色色彩彩ーイロイロトリドリー

えい

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2色:困惑の躑躅色

9.山野を彩る華

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「……っ、なんだよ!?」

「でかい声出さないでください。見つかりますよ。さっさとこの間みたいに『色』を出してください。さすがのおれも、モノがないと何も描けない」

「……え、なに、描く……? おまえが……?」

「頭悪そうな返ししてる場合じゃないでしょ。ほら、早く」

蘇芳は足元に散らばった躑躅の花をがさりと拾い集め、急かすようにおれの眼前に差し出す。蜜の香り、艶やかな赤紫。この薄暗い空間で目の前に突きつけられた躑躅の色は、太陽の光の下で見たときよりも、どこか妖しげに美しく見えた。その明るい色で覆い隠していた何かを浮き立たせるように、蘇芳の指がすっと花弁の縁を撫でる。

『…………明誉みょうよの、名のもとに命ず』

表情の読めない蘇芳の黒い瞳に引き摺られるように、おれは唱えた。蘇芳の手の中で、元の居場所から切り離された躑躅の花が微かに揺れる。

『汝の魂の色……山野を彩るはな、妖艶なる引力の躑躅色つつじいろを現せ』

おれが呟いた言葉と呼応するように、躑躅の花弁から鮮明な赤紫の色が滲み出て、おれと蘇芳の間にふわりふわりと漂った。蘇芳は深い漆黒の目で、その色をじっと眺める。そして、極上の美酒でも味わうようにその鋭い表情を一瞬だけ緩めたかと思ったら、おれの方にずいと手を差し出した。

「筆」

「え……? あ、でもこれは……」

簡潔に告げられ、咄嗟に白衣のポケットから取り出した筆を握りしめる。この筆を、目の前の人間……蘇芳に持たせていいものなのか……覚束ない判断を下す間もなく、伸びてきた長い指がおれの手から朱塗りの筆を奪い取った。

「…………っ」

蘇芳の手がその筆に触れたとき、バチっと鋭い音がした。蘇芳は一瞬だけ涼し気な表情を歪めたが、その手を離すことはなく、次の瞬間にはぐっと強く金箔を押した筆の柄を握り込む。その、目の前の光景の異様なほどの迫力に押されて声を失っていたおれの目の前から、ゆらゆらと浮かんでいた躑躅の色が一気に蘇芳の手元の筆に吸い込まれていった。

「……いい子だ」

不敵に微笑み、ぽつりと呟いた蘇芳は、目の前のなにもない空間に向かって滑らかに筆を運ぶ。繊細な輪郭、ダイナミックな湾曲、確信的な繋がり……蘇芳の指先が縦横無尽に駆け巡ったところから、色鮮やかな蝶が次々に浮かび出した。


躑躅の色を映しとった無数の蝶は、蘇芳の周囲を一回りすると、一斉に植え込みに向かって飛んでいく。赤紫の羽を翻し風に乗る姿は、まるで躑躅の花そのもののようだ。僅かに残っていた花に紛れるように、植え込みの中に潜り込んでいく様子に、周囲にいた学生たちが「わぁ……!」と感嘆の声を上げたが、それ以上の混乱は起こっていないようだった。近くにあった植え込みの茂みの影を覗き込むと、枝に止まった躑躅色の蝶が、まるで花の蜜を吸うように、周辺に巣食う色喰いの陰を吸収し、浄化していくのが見えた。

しばらくすると、色喰いの気配は消え去り、色鮮やかな蝶たちは、そのまま近くに残った躑躅の花に同化するように、静かにその姿を溶け込ませていった。
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