おじさんと戦艦少女

とき

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寄港

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 戦艦エンデュリングは、補給港ウォーターフロントへと入港しようとしていた。
 全長1キロもある巨大な外部ユニットを切り離して係留し、宇宙港とは300メートル級戦艦と同サイズのコア部分がドッキングする。
 エンデュリングは通常運用される宇宙船として、規格外過ぎるのだ。これほど大きな船は、外洋を超長距離航行する巨大輸送船くらいであり、普通の宇宙港では収容することができない。

 ドッキング作業は何事もなく、ごく静かにごく短時間で終了した。エンデュリングはすっぽり、狭苦しいドックに収容されている。
 入港は一昔前まで少しのミスが大勢を危険にさらす命がけの作業で、入港時には多くの人間が立ち会い、慎重な作業を求められたものだ。しかし、科学技術の発展しきった現在では何の危なげもなく、コンピュータがすべて自動でやってくれる。むしろ人間が関わるほうがヒューマンエラーでトラブルが起きるため、人間が関わる場合のほうが少ない。
 面倒な入港手続きの諸々は電子サイン一発で済む。審査や検査は機械が勝手に行う。それは人間よりも厳格で正確で、人間がやるとかならず不正につながるものだ。
 ドッキングが済めば、すぐに戦艦への補給作業が始まった。無論そこにも、人の手は何も関わらない。すべてAIによって制御されたドローンたちがコンテナを次々に積み込み始める。食料や衣料、燃料や噴射剤など、コンテナには航海に必要な物資が詰まっている。

 といっても、すべてがすべて、機械がやってくれるわけではない。
 戦艦エンデュリングの艦長ダリル・グッドフェローは、慌ただしく荷物が運び込まれる中、一人、艦を離れた。その目的は、ウォーターフロント市長へ挨拶するためである。
 人間の相手をするのは人間。機械がいくら進化しても、それだけはいつの時代も変わらないのだ。
 ちょっと補給に立ち寄るぐらいで、船の責任者である艦長がわざわざ挨拶に伺うことは通常ありえない。しかし、この戦争のない世では、戦艦はただただ厄介者。民間港を利用する場合は、腰を低くしなければならない事情があった。
 
「いやはや、ご苦労なことですな」

 軍服に身を包んだダリルは、市長のオフィスへ案内されていた。
 ウォーターフロントは小さな補給港だが、輸送業を営む会社がいくつも入っていて、その従業員や家族が住んでいる。業種柄、出入りは激しいが、少ないときでも数千の人がいて、小都市となっている。

「こんな辺鄙なところまで巡業ですかな。軍人さんは大変だ」

 市長といっても、市民から投票で選ばれた政治家ではなく、輸送業連合から委託された商人である。
 商売相手としては軍艦はいいお客さんなので邪険に扱うことはないが、個人の感情や市長の立場としては、軍艦の受け入れは好ましいと思っていない。

「いえ、仕事ですので」
「それにしても、お若い艦長さんですなあ。40歳くらいで?」
「いえ、今年で30になりました」

 ダリルは一回り二回りも年上の市長に、引きつった笑顔で応えた。
 市長は少しむっとした顔をするが、気にせずしゃべり続ける。

「長い航海でお疲れなんでしょうな。いやはや、30で艦長とはすごいものだ。戦闘機にも乗られるとも、聞いておりますぞ。孫がいつもピエロ隊の……おっと。エンデュリング隊の航空ショーを見たいと言ってましてな」
「はあ。人手不足なもので」
「サインをいただけますかな。アクロバティック飛行ですごい賞とか持っていらっしゃるのでしょう?」
「はあ。私のでよければ」

 こういう扱いは慣れている。ダリルは感情を押し殺し、色紙に自分の名前を殴り書きする。

「これはありがたい。孫が喜びます」
「それでは、これで失礼します。荷物の搬入確認がありますので」

 話を続けても実りはなく、ただ不愉快な気分になるだけなので、ダリルは速やかに退出を願い出る。

「何もないところですが、ごゆっくり過ごされるとよいでしょう」

 心にもないことを言う市長に、ダリルはぺこりと頭を下げて、市長室から出て行く。
 ドアを閉める際、市長がサインの入った色紙の上に書類を積み上げていくのを見てしまい、ため息をもらす。

「まあ、いつものことさ。……老けたかな、俺」

 ダリルはふと顔を触って、10歳も年上に見られた理由に思い当たる。
 無精髭がじりっとする。航海中は乗組員以外には合わないからと、髭をしばらく剃っていなかったのである。
 考えてみれば、帽子もいつものように髪をとかさず、ボサボサのままかぶっていた。



 軍隊、軍人が軽視されるのは、100年以上戦争が起きていないことに起因する。人は宇宙に出ても戦争をやめることができず、大規模な宇宙戦争を行い、人口の半分を減らす愚行を犯した。ようやく目が覚めた人類は戦争を放棄し、そのエネルギーを外宇宙を開拓することで発散し、ついに恒久の平和を手に入れたのである。
 戦争がなくなれば軍隊がいらなくなる。しかし、暴動や海賊の取り締まりにどうしても武力は必要で、実務上ゼロにすることは不可能だった。存在意義が薄れたことで、人々は軍隊がただの金食い虫でしかないと認識するようになったのである。

