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第六章 新月
護衛、第二班
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それから一時間ほど。わたしたちは〈三日月〉第二班の面々の元へ向かっていた。
「律月、ここからが本番だからな。絶対に気を抜くなよ」
「わかってる。ただ慣れてないのは事実だから、幸花にフォローしてもらいたい」
「任せろ」
端的に言葉を交わしながら、三階にある玲たちの活動場所へ。思い思いの作業をしていた彼らが揃って顔を上げた。
「音島さん、桐嶋さん。おはようございます」
玲の挨拶に返答し、他の面々にも声をかける。結や七彩もわたしに気づいたようなそぶりを見せたが、仕事を優先したのか特に再会を喜ぶような会話はなかった。
「さっそくで悪いが、今日はどんなスケジュールになっているか教えてもらえないか?」
幸花が尋ねると、すぐさま玲から回答が来る。午前中に班内打ち合わせ、午後には〈弓張月〉第一班との連携会議があるらしい。
「打ち合わせや会議の間は、申し訳ないけど離れていてほしい。同じ組織の人間とはいえ機密情報はあるから」
「承知した。じゃあその時間は律月を鍛えておくか」
「えっ」
突然こちらへ向けられた話にぎょっと目を見開く。確かに「鍛える」だの何だのと言われた記憶はあるが、まさか仕事時間を鍛錬に充てられるとは思っていなかったのだ。
「不満か?」
「……いや、びっくりしただけ」
訝しむような目に慌てて否定を返し、わたしは「頑張る」と頷いた。そして、ふと思いついた案を口にする。
「護衛のとき、結の異能を模倣してもいい? 幸花に体術を教えてもらうことにはなってるけど、念のためにも」
「構いませんよ。むしろ私の異能でよければぜひ利用してください」
微笑む結に「ありがとう」と笑い返す。彼女の異能は水の物体操作――わたしが最初に模倣した異能と同じ――だから、扱いも心得ているだろうと思ったのだ。
一日の流れを確認し、万一のための防衛――攻撃とも言えるだろう――手段も手に入れた。準備万端とは言いがたいが、とにかくこれでどうにかしなければ。ふぅ、と息をついて気合いを入れ直した。
それぞれに「よろしく」と声をかけ合い、第二班の彼らには元の作業に戻ってもらう。コンセント周辺を調べ始めた幸花の邪魔にならないよう、わたしは廊下に向かった。
冷ややかで物音のしない廊下に立ち、きょろきょろと辺りを見回す。人影は見えない。
ふっと息をついた瞬間、小さな足音のようなものを耳が捉えた。音の方向へ顔を向け、じっと耳を澄ます。タッタッタと一定のリズムを刻むその音は、だんだんこちらへ近づいてきていた。
「あっ! お前は……」
「……誰」
接近してくるなり勢いよく顔を顰める少年に、わたしも同じような顔をしてやる。変声期らしき彼は一瞬気まずそうに目を逸らすと、ぼそりと呟いた。
「……前に、幹部を紹介してもらうために来た」
「あぁ……そういえばそんなこともあったね」
埋もれていた記憶を引きずり出す。わたしが〈三日月〉の訓練に参加した後、少年が訪ねてきたのを思い出した。
「また幹部を紹介してほしいの? 今はおやつ持ってないんだけど」
「だから子供扱いすんなって! ちょっと用があって……えっと、杉崎――」
「七彩に用事? というか、そもそもあんたの名前は?」
うっかり七彩の名前を明かしてしまったことを誤魔化すように少年の名前を聞く。すると、彼はぐっと唇を噛み、そしてもごもごと口を動かした。
「……龍田陽斗」
「ふーん」
「聞いてきたくせになんだその反応!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ少年――陽斗を雑にあしらい、わたしは室内の様子を窺う。さすがと言うべきだろうか、幸花がこちらに視線を向けていた。口の動きだけで「トラブルか」と問いかけてくる。首を左右に振った。
「とにかく、仕事中に突然来られても対応できないから。おやつも用意できないし」
「意地でもおやつ渡そうとしてくるの何なんだよ……」
なぜか呆れた様子の陽斗がため息を落とす。その背後、廊下の奥の方から再び足音が接近してきた。今度は何だと視線を向ける。
黒い端末と数枚の書類を手にした男性が、わたしたちの前で足を止めた。取り込み中に悪いね、と言って困ったように笑う。
「ここの人に渡さないといけない書類があるんだけど、ちょっと失礼していいかな」
「……どーぞ」
陽斗がむすっとした顔をして端に避ける。わたしは動く前に男性の顔をじっと見つめた。
「何か気になることでも?」
目を瞬かせる彼に、わたしはぼそりと「名前と所属、聞いてないんだけど」と呟く。男性は再び困り笑いを漏らした。
頑なに名前を明かそうとしない態度は「疑わしい」以外の何者でもない。目を細めて彼を見据える。体感五分ほどの睨み合いは、部屋から出てきた七彩によって遮られた。
「出入り口で揉め合いはやめて。柿沢さんの書類は私が受け取るから」
「あ、七彩ちゃんだ。こっちが頼まれてた調査の結果、こっちは新規開発の依頼だよ。つじみーに渡しておいてね」
七彩は男性を「柿沢さん」と呼び、慣れた様子でやり取りしている。彼のことは七彩に任せるとして、陽斗の対応はどうしようか。
思案していると、陽斗がこそこそ逃げだそうとしていることに気がついた。すかさず腕を掴んで阻止する。
「おい、なんで掴んでくるんだよ!」
「七彩に話があるんでしょ? ちょうどいいかと思って」
「……わかった。音島さん、彼を会議室に案内して。私は玲に書類を渡してから向かう」
難しい顔で作業場へ戻る七彩を見送り、わたしは陽斗を引きずって会議室まで向かった。
「律月、ここからが本番だからな。絶対に気を抜くなよ」
「わかってる。ただ慣れてないのは事実だから、幸花にフォローしてもらいたい」
「任せろ」
端的に言葉を交わしながら、三階にある玲たちの活動場所へ。思い思いの作業をしていた彼らが揃って顔を上げた。
「音島さん、桐嶋さん。おはようございます」
玲の挨拶に返答し、他の面々にも声をかける。結や七彩もわたしに気づいたようなそぶりを見せたが、仕事を優先したのか特に再会を喜ぶような会話はなかった。
「さっそくで悪いが、今日はどんなスケジュールになっているか教えてもらえないか?」
幸花が尋ねると、すぐさま玲から回答が来る。午前中に班内打ち合わせ、午後には〈弓張月〉第一班との連携会議があるらしい。
「打ち合わせや会議の間は、申し訳ないけど離れていてほしい。同じ組織の人間とはいえ機密情報はあるから」
「承知した。じゃあその時間は律月を鍛えておくか」
「えっ」
突然こちらへ向けられた話にぎょっと目を見開く。確かに「鍛える」だの何だのと言われた記憶はあるが、まさか仕事時間を鍛錬に充てられるとは思っていなかったのだ。
「不満か?」
「……いや、びっくりしただけ」
訝しむような目に慌てて否定を返し、わたしは「頑張る」と頷いた。そして、ふと思いついた案を口にする。
「護衛のとき、結の異能を模倣してもいい? 幸花に体術を教えてもらうことにはなってるけど、念のためにも」
「構いませんよ。むしろ私の異能でよければぜひ利用してください」
微笑む結に「ありがとう」と笑い返す。彼女の異能は水の物体操作――わたしが最初に模倣した異能と同じ――だから、扱いも心得ているだろうと思ったのだ。
一日の流れを確認し、万一のための防衛――攻撃とも言えるだろう――手段も手に入れた。準備万端とは言いがたいが、とにかくこれでどうにかしなければ。ふぅ、と息をついて気合いを入れ直した。
それぞれに「よろしく」と声をかけ合い、第二班の彼らには元の作業に戻ってもらう。コンセント周辺を調べ始めた幸花の邪魔にならないよう、わたしは廊下に向かった。
冷ややかで物音のしない廊下に立ち、きょろきょろと辺りを見回す。人影は見えない。
ふっと息をついた瞬間、小さな足音のようなものを耳が捉えた。音の方向へ顔を向け、じっと耳を澄ます。タッタッタと一定のリズムを刻むその音は、だんだんこちらへ近づいてきていた。
「あっ! お前は……」
「……誰」
接近してくるなり勢いよく顔を顰める少年に、わたしも同じような顔をしてやる。変声期らしき彼は一瞬気まずそうに目を逸らすと、ぼそりと呟いた。
「……前に、幹部を紹介してもらうために来た」
「あぁ……そういえばそんなこともあったね」
埋もれていた記憶を引きずり出す。わたしが〈三日月〉の訓練に参加した後、少年が訪ねてきたのを思い出した。
「また幹部を紹介してほしいの? 今はおやつ持ってないんだけど」
「だから子供扱いすんなって! ちょっと用があって……えっと、杉崎――」
「七彩に用事? というか、そもそもあんたの名前は?」
うっかり七彩の名前を明かしてしまったことを誤魔化すように少年の名前を聞く。すると、彼はぐっと唇を噛み、そしてもごもごと口を動かした。
「……龍田陽斗」
「ふーん」
「聞いてきたくせになんだその反応!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ少年――陽斗を雑にあしらい、わたしは室内の様子を窺う。さすがと言うべきだろうか、幸花がこちらに視線を向けていた。口の動きだけで「トラブルか」と問いかけてくる。首を左右に振った。
「とにかく、仕事中に突然来られても対応できないから。おやつも用意できないし」
「意地でもおやつ渡そうとしてくるの何なんだよ……」
なぜか呆れた様子の陽斗がため息を落とす。その背後、廊下の奥の方から再び足音が接近してきた。今度は何だと視線を向ける。
黒い端末と数枚の書類を手にした男性が、わたしたちの前で足を止めた。取り込み中に悪いね、と言って困ったように笑う。
「ここの人に渡さないといけない書類があるんだけど、ちょっと失礼していいかな」
「……どーぞ」
陽斗がむすっとした顔をして端に避ける。わたしは動く前に男性の顔をじっと見つめた。
「何か気になることでも?」
目を瞬かせる彼に、わたしはぼそりと「名前と所属、聞いてないんだけど」と呟く。男性は再び困り笑いを漏らした。
頑なに名前を明かそうとしない態度は「疑わしい」以外の何者でもない。目を細めて彼を見据える。体感五分ほどの睨み合いは、部屋から出てきた七彩によって遮られた。
「出入り口で揉め合いはやめて。柿沢さんの書類は私が受け取るから」
「あ、七彩ちゃんだ。こっちが頼まれてた調査の結果、こっちは新規開発の依頼だよ。つじみーに渡しておいてね」
七彩は男性を「柿沢さん」と呼び、慣れた様子でやり取りしている。彼のことは七彩に任せるとして、陽斗の対応はどうしようか。
思案していると、陽斗がこそこそ逃げだそうとしていることに気がついた。すかさず腕を掴んで阻止する。
「おい、なんで掴んでくるんだよ!」
「七彩に話があるんでしょ? ちょうどいいかと思って」
「……わかった。音島さん、彼を会議室に案内して。私は玲に書類を渡してから向かう」
難しい顔で作業場へ戻る七彩を見送り、わたしは陽斗を引きずって会議室まで向かった。
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