」
思いっきり恐縮してる彼女を見て、僕は思わず笑ってしまった。美加も少し照れながら笑みを浮かべた。
「もうこれさえわかれば、大丈夫なんです。これで、やっと帰れますから。」
「なら、コーヒーの代わりに食事でもどうかな?俺、腹減ってんだよ。」
自分で自分の口から出た言葉に驚きながらも、美加の反応と返事を期待して待った。
「えっ、本当ですか?」
美加は、少し戸惑いながらもうれしそうにこちらを向いた。
「ああ、本当だよ。ただし、給料日前だから、フランス料理のフルコースは無理だよ。ファミレスでも良ければの話だけど。」
「あっ、私がごちそうしますよ。仕事もおしえてもらったから。」
「フルコースを?」
「ちがいますっ。ファミレスです。」
美加との、たわいもないやりとりで自分の心が、少し柔らかくなっていくのがわかる。この時間が、もう少し続いてくれと無意識に祈っていたのかもしれない。
「大丈夫だよ。先輩に任せなさい。」
「じゃあ、お願いします。」
「あれ、そこはえらく素直なんだね。」
そんな、会話を楽しく思いながら、各々の仕事を片付け事務所を出て、二人で会社の駐車場に向かった。
「ボロ車だけど、どうぞ」
と言って助手席のドアを開けた。
「知ってますよ!」
「えっ。」
「うそうそ、うそですから。」
誰もいない駐車場に、二人の笑い声が響いた。車いすを後部シートに突っ込みながら、彼女は僕の部屋にでも来たみたいにあちこち観察していた。
「フーン」
「どうしたの?何か珍しい物でもあった?」
「いえ、橘さんの車だなって思って。」
美加は、まだなじめていないシートに体を静かに沈めた。
「高橋さんは、免許持ってるんだよね。」
「ええ、持ってますよ。学生の頃は、実家の車で運転してました。」
「こっちでは、車ないんだ。」
「両親に、都会は車が多くて危ないから、ダメだって言われてるんです。私の実家は田舎だし、一車線の道路しかないんですもん。」
「そっかあ。」
「いいなぁ。車。」
「そんなに運転したいんだったら、山口さんに言って営業車を運転させてもらえば?」
「違うんです。どこか、行きたいなって思って」
美加は、そんなことを言ったしまった恥ずかしさを醸し出して沈黙の時間を作った。僕も、話の意味をうすうす理解していたが、わざと、その意図を汲まなかった自分に嫌悪感を感じ彼女の沈黙を破った。
「今度、ドライブに連れて行ってあげるよ。このボロ車で良ければね。」
僕の言葉に、素直に反応して美加はうれしそうにこちらを向いた。
「本当ですよ。約束ですからね。」
「ああ。約束ね。」
美加の率直な意思に、僕も素直に答えた。その後も美加は、どこかうれしそうにあれこれ話し続けた。近くのファミレスで食事をして、彼女の道案内で家まで送り届けた。
「今日は、ごちそうさまでした。約束、本当に期待してますからね。おやすみなさい。」
ドライブの日にちも、行き先さえも決めてはいないのに、約束の言葉を最後に残して、彼女はマンションに帰っていった。
あんな約束をして、良かったんだろうか?そんな思いが、胸の中に広がったが、美加の笑顔の残像が、それを打ち消した。
今まで、異性との付き合いがなかったわけではない。大学の時も彼女と呼べる存在はいた。しかし、あまり長く深く付き合うことはなかった。どこかで真実の姿を見られてしまうのではないかという恐怖感が、自分を縛り付けていたのかもしれなかった。
では、美加はどうなのかと言えば、まだはっきりとした意識はないものの、彼女ならという感覚があるのかもしれなかった。その自覚が、今まで彼女との距離をとっていた証拠かもしれない。
このまま進んでも大丈夫なのか?。秘密を持っている僕が、これ以上どうするというのだ。だけれども、その迷いも不安も「約束」という希望の言葉には勝てないように思えた。何かが、急に進み始めた。先の見えない何かが。
望月は、早々に片付けを終えて
「お先に。」
と言って帰ろうとしていた。
「今日は素直に帰るのか?」
望月は、背中に投げかけられた言葉に振り返りもせず、片手を振りながら事務所を出て行った。事務所を見渡してみると、もう残業しているのは数人しかいなかった。その中に、高橋美加の姿があった。僕が美加を見ていると、美加もこちらを向き視線が合った。何か一生懸命、書類と格闘している様子だ。資料を書庫に戻すついでに、美加のデスクの脇を通ってみた。
「何かわからないことがあれば、言ってきてね。」
美加は、少し困った顔をしながらこちらに向き、