 戦艦エンデュリングは、終戦100周年を記念して建造された大型戦艦であった。軍事力を示すために作られたわけではなく、平和の象徴として、軍の広報活動を行うのが主な目的であった。
 宇宙大戦後、軍事予算は大幅に削られ、新規に軍艦を作ることができず、古い艦をごまかしごまかしで使っていた。このままでは造船、火器、通信など軍事技術が衰退してしまうため、終戦から100年というフレーズにかこつけて、新造戦艦プロジェクトが立ち上がった。それがエンデュリングである。
 技術者はこれまでの鬱憤を晴らすように、ありとあらゆる技術をこの戦艦に詰め込もうとした。それが全長1キロという巨大戦艦という形で具現化されることになる。大きな武器箱。飾り気のない厳ついボディから、そう言われることもある。通常の軍艦の2、3倍のサイズもあり、それが逆に非常に珍しいとあって、プロジェクト進行の後押しとなった。
 また、平和の象徴として、見栄えも重視された。戦艦と言えば機能性を追求して、だいたい直方体の形をしているものだが、それはあまりにも無骨で威圧感がある。だから、エンデュリングは儀礼艦としての美しさを求められたのだ。そこでゴテゴテした従来艦とは一線を画し、地球の海上船のように流線型の美しい船に設計された。

 こうしてエンデュリングは、最新鋭の軍事技術と、平和の象徴として美しさの2面性が求められ、全長1キロのバトルユニットに、通常の戦艦サイズである300メートルのコアユニットをすっぽり収めるように合体する、世にも奇妙な巨大戦艦となったのである。
 そして何のジョークか、コアユニットにはビーム兵器やミサイルが主流の時代に、超大型主砲が備え付けられている。それは巨大な弾をぶつけるという、単純な物理エネルギーで敵艦を粉砕する兵器。旧世紀の戦艦コンセプトであった。
 図体ばかりでかい、金食い虫のエンデュリングは就役から15年経つが、もちろん実戦は一度も経験したことはない。戦艦そのものを広告塔としたり、航空隊による展示飛行を行ったりして、地球や宇宙コロニーを回り、軍のイメージアップ活動をしている。



 ダリルはエンデュリングが泊まっているドックへ戻ってきた。
 物資の搬入作業はまだ続いていた。
 この港では補給に立ち寄っただけで、数日の休息を取ったあと、目的地に向かう予定になっている。もちろん、次の広報活動地である。ダリルはいつものように、艦長兼パイロットとして、航空ショーを披露するのだ。
 ダリルは艦長室に直行する。
 とりあえず、堅苦しい制服を脱ぐ、そして髭を剃るのだ。
 艦長室といっても、他の船員よりかは広いぐらいで、長い航海では息苦しくも感じる。そのためダリルは、副官が未着任であることをいいことに、副官室をクローゼット代わりに使っていた。副官室は職務の都合上、艦長室に直接つながっていて、一度外に出なくても行き来できるようになっている。
 ダリルは平服に着替えるため、いつものように副官室にドアを開ける。
 しかし、部屋の中は違和感があった。服を無造作に積み上げていたのに、山が綺麗さっぱり消滅し、床が見えるようになっている。
 そして、見知らぬ人影が目に入る。

「えっ……」

 声を上げたのは相手のほうだった。
 影の正体は少女。
 小学生ぐらいだろうか。背の低い小柄な少女が白い下着姿で立っていた。
 少女は顔を急に真っ赤にして、わななわと震え始める。

「子供? なんで……?」

 ここは軍艦の副官室だ。子供がいるはずがない。
 船員の子供だろうか。このウォーターフロントに住んでいて、親に会いに来たのかもしれない。

「きゃああああーっ!?」

 ダリルは急に叫ばれて、心臓が刺されたかのようにドキッとする。
 まさか叫ばれるとは思わなかったのだ。
 自分はこの艦で一番偉い艦長であるし、小学生が着替えるために下着姿でいたところで、別に欲情なんてするはずもない。
 だが、嫌われるのは誰だっていい気がしない。

「す、すまん……」

 ダリルは一言謝り、慌てて自室に戻った。

「どうやって入ってきたんだ?」

 平時とはいえ、軍艦に簡単に入り込めるわけがない。機械制御のセキュリティは人間によるチェックより格段に厳しいのだ。
 軍人の家族の手引きでやってきたのかもしれないが、なぜよりによって副官室にいるのか、理由が思いつかなかった。
 あれこれ考えていると、ドアをノックされた。
 副官室とをつなぐドアだ。

「ど、どうぞ」
「失礼いたします」

 ドアが開くと、先ほどの少女が姿を見せる。
 平静さを保っているようだが、顔はまだ少し赤い。

「んっ……」

 ダリルは自分が大きな見落としをしていることに、ようやく気づいた。
 少女は軍服を来ていた。
 つまり、彼女は軍人なのだ。
 赤いショートヘアー。軍人らしく清楚できっちりした身なり。けれど、小柄であどけなさが残り、広報用にとびきり可愛くデザインされた少女キャラマスコットのようにも見える。

「本日配属となりました、ネリー・ハーコート少尉です。よろしくお願いしたします!」

 ダリルは副官が新しく着任することをすっかり忘れていた。
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