失敗少女

鬼京雅

文字の大きさ
上 下
21 / 21

21話・新世界へ全てを導く失敗少女

しおりを挟む
 王子と魔女の絵本から生まれた宇宙空間のようなゲートの中で、失敗少女と王子は対峙している。周囲は時間破壊であるエターナルブラックの影響で着々と崩壊していた。それが現世まで及ぶのは時間の問題であった。時間が無い事を知りつつも、この目の前の絵本から飛び出して来た王子の為にも頑張って来たので、絵空は文句を言う。

「まさか……最後の最後で王子と戦うなんてね。最後は味方が裏切る展開とかいらないから。いらない、いらない、それこそ失敗」

「そう? 結構テンプレだと思うけどね。現代のストーリーでは」

「もう私疲れてるし。もうスーパーモードじゃないし。でも、これも絵空事にしないとエターナルブラックで世界が終わるようだね」

「理解が早くていいね絵空は。流石は僕の最後の失敗少女だ。素晴らしい。けど、この王子と魔女の絵本を消し去り、エターナルブラックを阻止しないと現実も消滅するのはわかるよね?」

「うん。わかってる」

「今の僕はエターナルブラックそのものだ。これは対魔女用の切り札だったからね。消すべき存在がいなくても、この発動は止められなかった。だから、僕を止めたければ僕を殺すしか無い。時間崩壊は目前だ。迷ってる時間は無いよ」

 二人の距離はとても近い距離だ。
 けど、その距離は本当は手が届く距離には無い。
 それは大昔の人間の王子と現代の少女だからだ。片方は絵本になる存在で、片方は自殺をしようとしていた孤独な少女。

 自分の最高傑作である最後の失敗少女に王子は心から感謝した。

「君のおかげで魔女は正気に戻った。感謝しているよ。ありがとう」

「今は敵なのに……褒めないでよ……」

 微かに絵空の瞳に涙が浮かんでいた。
 今まで涙を見せて来なかった絵空も、王子との永遠の別れには感情をセーブする事が出来ない。しかし、崩壊して行く時は待たず王子も話し出す。

「この王子と魔女の絵本のおかげで、僕と彼女の話は世界に広がった。けど、この本を真似て来世で幸せになれるなんて考えて自殺する人間がいて困る。だからこそ、この時代に無くさなくてはいけない本なんだ」

「それが無ければ、私と王子は出会えず……私は失敗少女にもならなかった。その本は私にとっても大事な物なの……それを私が絵空事にするの?」

「君が僕を殺さないと、僕が魔王となり君の大事な物も、世界そのものを壊す事になる。その選択をするのは今だ」

「私が「王子と魔女」を世界から壊す……私は私の思い出すら壊す事になるの……?」

 ゆっくりと王子はうなづいた。
 どうやら、この世界だけではなく現実にも影響が出始める時間のようだ。エターナルブラックは全てを崩壊させながら二人の時間を引き裂いて行く。歯をくいしばる絵空は下を向いたまま黙っている。そして、鼻水をすするとキッと強い眼差しを王子に向けた。

「この出会いが無ければ、苦しまずに済んだのに。でも、この出会いがあったからこそ、私は人間らしくいられた。サヨナラ……失敗少女!」

 絵空は失敗少女という自分の殻を破る為に王子を撃った。その最後に絵空はキスをした。王子とウミパラデートで出来なかったキスをした。

『……』

 これで、絵空に思い残す事は無かった。
 ゆっくりと王子の身体が消えて行く。

「これでいいんだよね。これで全て絵空事になる」

「あぁ、絵本が無くなれば、全ては元に戻る。失敗少女の力は無くなるけど、今の君なら生きれるはずだ」

「そっか。やるだけやってみるよ。黒宮さんと友達宣言したしね」

「その気持ちが大事だよ。そして、時間軸は君が自殺しようとした時間軸まで戻る。君の記憶だけは残ったままでね」

「私だけが知ってるのね。そこが新世界になる」

「その新世界では黒宮さんもサクセスガールをしているかはわからない。あのサイトが魔女が誰かに依頼して作成したものかはわからないから。何にせよ、黒宮さんは魔女との関わり合いも無く成功少女でも無い。ここまでの歴史の記憶を持つのは君だけになる」

「ま、私は私らしく何の取り柄も無いままやってみるよ。失敗しても、助けてくれる友達を作れば問題無いでしょ!」

 絵空は最大の笑顔で言い放つ。
 もう、王子に残された時は無い。
 消え行く王子の身体に絵空は抱きついた。

「ねぇ、王子が新世界に転生する事は無いの?」

「それはわからないな。絵空の残る力で願われたら、もしかしたら転生するかも知れない。その時は、僕は王子ではないかも知れないよ」

「王子は……王子だよ。私の王子様だよ」

 泣き出している絵空をなだめるように王子は自分からキスをした。もう二人の身体の感覚は共有出来ないが、二人の心は繋がっていた。そうして、最後の瞬間になった。

「またね絵空」

「うん、またね王子。転生したらウミパラデートの続きをしよう!」

「うん。わかったよ……絵空」

 またウミパラデートを約束して二人は最後の時を終えた。絵空は王子と魔女の絵本を最後の力で絵空事にした。絵空の失敗少女としての証である、王冠型の髪留めも消滅する。

 そうして、失敗少女も成功少女も消え失せた世界が生み出されたのである。時間軸が戻され、絵空だけが全てを知る世界。

 新世界が誕生した――。





 新世界では王子の言った通りの時間軸での再会となった。黒宮の記憶は消え、絵空は前の世界で言った通り、黒宮と友達になっている。二人は快晴中学校の中庭でお弁当を食べていた。すると、絵空は長身の赤髪の男子が歩いて来たのに気付いた。

「あ! ここだよここ!」

「絵空。彼は私の隣に座るから絵空は邪魔よ」

「いや、私の隣だから! 聖子はワガママ多いよね?」

「それは貴女もでしょう絵空?」

『むー!』

 と、赤髪のイケメンを取り合っているが、二人の仲は良好のようだ。

 時外絵空は失敗少女として全てを絵空事にした。そして、新世界では魔法の力を頼る事も無く、新しい自分として生きて行く事になった。その絵空は、王冠型の髪留めをしている。もう、失敗少女になれるわけではないのにまた付けていた。

 そうして、絵空は新世界を今日も生きて行く。
 成功も失敗も受け入れる自分と、周囲の人間に見守られながら――。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。


処理中です...