約束

真夜中

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約束

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私は弟と母親の3人で暮らしてきた。ずっと家業の床屋を営み女手1つで兄弟を育ててきた。私はそんな母親をみて育ち私も家業を受け継いだ。
幼少から父は居なく私はそれを不自然だと思わなかった。
周りの友達からは色々言われていたが父がいなくて不自由だとかそういう事を思ったことも無く、今思えばその不自由と言う物を思わせなかった母にとても感謝している。
そんなある日、私が家から出て少し遠出をした時だった。
土砂崩れが起き、私の故郷の街が土砂で辺り一面の景色を変えてしまった。その報道を聞き私は慌てて引き返し街に戻った。だが遅かった。後一歩とかあと数分という話ではなかった。本当に一瞬だった。私の知っているあの街では無く、そこはもう瓦礫の山だった。私は必死に母と弟に連絡をして街を走り回った。勿論土砂崩れの恐れもあったがそれどころじゃなかった。弟と連絡が取れて急いで合流し2人で母を探した。けれど見つからなかった。その日からは時が止まったかのように思った。眠る度に、起きる度に、床屋の椅子を見る度に、母親が私達に笑いながら
「大丈夫だよ。」の一言だけをかけてくる。
その言葉を聞く度に声が枯れるほど泣いた。
数日が経ち母親は「行方不明」となりそれからもずっと探し続けた。心の中では覚悟していた。
「あの頃の母はもう戻っては来ない」と。
その後街はいつまた土砂崩れが起きるか分からないという事で立ち入り禁止区域になり私達は仮設住宅に住むことになった。
それから数年経ち、私達の住む仮設住宅に人が来てこう告げた。
「ある人の骨が見つかった。」
その瞬間今まで止まっていた時が動きそうになった。それと同時に涙が溢れ出た。まだ何も分からないのに勝手に身体が
「母親だ」と言う。
その後骨を調べた所母の物だった。私は何を言ったらいいのか、何をしたらいいのか。「女手1つで私達を育ててきてくれてありがとう。」なのか「今まで寒い場所で寂しい思いをさせてごめん。」なのか。
込み上げてくるこの思いが一体何なのか、私は何も分からなかった。すると弟が空に向かい
「おかん、今までつらい思いさせてごめんよ、親孝行が何一つできなくて本当にごめんよ、これからはお兄と2人で頑張っていくから、俺たちこっから頑張るから、これがゆういつ俺のできる親孝行だから。」と泣きながら言う。
隣で私も泣きながら
「おかん、本当にごめん、何も出来なくて本当にごめんな。昔から甘えてばかりでさ、毎晩おかんが家計簿見ながら「あの子達の将来はどうなるのかな~。きっといいお嫁さんもらってきて幸せになってくれるだろうな~。それが私にとって1番の親孝行だよ。」って言っていたの俺聞いちゃったんだよね。今の俺達ってどうかな、いい嫁さんもらってさ苦しい事もあるし楽しい事もある。これが幸せって思える場面がいくつもあったよ。俺達の出来るゆういつの親孝行、これで良かったかな…おかん、今までありがとう。今まで頑張ってくれた分ゆっくり休んでくれよ。
これからは兄弟2人とその家族で頑張っていくから見ててくれ。」溢れる想いと涙が声を震わせていく。これで良かったのか。出来の悪い2人がやっと出来る親孝行。
何度も辛い場面があってその度に母が出てきて叱ってくれて、周りに助けられながら、母に助けてもらいながらあの災害から数年、やっと宙ぶらりんの物が下ろせる、止まっていた時間が動いていく。これからは兄弟2人で思い出の街で、あの家族で作っていった人との「形」をまた作っていこう。これからは兄弟とその家族で新しくやっていく。

end……
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