8 / 12
剥がされた聖衣、選ばれし声
しおりを挟む
帝都評議会の決議は、迅速だった。
月神ルナエを祀る神殿の長老会議は、評議会の圧力に屈し、
「月の巫女・ユスティーナに神託の誤謬があった疑いあり」との声明を発した。
その一文は、事実ではなく政治的な詔だった。
だが帝都においては、 真実よりも誰が語ったかのほうが意味を持つ。
巫女の聖衣は剥がされ、表向きは「儀礼の停止」、実質は“追放”の始まりであった。
***
その日、ユスティーナは月神殿の奥、静謐の間にて
最後の祈りを捧げていた。
銀の衣は剥がされ、儀式の宝珠はすでに没収されていたが、
彼女の祈りは、何ひとつ変わらぬ静けさを保っていた。
(聖衣は失われても、祈りは私の中にある)
その胸の奥で、彼女は知っている。神の声が遠のいたのではない。むしろ、 今まで以上に、はっきりと人の声が聴こえるようになったのだ。
民の怒り、悲しみ、希望、祈り……
それは、神の御言葉以上に、生々しくて、あたたかい。
「ユスティーナ様……」
声に振り返れば、そこにいたのは侍女のリシェルだった。
「……これを。公爵様からの文です」
彼女が差し出した小さな封筒を受け取る。
中には短い言葉が記されていた。
『民の声が、お前を聖なる者にする。
それが帝国の真の神託であると、俺は信じる。
決して頭を下げるな。お前は選ばれた声なのだから。――ヴァルデリオ』
その言葉に、ユスティーナの瞳が揺れた。
(私は……選ばれた声。神にではなく、民に。)
そう気づいた瞬間、視界に月の光が差し込んだ。
窓の外、雲が流れ、銀の月がくっきりと空に浮かぶ。
そして彼女の意識の中に、また新たな未来が降りてくる。
燃え落ちる帝都の尖塔。
評議会の玉座が崩れ去り、 その上に立つ若き皇子。
まだ幼さを残す顔立ちに似合わぬ、確かな意志の光をその瞳に宿していた。
銀の瞳。
あの幻で見た“未来の王”。
(この子が……次の帝国を担うの?)
そして、彼女の中に、確かな確信が芽生えた。
この少年こそが、途絶えた皇統の光。
(ならば私は、この光を導く者になる。神ではなく、
……人として)
ユスティーナは立ち上がり、残された祈祷室を静かに後にした。
その背には、聖衣はもうない。
***
ユスティーナは神殿を離れ、いまは帝都近郊の静かな村に身を寄せていた。
粗末な衣に身を包み、村人と共に畑を耕し、病を癒し、子どもに祈りの言葉を教えていた。
「ユスティーナ様、この草はもう乾かしてよろしいでしょうか?」
年老いた女性が手にした薬草を掲げて尋ねる。
「ええ、午後の光が一番よく効きます。陰干しにして、風通しの良い場所へ」
「本当に……あなたがいてくださって助かります。巫女様じゃなくても、私たちにとっては救いです」
微笑んでうなずいたユスティーナのそばで、子どもたちが輪になって祈りの歌を口ずさんでいた。
「ねえ、。ユスティーナ、月の神様はほんとに見てるの?」
「もちろん。けれど、見てるのは空の上だけじゃないのよ。君たちの心の中にも、ちゃんと光は届いてるの」
子どもが笑い、ユスティーナもまた、静かに微笑む。
そんな彼女の姿に、民は敬意を込めて、「月の娘」と呼ぶようになった。
「もう、巫女ではありません。でも……祈ることはやめていません」 そう微笑む彼女の姿に、民は敬意を込めて、「月の娘」と呼ぶようになった。
***
その頃、ヴァルデリオは評議会の動きを見据え、軍を再編し始めていた。
表向きは国境警備の強化、だがその内実は、帝都への示威である。
