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143話 ミドリムシの家族の自己紹介(腐緑編)

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「緑よ新しい水野 緑と会う事は可能か?」

 獣人の王は緑に尋ねるが緑は、凄く嫌そうな顔をして王の言葉に返事をする。

「はい、もちろん紹介することは可能ですが…… 正直な思いとしては合わせたくないというのが本音です……」

 緑は魔緑から腐緑の趣味がBL(ボーイズラブ)という事を聞いていたために正直な話、腐緑を獣人の王に合わすこと事を迷っていた。なぜなら、知識として位の高い男性が戦場に愛でる小姓を男色として帯同することを知ってはいたが、それがこの世界でも通用するかどうかわからず、そのことが原因でイメージを悪くしないか心配であった。

 そのために緑は、珍しく王に確認をとる。

「あの…… 新しい家族の性癖を知ってもどうか悪いイメージを持たないでほしいのですが……」

「今更、緑達の事で驚くような事があるのか? あったとしても緑達が今まで獣人の王国にした功績よりそなた達を奇異の目で見る事は無い」

 今までの緑達の規格外な様子を見て来てた王は、緑達の予想外な性質も受け入れるつもりで、緑が聞いたことに対してもちろんそんな事はしないと答える。

 この時、不幸にも緑が異世界に来て1番の言いにくい事実に対して小声で話したために王は性癖という言葉を聞き取れず性質と間違って聞いていた。

 獣人の王の聴覚は人族の何倍も優れているが、意図せず誤認を引き起こした緑の小声はそれほど小さいものであった。

 獣人の国の王は生まれ持った性質を蔑むような事はしない。だが、性質と性癖ではもちろん意味が違う、性質とは生まれ持った気質であるが、性癖はそれを持つ本人が生まれてから得た経験や考えをもった上で形成されるた考えである。

 もちろん性癖はそれぞれの考えから来ることもあり、国という多くの人の集まりの頂点にいる王が否定することはないが今まで想像もしなかったことを突然突き付けられて直ぐに自分の中で飲みこめるかは別問題であった。

 王の言葉に珍しく緑が渋々と返事をする。

「腐ーちゃんを呼んできます」

 そう言って緑はダンジョンの扉を開く。

 緑が言うと王の目の前で扉が現れる。本来そんな事がおこればその場に居る王の護衛の近衛騎士達の警戒態勢が一気に跳ね上がるが、緑達の事は嫌というほど聞かされている獣人の国の者達は、その様な光景を見ても微動だにしない。

 それは、もし緑達が思えば獣人の国は滅んでもおかしくないという考えと、緑達が決してそのような事はしないという信頼よりの事であった。

「失礼ですが少しの間、席をはずします」

 そう言って緑は扉の中に入っていく。



 しばらくすると緑が扉から出てきて、その後ろから緑の髪で雁字搦めにされ、さらには口もしゃべれない様に塞がれた女性を肩に担いだ兜がでてくる。

 王はその光景にあっけに取られるが表情に出す事もせず緑の尋ねる。

「兜が担いでいる女性が新しい水野 緑か?」

 獣人の国を束ねる王は伊達ではなく、予想外の光景を見ても平常心を保ち目の前の光景に感じる疑問を問う。ただ、その内心が王を見た者が想像する王の内心とは違ったとはしても。

「はい、この女性が病が流行った時、1番はじめに被害にあった町にいた水野 緑です……」

 そういって紹介された腐緑を見る。王の最初の印象は美しい女性であった。もし、なにも聞かず腐緑を見ていれば間違いなくエルフの女性と王は思っただろうと考える。

「おかしな事は言わないでね」

 そう言った緑に雁字搦めにされて口も塞がれていた腐緑が頷く。その返事を見た緑は腐緑に絡めていた髪を解いていく。

「ふぅ やっと自由になった……」

 そういって腐緑は王の前まで歩き跪く。その問題ない所作の女性に緑達が異常なくらい警戒をしていたことに疑問をもつがその様子は見せずに声をかける。

「お主が新しい水野 緑か?」

「はい、私も水野 緑ですが皆には腐緑やふーちゃんと言われています」

「では腐緑よこれからよろしく頼む」

「はい、よろしくお願いします」

「では、ふーちゃんダンジョンに戻っておいて……」

 腐緑が王と問題なく挨拶を終えたのを見て緑がダンジョンに戻るように言う。

「……やだっ!」

 振り向き緑に返事をする腐緑の言葉は、拒否であった。

「な!? 何を言っているの!? いつもは、ほとんど部屋に籠っていたのに!」

 腐緑の返事に緑は焦り始める。腐緑は、小さな干支緑達と違い精神は緑や魔緑と同じかそれ以上のもので成熟している。それは、確固たる意志を持っているために緑達の言う事をそのまま鵜呑みにしない。

 しかも腐緑が持つ能力が強力な毒であり、その毒は病だけを殺すなど本人自身や緑達にも予想ができない事を引き起こす可能性を秘めている。

 そんな腐緑が王にあった直後、王が目の前にいるにも関わらず緑の言葉に拒否の返事をした。緑があせるのも当然であった。

 緑が腐緑を見ているとまるで女神の様な笑顔を見せ口を開き始めた。

「ふふふふ 不不不不ふふふふ 腐腐腐腐ふふふふ! 不破ふわっはっはっはっ!!」

 腐緑の笑い声は、はじめこそ上品な笑い声であったがすぐに得体の知れない不穏な笑い声になる。

「ああ! だめだっ! だめだっ! この衝動を抑えられない! 今までできるだけ外に出ない様にしていたが! 見てしまったものはしょうがない! ああなんという事だろう! さすが異世界素晴らしい! 想像以上だ!」

 不穏な笑い声の後は意味の分からない事を口走り始めた腐緑、その様子に緑は戦闘態勢をとる、だがここで緑は現状がとても悪い事に気づく。

 当初の予定では兜達の後に続いて出てくる予定であった魔緑達が出てきていない。本来出てくる予定であった家族を心配する緑がダンジョンの入り口に目をやると、そこにフラフラとしながら魔緑がでてくるのに気づく。

「まーちゃん! 大丈夫!?」

 すぐさま視線を腐緑に戻しながら緑は魔緑に声をかける。

「や、やりやがったあの女…… つかまえた俺達全員に毒を盛りやがった……」

「毒だとっ!? 王を守れ!」

 魔緑の毒という言葉に王の周りにいた近衛騎士達が反応し王と腐緑の間に壁を作る。

「まーちゃん! 実は食べたの!?」

「……ああ。体の様子がおかしなことに気づいてすぐに食べたんだがまだ毒が抜けきってない。 体に異常が出た家族にも実を渡してきたから死にはしないだろうがしばらく動けないかもしれない……」

 緑が魔緑から話を聞いている間に腐緑の様子が変わっていることに気づいた。腐緑は一点を凝視している。それは、王との間にできた近衛騎士の壁。

 彼らはその体と持っている盾を使い密集陣形を取っていた。

「腐腐腐腐腐腐、鎧を着た屈強な騎士達があんなに近づいて鎧の下はどうなっているのやら…… しかも皆、人とは違う耳や尻尾がある! この素晴らしき世界には夢、希望、祝福があふれていグべッ!」

 近衛騎士達を見ながら興奮した腐緑がしゃべっていたが、女性が出してはいけない声と共に突然その場に倒れる。その場にいたもの達は何が起きたかと驚いたが腐緑の傍には小さな女子が立って腐緑を注意深く観察していることに気づいた。

「助かったよウンディーネ」

「びっくりしたわよ、子供達の様子がおかしいから来てみれば開いた扉の前で家族が這いつくばっているし、扉の外も王様の前でのこの状況とりあえず気絶させたけど…… この場を治めてからでいいから話を聞いてもいいかしら?」

「そうだね…… とりあえず危機的状況はウンディーネのおかげで打開できたよ」

 そう言って疲れた様子で緑がぼそりと答えるのであった。
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