この世の全てが詰まった物語

佳樹

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未来への渇望

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今日はおっさん三人で、おっさん伊達メガネの家でテレビゲームをして遊ぶ事にした。
おっさん野球帽とおっさんチョコレートは楽しそうにゲームに興じていたが、
おっさん伊達メガネだけは、心ここに有らずといった状態で、どこかそわそわしている様子であった。
「どうしたんだ、ゲームが面白くないのか?」
おっさん野球帽が尋ねた。
「違うんだ。実は昨日ハリウッド映画のオーディションを受けたんだ。
戦国時代から現代のアメリカにタイムスリップした戦国武将の役だったんだが、
どこでどう間違って伝わったのか、オーディションの参加者は俺以外全員が子供のインド人だったんだ。
今までに無い手応えを感じて昨日からずっと落ち着かないんだ。」
「それでさっきからトイレを行ったり来たりしていたのか。」
おっさんチョコレートはその気持ちが分からんではないと言わんばかりの面持ちであった。
「また、トイレに行って来るから気にしないでお前達はゲームしててくれ。」
おっさん伊達メガネは静かに立ち上がりトイレへと向かった。

「ホントにあいつがハリウッド映画に受かると思うか?」
おっさん野球帽はニヤけながら言った。
「ウヘヘヘヘ、ハリウッド映画だぜ絶対受かる訳無いよ。」
おっさんチョコレートはおっさん野球帽以上にニヤけながら言った。
すると、おっさん野球帽が何か閃いた。
「そうだ!いい事思い付いた。」

おっさん伊達メガネがトイレから戻って来たので、二人はオーディションの話を聞く事にした。
おっさん伊達メガネはその時の様子を目を輝かせながら長々と話した。
聞けば聞く程、絶対に受かって無いなと二人は確信した。
「そうだ、オーディション合格の前祝をしようぜ。」
おっさん野球帽が提案した。
「それは嬉しいな。こんな良い友達を持って俺は幸せ者だ。」
「前祝には酒が必要だな。俺が今からコンビニに買いに行ってやるからお前等ちょっと待ってろ。」
おっさん野球帽がコンビニに向かうべく部屋を出た。

「オーディション受かるといいな。ハリウッドに行っても俺達の事忘れるなよ。」
「ああ勿論。お前達の事は絶対忘れないから。」
二人がそうこう話していると、突然おっさん伊達メガネの携帯が鳴った。
おっさん伊達メガネは緊張で手が震えていた。
余りにも震えていたので、何度も携帯を掴んでは床に落としていた。
ようやく震えも治まり、深呼吸して電話に出た。
「ワタシ、ハリウッドカントクネ、アナタ、オーディションゴウカク。オメデトウ!」
おっさん伊達メガネの目から薄っすら涙が滲んでいた。
目頭を押さえ必死に言葉を発しようとするが、声が出ない。
「あぁ・・・ありがとう御座います!この映画に僕の人生の全てを懸けます。」
「ガンバッテクレタマエ。クワシイハナシ、マタコンド、デンワスルヨ。アディオ~ス。」

電話が切れた後には緊張の糸が切れ、おっさん伊達メガネは皺くちゃな顔になって声を上げて赤ん坊の様に泣いた。
そこへ丁度、買い出しに行っていたおっさんや野球帽が酒を携えて戻って来た。
するとおっさん伊達メガネが二人を強く抱きしめ、感情を高ぶらせて言った。
「この歳になっても無謀な夢を抱くなんてどうかしてるって周りのみんなから言われたけど、
どんなに無謀で、周りから笑われても夢を持つ事は決して恥じる事じゃなかったって証明出来た!
何もしなければ可能性はゼロだけど、諦めずに努力し続ければ可能性はゼロじゃなかった!
これでやっと散々馬鹿にして来た奴らを見返してやれる!今まで本当に苦しかったけど、やっと努力が報われた!
おっさん野球帽、おっさんチョコレート、今まで一度も俺の夢を馬鹿にせずに応援してくれてありがとう!」
おっさん伊達メガネは心からこの二人には感謝をしていた。
挫けていまいそうな時にいつも励ましてくれて、誰よりも自分の夢を応援してくれていた二人にやっと恩返しが出来ると思った。
「本当に良かった。おめでとう、おっさん伊達メガネ。」
二人は少し困惑した様子で言った。
「早速、サインの練習もしなきゃな。」

