32 / 38
4色:偽りの金色
2.砕け散る真実と透明2
しおりを挟む生協近くの芝生の道を歩きながら、なんとなく周囲を見回してみる。まだ昼前というにも早い時間だから、当然構内を歩いている学生なんてほとんどいない。うろうろと彷徨う視線が、少し先の樹の上にとまり、のんびりと羽の手入れをしているカラスの艶やかな黒色に引き寄せられたことにハッとして、思わず足を止めた。
「……何を探してるんだか」
苦笑まじりのため息は、明るい夏の日差しに溶けていく。次に会う時だって、それまでだって、別にこの風景は変わらない。それで充分なはずだ。いつもの涼しげな黒い眼でおれを見つけて、「昨日は飯食いましたか」とか、意外と面倒見のいいことを言う。そんなイメージを、出血大サービスの陽光と一緒に吸い込んで、おれは白衣を脱いで歩き出した。
この街を懐に抱え込むような、深い緑を纏った山に向かって歩く。足元のコンクリートは地中の木の根に押し上げられ、時折ぼこぼこと不規則な盛り上がりを作っている。このあたりの自然は、こうして街の風景として溶け込んでいるようで、でもその色を完全に明け渡してはいない。アスファルトの道端に揺れる雑草ひとつさえ、どこか自分の意志で風に揺られているような表情を見せる。そんな景色は歩を進めるほどに色濃くなり、山のふもとに佇む小さな寺の階段が見えてきたころには、身体に籠っていた街の熱がすっと見えない手で拭い去られたような心地がしていた。
「あら、久しぶりね」
椎の木陰にすっぽりと覆われた石の階段を上りきったところで、聞き慣れた穏やかな声が聞こえた。掃除の途中なのか古風な竹箒を手に持ったおばさんが、境内でしゃがみ込み、これまた見慣れた黒猫に何かを話しかけていた。もちろん猫は返事をしないのだが、「今日も暑いわね」とか、「おまえは毛並みが綺麗よね」とか、近所の人と立ち話をするときと同じトーンで話しかけるのは、この人のいつものクセなのだ。おれに気づくと、おばさんは立ち上がってこちらに歩いてきた。
「こんにちは。いつも申し訳ないんですけど、またお堂を貸してほしくて」
おばさんの後からてこてこと歩いてきた黒猫が、おれの姿を見て一瞬背中の毛を逆立てる。真ん丸な目でじっとこちらを見つめていたが、しばらくすると小さな耳をぺたんと倒し、おれの足元で地面に伏せるような体勢になった。
「おまえは相変わらずだなぁ。いいかげんおぼえてくれよ」
苦笑しながら屈みこみ、ふわふわとした毛並みの額を撫でてやると、黒猫は気持ちよさそうに目を細め、ごろごろと喉を鳴らしておれの掌に頬をすり寄せる。おばさんはそんなやりとりを見ながら優しく微笑んだ。
「クロスケは、こう見えてもこの辺一帯のボス猫だもの。ここは気に入ってるらしいから遊びには来るけれど、こんな風になるのは彩くんに対してだけね。それより、最近の暑さは大丈夫だったの?」
小柄で、少しふっくらとした丸顔が優しい笑みをつくる。この、小さくも歴史のある寺を住職の傍でずっと見守ってきたおばさんは、ボス猫にもおれにも、等しく温かな言葉をくれる。
「はい。知り合いに、夏バテ解消法を教えてもらって。それでいつもより元気だったんで、危うく忘れちゃうところでした」
そう答えると、おばさんは嬉しそうに微笑んだ。
「素敵な知り合いができたのね」
「……素敵、なのかはよくわからないですけどね」
感謝しているのは嘘ではないが、思い浮かべた蘇芳の顔に「素敵な知り合い」という称号はあまりぴたりと嵌まらない。若干引きつった笑顔で返すと、じゃれついていたクロスケが不思議そうにこちらを見上げた。
「それじゃあお堂を開けるから、こちらへいらっしゃい」
「いつもすみません」
「そんな他人行儀にしないで。上人様の力を受け継ぐあなたをお守りするのは私たちの使命よ。それに、そんなことを抜きにしても、彩くんが来てくれるのは嬉しいわ。もう、ずいぶん長い付き合いじゃない」
おばさんはそう言うと、笑いながらおれの背中を軽やかにぽんと叩いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる