人生最後の恋愛-認知症とグループホーム-

鬼京雅

文字の大きさ
15 / 16
二章・小松冴子

7話・記憶の断片の幸福

しおりを挟む
 久保田は認知症が悪化する冴子に驚愕を隠せなかった。自分もいつかああなるという感情から、不安を拭えなかったのである。

 もう周囲の人が誰だかわからなくなって来ている冴子は時の館の人間達も間違い出していた。あえてそれを訂正する事も無く、スタッフも入居者達も過ごしている。あたふたと、冴子の近くにいる久保田がそのいい例だった。

「広樹さん。このお茶熱いからお水でぬるくして。私が猫舌なのは昔から知ってるでしょ?」

「あぁ、そうだね。悪かった、悪かった」

 久保田の名前は広樹ではない。
 広樹とは、小松広樹であり、小松広樹は冴子の亡くなった旦那だ。

 久保田はその広樹を演じる事で、冴子の認知症の悪化と向き合って行く事にした。
 どんな形でも、自分の方がしっかりしている以上は嘘でも、小松広樹を演じる事をしようという久保田の覚悟だった。



 それから三ヶ月程の日々が過ぎた。

 すでに冴子は歩行もおぼつかなくなっており、一人でトイレに行くのはいいが外への散歩は厳しい状態にあった。

 今は言語障害のようなものも出てきており、次第に話せなくなるのも目に見える状態である。このままだとグループホームでの介護は出来なくなる。その為、時の館から精神病院への移転を考える段階に来ていた。

 遠くない別れの事を思いつつも、久保田は冴子の旦那である広樹を演じている。

「ほら冴子さん。ぬるいお茶だよ。これを飲んだらどうでもいい話をしようか。勝手に話すから頷いてくれてればいい。何せ、どうでもいい話なんだからね」

「……」

 久保田はぬるめのお茶を冴子に差し出す。すると、そのお茶にも目をくれない冴子はしっかりと久保田の目を見据えていた。何かを訴えかけるような瞳に見とれていると、冴子の口が動いた。

「広幸さん。いつもありがとう。どうでもいい話……たくさんしましょう」

 そう、久保田は自分の名前を言われた。
 久保田は望んで小松広樹を演じていたのに、冴子は目の前の久保田広幸を思い出したのである。

 それは偶然か必然かはわからない。

 そして、それから一週間――久保田広幸と小松冴子は夫婦として過ごした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...