酒を飲み始めて5時間経ってもなお、おっさんや伊達メガネは有頂天なままだった。
「俺がいくら有名になってもお前達との友情は変わらないから安心しろ。
そうだ、いつかハリウッド女優をお前達に紹介してやるから、金髪女と付き合う準備しとけ。」
「あぁ頼むよ。」
「俺は10代の金髪で。」
二人はどこか浮かない表情で答えた。
おっさん伊達メガネが有頂天になっている姿をこれ以上見るのが辛かった。
おっさんチョコレートも何度も話題をハリウッドから食べ物の話に持って行こうとしたが、
結局、直ぐにおっさん伊達メガネによって話をハリウッドに戻されたので困り果てていた。

実は、このハリウッド監督からの電話は、おっさん野球帽とおっさんチョコレートが、おっさん伊達メガネに仕掛けたドッキリで、
ハリウッド監督の振りをして電話をしていたのは、おっさん野球帽だったのだ。
普段から自分達を下に見て馬鹿にするおっさん伊達メガネを懲らしめようと、おっさん伊達メガネがトイレに行っている隙に二人で計画したものだった。
ネタ明かしは直ぐにする予定だった。
しかし、おっさん伊達メガネが涙を流して喜んでいたので、普段は空気を読めない二人もこの時ばかりは中々言い出せずにいた。
時間が経つに連れて二人はどんどん追い込まれ、どうする事も出来なくなっていた。

前祝いの締めに、おっさん伊達メガネがハリウッドへの抱負を語ってこの日はお開きとなった。
二人がおっさん伊達メガネの家を出た時はもう、朝日が昇り始めていた。
「あそこまで泣かれたら、言い出せなくなるよな。」
「騙されてやんのって大笑いしようと思ってたけど、全く笑えない雰囲気だったしな。」
「どうするんだよ。今更ドッキリでしたなんて言ったら俺達、おっさん伊達メガネに包丁で刺されるんじゃないか。」
「俺、まだ死にたくないよ。このまま言わないでおくのが良いんじゃないか。」
結局良い解決法も見つからないまま二人は別れた。

その日からおっさん野球帽とおっさんチョコレートはおっさん伊達メガネを避ける様になった。
二人は罪悪感から、おっさん伊達メガネを真面に見る事が出来なくなっていた。
正直に話すべきか三日三晩悩み、おっさん野球帽はそのストレスでハゲが進行し、この数日で十年分の髪の毛が抜けた。
おっさんチョコレートも食事が普段より少しだけ喉を通らなくなっていたので、げっそりしてしまうのではないかと不安に思っていたが、それも思い過ごしで、100gだけしか体重は減っていなかった。
おっさん伊達メガネは二人に会えない事を少しは気にしていたが、ハリウッド俳優になる予定の自分とは住む世界が違い、緊張して会えないんだと考えていた。
二人の為に折角、色紙にサインを書いて準備していたのに、渡す機会が中々巡って来なかった。

それから数日後、久し振りにおっさん伊達メガネから二人に話があるから家に来てくれと電話があった。
三人揃うのはあのドッキリの日以来、初めてであった。
二人はどんな話が飛び出すのか想像もつかなかったので、万が一、刺されても大丈夫な様に厚手の服を着て臨んだ。
久し振りに会うおっさん伊達メガネの顔は痣だらけだった。
「ハリウッド行きは断ろうと思うんだ。」
おっさん伊達メガネが何かに怯えた様子で言った。
「あんなに喜んでいたのに、一体お前の身に何があったんだ?」
おっさん野球帽が不思議そうに尋ねた。
「実は、アメリカ慣れしておこうと昨日パブに行ったんだ。
そこで、隣に座ってたアメリカ人に覚えたてのアメリカンジョークを言ったら急にボコボコに殴られて・・・」
「どんなジョークを言ったんだ?」
「そのアメリカ人がソーセージを食べてたから一番小さな小ぶりのソーセージを指差して・・・
俺のよりは小さいが、お前のチ〇コよりは大きいなって言ったんだ。そしたらいきなり殴って来たんだ・・・」
そう言うと、その時の事を思い出したのか、激しく震え出しブツブツ何かを呟き出した。
「アメリカ怖い・・・日本から出たくない・・・」

おっさん野球帽とおっさんチョコレートは、おっさん伊達メガネがアメリカ行きを断念してくれてほっとしたのだった。


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