「奴らが彼女を切り捨てるなら、俺はこの剣で帝都に問いかける。
……誰が真にこの国を導くべきかを」
彼の言葉は私兵団の中枢へと静かに伝わり、
その夜、各地の駐屯地に密やかな命令が下された。
忠義厚き将たちは応じ、剣を整え、馬を鍛え、補給線を引き始める。
「殿下、お心のままに。我らの剣は、正義のためにございます」
かつてただ戦の炎で恐れられた“火の公爵”は、今や“盾”としてその名を刻もうとしていた。
部下たちは沈黙の中でうなずき、忠義の剣を携えて動き始めた。
そしてユスティーナは再び未来視を視ることになる。
新たに現れた“若き皇子”の幻影は、徐々にその姿を結び始めていた。
ある夜、彼女は夢の中で、その少年と対話する。
「……あなたの名は?」
「僕は知らない。けれど、誰かが“レオニス”と呼んだ気がする」
銀の髪、銀の瞳。どこかユスティーナに似た面差し。
「君が僕を導くの?」
「……いいえ。私は、君が立つその時まで、ただ傍らにいるだけ」
月光の下、ふたりは手を取り合う。
(この子が未来を変える。そして私は……その礎となる)
小さな手のひらの中にある希望の重さが、ユスティーナの胸を静かに打つ。
この少年の背に、やがて帝国の運命がのしかかるのだとすれば――
彼が倒れぬよう支える盾になり、進むべき道を照らす灯にならなければならない。
それは聖職ではない。信仰でもない。
ただ、一人の人間として、誰かの未来に手を添えるということ。
(そのためなら、私はもう一度、立てる)
ユスティーナの祈りは、再び静かに燃え始めていた。
それは神への祈りではない。人と人とをつなぐ、新たな希望の火。
月神ルナエを祀る神殿の長老会議は、評議会の圧力に屈し、
「月の巫女・ユスティーナに神託の誤謬があった疑いあり」との声明を発した。
その一文は、事実ではなく政治的な詔だった。
だが帝都においては、 真実よりも誰が語ったかのほうが意味を持つ。
巫女の聖衣は剥がされ、表向きは「儀礼の停止」、実質は“追放”の始まりであった。
***
その日、ユスティーナは月神殿の奥、静謐の間にて
最後の祈りを捧げていた。
銀の衣は剥がされ、儀式の宝珠はすでに没収されていたが、
彼女の祈りは、何ひとつ変わらぬ静けさを保っていた。
(聖衣は失われても、祈りは私の中にある)
その胸の奥で、彼女は知っている。神の声が遠のいたのではない。むしろ、 今まで以上に、はっきりと人の声が聴こえるようになったのだ。
民の怒り、悲しみ、希望、祈り……
それは、神の御言葉以上に、生々しくて、あたたかい。
「ユスティーナ様……」
声に振り返れば、そこにいたのは侍女のリシェルだった。
「……これを。公爵様からの文です」
彼女が差し出した小さな封筒を受け取る。
中には短い言葉が記されていた。
『民の声が、お前を聖なる者にする。
それが帝国の真の神託であると、俺は信じる。
決して頭を下げるな。お前は選ばれた声なのだから。――ヴァルデリオ』
その言葉に、ユスティーナの瞳が揺れた。
(私は……選ばれた声。神にではなく、民に。)
そう気づいた瞬間、視界に月の光が差し込んだ。
窓の外、雲が流れ、銀の月がくっきりと空に浮かぶ。
そして彼女の意識の中に、また新たな未来が降りてくる。
燃え落ちる帝都の尖塔。
評議会の玉座が崩れ去り、 その上に立つ若き皇子。
まだ幼さを残す顔立ちに似合わぬ、確かな意志の光をその瞳に宿していた。
銀の瞳。
あの幻で見た“未来の王”。
(この子が……次の帝国を担うの?)
そして、彼女の中に、確かな確信が芽生えた。
この少年こそが、途絶えた皇統の光。
(ならば私は、この光を導く者になる。神ではなく、
……人として)
ユスティーナは立ち上がり、残された祈祷室を静かに後にした。
その背には、聖衣はもうない。
***
ユスティーナは神殿を離れ、いまは帝都近郊の静かな村に身を寄せていた。
粗末な衣に身を包み、村人と共に畑を耕し、病を癒し、子どもに祈りの言葉を教えていた。
「ユスティーナ様、この草はもう乾かしてよろしいでしょうか?」
年老いた女性が手にした薬草を掲げて尋ねる。
「ええ、午後の光が一番よく効きます。陰干しにして、風通しの良い場所へ」
「本当に……あなたがいてくださって助かります。巫女様じゃなくても、私たちにとっては救いです」
微笑んでうなずいたユスティーナのそばで、子どもたちが輪になって祈りの歌を口ずさんでいた。
「ねえ、。ユスティーナ、月の神様はほんとに見てるの?」
「もちろん。けれど、見てるのは空の上だけじゃないのよ。君たちの心の中にも、ちゃんと光は届いてるの」
子どもが笑い、ユスティーナもまた、静かに微笑む。
そんな彼女の姿に、民は敬意を込めて、「月の娘」と呼ぶようになった。
「もう、巫女ではありません。でも……祈ることはやめていません」 そう微笑む彼女の姿に、民は敬意を込めて、「月の娘」と呼ぶようになった。
***
その頃、ヴァルデリオは評議会の動きを見据え、軍を再編し始めていた。
表向きは国境警備の強化、だがその内実は、帝都への示威である。
「奴らが彼女を切り捨てるなら、俺はこの剣で帝都に問いかける。
……誰が真にこの国を導くべきかを」
彼の言葉は私兵団の中枢へと静かに伝わり、
その夜、各地の駐屯地に密やかな命令が下された。
忠義厚き将たちは応じ、剣を整え、馬を鍛え、補給線を引き始める。
「殿下、お心のままに。我らの剣は、正義のためにございます」
かつてただ戦の炎で恐れられた“火の公爵”は、今や“盾”としてその名を刻もうとしていた。
部下たちは沈黙の中でうなずき、忠義の剣を携えて動き始めた。
そしてユスティーナは再び未来視を視ることになる。
新たに現れた“若き皇子”の幻影は、徐々にその姿を結び始めていた。
ある夜、彼女は夢の中で、その少年と対話する。
「……あなたの名は?」
「僕は知らない。けれど、誰かが“レオニス”と呼んだ気がする」
銀の髪、銀の瞳。どこかユスティーナに似た面差し。
「君が僕を導くの?」
「……いいえ。私は、君が立つその時まで、ただ傍らにいるだけ」
月光の下、ふたりは手を取り合う。
(この子が未来を変える。そして私は……その礎となる)
小さな手のひらの中にある希望の重さが、ユスティーナの胸を静かに打つ。
この少年の背に、やがて帝国の運命がのしかかるのだとすれば――
彼が倒れぬよう支える盾になり、進むべき道を照らす灯にならなければならない。
それは聖職ではない。信仰でもない。
ただ、一人の人間として、誰かの未来に手を添えるということ。
(そのためなら、私はもう一度、立てる)
ユスティーナの祈りは、再び静かに燃え始めていた。
それは神への祈りではない。人と人とをつなぐ、新たな希望の火。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】顔が良ければそれでいいと思っていたけれど、気づけば彼に本気で恋していました。
朝日みらい
恋愛
魔物を討伐し国を救った若き魔術師アリア・フェルディナンド。
国王から「望むものを何でも与える」と言われた彼女が選んだ褒美は――
「国一番の美男子を、夫にください」
という前代未聞のひと言だった。
急遽開かれた婿候補サロンで、アリアが一目で心を奪われたのは、
“夜の街の帝王”と呼ばれる美貌の青年ルシアン・クロード。
女たらし、金遣いが荒い、家の恥――
そんな悪評だらけの彼を、アリアは迷わず指名する。
「顔が好きだからです」
直球すぎる理由に戸惑うルシアン。
だが彼には、誰にも言えない孤独と過去があった。
これは、
顔だけで選んだはずの英雄と、
誰にも本気で愛されたことのない美貌の青年が、
“契約婚”から始める恋の物語。
ひめさまはおうちにかえりたい
あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)
王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編)
平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
おさななじみの次期公爵に「あなたを愛するつもりはない」と言われるままにしたら挙動不審です
ワイちゃん
恋愛
伯爵令嬢セリアは、侯爵に嫁いだ姉にマウントをとられる日々。会えなくなった幼馴染とのあたたかい日々を心に過ごしていた。ある日、婚活のための夜会に参加し、得意のピアノを披露すると、幼馴染と再会し、次の日には公爵の幼馴染に求婚されることに。しかし、幼馴染には「あなたを愛するつもりはない」と言われ、相手の提示するルーティーンをただただこなす日々が始まり……?
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる