観月異能奇譚

千歳叶

文字の大きさ
106 / 128
第六章 新月

護衛、第二班

しおりを挟む
 それから一時間ほど。わたしたちは〈三日月〉第二班の面々の元へ向かっていた。

「律月、ここからが本番だからな。絶対に気を抜くなよ」
「わかってる。ただ慣れてないのは事実だから、幸花にフォローしてもらいたい」
「任せろ」

 端的に言葉を交わしながら、三階にある玲たちの活動場所へ。思い思いの作業をしていた彼らが揃って顔を上げた。

「音島さん、桐嶋さん。おはようございます」

 玲の挨拶に返答し、他の面々にも声をかける。結や七彩もわたしに気づいたようなそぶりを見せたが、仕事を優先したのか特に再会を喜ぶような会話はなかった。

「さっそくで悪いが、今日はどんなスケジュールになっているか教えてもらえないか?」

 幸花が尋ねると、すぐさま玲から回答が来る。午前中に班内打ち合わせ、午後には〈弓張月〉第一班との連携会議があるらしい。

「打ち合わせや会議の間は、申し訳ないけど離れていてほしい。同じ組織の人間とはいえ機密情報はあるから」
「承知した。じゃあその時間は律月を鍛えておくか」
「えっ」

 突然こちらへ向けられた話にぎょっと目を見開く。確かに「鍛える」だの何だのと言われた記憶はあるが、まさか仕事時間を鍛錬に充てられるとは思っていなかったのだ。

「不満か?」
「……いや、びっくりしただけ」

 訝しむような目に慌てて否定を返し、わたしは「頑張る」と頷いた。そして、ふと思いついた案を口にする。

「護衛のとき、結の異能を模倣してもいい? 幸花に体術を教えてもらうことにはなってるけど、念のためにも」
「構いませんよ。むしろ私の異能でよければぜひ利用してください」

 微笑む結に「ありがとう」と笑い返す。彼女の異能は水の物体操作――わたしが最初に模倣した異能と同じ――だから、扱いも心得ているだろうと思ったのだ。
 一日の流れを確認し、万一のための防衛――攻撃とも言えるだろう――手段も手に入れた。準備万端とは言いがたいが、とにかくこれでどうにかしなければ。ふぅ、と息をついて気合いを入れ直した。

 それぞれに「よろしく」と声をかけ合い、第二班の彼らには元の作業に戻ってもらう。コンセント周辺を調べ始めた幸花の邪魔にならないよう、わたしは廊下に向かった。
 冷ややかで物音のしない廊下に立ち、きょろきょろと辺りを見回す。人影は見えない。
 ふっと息をついた瞬間、小さな足音のようなものを耳が捉えた。音の方向へ顔を向け、じっと耳を澄ます。タッタッタと一定のリズムを刻むその音は、だんだんこちらへ近づいてきていた。

「あっ! お前は……」
「……誰」

 接近してくるなり勢いよく顔を顰める少年に、わたしも同じような顔をしてやる。変声期らしき彼は一瞬気まずそうに目を逸らすと、ぼそりと呟いた。

「……前に、幹部を紹介してもらうために来た」
「あぁ……そういえばそんなこともあったね」

 埋もれていた記憶を引きずり出す。わたしが〈三日月〉の訓練に参加した後、少年が訪ねてきたのを思い出した。

「また幹部を紹介してほしいの? 今はおやつ持ってないんだけど」
「だから子供扱いすんなって! ちょっと用があって……えっと、杉崎――」
「七彩に用事? というか、そもそもあんたの名前は?」

 うっかり七彩の名前を明かしてしまったことを誤魔化すように少年の名前を聞く。すると、彼はぐっと唇を噛み、そしてもごもごと口を動かした。

「……龍田たつた陽斗はると
「ふーん」
「聞いてきたくせになんだその反応!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ少年――陽斗を雑にあしらい、わたしは室内の様子を窺う。さすがと言うべきだろうか、幸花がこちらに視線を向けていた。口の動きだけで「トラブルか」と問いかけてくる。首を左右に振った。

「とにかく、仕事中に突然来られても対応できないから。おやつも用意できないし」
「意地でもおやつ渡そうとしてくるの何なんだよ……」

 なぜか呆れた様子の陽斗がため息を落とす。その背後、廊下の奥の方から再び足音が接近してきた。今度は何だと視線を向ける。
 黒い端末と数枚の書類を手にした男性が、わたしたちの前で足を止めた。取り込み中に悪いね、と言って困ったように笑う。

「ここの人に渡さないといけない書類があるんだけど、ちょっと失礼していいかな」
「……どーぞ」

 陽斗がむすっとした顔をして端に避ける。わたしは動く前に男性の顔をじっと見つめた。

「何か気になることでも?」

 目を瞬かせる彼に、わたしはぼそりと「名前と所属、聞いてないんだけど」と呟く。男性は再び困り笑いを漏らした。
 頑なに名前を明かそうとしない態度は「疑わしい」以外の何者でもない。目を細めて彼を見据える。体感五分ほどの睨み合いは、部屋から出てきた七彩によって遮られた。

「出入り口で揉め合いはやめて。柿沢さんの書類は私が受け取るから」
「あ、七彩ちゃんだ。こっちが頼まれてた調査の結果、こっちは新規開発の依頼だよ。つじみーに渡しておいてね」

 七彩は男性を「柿沢さん」と呼び、慣れた様子でやり取りしている。彼のことは七彩に任せるとして、陽斗の対応はどうしようか。
 思案していると、陽斗がこそこそ逃げだそうとしていることに気がついた。すかさず腕を掴んで阻止する。

「おい、なんで掴んでくるんだよ!」
「七彩に話があるんでしょ? ちょうどいいかと思って」
「……わかった。音島さん、彼を会議室に案内して。私は玲に書類を渡してから向かう」

 難しい顔で作業場へ戻る七彩を見送り、わたしは陽斗を引きずって会議室まで向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪

山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。 「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」 そうですか…。 私は離婚届にサインをする。 私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。 使用人が出掛けるのを確認してから 「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

処理中です...