言葉使い~ことばつかい~

霧原 葵

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一章~孤独な女性とその弟子の出会い~

始まりのはじまり

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『…良いのか?』
森の奥の、開けた地。老いた竜はその横に佇む女性にそう問うた。女性は前を見たまま涙の一つも、悲しそうな顔も見せずに黙って頷く。
『また、次の監察者が見つかるまでの、辛抱だから』
辺りは森ではなく広大な海の上になっていた。一匹の竜と一人の女性は静かに水の上に立って最後の時を過ごす。
『世界を騙し続けるわけにはいかない。我らは常に真実を見つめなければならない。』
『…わかってる』

そう。終わらせなければ。断ち切らなければ。

世界が、


滅んでしまう、前に。


《言葉使い》~ことばつかい~

「…ガッ」

風の刃に腹殴られて2,3mほど吹っ飛んでから尻餅をつく。態勢を整える余裕さえ与えられずに次の魔法が撃ち込まれる。
相変わらず、カインの兄たちは手加減を知らない。王家との関わりも深いマシナート家にとって、必要なのは魔法の才能があり、学園の成績も優秀な兄たちであって、魔法が使えないカインではない。

「さっさと出てけよ、このグズ!」

「お前なんか、公爵家の恥だ!」

公爵家。それは貴族の中で最上位であることを示す言葉だ。故に、家の不利益になる役立たずはいらない。カインの兄たちはそう信じ、カインを魔法の的代わりに使っていた。
彼らの父親、ノア・シエルハ・マシナートに隠れながら。
ノアは王の側近としても、統治者としても優秀で、民からの支持率も高い。差別を嫌い、誰に対しても平等に扱う。そんな父親の性格を良く知っているカインの兄たちは、ノアがいない日だけ音が漏れにくい地下でこれをやっているのだ。

「いいか、父上には言うなよ」

「……」

「聞いてんのか!」

今度は素手で頬を殴られる。

「…はい」

満足したカインの兄たちは笑いながら地下を後にする。暫くして、漸く動けるようになったカインは痛みに顔をしかめながらゆっくりと立ち上がった。
カインの体は血こそ出ていないものの、痣だらけだ。
誰にも見つからないようにこっそりと自室に戻る。汚れた服をクローゼットの隅に放り投げてから綺麗な服に着替える。

「今日で、終わりだ」

1時間後にはノアが帰宅して晩餐が始まる。それから1か月、ノアは家の執務室で仕事を執り行うので、兄たちもカインを地下に連れ込みはしない。
晩餐が始まるまでやらなければならないこともないカインはお気に入りの本を取り出し、読みすぎて暗記してしまった文をもう一度見直す。

伝説の魔女の話。太古の昔、竜と共にこの地に降り立った魔女は、その力で世界を監視し、飢饉から救われた人々は魔女を崇めた。そして魔女は幾つもの国を救い、死んでいった。
これが御伽噺なのか、本当にあった噺なのかはわからない。ただ一つわかることは一番初めに魔女の加護を受けたとされるこの国が、今や世界で1、2を争うほどの超大国になったことだけだ。

「カイン様。晩餐の準備が整いました」

扉をノックする音で現実に引き戻される。
重いからだを無理やりに動かす。きっと、重いのは傷のせいではなく、心の問題だろう。

「父さま。お帰りなさいませ」

大広間に入ると、すでにノアは席についていた。ゆっくりと一礼してから座る。

「ああ、カインか。後で話がある。食べ終わったら執務室に来なさい」

視界の隅で兄たちが笑っているのがカインにはわかった。

(とうとう捨てられるのか)

カインは今13歳。よく今まで捨てられずに生きていられたものだ。貴族はたとえ自分の子だとしても家にとって不利益になるものなら簡単に捨てる。
晩餐はすぐに終わった。先に席を立ったノアのいる執務室へ向かう。心の準備は出来ていた。

「父さま。失礼します」

静かに開けて、静かに入る。
執務室は壁一面が本棚に埋め尽くされていて、なんとも言えない雰囲気を醸し出していた。

「そこに座りなさい」

「はい」

示されたのは応接用のソファー。カインが座るとその正面にノアも腰かけた。

「カイン。単刀直入に言うが…ルナという女性の弟子にならないか?」

「…は?失礼ですが父さま。僕には魔法の才能も、武術の才能もありません。何を習えというのですか?」

ノアの発言は衝撃的なものだった。わからない、というのだ。なにを習うかも、なぜカインを弟子にとりたがったのかも。

「しかし、彼女は優秀な女性だ。お前も、何らかの形で強くなることができるかもしれない。どうだ?賭けてみないか?」

「…はい。それで僕が、強くなれるなら」

国の端っこにある小さな村。一際大きな家にルナは住んでいるらしい。

「随分遠くまで来ましたね」

「ああ。この辺りのはずだが」

初めての対面ということで、ノアも一緒に来ている。やっと見つけた家の戸をノックして主が出て来るのを待った。

「はーい、はい。ノアさんに、カインさんね。待ってました」

これが僕とその師匠の最初の出会いだ。
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