観月異能奇譚

千歳叶

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第五章 朧月

不明瞭、隠れた真意

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「この声は……八辻さん?」

 那津が目を見開く。そして辺りを見回し、先ほど通り過ぎたばかりのドアを開けようとした。押しても引いても耳障りな音を発するだけのそのドアは、やがて内側から開けられる。どうやら電子ロックがかけられていたようだ。

「……どうぞ。ここなら見つかりませんから、安心してください」

 急かされるままに入室する。中にいたのは那津の推測通り綾だった。しかし、いつも〈オアシス〉で見るような柔らかな笑顔は見る影もない。どこかやつれた顔をして、彼女は口を開く。

「お二人がどうしてここにいるかは聞きません。それでも、私にはあなたたちを無事に帰す義務がある」
「義務って、そんな大げさな。わたしたちは自分からここに来たんだから、綾が気負う必要はない」
「いいえ。きっと、私を助けに来たのでしょう? そうであれば、原因である私が尽力するのは当然のことですよ」

 わたしがどう反論しても、綾が主張を翻す様子はない。頑固なところが少し千波に似ている気がする。異能が同じだと性格も似てくるのだろうか。
 頭の片隅でどうでもいいことを考えながらも、騒がしくなりだした部屋の外へ意識を向ける。バタバタと走り回るような足音と共に、どこへ消えた、と怒鳴る声が聞こえた。

「……喋っている場合でもないですね。とにかく、お二人はこっちのドアから出てください。すぐ出入り口が見つかるはず――」
「七十九番、何をしようとしているのですか」

 突如、感情の乗らない声が耳に届く。那津と二人でぎこちなく振り向くと、想像通りとでも言うべきか――冴島の姿があった。

「許可なく外部と接触しないように。そして、あなた方は……」

 女の視線がわたしたちを射抜く。びくり、思わず身を竦ませると、なぜか深いため息が聞こえてきた。

「……なぜここにいるかは問いません。一刻も早く検査室へ戻っていただきます」

 そう言って、冴島は那津の腕を掴む。かなりの力が込められていたのか、那津が痛そうに顔を歪めた。

「い……っ」
「ちょっと、那津が痛がってるでしょ。わたしたちが『貴重な研究対象』だって言うなら、そんな雑に扱わないでくれる?」
「あなた方が反抗しなければ私もそうしていましたよ。逃亡を企てた以上、これは必要な措置です」

 こちらへ来なさい。冴島がずるずると那津を引きずり、部屋を出ていく。那津の安全を守るためにも、あの女の指示に従わざるを得ない。暗い目をした綾をちらりと一瞥した後、わたしも退室した。
 あれだけ騒がしかったのが嘘のように、廊下は静まりかえっている。わたしたちの足音だけが響く中、突然冴島が足を止めた。

「……なぜ、ここにあなたが……?」

 驚愕しきりといった表情を浮かべる女を訝しみ、わたしはそろりと視線を動かす。そこにいたのは、相変わらず胡散臭い笑顔でこちらを見据える不知火だった。

「やぁ助手ちゃん。その二人は私の管轄だったはずだろう?」

 何をしているのかな。笑みを含んだ声で問いかけながらも、不知火の目は鋭い。対する冴島は、先ほどまでの無表情を大きく崩して狼狽していた。

「不知火様、その、これは……」
「言い訳にも満たない弁明など聞きたくない。その手を放し、本来の職務に戻るといい」
「……ッ!」

 冴島は悔しそうに歯噛みして、那津の腕から手を放す。そして不知火へ一礼するなり来た道を引き返していった。
 遠ざかる足音が完全に聞こえなくなってから、わたしはふぅと息をつく。那津の腕に痛みや違和感がないことも確認し、わたしたちはようやく不知火に向き直ることを決めた。

「助かった、ありがとう。……全く状況がわかってないけど」
「私の方が彼女より上の立場にあるってだけさ。それより君たち、私は『部屋から出るな』と言ったはずだが」

 じとり。不知火はわたしたち二人を睨むように見やる。わたしは小さく肩をすくめた。

「あそこまで言うなら、何かわたしたちに見せたくないものがあるんだろうなって。なら見ないと損でしょ」
「ちょっと意味がわからないな」

 不知火は呆れた様子だ。先ほどまで浮かべていたはずの笑みすら消している。どうやらわたしたちを部屋から出したくなかったのは本心らしい。

「他の研究員に見つかったら無事では済まないんだから。……頼むから、私の指示に従ってくれないか」

 これ以上、君たちを危険に遭わせたくないんだ。真面目な顔をした不知火が頭を下げる。いろいろと気になることはあったが、ひとまずぐっと言葉を呑み込む。そして「……ごめん」と謝罪した。
 彼女の言葉が真実かどうか、わたしに判断する材料はない。それでも、以前綾の健康を案じていたときと同じ表情でわたしたちを見つめるから――信じたくなったのだ。

「綾を探すことしか考えてなかった。……あんたが、わたしたちを心配してるなんて思ってなくて」
「まぁ私は一応研究所の人間だし、それはそうだろうね。……よし、君たちに私の『秘密』を一つ明かしてやろうか」

 苦笑いのようなものを浮かべ、不知火は両手を広げた。とくと御覧じろ――大仰な言い回しと共に。
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