シチューにカツいれるほう？

２章 リヒト

７話

「おはよう」
「真理ちゃん、おはよーー！！」

　教室に入り、美紀に挨拶すると、数倍のカロリーを添えて帰って来る。

「今日遅いね？」
「あ、うん。ちょっとぐうたらしてて」
「あるある！　ついテレビとか見ちゃう時あるんだよねー！　別に見逃してもいい内容なのにさー」
「あはは、そうね」

　愛想笑いをしてみせるが、朝から美紀のテンションは疲れる。
　昨日、あんなことがあったので、うまく寝付けなかった。少し睡眠不足で、朝すぐに動けなかったのだった。
　もちろん母には小言を言われた。だらしないとか、気合いが足りないとか。

「あ……おはよ」

　前を志田が通ったので、真理子は戸惑いながらも挨拶をする。
　昨日はお世話になったし、ここで声をかけないのも変だと思ったから。

「おう」

　志田はそれだけ言うと、自分の席に行ってしまった。
　ごく普通、いつもと同じといった感じ。
　意識しているのは自分だけのようで、ちょっと恥ずかしい。

「あれ？　真理ちゃん、顔赤いよ？」
「え？」
「体調悪いの？　もしかして昨日の雨！？　傘持ってなかったよね！？」

　美紀は朝遅かったこと、顔が赤いこと、そして雨を結びつけて、真理子が風邪だと判断したようだった。
　でも、残念ながら、雨に濡れてもすぐタオルを借りられたので、体調には影響が出ていなかった。

「ううん、大丈夫！　元気げんき！」

　バレているわけはないが、クラスの男子の家に上がり込んだことに後ろめたさがあって慌ててしまう。

「そう？　ならいいけどー」

　美紀が食いついてこなかったので、真理子は胸をなで下ろす。
　ホントいい友達だ。ちょっとした変化にも気づいて心配してくれる。

「って、もしかして恋！？」

　退いたと思わせて、まさかの反転突撃！
　この攻撃は真理子に思いっきり刺さる！

「こ、恋！？　全然違う！！　そんなわけないじゃん！」
「あはは！　真理ちゃんめっちゃ動揺してるじゃん！　ただの冗談だよー！」

　推測でもカンでもなく、ただ言っただけだった模様。
　変な気遣いのいらない関係なのはうれしいけど、こういうとき、美紀の相手は本当に疲れる。今日一日持つのか心配になるくらいに。

「ところで美紀。シチューにカツ入れる？」
「は？」




　やっぱり学校にいるときが楽しい。
　何も気にせず、友達としゃべり、先生に頼られ、のびのびと過ごせる。
　ずっと学校があればいいのに、全寮制になればいいのに、と真理子は考えてしまう。
　でも、そんなことになるわけがない。
　現実はがっちり固定されていて、急な変化など起きない。だからこそ、みんな安心して暮らせるわけだけど、不安な人にとっては救いがないように思えてしまう。
　一時間目、二時間目、三時間目と、どんどん時間が過ぎていき、やがて下校時間になってしまう。
　今日はお手伝いでどこかの部活に加わることもないので、まっすぐ帰らないといけない。
　部活に入ることを許してくれれば、いろんな部活に声をかけて回らなくても済むのだが、母に許可を求めたところで拒絶されることは決まりきっている。
　生徒が帰り始め、まばらになった教室で、真理子は人知れずため息を吐いた。
　いや、誰にも見られないようにしたつもりだったけれど、実は見られていた。

「おい」
「ひゃう！？」

　声を掛けられて変な声を出してしまう。

「帰らないのか？」
「か、帰るけど……」
「けど？」

　声を掛けてきたのはもちろん志田。
　超能力者でなくても、真理子の心は簡単に読めたに違いない。

「今日も来るか？」

　そんなことを志田は言ってくれる。昨日に引き続き、志田の家に来てもいいという意味。
　家に帰りたくないオーラを出し過ぎてしまったようだ。
　本当ならそんな誘いに乗っちゃいけない。昨日だけでもどれだけ迷惑をかけたことか。

「えっと……」

　でも、乗りたくて仕方ない。少しでも自分の家に帰りたくないし、志田の優しさに甘えてしまいたい。
　何より、志田は自分のほの暗い家庭環境を知ってくれている唯一の存在。逃げたいとき、ようやく頼れる存在ができたことで、すがりたいという気持ちが生まれてしまう。

「あの……」
「いや、手伝ってほしいことがあるんだけど」

　真理子が言う前に、志田は言葉を変えた。
　それは真理子が乗りやすいように配慮してくれたようだった。

「任せて！　助けを求められたら断るわけにいかない！」