年代記『中つ国の四つの宝玉にまつわる物語』

天愚巽五

文字の大きさ
39 / 66
第二夜

年代記『五公国記 盆地の王と獅子の歌姫』

しおりを挟む
 緑の月の時、パリスは急激に朝夕が冷え込むことがある。ゾルト族の越冬地で一夜を過ごしたカズンズ・コルピンは思いの他冷え込んだ天蓋の中で目を開けた。体にかけた毛布だけでは少し心もとないほどである。一緒の天蓋にいたはずのタイロン・メルシゴナもユーラ・アボットもすで起きているらしく姿が無かった。カズンズは毛布を頭からかぶったまま当たりを見渡す。寝起きで口の中が気持ち悪かったのか観念したように天蓋の外へと這いずって出て行った。
 外は思いのほか騒がしい。朝もやの中子供たちがバタバタと集落の西側に集まっているのが遠目からもわかった。人だかりに近づくと大人たちが囲いを作っているのがわかる。ゾルト族の男衆が集まっていた。人の壁の中にタイロンを見つけカズンズが後ろから声をかける。

「おはよう」
「あぁ。カズンズおはよう…」
「どうしたんだこれ?」

 タイロンは浮かない顔をしてた。何が起きたのかわからないといった様子で人垣のほうを指さしている。男たちは随分と怖い顔をしているし、女はひそひそと小声で何かしゃべっていた。子供たちだけは目を輝かせて大人たちの輪の中にあるものを見ようとしているが、すぐに外にはじかれている。族長のゴウケンの姿はなかった。
 輪の中に何がるのかわからぬままタイロンとカズンズはしばらく遠巻きに眺めていたが、後ろから声を掛けられ振り向く。そこには朝っぱらから鼻の頭が紅くなったカウシ老師であった。

「パリスっ子どもおはよう」
「老師、おはようございます」

 タイロンの挨拶に目を細め竹の筒から液体を口の中に注ぎ込み朝から酒のにおいを漂わせている。

「何かあったかのぉ? 随分人が集まっとるな」
「こっからだと見えないんだよな。カウシ爺さん」

 カズンズは人垣のほうを指さす。カウシ老師はホウホウという様子で人垣のほうへと歩き始めた。二人はその後についていく。ゾルト族の男たちは老師が姿を現すと少しきまり悪そうな表情をした。

「なんじゃい?なんかあったのか?」

 迷惑そうに男たちが道を開ける。中年の背の低い頭の禿げた男が老師を促した。

「どうやら夜に紛れ込んだようです。しかしこれは…」

 人垣が割れる。そこには1ヤル2マナザルはあろうかという雪熊が横たわっている。すでに息はしていないようであった。体はうつぶせになり口からは血を吐いたようで乾いた血痕が地面を汚している。

「夜の間に集落の周りを動き回っていたようで、見回り役の報告はあったのです。しかしこれほど近くにいるとは主思いもよりませんでした」

 カウシ老師は別段驚いた様子もない。熊の近くにしゃがむと頭の先から全身を眺めていた。

「立派なやつだな。この辺じゃ見たことないわい」
「しかし誰が…」

 雪熊の背中は奇妙に膨らんでいた。どうやら背骨が折れ曲がりそれが背中側に飛び出ているようである。カウシ老師はその傷跡を確認する。立ち上がり威嚇した雪熊が両手を上げたときに心臓にめがけて何か硬いものを打ち込まれているのであろう。背中の膨らみは丁度心臓の背中側にあたる。威力があり過ぎて心臓を潰しながら背骨まで粉砕し、そのまま背中に突き出てきていた。カウシ老師は熊の死体を確認すると何度か頷き禿げた男に言いつける。

「そうかそうか。カンニよこいつは皮を剥いで、肉は皆でわけい。熊汁にでもするといい。ゴウケンには伝えたかな?」
「はい。もうすでに人はやっております」
「皮が捌けたらゴウケンに届けておけ。あとは奴がなんとかするじゃろう」

