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第四章 帰雲
後記
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『此時飛騨國阿古白川と云町在家三百餘軒の所、地震にて高山崩落、男女数百人一人も不殘。人家ともに、三丈許土底に成て、在所の上は、草木もなき荒山と成りぬ。此時歸雲山の城郭、大地震にて、大山頽落壓埋め、内島氏理一族、主従男女僕婢、城下の人馬に至るまで、不殘壓死して、内島家断絶せり。寛正年中より、世三代、年は百二十餘年にして亡ぶ』(三壺聞書)
『天正十三年十一月二十九日、夜四ッ半時大地震、夫より十餘日不止折々地震、此頃内侍所鳴動之由申來、禁中御所祈祷種々有之、卅三現堂の佛六百躰倒給と云々、飛州の歸雲と申在所は、内島と云奉公衆ある所也、地震にて山崩、山河多せかれて、内島在所に大洪水かせ入て、内島一類地下の人にいたるまで、不殘死たるなり、他國へ行たる者四人のこりて、泣々在所へ歸りたる由申乞、在所は悉淵になりたるなり』(顕如上人貝塚御座所日記)
天正十三年(西暦一五八五年)十一月二十九日に発生した大地震は、マグニチュード七・八から八・二と推定されており、戦国末期の日本の各地に大きな被害を齎した。越中では木舟城の倒壊により城主の前田右近秀継(利家の弟)夫妻が圧死し、近江ではかつて秀吉が築いた長浜城が、また伊勢では織田信雄の居城である長島城が灰燼に帰した。そして飛騨白川郷では帰雲山の山体崩壊による土石流によって、内ヶ島家の本拠である帰雲城を含む集落数百戸が土中に没したといわれている。
このとき内ヶ島一族のうち、氏理の弟である経聞坊は仏門にあったため生存し、のちに天正地震の史料となる『経聞坊文書』を残す。
川尻勘兵衛はこのとき京にて遊興中で、幸いにも難を逃れたという。のちに金森家より百石の禄で召し抱えられ、関ヶ原の戦でも武功を挙げた。されどその子孫はのちに帰農し、代々名主として過ごしたと記録にある。川尻一族の墓所は、今も向牧戸城跡の片隅に静かに佇んでいる。
山下半三郎氏勝もまた、荻町城にあって難を逃れる。父の死後は大和守の名を継ぎ徳川に仕え、北条攻めにて戦功を挙げる。そうして家康の九男である義直の傳役として取り立てられたのちは、『清州越し』と呼ばれる名古屋城築城の立役者となるなど、尾張徳川家の礎を築いたひとりとして歴史にその名を残す。承応二年(西暦一六五四年)、八十七歳で天寿を全うした。
※ 参考文献(敬称略/空欄は著者・編纂者不詳)
「白川村史」 白川村
「大野郡史」 田中貢太郎編
「飛騨編年史要」 岡村利平著
「越中史要」 石場他?著
「飛州志」 長谷川忠崇著
「飛騨國中案内」 上村木曽右衛門満義編
「斐太後風土記」 富田礼彦著
「飛騨國治乱記」
「甲陽軍鑑」
「武田三代軍記」
「太閤記」
「三州志」 富田景周編
「富山市史」 富山市
「帰雲城大崩壊 眠れる黄金の城」 佐々克明著 書苑
「消えた戦国武将 帰雲城と内ヶ島氏理」 加来耕三著 メディアファクトリー新書
「佐々成政」 遠藤和子著 学陽書房人物文庫
『天正十三年十一月二十九日、夜四ッ半時大地震、夫より十餘日不止折々地震、此頃内侍所鳴動之由申來、禁中御所祈祷種々有之、卅三現堂の佛六百躰倒給と云々、飛州の歸雲と申在所は、内島と云奉公衆ある所也、地震にて山崩、山河多せかれて、内島在所に大洪水かせ入て、内島一類地下の人にいたるまで、不殘死たるなり、他國へ行たる者四人のこりて、泣々在所へ歸りたる由申乞、在所は悉淵になりたるなり』(顕如上人貝塚御座所日記)
天正十三年(西暦一五八五年)十一月二十九日に発生した大地震は、マグニチュード七・八から八・二と推定されており、戦国末期の日本の各地に大きな被害を齎した。越中では木舟城の倒壊により城主の前田右近秀継(利家の弟)夫妻が圧死し、近江ではかつて秀吉が築いた長浜城が、また伊勢では織田信雄の居城である長島城が灰燼に帰した。そして飛騨白川郷では帰雲山の山体崩壊による土石流によって、内ヶ島家の本拠である帰雲城を含む集落数百戸が土中に没したといわれている。
このとき内ヶ島一族のうち、氏理の弟である経聞坊は仏門にあったため生存し、のちに天正地震の史料となる『経聞坊文書』を残す。
川尻勘兵衛はこのとき京にて遊興中で、幸いにも難を逃れたという。のちに金森家より百石の禄で召し抱えられ、関ヶ原の戦でも武功を挙げた。されどその子孫はのちに帰農し、代々名主として過ごしたと記録にある。川尻一族の墓所は、今も向牧戸城跡の片隅に静かに佇んでいる。
山下半三郎氏勝もまた、荻町城にあって難を逃れる。父の死後は大和守の名を継ぎ徳川に仕え、北条攻めにて戦功を挙げる。そうして家康の九男である義直の傳役として取り立てられたのちは、『清州越し』と呼ばれる名古屋城築城の立役者となるなど、尾張徳川家の礎を築いたひとりとして歴史にその名を残す。承応二年(西暦一六五四年)、八十七歳で天寿を全うした。
※ 参考文献(敬称略/空欄は著者・編纂者不詳)
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