色色彩彩ーイロイロトリドリー

えい

文字の大きさ
37 / 38
4色:偽りの金色

7.記憶の中の色彩

しおりを挟む


************************


「……おまえは、いつもここで泣いているな」

不意に頭上から聴こえた柔らかな声に顔を上げると、竹箒を持った壮年の男性がこちらを覗き込んでいた。久しぶりに鮮明に思い出す、幼い頃の記憶だ。

「…………なんだよ、あんた、おれが見えんのか?」

どことなく不思議な雰囲気を纏ってはいるが、人間であることは間違いがなさそうだ。抹茶色の簡易な僧服に、少し銀色が混じった短い髪、日に焼けた力強い腕。その剛毅な外見に似合わず、柔和な表情を湛える妙な人間は、茂みの陰に座り込んだおれを見下ろしたまま目を瞬いた。

「はは、不思議なことを言う。見えなければ声も掛けられんだろう」

かかっと豪快に笑われ、おれは涙で濡れた顔をしかめた。まだ力の加減がうまくいかない、鋭い牙が微かに唇に食い込む。

「そういう意味じゃない。……人間なのに、おれのことが見えるのはおかしい」

抱え込んだ自分の膝を睨みつけながら呟く。うまく声が出せないような気がするのも、無理はない。ずいぶん長い間、誰かに向かって話すことなんてろくになかったから。男は吐き捨てるようなおれの言葉に、なぜか満足そうに微笑んだ。

「そうだな。見つけるまでにけっこう時間が掛かってしまった。もっと早くに声を掛けてやりたかったんだが、すまなかったな」

「…………は?」

思いも寄らない言葉に、おれは思わずぐしゃぐしゃの顔を上げる。目元に貼りつく色のない髪が煩わしい。視界に映る白い腕も鬱陶しい。樹々も土も虫も空も、世界はバカみたいに鮮やかな色で溢れているのに、そのうちのひとつだっておれの身体には宿らない。こんな姿だから、おれはいつでもひとりぼっちだ。

「……おまえは、『白』を司るあやかしだな。白というのは不思議な色だ。他のどんな色とも違う」

男は柔らかな声でそう言った。おれは膝の上で拳を強く握りしめる。男が言った「ほかのどんな色とも違う」という言葉に込められた感情が、辛辣なものではないということは目の前の表情から理解できた。それでも、その響きは痛かった。再び俯きかけたおれの頭に、不意に大きな掌が載せられ、柔らかく髪を撫でる。初めて味わう奇妙な感触に、おれは弾かれたように後ずさった。

「そう警戒しなさんな。人間の目には、おまえの纏う『白』はどうしても見えにくいんだ。私たちが生きる自然界に、純粋な『白』という色はないからな。だが、人の目に見えにくくたって、おまえはちゃんとここにいる。……ずっと、ここで泣いていたんだな」

優しく呟かれた言葉に、おれは目を瞠った。信じられなかった。自然界の動物や植物は、みなその生命の源を司るそれぞれの「色」を持っている。それは目に見える外見の色というだけではなく、その命を彩る、魂の色だ。その色が、ひとつひとつの存在の輪郭となり、エネルギーの源となり、そして誰かの記憶に残る、そのものだけの色彩となる。それなのに、おれが背負った色は、特殊な「白」だった。

この世界に、本当の意味の「白い色」は存在しない。生き物の目に映る白色は、他の色に乱反射した光が見せるまやかしにすぎない。「見えない」ことを「白」としてとらえているだけの、ある意味では「存在しない」色なのだ。そんな特殊な色を司る妖の血を引くおれは、人間の目に映ることさえほとんどなかった。しかも「半妖」などという身の上も手伝って、おれには居場所と呼べるものがほとんどなかった。だからいつも、生まれた場所にほど近いこの寺の茂みの中にうずくまり、誰の目にも映らぬ涙をこぼしては、ぼやけた景色を眺め、その鮮やかな色彩をときに羨み、ときに憎み、ただただ流れる時間の中に閉じこもって過ごしていた。

男は目を見開いたおれに向かって優しく微笑み、節くれだった大きな掌を差し出した。

「少し時間が掛かったが、毎日目を凝らし続けてやっと見つけた。儂には見えるよ、おまえの『色』が、ちゃんと見える。……だから、もう泣きなさんな」

静かに響くその言葉の意味を理解するまでに、ずいぶん掛かった。時が止まったかのように言葉を失い、差し出された掌を見つめつづけるおれを、その男は辛抱強く待った。おれが、震える指先を伸ばし、その温かい掌におそるおそる触れるまで、じっとその場に立って、ただただ優しく微笑みながら。

それが、後に「稀代の画僧」として名を遺した、明誉古礀こかんとの出会いだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

処理中です...