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2章 リヒト
8話
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「お邪魔しまーす!」
真理子は志田の家に来てしまっていた。
別に変な意味があるわけじゃない。志田が家に帰りたくない事情を察してくれたから、それに甘えただけ。
やましいことは何もない、という意味でできる限り元気な声で挨拶をした。
けれど返答がなかった。
「あれ? 今日もご家族の方はいないの?」
「ああ、家族いないから」
「へ……?」
志田はしれっと言い放つが、思った以上にヘビーな話のようだった。
なんでこう志田は感情のない言い方をできるんだろう。
「ごめん……。聞いちゃいけなかったよね……」
「別に? 別居してるだけだから」
「あ、そうなんだ……」
拍子抜け。両親が亡くなっているわけではないらしい。
でも、センシティブな事情があるには違いない。気をつけなければと思ったが……。
「母さんが出て行って、ここは父さんの家ってことになるけど、父さんは別のところに住んでるから帰ってこない」
真理子が聞きにくいことに悩まされるよりかはと思ったのか、志田はさばさばと教えてくれる。
話してくれて助かりはするけど、複雑な事情を知ってしまって、今度はどう反応していいか困ってしまう。
(結局、両親に見捨てられたってこと……?)
少なくとも親とは一緒にいられないことになって、一人暮らしをしているようだった。
志田がスーパーに寄ってから帰り、自分で料理していたことは納得できた。
「離婚してるってこと……?」
志田なら答えてくれると思って、真理子はあえて聞いてみることにした。
「離婚かあ。ちょっと違うんだよな」
「そうなの?」
「両親は結婚してないんだ」
「うん?」
「内縁って言うのか? 結婚はしてないけど、実質結婚して夫婦みたいなもん。なんか変な親なんだよ。結婚制度に縛られたくないと言って婚姻届け出さなかったんだ。『結婚なんかしなくても、私たちには強い絆がある」って。……まあ、もろくも崩れたわけだけど」
志田はやはり淡々と言う。
いつのことかはわからないけれど、両親の離婚、別居をすでに受け入れているようだった。
「うーん……」
赤の他人がそれを評価するのはすごく難しい話だった。
若かりし日の両親が独自の思想を持って結婚しない、という選択をしたようだけど、結局、恋愛感情は維持できなかったらしい。
母は出て行ってしまい、父は何らかの事情で一緒に暮らしていない。
志田はそれを自嘲的に言っていたから、真理子が気にすることじゃないのかもしれない。でも、それはやはり親に捨てられた、親に責任放棄されたと言うんじゃないかと気になってしまう。
「パスワードを設定するときにさあ」
「うん?」
「両親の旧姓ってあるじゃん。あれ、いつも悩むんだよ。そもそも両親が別姓だからな」
「ああ、そっかあ……」
それは思いもしなかった。
子供が両親から生まれてくることは自然の摂理で、誰にでも当てはまることだけど、両親が結婚しているとは限らない。
父に親権があるようだから、この場合、母の名字を旧姓とするんだろうか。
「そういえば、私も身分証明書とかでパスワード忘れちゃって、スマホのカメラで顔認証するんだけど、右目を閉じてください、って指示があってすごく困った」
「アユザワ、ウインクできないの?」
「うん、左目は閉じられるんだけど、右目は無理なんだよね」
真理子は右目を閉じようとしてみるが、ぴくぴくするだけでちゃんと閉じられない。
「ほんとできないんだ」
「嫌がらせとしか思えないね! ウインクできない人のことも考えてほしい」
ははっと志田は笑い、真理子もつられて笑い出す。
「アユザワ、いい顔して笑うじゃん」
「ふふ、それはこっちのセリフ。志田くん、笑わない人かと思ってた」
「なんだそれ」
互いに変に真面目なところがあり、とっつきにくさを感じていたが、ようやく氷解したようだった。
真理子は志田の家に来てしまっていた。
別に変な意味があるわけじゃない。志田が家に帰りたくない事情を察してくれたから、それに甘えただけ。
やましいことは何もない、という意味でできる限り元気な声で挨拶をした。
けれど返答がなかった。
「あれ? 今日もご家族の方はいないの?」
「ああ、家族いないから」
「へ……?」
志田はしれっと言い放つが、思った以上にヘビーな話のようだった。
なんでこう志田は感情のない言い方をできるんだろう。
「ごめん……。聞いちゃいけなかったよね……」
「別に? 別居してるだけだから」
「あ、そうなんだ……」
拍子抜け。両親が亡くなっているわけではないらしい。
でも、センシティブな事情があるには違いない。気をつけなければと思ったが……。
「母さんが出て行って、ここは父さんの家ってことになるけど、父さんは別のところに住んでるから帰ってこない」
真理子が聞きにくいことに悩まされるよりかはと思ったのか、志田はさばさばと教えてくれる。
話してくれて助かりはするけど、複雑な事情を知ってしまって、今度はどう反応していいか困ってしまう。
(結局、両親に見捨てられたってこと……?)
少なくとも親とは一緒にいられないことになって、一人暮らしをしているようだった。
志田がスーパーに寄ってから帰り、自分で料理していたことは納得できた。
「離婚してるってこと……?」
志田なら答えてくれると思って、真理子はあえて聞いてみることにした。
「離婚かあ。ちょっと違うんだよな」
「そうなの?」
「両親は結婚してないんだ」
「うん?」
「内縁って言うのか? 結婚はしてないけど、実質結婚して夫婦みたいなもん。なんか変な親なんだよ。結婚制度に縛られたくないと言って婚姻届け出さなかったんだ。『結婚なんかしなくても、私たちには強い絆がある」って。……まあ、もろくも崩れたわけだけど」
志田はやはり淡々と言う。
いつのことかはわからないけれど、両親の離婚、別居をすでに受け入れているようだった。
「うーん……」
赤の他人がそれを評価するのはすごく難しい話だった。
若かりし日の両親が独自の思想を持って結婚しない、という選択をしたようだけど、結局、恋愛感情は維持できなかったらしい。
母は出て行ってしまい、父は何らかの事情で一緒に暮らしていない。
志田はそれを自嘲的に言っていたから、真理子が気にすることじゃないのかもしれない。でも、それはやはり親に捨てられた、親に責任放棄されたと言うんじゃないかと気になってしまう。
「パスワードを設定するときにさあ」
「うん?」
「両親の旧姓ってあるじゃん。あれ、いつも悩むんだよ。そもそも両親が別姓だからな」
「ああ、そっかあ……」
それは思いもしなかった。
子供が両親から生まれてくることは自然の摂理で、誰にでも当てはまることだけど、両親が結婚しているとは限らない。
父に親権があるようだから、この場合、母の名字を旧姓とするんだろうか。
「そういえば、私も身分証明書とかでパスワード忘れちゃって、スマホのカメラで顔認証するんだけど、右目を閉じてください、って指示があってすごく困った」
「アユザワ、ウインクできないの?」
「うん、左目は閉じられるんだけど、右目は無理なんだよね」
真理子は右目を閉じようとしてみるが、ぴくぴくするだけでちゃんと閉じられない。
「ほんとできないんだ」
「嫌がらせとしか思えないね! ウインクできない人のことも考えてほしい」
ははっと志田は笑い、真理子もつられて笑い出す。
「アユザワ、いい顔して笑うじゃん」
「ふふ、それはこっちのセリフ。志田くん、笑わない人かと思ってた」
「なんだそれ」
互いに変に真面目なところがあり、とっつきにくさを感じていたが、ようやく氷解したようだった。
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