観月異能奇譚

千歳叶

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第七章 十三夜

遭遇、密談の陰

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 誠一から渡された書類は、上層部への確認が必要となるものだ。しばらく見ていないいくつかの顔を思い浮かべ、またしても嘆息してしまう。……正直気が重い。
 のろのろと通路を歩いていると、見覚えのある後ろ姿を見かけた。気に食わない奴だが挨拶くらいはしておくか。

「かな――」

 呼びかける声を途中で飲み込んだ。が誰かと会話していることに気づいたからである。
 素早く距離を取り、そっと様子を窺う。一つに束ねられ、短い尻尾のようになった髪が見えた。その向こう側には、緩く編まれた黒髪も。どう見ても要と千秋だ。

「――」

 何を話しているかまではわからない。だが、戸惑ったような口調とやや荒れた語気だけは理解できた。何かで揉めているのか、わたしが間に入れる内容だろうか。
 ほんの数歩、接近する。どうやら要が怒っていて、千秋はそれに戸惑っている――ように見せかける演技かもしれないが――ようだ。

「当然のように身内を復讐に巻き込んで、それで満足ですか」

 もう少し近づこうとした足がぴたりと止まる。……千秋が「復讐」を企んでいることを裏付けるような発言だ。嫌な汗がじわりとにじむ。
 わたしの緊張をよそに、千秋は普段とほとんど変わらない様子で「今更そんなことを聞くんだ」と苦笑した。

「悲しいなぁ。これでも味方として信頼してたんだけど」
「俺は、あなたの味方をする気はありません」
「それはそうだね。君はずっと――あ」

 不自然に途切れた千秋の言葉。続く言葉を求めるようにじりじりと接近していくと、彼は「音島さん」と呟いた。気づかれたのか。内心で舌打ちを一つ。

「は?」

 困惑した様子の要に近づく。二人に見えるよう書類を掲げることも忘れない。

「幹部の確認が必要な書類、持ってきたんだけど」

 居合わせたのはあくまでも偶然だ、と主張する。そのおかげか、わたしは叱責を受けることなく仕事の話をすることに成功した。

「あぁ、〈十三夜〉関連の書類か。……ここは水沢の人たちに一任してる分野だね」
「……なるほど。確認後、以降の手順を命じさせます」

 手にしていた書類が要の手に渡る。これで用事は済んだ、と安堵していると、二方向から視線を感じた。

「何か言いたいことでもあるの?」

 すかさず聞いてやる。しかし二人は何かを言うことなく首を左右に振るだけ。それなら今の視線は何だったのだろう。気になるしどことなく不愉快だが、問い詰めたところでどうせろくな答えは返ってこない。諦めて肩をすくめるだけに留めた。

「……ならいいけど。もう戻っていい? それとも指示聞いてから戻らないと駄目?」
「少々お待ちを。奴の判断にそう時間はかからないので」
「暫定とはいえ一家の当主のはずなんだけどね、その判断を下すの」

 入れられた茶々に反応を見せることなく、要はスタスタと歩き始める。わたしは慌てて千秋に会釈して、傲岸不遜な青年の後に続いた。

「自分勝手なのは変わらないんだ」
「あなたの歩幅が狭すぎるんですよ」

 一向に緩まる兆しのない速度に文句をつける。しかし要は冷たく切り捨てるなりさらに歩幅を大きくした。

「……当主の執務室は五階にあります。エレベーターで構いませんね?」
「聞くつもりないでしょ」

 問いかけられた時点でエレベーターの下ボタンは押されている。確認されても困るし、何ならわざわざ聞かないでほしいくらいだ。
 苛立ちながらもエレベーターを待つ。奴が沈黙を保ち続ける様子にも腹が立ってきて、喧嘩を売るように言葉を放った。

「あんたがわざわざ他人の指示に従う側を選ぶ意味がわからない。どう考えても自分に従わせたがる性格してるのに」

 水沢家当主の座をあっけなく手放して補佐に回ったことも、千波の部下であり続けたことも。この男の性質を考えると不可解だ。
 そんなわたしの――八つ当たりにも似た――問いかけに、しかし要はあっさり「誰かを支える方が性に合うので」と言い放った。出任せにも程がある。

「疑われているようですが、嘘ではありませんよ。信頼できる方を支えるのも案外悪くないものです」
「……じゃあ」

 ぽつり、小さな声をこぼす。表に出すつもりなんてかけらもなかったものだ。普段通り無視してくれればいいのに、そういうときに限ってこいつは「はい?」と聞き返してきた。

「どうして千秋の味方じゃない、なんて言ったの?」
「盗み聞きですか。……いや、あんな場所でやり合っていたのが間違いか」

 要は肩をすくめ、到着したエレベーターにすかさず乗り込む。わたしも続けて乗り込むと、ドアが静かに閉まっていき――かすかに空気が揺れる気配を感じた。

「……今、何か言った?」

 軽く壁にぶつかっただけかもしれないし、単なる気のせいかもしれない。切り捨てるのは簡単だったが、なぜかそう思えなかった。きっと今を逃せば、要の本心――一部とはいえ――を知ることはできない。そんな気がする。

 彼がわざわざ引いたであろう線を踏み越える緊張感に震える手を、握りしめることで誤魔化す。しかし、要はわたしの葛藤さえも素知らぬ顔で肯定を返してきた。

「俺があの方に力を貸すのは、そうしなければ守れないものがあるから。それだけのことです」

 弱々しく吐き出された言葉に息を呑むと、要はらしくもなくうつむく。情けない、そう続いた自嘲へ何かを返すことすらできなかった。
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