観月異能奇譚

千歳叶

文字の大きさ
51 / 128
第四章 星月夜

一ノ瀬牡丹の苦難

しおりを挟む
 聞いてくれますか。弱々しく落とされた言葉に肯定を返す。わたしでよければ、そんな言葉を付け加えて。

「ありがとうございます。長く、つまらない話ですが――」

 小さく頭を下げ、牡丹が言葉を紡ぐ。彼女曰く「長く、つまらない話」は、強い感情を纏うことなく音として部屋に落とされる。
 牡丹と蒼は、姉弟だった。ただし、血縁関係のない――いわゆる「義理」の――姉弟という注釈がつくが。牡丹の父が幼少期の蒼を引き取り、一ノ瀬家の人間として育ててきたらしい。

「それだけであれば、わたしも彼を『弟』として認識したでしょう。庇護する対象だと、姉弟としての慈愛を与えたかもしれません」
「……わざわざそう言うってことは、そうはならなかったんだね」
「はい。……父は、わたしではなく彼を後継者として指名したのです」

 一ノ瀬家は、代々文化振興を担ってきた名家。その役割を蒼に与え、実子である牡丹には婚約者を決めさせた。高校卒業と同時に結婚しろ、と圧力までかけて。

「それって……」

 厄介払い、喉元まで出かかった言葉は飲み込んだ。たとえ事実だとしても、その言葉は牡丹を傷つけてしまうだろう。
 しかし、彼女は表情を変えずに「体のいい厄介払いですね」と頷いた。悲しみはなく、ただ湿度のない諦めだけが見える。

「婚約者候補として紹介された方たちは、揃って名家の人間でした。……邪魔なわたしを追い出し、同時に名家との結びつきを強める。父にとってはこれ以上ない良案だったのでしょう」
「……でも、牡丹の意思は無視してるよね」
「父にとって、わたしは道具でしかありません。命令を素直に聞く『人形』であれば、後継者など誰でも構わない。あの人はそう思っているはずです」

 話を戻します。先ほどと変わらず感情の乗らない声が、名家の薄闇を暴き出していく。牡丹の父――一ノ瀬家の当主は、蒼を「人形」として扱うことを目論んだらしい。

「しかし、悪事は暴かれるもの。父の魂胆に気づいた義弟は、あらゆる手を使って父……一ノ瀬家を糾弾しました。彼の取った手段の一つが、異能を利用することです」
「異能でどうにかなる問題なの?」

 思わず口を挟んでしまった。しかし牡丹は嫌な顔をすることなく「音島さんの疑問も理解できます」と返してくれる。

「巷で耳にする機会の多い異能であれば、どうにもならなかったかもしれません。ですが、彼は特殊な異能を持っているのです」

 牡丹はその異能の名を明かした。――精神操作。千秋と同じ異能だ。

「彼は異能を用いて父に罪を自白させました。そして、その力を制御しきれずに暴走させてしまった。……そして、珍しい異能を求める組織に狙われ始めました」

 話は続く。蒼が悪事を暴いたことで、牡丹自身も狙われることになったらしい。当主が悪事を働いていたとしても、一ノ瀬家が代々受け継がれてきた知恵を手に入れたいと画策する者は多いのだ――彼女はそう呟く。まるで「自分そのものに価値はない」とでも言いたげな顔をして。

「誰も彼も信用ならない中、七彩さん……婚約者の妹さんが手を差し伸べてくれたのです」
「え、七彩? 牡丹と七彩って知り合いだったんだ……」

 聞き馴染みのある名前に反応する。まさか、ここで七彩が話に絡んでくるとは思わなかった。しかも「手を差し伸べてくれた」とは、一体。
 わたしが発した疑問の声に、牡丹は目を丸くした。知り合いだったのですね、その呟きには驚きが見て取れる。

「七彩さんは高校の後輩でもあり、何かとわたしを気にかけてくれていました。わたしと義弟を取り巻く状況を知って、このお店を紹介してくれたのです」
「……そうだったんだ」

「義弟はこの店で『倉橋蒼』を名乗っていますが、戸籍上の名前は未だ『一ノ瀬蒼』となっています。意外と不器用な彼は『義理の姉ではない』わたしをどう扱っていいか決めかねているのでしょう」

 牡丹はそう話を締めくくった。これ以上説明することはないと言いたげに口を閉ざす彼女へ、話してくれた感謝を述べる。――きっと、牡丹は思いもしないだろう。わたしを信用し話してくれたことが、小さな救いになっていることなんて。

 何を信じていいのかわからないのは、今のわたしも同じだ。自分自身すら信じられないわたしを、少なくとも牡丹は信用してくれて、過去を打ち明けてくれた。ならば、その信用を裏切りたくはない。
 わたしが信じるべきは、聞こえのいい情報だけを与える相手ではなく――わたしを信じてくれる人たちだ。頭では理解していたはずの事実が、質量を持って「納得」に変わる。

「……ありがとう、牡丹」

 改めて感謝を伝えると、牡丹は怪訝な顔をした。感謝される理由がわからない、とでも言いたげな顔だ。わからないならそれでも構わない。ただ、わたしが彼女にお礼を言いたかっただけだから。
 怪訝な顔のままでいる牡丹を「何でもないよ」と煙に巻き、わたしは立ち上がる。少し早いが、そろそろ仕事に戻ろう。

「じゃあ、先に戻ってるね。牡丹はまだ休憩時間で――」

 突如――わたしの言葉を切り裂くように、ホールからガラスが割れる音が聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪

山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。 「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」 そうですか…。 私は離婚届にサインをする。 私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。 使用人が出掛けるのを確認してから 「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...