グレイ-恋と性欲と愛の区別はつかない-

鬼京雅

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12話・総司と唯の過去

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 エソラ旅館の温泉に、俺と唯は裸のまま浸かっている。時間帯で男女が入れ替わるシステムだが、混浴にはならない。今、混浴になっているのは唯が親戚に働きかけたからだろう。そうして、少し離れた所で湯に浸かっている勇の協力もあったからだ。
 温泉の湯気が晴れて、肩までの肌が露わになる唯から視線を外しつつ思った。

(勇の奴……唯に協力して何をするつもりだ? あの場所じゃ、ここの話は聞こえないだろう。聞くつもりもないんだろうがな。おそらく、何かあった時の用心棒か)

 唯がおかしな事をしなければ、俺も何かをする事は無い。グレイとして、特に何も問題は起こすつもりは無いんだからな。それはこれからも変わらない。

「……唯。何故あの時の話をわざわざするんだ? もう俺とお前は終わった関係なんだからそんな話はいいだろう」

「偶然にも私の転校先に総司がいた以上、終わっては無いわよ。始まれば終わるし、終われば始まるの」

「まるで禅問答だな」

 唯は、俺とセックスをしようとした時の事を話した。



 中学時代の俺は喧嘩番長キャラで、自分の中学の生徒や他校の生徒共とケンカをしていた。返り血を浴びて戦い続ける事から、レッドというアダ名も付いていた。

 そんな荒んだグループには女も尖った女しか集まらない。その代表格が唯だった。派手な金髪にメイクをして、アクセもじゃらじゃら付けて遊び歩いていた。俺も唯も勉強は出来た方だから、教師も扱いには困っていたようだ。

 互いの父親が同じ会社の同僚であり、俺も唯とは仲が良かったから次第に惹かれ合い、付き合っていた。自分の中の獣を制御出来ない俺は、唯といる時だけは心が安らいだ。

「俺には恋愛というものがわからない」

 そういう悩みがあった。
 恋をする多感な時期に、心底心が動く女はいない。恋に恋い焦がれるという気持ちまではたどり着かない。好みのタイプに告白されても、心が動かない。人間をモノのように見てしまう感覚が俺にはあった。
 喧嘩の時もそうだったが、激しい気持ちという物が欠けていた。必ずもう一人の自分が周囲を冷静に判断して、それなりの状況になるグレイな判断をしていたんだ。

 恋愛感情もわからない自分が、この世で何が出来るのか――?

 そんな悩みは唯といると消えていた。
 そうして、将来に対しての希望が見出せない俺は、唯を抱く事によって何が変わる……変えようとしていた。唯なら、西村唯ならどうにもならない獣の行き先をどうにかしてくれると思ったんだ。

 性欲と恋とは一つのものと確信していた。

 そうして、俺の誕生日の日に唯の部屋でセックスをする事になった。この日は唯の両親は家にいない。そして、俺と唯を邪魔する存在も無い。部屋でくつろぐ俺達は、ただキスをして互いの性欲を満たしていた。

『……』

 その先へ行く為に、互いに下着になり抱き締め合う。
 呼吸、体温、心臓の鼓動――。
 その全てが唯と一致していると思っていた。この瞬間、他人であるはずの唯と心も一つになっていると思っていた。その思いのまま、俺は唯の奥へたどり着こうとしていた。

「行くぞ唯……」

「来て」

 ベッドの上で唯の上に乗る俺は、頬に手を添えキスをした。この先に俺が生まれ変わるはずの答えがある。この先に行けば俺は唯を大事に思える激情が芽生えるだろう。そうすれば、俺は人間として皆と同じステージに立てる。
 そして、下着を脱がせようとする――。

『赤井ーっ! お誕生日おめでとーっ!』

「!? お、お前等!」

 唯の部屋にいきなり仲間達が乱入して来た。そうして、俺の誕生日は終わった。セックスをすると決めた日に――俺は唯から裏切られたんだ。

 性欲と恋は一つのものではないと確信した。





 そう、過去を振り返る俺と唯は、温泉に浸かりながら話した。白く濁る湯に、一枚の葉っぱが流れている。そうして、唯はあの時に仲間を乱入させた理由を話した。

「性行為は生という意味もある。勿論、避妊をするセックスなら子供は生まれない。でも、私はそれが怖くなったのよ。生物として自信もなく完全でない私が、生物を生み出す行為をしていいのか? ってね」

「……そうか。だが、もう全ては過去だ。過去は現在には勝てない」

「あの時は……私が全面的に悪いわ。ごめんなさい」

 そう、謝る唯に対して俺は感謝する事も無い。唯とは友人であり、もう元には戻らない。俺はグレイであり、これからは穏やかに生きて行くつもりだ。唯はお湯で顔を洗い気持ちを切り替えると話す。

「でも、私の行為が総司を変えていたのも事実よ」

「……もういい。その話は――」

「総司は高校から新しいスタートをグレイとしてスタートさせた。中学時代の自分を捨て生まれ変わるような、完璧な変身をしたスタートを。そして、今の総司は中学時代に無かった激情を持とうとしている。それは、私と今後とも過ごす事で手に入るわ。私の会社の部下として貴方が欲しいのよ総司」

「会社の部下? お前、何を言ってやがる?」

「将来の話よ。近い将来の話。私は色々勉強して、将来会社の社長になる。その部下として私は総司が欲しい。冷静さと激情を手に入れた総司なら、最高のパートナーになれるはずよ。恋も性欲も私が満たしてあげるわ」

 意味がわからない……。
 過去の話が終わり、現在の話になったと思いきや未来の話になった。唯が会社社長になる夢を持つのはいいが、俺はもうこの女とは深く関わるのはゴメンだ。

「……俺は水という無が好きだ。だからゆったりとした生活がしたい。俺はもうそう決めている。それがグレイの赤井総司だ」

 いきなり水面を叩いて立ち上がり、裸である自分を自信ありげに晒す唯は俺を見下すように言う。

「前にも言ったわ。権力、才能、名誉。この三つがあれば人などゴミ同然よ。私はこの三種の神器でのし上がるの。貴方の才能も利用してね」

「……この世は金という事か。でも、俺は金はほどほどでいいんだ。お前とは違う」

「残念だけど違わない。世の中は全て金。他人の為に働くなどあり得ない。他人とは自分の労働の代わり。犬のように扱ってもいい。金で動く家畜なのだから」

「家畜だと? 人間には知能や知識がある。お前の考え方は世の中を知らないブラック企業の社長そのものだ」

「人間などは知識があるから世界で一番クズな生き物よ。他人は使い倒して忘れ去る。その他人は金を与えれば怒りも殺意も忘れ去り、流される人間になる。それが家畜でなくて何なのよ?」

 全裸を晒したまま演説する唯に、俺もこの温泉から出る為に立ち上がって言う。互いに裸を見せ合う。あの時、見れなかった裸だ。心も身体も晒して、俺は唯を拒絶しないとならない。

 少し先の勇に見えてるかはわからないが、来なくていいと手を押し出す仕草をする。

「お前とは相入れないな。確かに自信はあるし、社長にもなれるだろう。だが、それだけだ。お前には人は付いて来ない。明日からの修学旅行を楽しむには、ここで話を切り上げた方がいいな」

「……確かに言い過ぎたかも知れない。けど、私が傷つけたから総司は変わった。そして今の総司は自分を取り巻く環境にあたふたしている。昔なら面倒事は拳一発で解決してたのに。だから総司……貴方は激情を手にして強くなる。グレイから進化しなさい赤井総司」

「俺は恋と性欲……そして愛の区別もつかないからグレイでもある。それを忘れるな」

 もう、ここから出よう。これ以上いると、本当に唯を殴りそうだ。ナイトプールで目覚めたレッドの俺が、また目覚めたら困る。湯の中を歩く俺は背後から抱きつかれるが、それを引き離し進む。諦め無い唯の手が俺の肩を掴んだ。

(シツコイな……赤く……赤く染めてやろう……)

 ジワっ……と目の前が真っ赤に染まり、白い温泉が血の池に見えた。そして、ゆっくりとレッドである自分が目覚めてしまう。

「……」

 瞬時に、唯はその変化に気付いた。
 赤く染まる感情の俺は拳を振り上げた――。

「アーーーッ!」

『!?』

 いきなりの誰かの奇声に、俺と唯は焦った。
 少し先の湯の上で、誰かが浮かんでいた。
 白い背中とお尻がハッキリと見えている。
 この温泉には俺達以外には勇しかいない。

「……勇? 勇なのか!?」

「変な声を出してゴメン、ゴメン。僕はここにいるよ。この浮かんでる人はおそらく湯の中で水遁の術で潜んでいたんだね。そこに浮いているホースで呼吸してたんだろう」

「となると……この黒髪ロングの女は……」

 その怪しげな湯に浮かんでいる人間を確認すると、唖然とした。

「東堂……じゃないか」

 湯に浮かんでいた黒髪の女は東堂だった。いつからかは不明だが、温泉の中に潜んでいたようだ。温泉から引き上げて地面に寝かせているが、反応は無い。タオルで一応胸と下半身は隠している。勇と唯は人工呼吸が必要と言った。そして、唯は外に助けを求めに行く。

(……やるしかないか)

 俺は東堂に人工呼吸をした。
 そして、逆上せた東堂は目を覚ました。

「あれー? 私何やってたんだろ?」

「何やってたって……東堂は温泉の中にいたようだぞ。そもそも温泉の中に浸かり続けてたら、逆上せるだろう。東堂はたまに意味不明な事するよな」

「東堂さんは目覚めたか。なら総司、僕は西村さんに伝えに行く。二人共早めに出てきなよ」

 そう言い、勇はプリプリした尻をフリながら温泉から出た。

「石田君……裸だったね」

「まぁ、温泉だからな。つか、何で東堂はここにいたんだ?」

「だって、グレイタイムという時間なのに西村さんは温泉に入って行ったからね。確実に何かあると思ったの。だから温泉内で待機してたのよ。そしたら逆上せた」

「そうか……心配かけたな。ここは唯の親戚の旅館だから好きに出来たようだ。あの女は大変だぜ」

「因みに、人工呼吸はいらなかったの。あれは西村さんを遠ざける為の嘘」

 西村を遠ざける為の嘘……という事は、東堂は今の会話を聞いていたという事か? そんな疑問も思いつつ、俺は東堂からタオルを渡された。

「赤井君もグレイだけど、男の子だからね。タオルで隠しておいて」

「あ! これは……スマン」

 自分が全裸なのを忘れていた。
 こんなミスをしてる俺は、確かに激情を手にしようとしてるのかも知れない。唯との会話がやけに胸に響いて来た。そして――。

「泥棒……だと?」

 温泉から上がると、またもや事件が起きていた。今度は旅館に泥棒が出たという事件だった。しかも、俺の班の東堂、西村、風祭の三人も被害に遭っていた。
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