グレイ-恋と性欲と愛の区別はつかない-

鬼京雅

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15話・東からの衝撃を守る風

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 露天風呂会談も終わり、俺は一人エソラ旅館の通路を歩いていた。今日の予定は後は寝るだけ。そして、明日は箱根から帰るのみだ。それで修学旅行は終わる。その後は俺がグレイとして誠高校で生活をして行くかを考えないとならない。

(今後は文化祭もある。元々グレイでないとカミングアウトした事に向こうは驚いているだろうが、俺は風祭がレッドの頃の俺を知っていたのに驚いている。西村も風祭も俺の過去を知っていた。あの三人の女で問題無いのは東堂だけか……)

 そんな事を思いつつ通路を歩いていると、担任と出会った。そこで泥棒が捨てたとされた東堂の日記帳が渡された。まだ東堂達は温泉で着替えているはずだから部屋にはいない。だからこそ、班長でもある俺に渡したんだろうが……。

「……」

 少しその青い星が描かれた日記帳を見つめると、嫌な予感がして自販機の方へ歩いた。誰もいないベンチに座り、その日記帳の表紙を見つめた。

(東堂は小説家になりたいと言っていた。そのネタ帳がこの日記帳だ。出会った頃から東堂はどこかのグループにも属さず、特殊な位置でクラスの中にいた。そして、他人を見透かすような青い瞳……青眼がある)

 その瞬間、俺の中の東堂真白が弾けた。あの黒髪ロングの清楚な女の中身を知りたくなった。何故なら、あの女は小説家を目指している。一学期から色々な人物に近寄り、色々な場所へ出歩いていた理由は――。

「……俺の予感が外れたら許せ。でも俺の予感が外れなかったら……」

 冷めた瞳のまま、薄暗い自動販売機エリアのベンチに座る俺は東堂の日記帳を見てしまう。

「……」

 その薄暗い自動販売機エリアで、少し動けないまま時間が過ぎた。そこに黒髪ポニーテールの細身の女が現れた。青い瞳の女は言う。

「赤井君。ここにいたの」

「東堂……」

 憎々しげな目で、俺は東堂真白を見つめていた。





 東堂真白の日記帳は自分の書いている小説のネタ帳だ。そして、それをすでに見てしまっていた。何故なら、そのネタ帳に俺の事が書かれているとしか思えなかったからだ。

 自動販売機のベンチに座っている横に東堂は座った。すでに自分の日記帳が俺の手に持たれている事にも気付いている。しかし、東堂はそれについては黙ったままだ。

(日記帳を持っていてもソレに触れない……か。俺はこの女のこういう面が嫌いだ。ま、この日記帳を見なければ東堂を嫌いになる事なんて無かったけど)

 少し雑談をした後、俺は相手の青い瞳を見つめて話し出した。

「東堂……温泉で話を聞かなければこの日記帳の中身は見なかった。けど、もしかして小説のネタが俺の事なのか? と思ってしまい見てしまった。けど、謝らない」

「うん。仕方ないね。私も赤井君の秘密を知ってしまったし、これはおあいこという事でいいよ。喉乾かない? イチゴオレ飲もうよ。昨日買った時当たりが出たんだよね」

「いや、今は甘い物を飲みたい気分じゃない。ここで話を切り替えようとしたのは俺に対する哀れみか?」

「そんなんじゃないよ。ただ、この話をするならお互い糖分が必要かなって思っただけ。なら、話そうか。赤井君が私に言いたい事を話して。嘘、偽りなくね」

 この場面でニッコリと微笑んでいるだけでタチが悪い。ここはいつもの優しげな笑みでいいだろう。完全に男を落とす時に使うスマイルを見せられたら、もう東堂を信じられなくなりそうだ。

 だってこの女は人間を――。

「焦らさないでよ赤井君? 時間は有限だよ?」

「……東堂はその青眼で、全ての人間を自分の世界の登場人物にするつもりなんだな。俺は……理解出来ない。理解するつもりも無い。俺はお前を嫌いになりかけている」

「うん。それでいいよ。人間なんて理解し合えないからこそ、架空の物語が求められているんだから。好きも嫌いも表裏一体だよ」

「そうか。俺は東堂が人間を物としてしか見てない感じがするよ」

「あら赤井君。やっぱり貴方は最高の登場人物になりそうだわ」

 突如、目の前が真っ赤に染まった。そして、気付いたら東堂の胸ぐらを掴んでいた。全てを受け入れるように東堂は青い瞳をレッドモードの俺に向けている。

「修学旅行は赤井班班長としてキチンと過ごす。だけどこれはハッキリと言っておく」

「えぇ、どうぞ?」

「親戚の旅館関係者を使い、わざわざ話さなくていいような話し合いを仕組んでいた西村唯。俺の過去を知り、昔の俺に影響されて変わった風祭朱音。俺を小説のネタにしようとする東堂真白に嫌気がさしている事は忘れるな」

「えぇ、忘れないわよ。だって赤井君は大事な友達だからね」

「お前にとって友達は全てネタ帳か」

 そう捨て台詞を吐いて東堂の前から立ち去る。すると、東堂は最高の言葉を吐きやがった。

「赤井君が好きだからこそ、主人公にしたの。それを忘れないで」

「唯も、風祭も俺に興味が有り、東堂まで俺を好きなら赤井班は俺のハーレムだな! 最高だよ! やってられるか!」

 そして、自販機エリアをキレたまま立ち去った。それから部屋に戻ったが眠る気にもならず、ルームメイトを無意味に殴りそうな気分だったので旅館の屋上でイスに座っていた。

「……」

 飲んでいる冷たいコーラの炭酸が、渇いた喉を癒すように刺激した。

「イチゴオレにしときゃ良かった……」

「イチゴオレが好きなのか赤井は」

「風祭……今は消えてくれ。今の俺はレッドだ。お前でも殴るかも知れない」

 そう言ったにもかかわらず、風祭は横に座った。溜息をつく俺は天を見上げた。夜空の星々だけが俺を癒してくれる。すると、俺の腕に柔らかな感触がした。

「おい……くっつくなよ。俺は機嫌が悪い。何をするか知らんぞ」

「殴りたければ殴れ。私は赤井を受け入れよう。レッドでもグレイでも受け入れよう。私は……私だけは赤井の味方だ」

「お前……まさか東堂との会話を盗み聞きしてたのか?」

「言ったはずだ。私は赤井のストーカーだと。私は赤井を愛している」

 この状況にかこつけて、風祭はとんでもない事を言いやがった。精神的な辛さをどう掃除していいかわからない。大掃除しても今の俺には余裕というスペースは生まれない。

(俺に人生を変えられて俺を好きなのはわかる。けど……今の俺はグレイとして生活して来たんだ。お前の好きになったレッドは封印したいんだよ……)

 そして、今まで見せた事の無い笑顔で風祭は言った。

「俺はお前の味方だぞ赤井」

 キスをする体制に持ち込まれ、俺は動揺した。これ以上何か言われたら、俺は風祭とセックスしたくなる。それはグレイでは出来ない。

「――ならずっと味方でいろよ」

 風祭に求められてしまい、迂闊にも風祭にキスしてしまう。その風祭の唇はやけに柔らかかった。俺は今まで唯としか自分からキスはしていない。あの時は荒んでいたのもあるが、そこまでの柔らかさは感じなかった。
 けど、この風祭にはそれを感じていた。このショートカットのスタイル抜群の女には、包容感というものがあったんだ。ストーカーのクセに。

 その風祭は顔を赤らめているが、しっかりと俺の顔を見て言う。

「ありがとう赤井。私は……お前とキス出来て幸せだ」

「そうか。ならいい。でも今はグレイだ。お前の求めるレッドに戻るかはわからない。そして、お前と付き合うかどうかもな」

「……」

 返事をしない風祭は口を開けたまま俺の背後を見ていた。気になって振り向くと、そこには金髪の女がコーラの缶を持ったまま立ち尽くしていた。

「……唯」

 運が悪いのか、良いのか……そこには唯がいた。

「有り得ない」

 という言葉を残して屋上を去った。そして、後ろにいた東堂がわけもわからず俺達を見つめている。

 俺は風祭の手を引いて、その場を去った。
 おそらく、東堂も俺と風祭に何があったのかを察しただろう。

 あのキスは、風祭の口を塞ぐだけのキスだったが、今は少し風祭が気になっていた。レッドの頃を肯定し、自分で再現するような女が現れるなんて思ってなかったからだ。

 そうして、修学旅行最期の夜は終わった。
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