 カウシ老師はそう告げると踵を返した。カズンズとタイロンは人垣の陰から雪熊を覗き見た。

「なんじゃありゃ?」
「すごいね。誰だろうあんな大きな熊倒したの」

 カウシ老師は二人の前までくると肩に手をのせた。

「お主らも持って帰るか?熊肉」
「いいんですか?」
「かなり大きいやつだからな。ここのもんだけじゃ食いきれんじゃろうな。内臓は駄目だぞ。持って帰る前にいたんでしまうでな」

 カンニと数人がずいぶんと立派な刃物を抱えてくる。大人四人がかりでようやく持ち上げれるほどの巨体でようやくといった様子で台の上に乗せるていた。仰向けにされた雪熊の胸元にはやはり丸い穴が開いている。ねじられたような形をした深い穴が穿っていた。

「族長かな?あんなマネできるのっていったら」
「族長?でもあのおっちゃんあんまり野生動物殺したりしないじゃん。よっぽどだったのかなこいつ」

 雪熊は白目をむいて舌を伸ばしている。苦痛はそれほどなかったのであろう。薄気味悪い熊の顔と穿ってねじ込まれたような胸元の穴を交互にカズンズは見つめていた。おそらく細長い棒状の物を使ったのであろう。穴の周りにはささくれた木片がいくつも突き刺さっている。
 雪熊の解体が始まり、集落が生臭い様相をしてきたこともあり二人は中央の広場から遠ざかった。あまりなじみがない光景に少し酔ったこともある。

「朝飯食う気になれねぇなあれ見たら」
「たしかに…」

 パリスの街でも冬を越すために時期になれば保存肉を作る。そのときは各氏族で羊や豚を卸すのだが、それは祭りの一環であった。普段は肉売りたちがその特殊で血なまぐさい仕事をしているためあまり命を奪うことを目にすることが二人にはなかった。目にしないことは無いのであるが慣れておらず、二人は胸元から水下あたりまで奇妙に柔らかく気色悪い塊を飲み込まされたような気分になっていた。
 おそらく青白い顔をしていたであろう二人が自分たちの天蓋までゆっくり歩いている。なるべく新鮮な空気を吸いたいという欲求がそうさせていた。そんな二人の前にフェリンがつまらなそうな顔をして、大麦の粉を固めて焼いたものを持ってきてくれた。ゾルト族だけではなくパリスでも良く作られる簡易的なパンである。

「どうしたの二人とも。随分顔色悪いけど」

 カズンズは渋い顔を作り、親指で広場の中央を指さす。しかしフェリンには伝わっていなかった。

「何かあったの?」
「熊、雪熊の解体してるよ。昨晩迷い込んだのを誰かが仕留めてそのままにしてたみたい」
「昨晩?私、結構晩くまで起きてたけど何も聞こえなかったけど」
「おっちゃんたちは集落のまわりにいたのを見てたみたいだけど、そいつがいつ入ってきたまではわかってなかったみたいだな」
「ふーん。それで?捌かれてるの見たら気持ち悪くなっちゃったんだ」

 カズンズが腹をさすりながら答える。

「朝っぱらからみるもんじゃねーなありゃ。流石に堪えた。そういやユーラは?一緒じゃないのか?」

 フェリンの不満顔が二人にも見て取れた。どうやら彼女にもどこにいるのか解らないようである。

「わかんない。朝からご飯渡そうと思って探してるけど、見当たらないのよね。二人と一緒じゃなかったの?せっかく作ったのに酷くない?」

 二人は首を振った。カズンズはついさっき起きたばかりだったし、早く起きていたタイロンも雪熊のことで天蓋の周りが騒がしくなったため外にでたのである。その時にはユーラの姿は天蓋の中になかったのである。

「見てないなぁ。どこ行ったんだろあいつ」

 三人は客用の天蓋へと戻る。フェリンは朝食を持ち運んできた。大麦の粉を焼いた物、山羊の乳茶、何か得体のしれない葉野菜が盛り付けられている。カズンズが乳茶を手に取る。中には細かく砕いた豆が入っている。一口すすると塩気が強くクセのあるヤギの乳の味が口に広がっていく。パリス人のカズンズは飲みなれなかったが意外と癖になるのである。
 カズンズとタイロンが大麦の焼いた物を手に取ると、天蓋の入り口が勢いよく開いた。少し顔色の悪いユーラが底には立っていた。三人はビクリとして入口のほうに顔を向けた。