「ここの部品の単価って、どこで調べたらいいんですか?」
「ああ、それね。」
僕は、美加のデスクに乗っかっていた資料のページを開き、指さした。
「あっ、ホントだ。橘さん、ありがとうございます。助かりました。ホント、困ってたんですよぉ。」
「大げさだなぁ。早く聞けば良かったんだよ。さて、お疲れでしょうからコーヒーでもお持ちしましょうか?頑張り屋さんのお嬢様。」
と、おどけて言うと
「とんでもありません。橘さんにそんなことさせられないですよ。」
思いっきり恐縮してる彼女を見て、僕は思わず笑ってしまった。美加も少し照れながら笑みを浮かべた。
「もうこれさえわかれば、大丈夫なんです。これで、やっと帰れますから。」
「なら、コーヒーの代わりに食事でもどうかな?俺、腹減ってんだよ。」
自分で自分の口から出た言葉に驚きながらも、美加の反応と返事を期待して待った。
「えっ、本当ですか?」
美加は、少し戸惑いながらもうれしそうにこちらを向いた。
「ああ、本当だよ。ただし、給料日前だから、フランス料理のフルコースは無理だよ。ファミレスでも良ければの話だけど。」
「あっ、私がごちそうしますよ。仕事もおしえてもらったから。」
「フルコースを?」
「ちがいますっ。ファミレスです。」
美加との、たわいもないやりとりで自分の心が、少し柔らかくなっていくのがわかる。この時間が、もう少し続いてくれと無意識に祈っていたのかもしれない。
「大丈夫だよ。先輩に任せなさい。」
「じゃあ、お願いします。」
「あれ、そこはえらく素直なんだね。」
そんな、会話を楽しく思いながら、各々の仕事を片付け事務所を出て、二人で会社の駐車場に向かった。
「ボロ車だけど、どうぞ」
と言って助手席のドアを開けた。
「知ってますよ!」
「えっ。」
「うそうそ、うそですから。」
誰もいない駐車場に、二人の笑い声が響いた。車いすを後部シートに突っ込みながら、彼女は僕の部屋にでも来たみたいにあちこち観察していた。
「フーン」
「どうしたの?何か珍しい物でもあった?」
「いえ、橘さんの車だなって思って。」
美加は、まだなじめていないシートに体を静かに沈めた。
「高橋さんは、免許持ってるんだよね。」
「ええ、持ってますよ。学生の頃は、実家の車で運転してました。」
「こっちでは、車ないんだ。」
「両親に、都会は車が多くて危ないから、ダメだって言われてるんです。私の実家は田舎だし、一車線の道路しかないんですもん。」
「そっかあ。」
「いいなぁ。車。」
「そんなに運転したいんだったら、山口さんに言って営業車を運転させてもらえば?」
「違うんです。どこか、行きたいなって思って」
美加は、そんなことを言ったしまった恥ずかしさを醸し出して沈黙の時間を作った。僕も、話の意味をうすうす理解していたが、わざと、その意図を汲まなかった自分に嫌悪感を感じ彼女の沈黙を破った。
「今度、ドライブに連れて行ってあげるよ。このボロ車で良ければね。」
僕の言葉に、素直に反応して美加はうれしそうにこちらを向いた。
「本当ですよ。約束ですからね。」
「ああ。約束ね。」
美加の率直な意思に、僕も素直に答えた。その後も美加は、どこかうれしそうにあれこれ話し続けた。近くのファミレスで食事をして、彼女の道案内で家まで送り届けた。
「今日は、ごちそうさまでした。約束、本当に期待してますからね。おやすみなさい。」
ドライブの日にちも、行き先さえも決めてはいないのに、約束の言葉を最後に残して、彼女はマンションに帰っていった。
あんな約束をして、良かったんだろうか?そんな思いが、胸の中に広がったが、美加の笑顔の残像が、それを打ち消した。
今まで、異性との付き合いがなかったわけではない。大学の時も彼女と呼べる存在はいた。しかし、あまり長く深く付き合うことはなかった。どこかで真実の姿を見られてしまうのではないかという恐怖感が、自分を縛り付けていたのかもしれなかった。
では、美加はどうなのかと言えば、まだはっきりとした意識はないものの、彼女ならという感覚があるのかもしれなかった。その自覚が、今まで彼女との距離をとっていた証拠かもしれない。
このまま進んでも大丈夫なのか?。秘密を持っている僕が、これ以上どうするというのだ。だけれども、その迷いも不安も「約束」という希望の言葉には勝てないように思えた。何かが、急に進み始めた。先の見えない何かが。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる