人生最後の恋愛-認知症とグループホーム-

鬼京雅

文字の大きさ
11 / 16
二章・小松冴子

3話・ストレス

しおりを挟む
 久保田ジイさんは意気揚々と、「小松冴子は俺の妻」発言をするようになった。

 認知症患者の戯言として、時の館のスタッフは軽く流していた。冴子自身も穏やかに笑っているだけだったから特に問題無いと判断したのである。

 時の館のメンバーからは、冴子が来たお陰で久保田の相手をしなくていいと感謝する人間もいた。

 それも有りストレスを溜め込む冴子は、スタッフや他の入居者にも久保田の事は相談出来ないままでいた。そして、今日も今日とて久保田の相手をさせられている。

「まぁ、冴子さんの旦那が亡くなったのは残念だ。でも時の館には俺がいる。だから安心していいよ。やっぱり最後に頼れるのは同郷の男児だよ!」

「はは……そうですね」

「そうだ、そうだ。どうでもいい過去の事は忘れて、楽しく生きよう!」

 デカイ声で久保田は言い、フリールームにいる連中にもアピールしていた。皆も軽く微笑んで久保田の気分を下げないように努めている。しかし、一人の老婆は違っていた。

(何でこの久保田ジイさんなんかに、広樹さんの事まで言われないとならないの? 私は……この人こそどうでもいい……)

 冴子は亡くなった旦那の事など久保田に言われたくなかった。そして、これまで我慢していたモノが一気に溢れ出たのである。このグループホームで起きたストレス、認知症を抱え今後を生きて行くストレス――がビックバンを起こした。

「……」

 感情を無くしたような瞳で、冴子はその口を動かした。

「私の夫はしつこい老人につきまとわれて事故に遭い、その後病死しました」

「……? あ、そうなんだ。それは大変だったね……大変だ」

 流石の久保田もこれには閉口した。話の内容もそうだが、二の句が継げない程冴子の目が冷たいからである。

『……』

 今まで誰もが久保田の鬱陶しさを表立って表さなかったが、久保田が一番仲良しだと思い、妻とさえ言っている冴子からの悪意に気付いたのである。そして、冴子は最後の鉄槌を下した。

「この話、どうでもいいでしょう?」

「……いや、うん」

 その瞬間、久保田の顔色が悪くなった。
 意図的に、冴子は久保田の口癖を嫌味に聞こえるように伝えたのだ。

『……』

 重苦しい数秒の時が流れた。
 普段のストレスを久保田にぶつけるように放たれた言葉は、フリールーム全体を沈黙させた。まるで時の館の時間そのものを止めてしまう程、冴子の言葉は重かったのである。

 そして、その直撃を受けた久保田は言葉のプレッシャーによるショックからか、頭を抱えて立ち上がっていた。

「どうでもいい話……どうでもいい話……」

 そのまま久保田はフリールームからいなくなった。

『……』

 周囲がザワザワし出して、冴子の顔色も悪くなった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...