「…おはよう」

 間の抜けたようにタイロンが声をかける。

「おはようさん」

 挨拶をするのもそこそこにユーラは葉野菜を手掴みにする。一気に口の中にほうりこんで租借した。新鮮な野菜から朝露が滴り、ユーラの口元を濡らした。

「少しは遠慮しなさいよユーラ」

 口の中の物をなんとか飲み込む。

「ちょっと硬いな」

 もごもごと口を動かし、乳茶を一気に飲み干す。行儀の悪い事この上ないがいつもユーラはこのような感じなので三人とも特に気にかけなかった。

「どこ行ってたの?」

 唐突にタイロンが聞きだす。雪熊の喧騒があったことを考えるとユーラの動きはいくつか不自然な部分も多い。

「族長に呼ばれてた。明後日にはパリスに物運ぶってさ。それとこれだ」

 ユーラは首から下げた銀色の造作を見せた。フェリンが目を大きくしてそのペンダントを見る。

「それってもしかして…」
「もう教えることないってさ」

 それは銀でできたペンダントであった。貴重な鉱石であり貨幣の材料にもなっている。その銀のペンダントの一部に透き通った丸い特殊な石がはめ込んであった。タイロンがその石を見て声を上げた。

「呆れたなそれって金剛石じゃない?」

 金剛石、つまりダイヤモンドはサウル盆地ではほとんど取れることはない。コウロン山脈で産出されると言われているが、交易品として取引されるのも稀である。コウロン山脈の諸部族の中にこの恐ろしく硬い鉱石を加工する技術が継承されておりハーン王とユーリア王妃の婚姻で用いられた伝承があった。スカージ家が王妃を娶るときにその習わしを継承していて権威の象徴としての意味合いを持っていた。そして決して壊れないという性質が永遠を意味している石でもある。

「ゾルト族の武術は全部教えたってさ。だからこれをくれたんだよ」

 カズンズは口の中の物を飲み込み、からかうように告げた

「益々ここから抜け出せなくなっちまったなユーラ」

 ユーラは満更でもなさそうにカズンズの言葉を肯定した。パリスに対する愛国心は三人とも人並みにあったであろう。しかしそれを意識するには三人とも若すぎた。帰属意識を持つほどパリスという都市にもゾルト族との関係も彼らの心の中に根を生やし広がってはいなかったのである。
 四人が各々食事を本格的に取り始めると、不意に天蓋の扉が開いた。ホウロが切り分けた熊肉を籠の中に詰めて持ってきたのである。

「ほれ。老師がもっていけってさ」
「ありがとう。ホウロ」

 ホウロはユーラのほうを見向きもしない。カズンズは熊肉を受け取るとホウロに尋ねた。

「結局誰があの雪熊しとめたんだ?」

 ホウロは首を横に振った。雪熊を処理している間その話題で大人たちは持ちきりであったが、だれも解らなかったようである。

「族長様も昨日の夜はおっさん連中と飲んでて明け方も外には出てないって話だったな。カウシ老師は自分の天蓋に引っ込んじまって酒かっくらってるし。わかんねぇよ」
「でもあんな穴開けれるって棒みたいなもんだよね」
「ん?穴?傷跡まで見てないな」
「ねじれた穴が胸に開いてたよ。棒みたいなもので突いたんだと思ったけど」

 ホウロは思うところがあるらしく、すこし顔色が変わった。その様子を半分寝たようにユーラは見ていたが突然柏手を打った。そこにいた四人はビクリとしてユーラのほうを向く。

「よし!腹も膨れたし。俺は寝るぞ」

 どうでもいい宣言をして、ユーラは自分の毛布にくるまった。

 


