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二章・小松冴子
7話・記憶の断片の幸福
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久保田は認知症が悪化する冴子に驚愕を隠せなかった。自分もいつかああなるという感情から、不安を拭えなかったのである。
もう周囲の人が誰だかわからなくなって来ている冴子は時の館の人間達も間違い出していた。あえてそれを訂正する事も無く、スタッフも入居者達も過ごしている。あたふたと、冴子の近くにいる久保田がそのいい例だった。
「広樹さん。このお茶熱いからお水でぬるくして。私が猫舌なのは昔から知ってるでしょ?」
「あぁ、そうだね。悪かった、悪かった」
久保田の名前は広樹ではない。
広樹とは、小松広樹であり、小松広樹は冴子の亡くなった旦那だ。
久保田はその広樹を演じる事で、冴子の認知症の悪化と向き合って行く事にした。
どんな形でも、自分の方がしっかりしている以上は嘘でも、小松広樹を演じる事をしようという久保田の覚悟だった。
それから三ヶ月程の日々が過ぎた。
すでに冴子は歩行もおぼつかなくなっており、一人でトイレに行くのはいいが外への散歩は厳しい状態にあった。
今は言語障害のようなものも出てきており、次第に話せなくなるのも目に見える状態である。このままだとグループホームでの介護は出来なくなる。その為、時の館から精神病院への移転を考える段階に来ていた。
遠くない別れの事を思いつつも、久保田は冴子の旦那である広樹を演じている。
「ほら冴子さん。ぬるいお茶だよ。これを飲んだらどうでもいい話をしようか。勝手に話すから頷いてくれてればいい。何せ、どうでもいい話なんだからね」
「……」
久保田はぬるめのお茶を冴子に差し出す。すると、そのお茶にも目をくれない冴子はしっかりと久保田の目を見据えていた。何かを訴えかけるような瞳に見とれていると、冴子の口が動いた。
「広幸さん。いつもありがとう。どうでもいい話……たくさんしましょう」
そう、久保田は自分の名前を言われた。
久保田は望んで小松広樹を演じていたのに、冴子は目の前の久保田広幸を思い出したのである。
それは偶然か必然かはわからない。
そして、それから一週間――久保田広幸と小松冴子は夫婦として過ごした。
もう周囲の人が誰だかわからなくなって来ている冴子は時の館の人間達も間違い出していた。あえてそれを訂正する事も無く、スタッフも入居者達も過ごしている。あたふたと、冴子の近くにいる久保田がそのいい例だった。
「広樹さん。このお茶熱いからお水でぬるくして。私が猫舌なのは昔から知ってるでしょ?」
「あぁ、そうだね。悪かった、悪かった」
久保田の名前は広樹ではない。
広樹とは、小松広樹であり、小松広樹は冴子の亡くなった旦那だ。
久保田はその広樹を演じる事で、冴子の認知症の悪化と向き合って行く事にした。
どんな形でも、自分の方がしっかりしている以上は嘘でも、小松広樹を演じる事をしようという久保田の覚悟だった。
それから三ヶ月程の日々が過ぎた。
すでに冴子は歩行もおぼつかなくなっており、一人でトイレに行くのはいいが外への散歩は厳しい状態にあった。
今は言語障害のようなものも出てきており、次第に話せなくなるのも目に見える状態である。このままだとグループホームでの介護は出来なくなる。その為、時の館から精神病院への移転を考える段階に来ていた。
遠くない別れの事を思いつつも、久保田は冴子の旦那である広樹を演じている。
「ほら冴子さん。ぬるいお茶だよ。これを飲んだらどうでもいい話をしようか。勝手に話すから頷いてくれてればいい。何せ、どうでもいい話なんだからね」
「……」
久保田はぬるめのお茶を冴子に差し出す。すると、そのお茶にも目をくれない冴子はしっかりと久保田の目を見据えていた。何かを訴えかけるような瞳に見とれていると、冴子の口が動いた。
「広幸さん。いつもありがとう。どうでもいい話……たくさんしましょう」
そう、久保田は自分の名前を言われた。
久保田は望んで小松広樹を演じていたのに、冴子は目の前の久保田広幸を思い出したのである。
それは偶然か必然かはわからない。
そして、それから一週間――久保田広幸と小松冴子は夫婦として過ごした。
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