 雪熊の肉を抱えたまま三人はパリスの帰途へとついた。太陽は頭の上からやや西へと下がってきている。パリス迄は半日もかからず陽が沈む前には到着するであろう。穏やかな太陽の光と澄んだ高い青空が広がり緑の月という季節がら温い暑さが残っていた。
 パリスの黒い姿が遠目にも見えてくると、夏場に陽の光を吸って良く育った桑の葉が三人の行く道に出迎えるように並びパリスの天守まで黒い山のように続いていた。カズンズとタイロンは並んで先に馬を並べユーラは少し俯き加減で後ろについていた。
 三人とももうすぐこの時間が終わりを迎えることをなんとなく理解している。カズンズは分家とはいえ四家の出でありタイロンは養子とはいえメルシゴナ氏族の直系にあたる。その二人と比べユーラの出自はあまりにも違い過ぎていた。努力では補うことのできない見えない壁があるユーラは気にしている様子を見せていないが、カズンズはパリスの氏族間にある上下関係のことを小さなころから幾度となく見せつけられていた。婚姻や交友関係も子供の頃は許されたものが段々と制限されていくのである。
 カズンズはいずれ訪れるその時を思うと、どこか憤りもあり寂しさも感じていた。少年であることを世間が許さなくなってきているのを節に感じているのであった。二人の会話をぼんやりと聞きながらも抗うことのできない未来をカズンズは思わずにはいられない。どうにかこの関係をいつまでも続けていくことが出来ないのかと常に考えているのであった。

「冬ごもりの祭りには従兄にいさんも戻ってくるらしいよ」
「オグナルさんが?もう一年以上軍役ついてるよなぁ」
「ジロンとはもう大丈夫なんだけど西の湿地帯のほうが大変らしいね」
「前のユリシア領かぁ。宗家が無くなってノマドとかが邑作っちゃ滅ぼされてるんだっけ?」

 旧ユリシア領。そこは権益の奪い合いと富の草刈り場と化していた。スカージ・オルギンは大きな都市とは交易を結び自治を安定する政策を取ってはいたが、その周辺邑に関しては切り取り次第という事で保護すらしていない。むしろ旧ユリシアの差配を任されたオルギンは積極的に富を奪うことをしている。人身売買や麻薬はもちろん食料を最低限生産させ残りの土地はすべて原料の生産にあてさせるなど、自由を制限していた。安く大量に作られた原料は大都市に移され加工品となり大陸行路を伝わって各地に運ばれる。原料だけを大量に作らされた邑は食料を高値で買わされ富を収奪されている。そのような歪な経済をオルギンは行っていたのである。
 スカージ・オルギンのやり様に嫌気がさした旧ユリシア領で西側にある都市や邑にはパリスの権益に入ることを考えはじめそこにローハンとパリスとの間の摩擦が生まれているのであった。邑を捨てた棄民がパリス領内にはいり庇護を求めるのをオルギンの兵たちが連れ去っているのである。そこにきてジロンの動きであった。ユリシアの北側に位置するこのオアシス都市国家は、ユリシアという壁がなくなるとあっという間にローハンの軍門に下っているのであった。


「東っかわの山のほうから帰ってきたアケドナのやつらの話じゃ、ジロンの息がかかったやつらがかなり挑発的なんだってよ」
「なんか穏やかじゃないね。ユリシア家が滅ぼされてから10年もたってるのに」
「わざと野放しにしてんだろうな。人がいなくなりゃそこに住み着くやつはいくらでもいるだろ。それをまた攫って奴隷に売っぱらっちまうみたいなことしてんだよ」

 陰鬱な話である。この時代まだ食料事情はそれほど問題になっていない。奪われ飢えて死ぬことは日常茶飯事であったが、生き殺しのように搾取されることによって生まれる富の格差は、それほど顕著に表れていないのである。自然界にある食料で満たされるだけの人口しかいなかったことも理由だが、人類が塊となっている範囲が狭いのであった。それは同時に身内を売り渡すというような悲惨な現象が起きていないことにもなる。ローハンや大内海沿岸の大きな都市では、すでに身売りのようなことも頻発しているが、それはスカージ・オルギンという強大な宗族が存在しその支配下の元で行われている経済活動の一環なのであった。
 サウル盆地南部で攫われた人間はローハン盆地やさらに東や南に売られていく。そうやって人の不幸の上にローハンの宗家は巨大な富をかき集めていく。もちろん人だけではなく物も知識も売れそうな物は全てローハン盆地に集められ捌かれて行くのであった。
 今そんな草刈り場になっているのが旧ユリシア領である。宗家が滅び去りそこへオルギンのような強欲な氏族が幅を利かせ依怙贔屓と不正の巷を作り上げている。もちろん飢えて死ぬ前にオルギンやスカージに反抗するものもいなくはないが、そんなものは作り上げられた数だけ虱潰しにされていた。パリスとて気を抜けばいつユリシア家のようになるのかわかったものではない。


 三人が剥き出しになり草も生えることを許されない道に馬を進めている。騎乗できるのはあとどれくらいであろう。
 兵役に付けば馬に乗ることは許されなかった。戦に対して伝統を重んじるという非効率なことをしている時代で、祭祀としての位置づけもある。戦車に長槍、弓矢に口上。これらが戦のルールで、それからはみ出ることは卑怯者のすることであり、騎兵は指揮官や都市指導者だけの特権なのである。彼らは富豪層で都市国家の運営を行い責任を負った階級でもあった。見栄えのほうが重要で兵力としての騎兵は戦では勘定にもはいっていない。
 新兵にすらなっていない若者三人がいきなり騎兵として馬を乗って戦場にでれば、その場で打ち首になるほどの重大な違法として捉えられることであろう。
 戦は口上を行い、自分たちの正義を主張するところから始まる。そこで上手く相手を言い任せれるかも指揮官の能力を推し量るところである。次に弓をお互い打ち合い、そして歩兵の突撃を行う。ここからが本格的な闘争になり弓兵はその乱戦を補助する。最終的に勝敗を決めるのは戦車になる。戦車が投入されれば乱戦の中長物も半弓も戦車から使われることになり地獄絵図になっていく。それがこの時代の戦の姿であった。
 カズンズは三人の中では少し立場が変わる。戦場に出ても最初から兵士として配置されることはない。分家とはいえ四家の一族が危険な場所に出ることはなかった。タイロンは右手が欠損しているというハンデがある。このため前線に出ることはないであろう。後方の兵站や情報伝達をすることになる。この中で一番人を殺し、殺される可能性が高いのがユーラであった。
 ユーラの出自は決して良くはない。アボット家は大きい氏族であったが、ユーラは分家も分家であり、父親が氏族からもないがしろにされているような家の出である。兵役に付けば縁故が働き危ない場所に配置されるのはどうしようもない事であった。運が良ければ一番小さな五人組の部隊『隊伍』に古参の伍長がいて生存率があがる。それでも戦場では捨て石の一つでしかない。小さな氏族の犠牲の上に都市国家の安全と平和が成り立っているわけであった。それだけに都市国家の宗主や指導部は、無責任に戦など起こすわけにはいかないのである。
 ユーラはこのことを分かってるはずであった、しかしそれほど悲観した様子もない。飯事のようなことではあったがゾルト族との友好を宗主直々に命ぜられたあたりから、パリスがユーラを腫物のように扱っているような雰囲気があった。とりあえずカズンズとセットで扱えばよいと判断されている節がある。そのことがカズンズを不愉快にさせていた。小さな氏族の出自など取るに足らない駒にしか見ていないパリス指導部の考えが透けて見えている。

 桑の林を抜け三人の目にパリスの黒い天守が見えてくると、その先が一面黄色い大地が広がりパリス迄続いている。遅咲きの向日葵が一斉に開花していたのだ。

「こりゃすげぇ」
「パリス出るときは咲いてなかったのに・・・」 

 三人を迎えるように同じ方向を向いている。カズンズとタイロンはその風景に飲み込まれている。
 一面に広がる向日葵の鮮やかさと、抜けるような高く青い空のコントラストがカズンズの心の靄を吹き飛ばした。ずっと考えていたが、どうしても一歩踏み出せずにいたこと。それがこの透き通った世界にいるカズンズの背中を押した。

「テルベ、ユーラ。相談があるだけど」

 いつの間にかユーラが二人に並んでいた。このところユーラは心を動かされた様子を見せることがない。冗談や馬鹿話、くだらない駄洒落は考えもなく口に出すのだが、どこか計算されている感じがある。
 タイロンはカズンズに顔を向ける。

「なんだい?かしこまって」
「街に帰ったら嫌でも真面目ぶってないと駄目なくせに、ここでも真面目な顔してたら、頭禿げるぞ」

 ユーラはカズンズの父親の頭髪が薄いことを知ってからかっているのである。しかしカズンズは真面目腐って言葉を選んだ。

「ずっと考えてたんだ。三人で義兄弟にならないかって・・・」

 突然のことにタイロンは言葉が出ない。義兄弟つまり三人でヴァルドを結ぶということをカズンズが言いだすとは思いもよらなかった。ある意味では氏族や君主とならう都市宗族よりも義兄弟の契を優先せねばならないことも生まれかねない。軽々しく契約することではないのであった。ましてやカズンズが二人と義兄弟になる利点が少ない。パリス四家の出自であるカズンズのほうが、二人よりも責任を果たさなければならないことが増えるのは明白なのだ。
それをカズンズから言いだしたことが、決意の重さがあった。
 ユーラはいつもより険しい顔になっている。ことによれば自らの命よりも重い契約、それがサルビム人のヴァルドなのである。

「子供の遊びじゃないぞ。わかってんだな?」
「もちろんだ」
「俺の家はコルピン家の小間使いだぞ?それでもいいのか?」

 ユーラの言葉にははっきりとパリスの仕来りを確認する強さがこもった。小間使いの氏族に自分の命を捧げなければならない事態も起こりえる。それをコルピン家の面々に認めさせねばならない。その意味を問いかけている。
 カズンズはむっつりとして大きく頷いた。
 ユーラは諦めたように息を大きく吐き出した。カズンズが真面目腐って決めたときは大内海の津波やハルゼロンの雪崩でも動かせないことを知っている。

「わかったよ。カズンズ。よくわかった。テルベお前もいいのか?」

 タイロンはメルシゴナに繋がるとはいえ全く身寄りがない。メルシゴナにもザウストラにも恩はあったが、何かを求める気はさらさらなかった。二つの家ともタイロンに何かを継がせる気はないであろう。逆説的ではあったが命を助けられたことへの恩義を返すか返さないかというタイロン個人の問題でしかなかった。つまり彼は氏族というものに縛られていないのである。

「二人が俺でもいいって言うなら断る理由はないよ。まぁこんな体だから使いもんになるかわかんないけどさ」
「そう悲観するな。パリスのお偉方はお前が一番出来がいいって思ってるみたいだからな」

 カズンズの言葉にユーラが大きな声を出す。

「ちげぇねぇや。兵役終わったら大使様候補だからなテルベは」
「よせやい。そんな簡単になれるもんか」

 三人は抜けるような青い空の下で誰はばかることなく笑い声をあげた。伝説では向日葵の前で義兄弟になったとされているが、実際にはこの後パリス神殿で正式にヴァルドを結ぶことになる。スカージ歴776年、緑の月48日ごろのことであると年代記には記されている。
 


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました

小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。 しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!? 助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、 「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。 幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。 ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく! ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おいでよ!死にゲーの森~異世界転生したら地獄のような死にゲーファンタジー世界だったが俺のステータスとスキルだけがスローライフゲーム仕様

あけちともあき
ファンタジー
上澄タマルは過労死した。 死に際にスローライフを夢見た彼が目覚めた時、そこはファンタジー世界だった。 「異世界転生……!? 俺のスローライフの夢が叶うのか!」 だが、その世界はダークファンタジーばりばり。 人々が争い、魔が跳梁跋扈し、天はかき曇り地は荒れ果て、死と滅びがすぐ隣りにあるような地獄だった。 こんな世界でタマルが手にしたスキルは、スローライフ。 あらゆる環境でスローライフを敢行するためのスキルである。 ダンジョンを採掘して素材を得、毒沼を干拓して畑にし、モンスターを捕獲して飼いならす。 死にゲー世界よ、これがほんわかスローライフの力だ! タマルを異世界に呼び込んだ謎の神ヌキチータ。 様々な道具を売ってくれ、何でも買い取ってくれる怪しい双子の魔人が経営する店。 世界の異形をコレクションし、タマルのゲットしたモンスターやアイテムたちを寄付できる博物館。 地獄のような世界をスローライフで侵食しながら、タマルのドキドキワクワクの日常が始まる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...